第二話 謀略のお時間です。


〜 ブリンクス辺境伯領 最北の砦 応接室 〜



 ぶはははは! みんな驚いてる驚いてるッ!


 ダミーコアの映像投影機能によって、突如対談の場に姿を現した王様――フューレンス・ラインハルト・ユーフェミア国王により、朗々と名乗りが上げられる。


 呆気に取られたのも束の間、姫さんを始め辺境伯のおっさん、騎士のエンリケさん、冒険者のダージル達が、慌てて跪いて頭を垂れる。


「陛下! 斯様な場にてご尊顔を拝し奉り、恐悦至極にございますっ!」


 この場で一番身分の高い姫さんが、代表して挨拶の口上を述べる。

 固まって動けないでいるのは、ギルド本部から派遣された3名の役員だけだ。


『良い。其処は非公式の場であろう? 楽にすると良い。』


「はっ!」


 王様の言葉に姫さんが一礼し、ソファに座り直す。

 後の面々もそれに続いた。


 あーあ、これでひとつ弱味ゲットだねぇ。

 一国の王が現れたにも関わらず、礼も取らず挨拶も述べない。


 非公式で記録に残らないとはいえ、一国の王に不敬を働いたという事実が出来上がってしまった。


 しかも王様も、コイツらに誰何せずに周囲に直る許しを与えることで、心証を悪くしたことを印象付けている。


 うっはーこわーい♪ これ公式の外交の場でやったら、下手すりゃ国元で殺されるぞ?


 あいたッ?! 痛い、痛いよ姫さんっ!?

 ごめんって! 驚かせて悪かったから、無言で太腿フトモモ抓るのやめてえッ!?


『それで? 冒険者ギルド誘致に於いて、その是非を秤る場だとマナカに聞いておるが、相違無いか?』


「はい、陛下。此度我が所領の都市【ウィール・クレイドル】に於いて、ギルドを誘致した際とそうでない場合の損益を秤るため、この対談を開催致しました。」


『ふむ。』


 王様と姫さんが、これ見よがしに対談の意義を確認し合う。


 お? リッケルトがリブーストしたぞ。


「こ、国王陛下にあらせられましたか! 申し遅れました! わたくし、冒険者ギルド本部より派遣されて参りました、リッケルト・クライドと申します!」


 おお、慌てて名乗りを上げた。あとの2人は縮こまっちゃってるね。

 うんうん、君ら2人は黙ってればいいよ。悪いようにはしないからさ。


 そしてはい、弱味ふたつ目ゲットー。


 使者とはいえ、国王と王女の遣り取りを遮って声を掛けるとか、不敬にも程があるだろ。


『ふむ、リッケルト殿か。聞けば其処許そこもと、ギルド本部長のゲルドの甥御であるとか?』


 うわ、敢えてスルーしとる。

 しかも叔父である本部長を呼び捨てにすることで親密さをアピールして、簡単に抗議できることを匂わせてる。


 単に国王として面識が有る程度だと思うけど、向こうはせいぜい貴族上がりだろ? こっちは由緒正しい王様だもん。呼び捨てでも何も問題は無い。

 ですしねぇ。


 そして何を勘違いしたのか、本部長と違い敬称を使われたことに気を良くしたのか。


「はい! ゲルドの妹の子で、国元のドラゴニス帝国ではクライド伯爵家に名を連ねております! ギルド本部では、情報部の西方面課にて、課長の席を頂いております!」


 聞かれてもいないことをペラペラと……!

 阿呆だこいつ。


 ユーフェミア王国での対談の場で、潜在敵国であるドラゴニス帝国内での身分を持ち出すとか。


 非公式で記録に残らないからって調子に乗ってるのかな? そんなもん、国王の名で証言されれば関係無いんだけど?


 永世中立の冒険者ギルドの役員としての立場だけならともかく、そこに仮想敵国の、それも高位貴族たる伯爵家の身分を持ち出すとか、普通に国際問題ですけど。


 もうこれだけでコイツお終いですわ。野球だったらスリーアウトどころか、コールドゲームです。

 王様も、敢えて失言を引き出すようにさり気なく誘導してるし。


 今この場では非公式という免罪符が使えるが、王様が参加したことで、リッケルトは失態も失言も許されなくなっちゃってるからね。


 稀代の【名君】こわーい♪

 あ、王様の後ろにチラッと宰相さんのお姿が。何かを書き留めてますねぇ。


 わははは。


「(おい! どういうつもりなのだ!?)」


 だから痛いって!?

 俺の太腿を抓りながら小声で問い詰めてくる姫さん。


 抓る手をなんとか剥がしつつ(余計に力を入れられて超痛かった)、弁明を。


「(いやさ、非公式だからって好き勝手言われると思ってさ。流石に王様が居れば、無茶言ってこないだろうって。)」


「(だからと言って、普通陛下をこのような場に呼び出すか!?)」


「(いや? 姫さんが利権狂いの馬鹿に無理難題押し付けられそうだって話したら、ものっそい形相で参加を即断即決してたよ?)」


「(………………父上ぇぇ……!)」


 可愛い娘に何かあっちゃいけないもんねぇ。


 俺も姫さんを預かっている身と致しましては? 姫さんの危機を親に報告しない訳にはいきませんとも!


