閑話 捻くれ王子の奮闘記
〜 ユーフェミア王国 王都ユーフェミア ブリガント王立学園 〜
《ユリウス第3王子視点》
オレはユリウス。
【ユリウス・ユーフェミア】だ。
歳は14歳で、この国、ユーフェミア王国の第3王子なんて身分だ。
正確には国王の第4子なんだが、女性には王位継承権が無いから、第2子のフリオール姉上より立場は上になる。
上にはあと2人兄が居るが、長兄のウィリアム兄上は、先の王国の動乱で廃嫡されて身分を失っている。
だから、正式な王家の跡取りとしてはオレは継承権第2位、セイロン兄上の次点という立ち位置に居る。
現在オレは、王都ユーフェミアにある【ブリガント王立学園】の三回生として学生生活を送っている。
兄上2人も、勿論この学園を卒業した。
特に2番目のセイロン兄上は、類稀な頭脳でもって飛び級で卒業を果たして、今は政務の一部にも携わっている。
この学園は、当主跡取りを育成するのが主目的であるから、当然通うのは貴族子弟ばかりで、男子が圧倒的に多い。
しかし、継承権を男のみに限定しているのは王家だけなので、それなりの数の女子生徒も居る。
後は、騎士見習いとしてだとか、貴族やギルドの推薦枠、豪商などの寄付を積んだ入学者など、平民でも僅かながら通う生徒は居る。
そんな平民出の生徒達は肩身が狭く、貴族子弟達の自己顕示欲の格好の的になっている。
そう。ちょうど今、目の前で起きているようにな……
「穢らわしい平民風情が! 王子殿下にぶつかっておいてまともな謝罪も出来ないのか!?」
「場所が場所なら極刑ものだぞ!」
「す、すみません! すみませんッ!!」
1人の男子生徒を、寄って集って責め立てる貴族子弟達。
コイツらは、オレに擦り寄って甘い汁を啜ろうとしている取り巻きだ。オレが何を言うでも無く勝手に纏わり着いてきて、オレの従者みたいに振舞っている。
正直、不愉快だ。
コイツらはいつもそうだ。
命じた訳でもないのに周りを見下し、指図する。
空いている席がなければ既に座っている奴らを
まあ、それを止めてこなかったオレが一体何言ってんだって話だけどな。
オレは足を進めて集中攻撃を受けている男子生徒に近付く。
「お前、名は?」
そう訊ねる。
オレが声を掛けた途端、ビクッと肩を震わせて頭を更に低くする。
「申し訳ありません! 無礼は謝罪しますので、どうか!!」
オイオイやめろよ。オレも責めてるみたいに見えるだろうが。
脳裏に、あの男の声が蘇る。
『二つ条件がある。』
オレを強くしてやる、と言ったあの男。
迷宮の主とかいう、マナカという胡散臭い魔族の男。
『ひとつ。今侍ってる取り巻きと距離を置け。上辺だけの連中なんて、国王でもない限り居るだけ邪魔だ。それにそういう奴らは民を虐げる。お前も似たようなことしてたかもしれんが、金輪際やめろ。』
確かに、順当に行けば王位を継ぐのは次男のセイロン兄上だ。
オレは予備のようなもの。
それまでは、取り巻きなんて居ても兄上との対立を助長するだけ。侍る貴族共を調子付かせるだけかもな。
『ふたつ。友達を作れ。身分なんて関係ない、本音で馬鹿言い合える友達を、支え合える仲間を、5人作ってその時連れて来い。それがお前の、本当の力に、本当の強さになるからよ。』
それが出来たら苦労しない。
オレの周りには常にコイツらが付き纏う。
オレに近付こうとする奴を追い払い、あたかもオレが命じたみたいにデカい顔をする。
でも、このままでは今までと何も変わらない。
兄上や姉上達と比較されて、勝手に失望されるだけのつまらない人生。
オレに侍って兄上と争わせて、将来的に良い立ち位置を得ようと考える貴族共の、都合の良い傀儡だ。
『兄貴は兄貴、お前はお前だ。王族の義務やら責任やらは一旦置いとけ。とやかく言ってくる連中なんか、お前が代わりにやってみろって言ってやりゃいいんだよ。王子なんだから、偉そうによ。言ってみな? お前はどう成りたいんだ?』
本当に、単純明快な答えを投げて寄越しやがって。
オレにだって、一応王子っていう立場も、外聞も有るんだぞ?
