第十四話 サラリーマン転生か!?
〜 ダンジョン都市【
惑わしの森の砦から、この街に移民団を転移させてから、一晩経った。
ダンジョン内の気候や昼夜は全て管理しているので、擬似的な空には日も沈むし、月も出る。
そして方角的には東の彼方の、山の稜線から、新たな住民にとっては初めての日が昇る。
昨日は、一旦街の外で野営した。
行軍中に慣れ親しんだテントを張り、大移動の最後の夜を、みんなで過ごした。
途中感慨深くなってまたバカ騒ぎが巻き起こったりもしたが、そこそこに切り上げて就寝した。
そして今、移民達は皆テントから出て、新たな門出を祝福するかのような、温かい日の出を眺めている。
今日はこれから、希望する職種に分かれての、住宅の分譲会が行われる。
都市の大南門前に天幕が張られ、そこで家族毎に住む家を割り振り、初めて街へと入って新たな自宅を目指すのだ。
生活の手引書には街の地図も添付してあるし、その地区に移動すれば、道路に面した庭先に、住所を記した郵便受けだって備え付けてある。
まあ、迷うことはないだろう。
ただ、外観はみんな似通ってるし、中の様式も一緒だからね。
まずは、頑張って自宅の在る地区と、住所を覚えておくれ。
「それでは、先ずは外縁部、職人街から受付を始めます! 手に職のある方や、それらの職を希望する方は、家族毎に天幕へお入りください!」
お、案内が始まったな。
ん? 俺は何をしてるかって?
「本当に済まなかった、レティシアさん!!」
うん。謝ってます。
昨日の迷宮体験のあまりの恐怖に、泣き疲れて寝てしまったレティシアさんが起きたので、仲間達に取り囲まれながら、土下座して必死に謝っているのです。
「も、もう大丈夫ですから……! 頭を上げて下さい、マナカ殿!」
レティシアさんはもう良いと言ってはくれているが、しっき……ゲフンゲフンッ! アネモネの手を借りる事態になってしまったのは、大惨事な大事故だ。いくら命の危険が無いようにしたって、乙女に致命しょ……ゲホンッ! な、なんでもないですよ!?
「レティシア様、貴女がマスターにされた事は、簡単に許してはならない事です。どうぞ、思う存分報復なさって下さいませ。」
「その通りだ!
ちなみに、防犯用囮迷宮(昨日命名)から脱出して来た際の記憶は曖昧らしく、憶えているのは、俺の顔を確認して緊張の糸が切れたところまでらしい。
なのでアネモネに頼んで、彼女の世話と経緯の説明をしてもらっていたのだ。
だから当然、彼女が恐怖のあまりおもら……ゲフンガフンゴホンッッ!
彼女が大変な状態だったことも、既に把握している筈だ。
「そ、そうは言われましても……あれは私が自分で入ると言い出したことですし……」
困らせたい訳ではないのだが、レティシアさんは困惑している様子で、兎に角俺に頭を上げさせようと声を掛けてくる。
「いいや、俺が先に入るヤツを男から選んでいなかった所為だから。だから悪いのは俺なんだ。何でもするから、責任を取らせてくれ!」
俺としても、あのような乙女の緊急事態を招いてしまった罪悪感が半端ないのだ。
だから頼む! 煮るなり焼くなり、好きにしてくれいっ!!
頑なに頭を下げ続ける俺の耳に、ふと溜め息が聴こえる。
「……分かりました。それでは、マナカ殿への罰を言い渡します!」
そう言うレティシアさんの声を聴き、恐る恐る顔を上げる。
うんでも……責任取ってお嫁さんに〜とかだったらどうしよう。
いや、レティシアさんって美人さんだし若いし、それはそれでとっても嬉しいけどさ。
うむ、吝かではないよ。
「マナカ殿には、私が希望した時に稽古を付けていただきます!」
…………うん? ケイコ? 何それ美味しいの?
って、稽古だぁ?!
「稽古って……いや、それは全く構わないんだけど……そんな事で良いのか?