 ええ、ええ。これは至極真っ当な、娘が手元を離れて案じている父親と、現在の保護者の当然の遣り取りなのですよ!


 いいぞ、もっとやれ!


『それで、マナカよ。現状では、魔物の脅威も無いウィール・クレイドルには、特にはギルドを置く必要は無いのであろう?』


 お? 俺に振るの?

 いいよー。俺ノっちゃうよー?


「そうだね。階層の扉を閉じている限りは、外から他所の魔物に脅かされることはまず有り得ないしね。産業も一通り揃ってる以上、冒険者を必要とする案件も、冒険者がウチの街に拘る根拠も、あまり無いんじゃないかな?」


 王様が俺を名前呼びしたように、俺もフレンドリーに対応する。

 しかも、あたかもギルドなど不要だという空気を匂わせて。


 そして、そんなことをすれば。


「お待ちを!! 我々ギルドを誘致していただければ、冒険者という来訪者によって経済が活性化します! また迷宮の産出品や森の魔物の素材も、円滑に取引きできますぞ?!」


 キターーーーッ!!


 もうね、入れ食いっすわ。失言、失態が爆釣です。

 こんなチョロい奴が情報部の一課長とか、ギルド本部大丈夫?


『そのようなことは言われずとも解っておる。先程からお主は一体何なのだ?』


 お、遂に反撃っすね! ワクワク♪


 あいたッ!? 姫さん、なんでまた抓るの!?


「(お前、まさかこうなると見越して父上を呼んだのではあるまいな?)」


 ははは。何言ってんのよ姫さん。


「(そんなの当たり前だろ? これで非公式ながら、王様の面前で失態を働いた事実はできた。あとは、王様から本部長に直接抗議してもらえれば、リッケルトは俺達から遠ざけられる。あとは本部長肝煎りの、ちゃんとした人材が派遣されるって寸法だよ。)」


 良い仕事は良い信頼関係から。

 本部長も良い歳みたいだけど、これで甥っ子の手綱を締めねばなるまいよ。


 寧ろこれを見越して乱入を放置したのか? いや、それは流石に穿って見過ぎか。


「(しかし……! 一応は統治を任された身としては、父とはいえ国王の手を煩わせるなど……!)」


 まったく、頭が堅いなぁ。そんな姫さんに金言を授けよう。


「(姫さん、俺の前世の世界には、こんな言葉が有るんだぜ? 『立ってる者は親でも使え』ってな。って、痛い痛い痛いッ!?)」


 未だかつて無い力で太腿を抓り捻られました。


「わ、わたくしはただ、民の皆様の安全と安心のためにも、是非我等冒険者ギルドをご活用いただけるようにと……!」


『お主はこの場を何と心得ておるのだ? 誘致した場合とそうでない場合と、双方の損益を秤る場であると、国王である余と王女であるフリオールが確認していたのを、忘れたか?』


「そ、それは……!」


 おおー! 顔色が悪くなって参りましたー!


『そもそも、王族の会話に割って入るなど言語道断。それ以前にお主、姿を現した余に、即座に礼を取らぬばかりか挨拶すらせなんだではないか?』


 いいぞー♪ さあ、己の失態を振り返って、絶望に堕ちるがよいわー!


 M・E・I・K・U・N! 名君! フゥーッ♪♪


「そういえば、事もあろうに帝国貴族の爵位を、誇らしげに持ち出してもおりましたな?」


 ここで【軍神】がノッてきたー!! 流石王様の親友、姫さんのおじ様だぜい!


 G・U・N!

 S・H・I・N! 軍神! Yeahッ!!


『余も確かに聞いたな。マクレーン辺境伯よ、その者には間諜の疑いがある故、身柄を一時拘束せよ。ギルド本部と帝国には、余自らが抗議しておこう。』


「かしこまりました!」


 はい、リッケルトさん退場〜♪

 いやあ、疾風怒濤とはこのことだね。


 アイツってば、言い訳のひとつもさせてもらえずにマクレーンのおっさんに連れてかれちゃったよ。


 いい気味だわ。プークスクス♪


『さて、喧しい輩のせいで話が停まってしまったな。続きを……なんだ宰相? なに? 謁見の申し込み? そんなもの後でも……はぁ、分かっておるわ。』


 なんか王様が猿芝居始めたぞ? 害虫は駆除したから後は俺らで頑張れってことかな?