だけどまあ、そういうオレの立場を、オレ自身が今まで貶めていたんだろうな。
コイツらの調子に乗った態度を見ていれば。
目の前の平民の男子生徒や、周りの生徒達の怯え切った目を見れば、一目瞭然だ。
はぁ……!
自然と溜め息が漏れる。
「おいお前ら、外せ。」
取り巻き共に言い放つ。
何言ってるんだコイツって顔だな。
お前らに命令してるんだよ。
「聴こえなかったか? 何処かへ行っていろ、と言ったんだ。」
散々オレの権力を傘に好き放題やってきたんだ。今更逆らわせるもんかよ。
「殿下!? こんな下賎な者の近くにお残しする訳には!?」
「オレが外せ、と言ったんだ。それにこの国の中で、オレに危害を加えればどうなるかなんて、幼子でも判ることだ。良いから失せろ。」
そんなにしてまで近くに居たいのかよ。気持ち悪りぃな。
今まではそれが当たり前のように居させてたが、改めて俯瞰で見てみると、そこらのゴロツキと変わんねーな、オレ達。
「しかし王子!?」
「オレを王子と敬うつもりが有るなら命令に従え。文句があるなら金輪際近付くな!」
言っちまった。
感情のままに、不快感のままに。
あの男のせいだ。
アイツがオレはオレだなんて、いい加減なことを吹き込んだせいだ。
そのせいで……すげぇスッキリしたわ。
ははっ!
取り巻き共は不満そうな顔を隠しもせずに、肩を怒らせて去っていった。
一応お前らの名前も家も覚えてるんだがなぁ……
周りの見物している生徒達は何事かとどよめきながら、事の推移を見守っている。
とりあえず居心地の良いモンじゃないな。
「おい、お前。」
「は、はいッ!?」
未だに平伏したままの平民の男子生徒に声を掛けると、またビクッとしやがる。
話し辛いったらねえな。
「話は後だ。ついて来い。」
そう言ってその男子生徒を連れ出して、人気の無い場所――空き教室でも借りるか――を目指して移動した。
◇
部活棟の一室。
現在は空き教室となっている、旧魔法理論研究部の部室となっていた部屋に、オレと男子生徒が2人で入る。
教員棟で空き教室の鍵を催促したら、オレが取り巻きを連れていないことに怪訝な顔をされ、更には連れ歩いている男子生徒に哀れみの目を向けられた。
どういう意味だコラと思ったが、それが、現在のオレの評価なんだろう。
そういうことを今まで重ねてきたって事だ。
不思議と、嫌な思いも無く受け止められた。
だからすんなりと、「何もしない。コイツと話をしたいだけだ」と、正直に言うことができた。
何人かの教員が驚いた顔をしていたが、とりあえずほっとけって感じだ。
「さて、知っているとは思うが、オレはユリウス・ユーフェミアだ。一応この国の第3王子なんていう肩書きも持っている。お前の名は?」
回りくどいのは好きじゃない。だから率直に、オレから名乗って名前を訊ねる。
「ぞ、存じています。僕……私は、ミハエルと、も、申します……!」
そうか、と頷いてからオレは手近にあった椅子に座る。
男子生徒――ミハエルにも、座るように目で促す。
しかし、中々座ろうとしないな。
「さっきも言ったが、オレにはお前をどうこうするつもりは無い。それと、さっきはオレも不注意だったしな。悪かった。だから座れよ。」
オレにぶつかったせいで、取り巻き共に責め立てられたんだ。