何だったら、元王太子にやられた拷問フルコースとかも覚悟してたんだけど……?」
うん、アレをもう一度耐え抜けば、少なくとも溜飲は下げられる気がするぞ。
「と、とんでもない! あんな非道な真似、とても出来ません! というか、したくないです!」
そっかぁ。完全に後腐れ無くなりそうだけども。
「そうか。それで、本当に稽古を付けるだけで良いのか? って言うか、なんで稽古なの?」
拷問云々は頭から追い出し、素朴な疑問を投げ掛ける。
「勿論、強くしてほしいからです! 王女殿下を、この街の住民を、何者からも護れるように! 私には、剣以外には取り柄が有りませんから……なので、凄まじいまでの強さを持つマナカ殿に教えを請いたいと、常々思っていたのです!」
う、うん……まあ、レティシアさんが望むのなら、俺は構わないけどさ。
一応アネモネさんを窺ってみると、彼女もそれで良いと思ったのか、頷いてくれた。
「分かったよ。稽古の件は、確かに引き受けた。ちなみに何処で稽古するんだ? 俺の家はこの街には創ってないけど……シュラの希望してた練武場でも、新たに創るか……?」
後ろでシュラが「おおっ!?」とか騒いでいるが、とりあえず無視してレティシアさんを見る。
「いえ! 是非ともマナカ殿のご自宅にご厄介になりたいです! マナカ殿達は、迷宮の中を自由に行き来出来るのですよね!? でしたら、マナカ殿のご自宅からこの街に通わせて下さい! そうすれば、空いた時間を効率的に鍛練に充てることが出来ます!」
お、おおっ!? いや、そりゃまあ、まだまだ部屋は余ってるし、ぶっちゃけこの街のどの家よりも過ごし易い自信は有るけど……
「って! いやいやいや、それは不味いだろ?! レティシアさん、まだ19歳だよね!? 嫁入り前だよね!? そんな若い娘さんが、俺みたいなお歳頃の(0歳だけど)男と、ひとつ屋根の下だなんて……!?」
「大丈夫です! 私は既に実家の騎士爵家からは独立していますし、この街に骨を埋める覚悟で赴いておりますので!! それに……」
食い気味で主張するレティシアさん。
なるほど、そんな覚悟で近衛騎士を辞めて志願して来てくれていたのか。頭が下がるね。
しかし、急に言い淀んで、モジモジし始める。そして
「それに……
そう、小声でゴニョゴニョと仰りました。
2人して、顔を熱くする。
「し、承知致しました……」
うん、そう答えるのが精一杯だったよ。
◇
〜 ダンジョン都市【
時刻は昼過ぎ。
午前中一杯を使って、住民への住宅分譲を終わらせた俺たちは、一旦姫さんの所に集合していた。
姫さんは、この街の領城――政庁舎に既に入り、姫さん個人の執務室で、早くも挙がって来た報告書に、目を通している。
「ふぅ……済まない、待たせたな。」
キリの良いところまで読み終えたらしい。
元の世界に比べれば質の落ちる報告書の紙に捺印して、脇に退けてから執務机を立つ姫さん。
そのまま俺たちが待つソファまで来ると、そこはお姫様らしく優雅に腰を下ろした。
「いいって。姫さんもお疲れ様。」
そう言いながら、傍らでアネモネが淹れてくれた紅茶を、姫さんに差し出す。
アネモネは待っていた俺たちの分まで淹れ終えると、使わないティーセットをワゴンに載せて、部屋の隅に移動した。そこには、他の仲間達も揃っている。
部屋の中には、俺たちダンジョンの面々と、姫さん、辺境伯、レティシアさん、それから政務補佐官の……名前聞いてないや。
それらのメンバーが集まり、一先ず住居の割り当てが終わった現段階での、報告会を行うのだ。
「さてと、先ずは街への住民の受け入れまでは終えられたな。皆も、ご苦労だった。マクレーン辺境伯も、
紅茶で喉を潤した姫さんは、開口一番、俺達を労ってくれる。
いやいや、一番頑張ったのは姫さんでしょ? 少なくとも、ここに居るメンツはみんな、そう思ってる筈だよ。
「気にせんで良い。ワシなどただのお目付役よ。それに、この街を直接見てみたかったからのう。」
マクレーンのおっさん、ぶっちゃけ過ぎだろ。このおっさん、王都を出てから、一気に体面繕うことを止めやがったからね。
まあ、俺も人のことは言えないけど。
そんなマクレーン辺境伯には早速【滞在カード】を発行して、この街最初の訪問者になってもらった。
冒険者のみんなも呼びたかったけど、それよりも道中に倒した魔物の解体を先にしたいとのことで、今頃は砦の防壁前で、軍の人達と一緒に頑張っているだろう。
うん、全部置いてきたからね。ざっと200体くらいあったんじゃないかな?
「それでも、感謝する。さて、各々報告を頼む。先ずは民の様子と治安関係からだな。レティシア。」
ティーカップをソーサーに戻して、切り替える姫さん。
そうして、報告会が始まりを告げた。
「はっ! 現在住民の全てに住居の割り当てが終了し、各々の新たな自宅で休んでおります。分譲に際しては、特に問題は起きておりません。兵達は、昼休憩後は細かく分かれてこの街の地形把握、治安面の地図との照合、民の様子の見廻りを行う予定です。」
騎士兵士達の総括役として、レティシアさんが報告する。
問題無いなら良かったよ。良い場所の取り合いとか起きたらどうしよう、って思ってたし。
「ふむ。兵達の様子はどうだ? まだ宿舎には入れていないのだろう?」
「それも問題ありません。皆、この街を観て浮き足立ってはいますが、民を守る意識の方が強く、午後の任務に備えております。率先して、班分けも済ませておりました。」
流石、王様の肝煎りで選ばれた人達だね。ちゃんと民の事を考えて動けるって素敵です。
「分かった。明日以降の巡回計画も、出来れば早めに挙げてほしい。頼んだぞ。」
「はっ! かしこまりました!」
住民も兵士達も大丈夫そうだね。
「次は、政務関連だな。【メイソン】、役所の稼働はどうなっている?」
メイソンと呼ばれた男の人。
この人が、この街の運営を行う姫さんを、これから内政面で補佐する人か。
「はい。住居の分譲に充てた者以外の役人は、全て政庁舎に入りました。現在最優先で、市民課の準備を行っております。ただ読み書きの可能な民が、早くも市民カードの正規登録や問い合わせに殺到しているため、仮設ですが、一部は既に稼働している状態です。」
マジ? もう来たの!? 意識高いなおい!
