四章 新都市ウィール・クレイドル

第一話 ええい、控えおろう!


〜 ダンジョン都市【幸福の揺籃ウィール・クレイドル】 〜



「たあああぁぁぁっ!!」


 裂帛の気合と共に長剣が振り下ろされる。


 速い……には速いのだが、鋭さが無い。

 剣の横腹に手の甲を当て、弾いて逸らす。


 すると、剣の威力に上乗せされていた重心が泳ぐ。

 高くなった重心を、下から掬い上げるようにして腹に掌底を打ち込む。


 重心が完全に浮く。死に体って奴だね。


 腹の内部に衝撃が浸透するように掌底で穿ったため、呼吸が遮られて身体も硬直している。


 脚を踏み込み、その反発を上体に伝えて、肩と背を利用した靠――体当たりをかます。


「きゃああっ!?」


 2転、3転……大地にバウンドするように転がりながら吹き飛ぶ。


「それまでじゃ!」


 転がる身体が止まった所で声が掛かり、残心を解く。


「ふぅーっ。」


「うぅぅ……また手も足も出ませんでした……!」


 手合わせ終了。


 俺は未だ地面に腰を下ろしたまましょげているレティシアさんに近付き、手を差し出す。


「レティシアさんお疲れ様。まだ重心が安定してないみたいだね。だから、いざ斬る時に重心が高くなっちゃってるんだよ。」


 西洋剣の特徴は叩き切ることだから、どうしても力で剣を振ってしまう。

 すると、安定しない重心は剣に引っ張られてしまうため、逸らされたり弾かれたりすると体が泳いじゃうんだよ。


「それが難しいんですよ……なんですか、背中で剣を振るって……」


 ははは。そうむくれるなよ。


 要は、動きを意識するってことなんだけどね。

 今までに積み重ねた基本や型が身体に染み込んでるから、なかなか難しいだろうさ。


「そうだなぁ。例えば、俺の正拳突きなんかは――――」


 言いながら、空手の正拳突きを、基本の型と身体を意識して放って見せる。


 構えから踏み込み、踏み込んだ力を身体に伝えて捻る。


 螺旋状に加わる捻りの力を、背中を相手に投げつけるつもりで前への力に変える。


 すると、その力は背中から肩、上腕、肘、前腕へと伝わり、引かれるようにして拳が飛び、打突の瞬間に手首を捻り込んで拳を固める。


 服が急動と急制止に煽られ、パンッと心地よい乾いた音を立てる。


「分かった? 基本の型には意味が有るんだよ。どうしてそう動くのか、それを理解して、意識出来るようになれば、拳や剣先はその動きに自然とついてくるんだ。それがスムーズに行えれば、重心もブレないし、拳や剣に鋭さが乗る。」


 何故か見物人が増えてるけど、レティシアさんに解り易いように言葉を選びながら説明する。


 おいシュラやめろ。目を輝かせて俺を見るな! お前絶対、試したいって言おうとしてるだろ!?


「型の動きの理解ですか……難しいですね……」


 まあ、剣と拳とじゃ勝手は違ってくるけど、戦いの基本は変わらない筈だ。


「俺は、運足――足の運びや位置取りが、戦いに於いて最も大事だと思ってる。戦いってのは、いわば間合いと重心の奪い合いだからな。そんな中で安定した運足は、いち早く間合いを詰め、相手の間合いを殺せる。間合いが殺せれば、相手は防ぐしか無いだろ? そこで無理に打ってくるならそれは隙だし、防ごうとするなら崩せば良い。俺の運足ってのは、そういう点を突き詰めてるんだよ。」


 まあ、こればっかりは反復練習あるのみなんだけどな。


「主様、早速儂に試させてくれ!!」


 ……やっぱり来たか。

 まあ、シュラも肉弾戦専門だから、組手の手本にはなるかな?