でもあれはしょうがない。廊下の曲がり角で、出会い頭だったんだからな。
先頭を歩いていたオレにぶつかるのは当然だし、ミハエルもまさか曲がり角から王子が現れるなんて思ってもいなかっただろう。
オレの謝罪の言葉に呆気に取られていたミハエルだが、再度着席を促すと、慌ててオレの対面の席に座った。
「僕……私こそ、注意が足らず、申し訳ありません!」
無理をした敬語。目を合わさない謝罪。
そんなのは必要無いよな。
「謝罪も敬語も必要無い。オレは、ただのユリウスとしてミハエル、お前と話がしたいんだ。」
王子の肩書きも要らない。ただの学園生としてなら、オレとコイツは対等だ。
「それは、いったい……?」
不安げにオレの顔を見るミハエル。
まあ、いきなり王子が話をしようなんて言ってきても、裏を疑うよな。
「言葉の通りだ。オレは一学生として、お前のことを知りたい。この学園に入学したってことは、騎士の子か? それとも商人の家柄か?」
普段の捻くれ具合が嘘みたいだな。
自分でもそう思うほど、スラスラと飾り気のない言葉が口から出る。
「えっと……僕の父親は元冒険者で、地元の貴族様に名誉騎士の位を授かりました。それで、将来正式に騎士家となるために、僕と双子の妹をこの学園に入学させたんです。」
なるほど、名誉騎士の息子か。
名誉騎士とは、功績への報奨代わりに爵位を与えるようなモンだ。
国王が指名して叙爵する国家騎士とは違い、男爵以上の貴族家が独自に任命することが出来る。
国家が任命する正式な騎士爵と違うのは、それが当代に限るって点だな。
つまり、跡が継げない。叙爵された者のみが名乗れる、単なる称号だ。
成程その元冒険者というミハエルの父親は、正式な騎士爵の位を息子に得てもらうために、安くない入学金を
「なかなか慧眼を持った父親じゃないか。確かに名誉騎士の位は飾りのような物だが、貴族のお墨付きの証明にはなるしな。自分を踏み台にして、子であるお前達に良い暮らしをさせたかったんだろう。」
良い父親だと、本当にそう思う。
正式な騎士爵を得たとなれば、立派な貴族だ。
学ばねばならないことも多いが、親役となる貴族に仕えることが出来れば、安定した収入も得られる。
貴族に士官せずとも、軍に入れば税も掛からないし、食うにも困らないからな。
「はい。自慢の父親です。王子殿下に褒めていただけるなんて、思ってもみませんでした。」
照れてるのか、顔を赤くして俯くミハエル。
「それで、双子の妹も居るんだったか。名はなんて言うんだ? 双子なら、同級生になるんだろう?」
正直、名誉騎士如きでこの学園の入学金を払えるとは思えない。受験料だって掛かるしな。
それが1人ではなく2人も入れたとなれば、詮索したくはないが、コイツらの両親は相当な無理をしたんだろう。
「妹は、ミカエラといいます。同級生で、クラスも同じです。騎士を目指す俺とは違って、ミカエラは魔法使いとして士官を目指しています。」
へえ。妹は魔法の素養が有るのか。
オレの目的のためには都合が良かったため、前のめりになって訊ねる。
「それで? お前と同じだろうが、歳は幾つなんだ? 得意な魔法は?」
しかしふと見ると、ミハエルがかなり引いている。
顔も引き攣っているな。
はっ!? これでは、オレがミハエルの妹を狙っているように思われるんじゃないか!?