『会談の最中に済まぬな。外せぬ用が出来た故、これで失礼する。フリオールよ、後はしかと務め上げよ。』


 わ、わざとらしい〜っ!! 姫さんも、苦笑いしながら頭を下げてるよ。


 そうして、王様との映像通信は途切れた。


 後に残るのは、何とも言えない空気の面々と……


「なんなのだこの茶番は……」


 何とも言えない、気持ちの込もった姫さんの呟きだった。




 その後対談はスムーズに進み、さっきはああは言ったが、冒険者ギルドを招き入れることに関しては、前向きに検討することになった。


 その際に、誘致を進めた場合の仮の条件を簡単にではあるが話し合った。


 ギルド支部の長と直属の部下には、本部長の信の厚い、清廉な人物を選定すること。


 ギルド職員には、俺達の都市の住人から雇用すること。


 ギルド関係者といえども、都市の入場審査とその審査結果には、必ず従うこと。


 それらを強く念押しし、後は通常の迷宮都市などの方策を踏襲することになり、この話は一旦保留に。

 双方共に持ち帰り、改めて吟味するということで、解散となった。


 うん、あとの残った2人の本部役員はまともだったよ。彼等もリッケルトの横暴には辟易してたらしい。

 まあ、他所の部署でも上役に逆らえないのは、サラリーマンの宿命よね。


 リッケルトの数重なる失態や無礼を、代わりに謝罪して帰って行ったよ。


 そして夜。

 夕飯を食べ終えた俺は、何故か姫さんの前に正座をさせられている。


 俺の隣には、ダミーコアが投影する、同じく正座をしている王様の姿が。


 ナニコレ? 珍百景カナ?


「まったく! 父上もマナカも何を考えているのだ!? 非公式で記録に残らないから良かったものの、あのような!」


 姫さんお冠である。


「やだなあ姫さん。見くびらないでくれよ? 非公式ってことを織り込んでの策じゃないか。」


『そうであるぞ、フリィよ。流石の余も、公式の場ではもう少し抑えておるに決まっておろう?』


 なー? と、俺と映像の王様は互いを見やる。


「……っ! で、では、最初からあの男を排除するつもりであったと!?」


『決まっておろう? あのような私欲に塗れた男を、娘にも、娘の居る街にも、ましてや恩人に近付けたい訳がなかろう! それに――――』


 一呼吸置いて、親バカな顔から国王の顔になる。正座したままだけど。


『此度の一件、義は我等にある。抗議すべきはギルド本部の怠慢よ。なに、その辺りの折衝は余と宰相に任せておくが良い。お主は、お主の好きなようにやってみるが良い。頼れる友も居ることだしな。』


 はい、姫さんの負けだねー。ほら、そんな怖い顔してないで、笑いなって。


『時にマナカよ。』


 あん? どしたん?

 王様に向き直り、聞く姿勢を取る。


『移民の第2弾も正式に布告したぞ。規模は、前回と同程度の予定だ。また追って連絡する故、よろしく頼む。それと、フリィのことも、頼んだぞ。良く支えてやってくれ。』


 もう第2弾か。でもまあまだまだ余裕有るし、姫さんは大変だろうけども、安定するのは早い方が良いだろう。


「ああ、了解だよ。姫さんがサボらないように、しっかり見とくから安心しなって。」


 脚を崩して、ヒラヒラと手を振り、応える。

 そんな俺に対して、王様はニヤリと笑って。


『ではな。フリィよ、あまり夜更かしをするでないぞ?』


 最後にまた親バカになりつつ、通信を終えた。


「なあ、マナカ。」


「うん? なんだよ、姫さん?」


 床に直接座っている俺の隣に、姫さんは座って口を開く。


 俺は、姫さんの言葉を待つ。


「…………我は、力不足か?」


「いいや? なんでそう思う?」


「我は、いつも誰かの手を借りている。領地はシュバルツに任せ、旅では部下達に頼り、お前には、我どころか国すら助けられた。何ひとつ、己一人で成し遂げられた事など無いからな……」


 ポンッと姫さんの頭に手を置く。


「姫さんは、良くやってるよ。それが姫さん1人で出来ないのは、それだけ大変な役目だからだ。決して、姫さんに力が足りないからじゃない。寧ろ、姫さんが力を持っているから、王様や、シュバルツさんや、隊のみんなは手を貸してくれるんだ。もちろん俺もな?」


 ゆっくり、労わるように撫でる。


「俺だって、どうでもいい奴になんか力は貸さないよ。姫さんだから、仲良くなろうって、協力しようって思えたんだ。」


 姫さんが俺の顔を見て、戸惑いながらも問うてくる。


「我の力……? それは、王家の権力とか、剣の腕とかではないのだな? 教えてくれぬか?」


 知らぬは己ばかりなり、か。

 ほんと、天然だよな。まあそれが良いんだけどね。


「秘密だよ。自覚したって、自分じゃどうしようもない事だからな。ひとつだけ言えるのは、みんな、姫さんのことが大好きってことだよ。」


「わぷっ!?」


 頭を一気にワシャワシャしてやる。


 ふっふっふっ。ついに、俺のこの撫で力を解放する時が来たか!


「こら! やめんかバカものっ!?」


「ははは! さーて、今日も良く働いたし、酒でも飲むかなー! 姫さんは早く寝ろよー? 明日も早いんだし、パパからも注意されてたもんなー?」


 おっかない姫さんのとこから退散だ。

 姫さんは、俺にクチャクチャにされた髪を、ブツブツ文句を言いながら手櫛で梳いている。


 そんな姫さんに向かって、部屋を出ながら、俺は。


「それじゃ、おやすみフリオール。また明日な。」


 彼女のその名前を、初めて呼んでやったんだ。



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