「しょうがないな。それじゃ、シュラ相手にやって見せるから、よく見とけよ?」


 正直シュラの攻撃は当たるとシャレにならないから、嫌なんだけどねぇ……

 センスが良過ぎるせいで、最近は駆け引きも覚えてきてるし。


 まだ魔物を相手にステゴロかます方が気楽だよ……




〜 六合邸 リビング 〜



「それで? 今日はギルド誘致の話し合いが有るんだっけ?」


 朝の鍛錬を終え、朝食も摂り終えてまったりしながら、今日の予定を確認する。


 相変わらず、アネモネがブレンドしたコーヒーは最高です。


 我が家の面々が思い思いに寛いで居る中、重々しく口を開いたのは、我らが王女様こと、姫さんだ。


「ああ、そうだ。ギルド本部役員が3名、視察に来ることになっている。まずは砦に入ってもらい、そこで概要の説明と簡単な情報交換を行う予定だ。」


 移民達がこの街に住み始めて、早1ヶ月。


 住民票も完成し、国からの援助金の給付も完了して、今は既に、第1次産業の操業が始まっている。


 農家は畑を耕し拡げ、漁師は川へと繰り出し、鉱夫は山に坑道を掘り始めた。


 畜産は、ゼロからだと大変なのでこちらで家畜を用意した。

 畜産家の家族構成によって分配する家畜の数を決め、それぞれ思い思いに世話を始めている。


 森林へも足を延ばし、間伐計画と共に林業もスタートしている。


 2次産業の職人達は、3次産業の商人達が外の街で手に入れた素材を購入し、身近な日用品から制作を始めているそうだ。


 商人達は動きが早く、迷宮の外の街へと頻繁に足を運んでは、街に必要な物や、食材等を仕入れてきて販売している。


 みんな逞しくて、頼もしい限りだ。


 そんな中で、未だに必要か不要かで意見が分かれているのが、冒険者ギルドの誘致についてだ。


 迷宮という旨味を放置せず、冒険者を招いて経済を活性化させたい者達と、この街に居る限りは魔物の脅威とは(ほぼ)無縁なので、わざわざギルドを入れなくてもいいのではないか、という者達に分かれて行政府で意見が対立しているのだ。


 どちらも長短併せ持ち、言い上げればキリが無い状態で平行線を辿っている。


「まずは情報を得るのが肝要として、Aランク冒険者のダージルの伝で役員を招待したのだ。ギルドを受け入れるにしろそうでないにしろ、この前例の無い都市を運営していく方向性が見い出せればと思っている。」


 なるほど、それで砦で面会するのか。


 でもそうだよね。

 ダージル達は良いヤツらだったけど、他の冒険者やギルド職員達全員が良いヤツとは限らないしね。


 もしも利権に目の眩んだ、厄介な奴が寄越されたりしたら最悪だもん。


「いっそ独自にギルドを創っても良いかもなぁ。読み書き計算さえ出来れば、女性の働き口にもなるんじゃないかな?」


 元王太子の被害者の女性達の中には、独り身の人も多いだろうし。安定した収入が得られるなら、喜ぶんじゃないかな?


「マナカはギルドを舐め過ぎだ。そもそも運営費はどうするのだ? 冒険者ギルドの総合資産は、大国三つ分とまで言われているのだぞ?」


 うーむ。そう上手くは行かないか。


 と、そんなことをあーでもないこーでもないと話し合っていると、ダンジョンコアに反応が。


 これは……マクレーンのおっさんからの通信だね。


「姫さん、噂をしたらマクレーンのおっさんからだよ。映像出すから、一緒に話そう。」


 そう言って姫さんをソファの隣に座らせて、コアのパスを繋ぐ。


『朝から済まぬ、マナカ殿。フリィも一緒なら丁度良い。先程ギルド役員が砦へと到着したぞ。随分と気が急いておるようだ。』


 もう来たのか?

 随分早いな。街とかで泊まらずに、野営をしての強行軍なのかもな。


 それだけ急ぐってことは、やはり欲に目が眩んでいるか、よっぽどの使命感を持っているか……


「連絡ありがとうございます、マークおじ様。おじ様の目から観て、如何でしたか?」


 一応プライベートな時間ってことなのかな?