「か、勘違いするなよ!? 別にお前の妹を口説くとか、そういう意味で聞いてるんじゃないぞ?!」
「は、はあ……」
いかん、ますます困惑させてしまった。
普段自分から距離を詰めようとしてこなかった弊害だな。仲間を作るというのは、存外難しいものだ。
気を取り直して、順番に説明しよう。
俺の目指すところや、仲間を欲していることをしっかりと分かってもらわなければ。
「悪い。気が昂ってしまってな。それでだな――――」
そう二の句を継ごうとした矢先、教室の外が
何やら、女性の言い合う声が聴こえてきたのだ。
「いいから離してってば! ミハエルがあの性悪王子に連れてかれたのよ!? みんな見てたんだから!」
「そんなこと大声で言っちゃダメだよぉ〜! 聴かれちゃったらどうするのぉ〜!?」
「どうもこうも無いわよ! もしミハエルに何かしたなら、タダじゃ置かないんだからッ!!」
「わぁーん!? ミカちゃん早まらないでぇ〜ッ!?」
喧喧囂囂だな。
騒がしい声がふたつ、この教室に向かって来ている。
もちろん、ばっちり聴こえてるぞ。
ミハエルを見てみると、顔を真っ青にして頭を抱えている。
これはこれで面白いな。
「えーと、念のため訊くが、
「申し訳ありません……! お察しの通り、妹です……!」
勢い良く頭を下げられてしまった。
さて、この状況どうしたもんかと頭を捻るが、良い考えが浮かばぬ内に外の騒ぎがこの教室に到達した。
教室の引き戸が、壊れそうな勢いで開かれる。
「ミハエル!! 大丈夫っ!? 無事なのっ!?」
さてここで、今の状況を俯瞰でおさらいしてみよう。
教室の中には、オレとミハエルの2人だけ。
オレは脚を組んでミハエルの正面に座り、ミハエルは、聴こえてきた妹の暴言を謝罪するためにオレに頭を下げている。
そんな所に怒鳴り込んで来た妹のミカエラ。
その後ろでは、ミカエラを引き止めていたであろう女子生徒が顔を真っ青にしている。
ふむ? この状況、不味いな。
「あー、誤解が無いように言っておくが――――」
「この性悪王子!! ミハエルに一体何をしたのッ!?」
オレの言葉を遮って浴びせられる罵倒の言葉。
正直誤解でしかなく腹も立ちそうなものなのに、面と向かって王子であるオレに向けられた罵倒に、呆気に取られる方が強かった。
「ミハエル、大丈夫!? 何をされたのっ!?」
双子の兄に駆け寄り、肩を揺する妹のミカエラ。
後ろでは、この世の終わりのような絶望を顔に浮かべて、女子生徒がへたり込んでいる。
「馬鹿、ミカエラ! 僕は何もされてないってばッ! 王子殿下に向かってなんてこと言うんだッ!?」
「嘘よ!! だったらなんでアンタが頭を下げさせられてるのよ!?」
いや、お前のせいだけどな。
なんだか、今の一瞬だけミハエルと気持ちがひとつになったような気がしたぞ。
「この馬鹿王子! アンタがミハエルに何かしたんでしょ!? 正直に言いなさいよッ!?」
「止せってばミカエラ!! お前、そんなことしてどうなるか分かってるのか!?」
「ミカちゃんやめてえッ!? 不敬罪で打首になっちゃうよぉ〜ッッ!?」
大騒ぎ……うん、大騒ぎだな。
オレに詰め寄ろうとするミカエラを、兄のミハエルと名も知らぬ女子生徒が羽交い締めにして必死に止めている。
オレは何故だか、暴言を吐かれたことも忘れて、至極冷静に目の前の騒ぎを傍観している。
「このッ! 何とか言いなさいよ馬鹿王子! 性悪王子!!」
「馬鹿はお前だバカミカぁっ!? 王子、すみません申し訳ありませんごめんなさいっ!? 馬鹿な妹にはよく言って聞かせますのでッ!?」
「これ絶対アタシも巻き込まれて処刑だよぉー!! まだ恋人もできたこと無いのにい!! 若い身空で先立つ不幸を許してお父さんお母さああんッ!?」
あ、ダメだこれ。我慢できん。
「――――ぷふッ!」
堪えられずに、吹き出してしまった。
ピタリと騒ぎを止めて目を点にしている3人の顔もまた面白くて、オレはとうとう限界を迎えた。
「ははっ! あははははははっ!!」
いつぶりだろう、こんなに腹の底から笑うのは。
こうして、オレは学園生活の転換期を迎えると共に、後に親友となり仲間にもなるコイツら、ミハエル、ミカエラ、モリナ(後から聞いた)と出会ったのだった。
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