 いつもの殿下口調じゃなく、叔父さんと姪っ子って感じだ。


『観た感じでは、平静に話し合いに臨む気構えのようだ。ただ1人、ギルド本部長の甥という男が居る。なんでも急遽1人を退けて、滑り込んできたらしい、と護衛していたダージルが言っておった。ワシも同席はするが、一応注意は払っておいた方が良かろう。』


 うわー、面倒臭そう……

 こっちとしては全員ダージルの知己で固めてほしかったし、そう頼んだんだけどな。


「承知しました。充分注意します。では、半刻後に。」


『うむ、待っておるぞ。』


 手短に情報交換し、おっさんとの通信を終える。


 厄介だな……


「アネモネ、冒険者ギルド本部長の甥って奴の情報、閲覧できる?」


 先ずは情報収集だな。


 こっちにはアネモネの固有スキル【叡智】が有る。未来のことでなければ大体の情報は揃うだろう。


「…………確認しました。名は【リッケルト・クライド】。年齢38歳、種族は人間です。現冒険者ギルド本部長【ゲルド・ゲーテ】の妹の嫁ぎ先である、ドラゴニス帝国クライド伯爵家の次男で、爵位は正妻の子である兄が継いでいます。現在の役職は冒険者ギルド本部、情報部西方面課課長です。」


 リッケルトね。帝国の伯爵家の次男で……爵位は兄貴が継いだのね。

 本部長のコネか知らんが、情報部の課長なら、まずまずのポストなのかな?


「リッケルトの担当した案件について、多くの部分で情報の隠蔽、改竄の痕跡が観られます。また、出元不明の金銭のやり取りの記録も確認しました。」


 アウトじゃーん!!


「姫さん、これダメだわ。完全に黒い人が割り込み掛けて来ちゃってるよ。」


「くそっ! ギルド本部は何を考えておるのだ!?」


 滅茶苦茶面倒な奴が来ちゃったよ。


 これ絶対無茶振りとかされるパターンだ。そんで脅しとか掛けてくるヤツだ。

 王国からギルドを撤退します〜的なこと言い出すタイプだよー!


 どうしよう。対談まであと半刻――1時間しかないんだぞ……!


 【新都市に於けるギルド誘致についての相談会】とは銘打ってるけど、実質は非公式の対談だから記録にも残せないし……

 そもそも今日誘致の是非を決める訳じゃないから、大丈夫かもしれないけど……


「どうする、マナカ? 時間が無い以上、工作も間に合わんだろうし……」


 うむむむ……


 相手は守銭奴。しかも恐らくはまだ上を目指している野心家だ。

 今回の誘致の話に飛び付いたのが良い証拠だな。


 非公式の対談で、失言の言質は取れても記録しないから証拠は残せない。


 …………ん? 待てよ?

 非公式の対談……


 いけるか? 少なくとも、調子に乗らせないための抑止力にはなるか?


「ちょっと手を打ってくる。姫さんは、リッケルト以外の役員がまともそうだったら訊きたいこと、まとめといてくれ。」




〜 ブリンクス辺境伯領 最北の砦 〜


《フリオール視点》



 冒険者ギルドの本部役員との対談の時が来た。


 今回の対談は、ギルド誘致をするかしないかの判断材料を集めるために、知己を得たAランク冒険者ダージルの伝で、本部役員を招いて開かれる。


 本部役員は3名来ることは分かっていたのだが、まさか無理矢理に割り込んでくる輩が居るとは、夢にも思っていなかった。

 しかもその男、あくまでアネモネ殿のスキルで調べた情報なので証拠の現物は無いのだが、数々の不正を行っているらしい。


 更に面倒なのは、その男がギルド本部長の甥だということだ。

 本部長の威光とギルドの権力を盾に、無理な要求をされないとも限らない。


 まったく、ただの相談会が、キナ臭いことになってしまったものだ。


「遅いぞ、マナカ。もう時間だ。何か対策は取れたのか?」


 多少気が立っているところへ、マナカが合流した。

 彼は、先程席を外してから今まで、何やらまた小細工を弄していたようだ。


「多分、いけるかな。まあ、楽しみにしておいてよ。我に秘策有りってね。」


 うわぁ……不安だ……!


 その悪戯を考えついたような顔は、何度も見てきた。

 そして策を披露するその度に、多くの者が驚愕し、場の空気が塗り替えられ、掻き回され、逆転してきた。


 我だって、何度驚かされたことか。


「はぁ……まあ、ほどほどにな。頼んだぞ?」


「あいよ、姫さん。」


 お互いの拳をぶつけ合い、気持ちをひとつにする。

 手の甲を打ち合わせるこの仕草は、割とお気に入りだ。


 さあ、相談会たたかいの始まりだ。




 砦の騎士に案内され、先に本部役員達が待っている応接室の扉を潜る。


 室内で待っていたのは、ギルド本部から派遣された役員の男達が3名と、その護衛に、最早顔馴染みと言えるAランク冒険者パーティー【火竜の逆鱗】のメンバー達。


 対して、我等の陣営からは我とマナカ、マクレーン辺境伯と、護衛として騎士エンリケ。


 待っていた面々が立ち上がり、我らを迎え入れる。


「フリオール王女殿下、並びにマナカ・リクゴウ殿。ご足労いただき、感謝致します。お出迎えに赴けず、申し訳ごさいませなんだ。」


 辺境伯が挨拶をすることで、我とマナカを応接用のソファの上座へと招いた。


 我とマナカが席に腰を下ろすと、本部役員の1人が名乗り始めた。


「お目にかかれて光栄です、フリオール第1王女殿下。わたくしは、冒険者ギルド本部にて、情報部西方面課課長を務めております、リッケルト・クライドと申します。以後、良きお付き合いを、よろしくお願いします。」


 蛇みたいな男だ。

 こ奴がリッケルトか。立場が上なのか、完全に他の役員を掌握し取り仕切っているようだな。


 それに物言いも気になる。

 良き付き合いだと? まるで迎え入れることがもう決まっているかの言い方ではないか。


「フリオール・エスピリス・ユーフェミアである。新都市、ウィール・クレイドルにて統括代官を務めている。此度は、よろしく頼む。」


 キツめの物言いになってしまったか? まあ、気に入らないものは仕方ないか。

 マナカの影響で、忍耐力が下がっているのではあるまいな?


「マナカ・リクゴウだ。都市の創造主で、その都市を内包する迷宮の主をしている。今回は、色々と参考にさせてもらうよ。」


 ここでマナカが、角と耳の隠蔽を解いた。


 魔族と直接関わっているのは敵対している我等ユーフェミア王国だが、冒険者ギルドにも情報は伝わっている。


 ひと目で、マナカが魔族であると看破したようだ。


「こ、これはご丁寧に、ありがとうございます。迷宮の主殿にまでご足労いただき、恐悦でございます。」


 胡散臭い賛辞だな。

 リッケルトは、此方を値踏みするような目で見据え、恭しく腰を折った。


 着席を促し、護衛以外の面々がそれぞれ席に腰を下ろす。


「さて、早速ギルド誘致のご説明をさせていただきますが、よろしいでしょうか?」


 気が早い奴だな。今回はあくまでも相談だというのに。


「ちょっと、その前にいいかな? もう1人、紹介したい人が居るんだけど。」


 話の腰を折って、マナカが割り込んだ。

 早速策を打つのか?


「はて? そう仰る割には、他にお見えになってはいないようですが……?」


 そう訝しむリッケルトを余所に、マナカが取り出したのは……ダミーコア?


「ちょっと遠い所に居るからね。よっと、繋ぐよー?」


 マナカが魔力を込めた途端、ダミーコアから宙空に、四角い映像が投影される。


 そこに映っていたのは……


「父上!?」

「陛下!?」


 我と辺境伯の驚きの声が重なる。


 宙に浮いた映像に映っているのは、紛れも無く。


『うむ! 余が、ユーフェミア王国国王。フューレンス・ラインハルト・ユーフェミアであるっ!』


 な、なな何をしておるのだマナカあああぁぁぁっ!!??

 父上も、何故そんなにも楽しそうなのですかあぁっ!?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る