「やはり優先は市民課だな。これから職の斡旋もせねばならぬし、暫くは掛かりきりになると思った方が良いだろう。援助金の支給はどうだ?」
「そちらも、先ずは正規の住民票が完成しないことには難しいでしょう。幸い、迷宮の主殿が政庁舎前に巨大な掲示板を建てて下さっていましたので、その旨を掲示しておきました。住民票の完成に協力を願うこと、家族構成に拠って援助金の支給額が変わること等、記載してあります。」
え、仕事早っ!? やばい、この人めちゃ有能なんじゃない?!
「なあ、マクレーンのおっさん。あのメイソンって人何者? 手際良過ぎない?」
衝撃のあまり、近くに座るマクレーンのおっさんについ小声で訊ねてしまう。
「あの男は、平民から才覚のみで成り上がった、気鋭の王宮内務官だった男だ。しかし成り上がり故、不当な扱いを受けておってな。宰相が打診すると、ふたつ返事でこの街への異動を決めたそうだぞ。民の視点に最も近い男故、きっとこの街の発展に寄与するであろうよ。」
へぇー! すげぇな!
平民から王宮務めまで成り上がるって、尋常じゃないだろ。
年歳も30歳とまだ若く、物腰も丁寧。
ちょっと痩せ過ぎかなとは思うけど、そこまでツッコめるほど仲良くないし、というか話してないし。
「それと、納税課は現時点では必要有りませんので、放置させてもらっていますが、よろしいですね?」
「ああ。王国法が適用されたのだったな。確か、開拓地は納税の義務を入植後3年間免除される……だったか。確かに納税が無ければ無用の長物だな。3年後に向けて緩りと準備すればいいだろう。」
はー、なるほど。今回の移民は新規開拓として扱われるわけね。
既に街は出来てるから、スタートダッシュ半端ないけど。
「それから……マナカ殿、よろしいですか?」
うおっ!? びっくりした!! 急に振るなよ!?
「あ、ああ。なんだ?」
「失礼しました。私はメイソンと申します。以後お見知り置きを。早速ですが後ほど、庁舎内の機材の取扱いを私共にご教授願いたいのですが、この後ご予定は?」
ああ、色々捗るように、各種機材も創ったんだっけね。
具体的には、プリンター複合機やら、念写版や、バインダーファイル、パンチとか、事務仕事に使える物だ。
これも、イメージはまんま前世のお役所なんだよね。
もちろん、動力は電気だ。庁舎屋上に隠れるように、太陽光パネルが並んでいるのだ。蓄電池も大容量だし、仮に電気が使えなくなってしまっても、予備動力として、ダンジョンの魔力での稼働もできる。
うん。家を建てて、庁舎を建てて、街を創ってってしてる間に、建築スキルまでとれちゃったよ。
「この後は特に急ぎの用事は無いから、付き合えるよ。でも、初日からそんなに飛ばして、大丈夫か?」
聞いた限りではかなりのハイペースで準備を進めているようだし、過労で倒れなきゃ良いけど。
「問題ありませんよ。私は定時退勤がモットーですので。勿論、部下にも超過勤務を命じるつもりもありません。」
え、すげえ!! 異世界にホワイトな職場環境が爆誕したよ!!
「それは良いな! 是非ともその調子で、真っ当に運営してくれよ! それともちろん、姫さんにもあまり無理させないでね?」
「はい、お約束しましょう。では、後ほどお願い致します。私は報告も済みましたので、この辺りで失礼します。王女殿下、また後ほど、報告書を持って参ります。」
言うが早いか、颯爽と会釈をして退室したメイソンさん。
うーむ、The デキる男! って感じだな。
「なんか、凄い人だったな……姫さんの周りって、個性強い人多くない?」
王家の家族然り、マクレーンのおっさんに、シュバルツさんとかフリオール隊の面々とか。
「仕事には真摯なのだから良いではないか。無能な真人間よりも、優秀な変人の方が助けになるのだぞ。お前も含めてな?」
なるほどぉ〜ってコラ?! なんで俺を含むんだよ!?
「おい姫さん、それは暗に俺が変人だと言ってるのか?」
言葉は選べよ? 場合によっちゃあ……
「当たり前だ。お前は我が出会った中でも、飛び抜けて変わっているぞ。しかし悪い意味ではない。突拍子も無いことをしても、それが全て他人のためだということも分かっている。そして、そんなお前だから、我は信じられるのだぞ?」
な、なんだよ……? そんな褒めたって、何も出ないからな!?
「……ったく、毒気抜きやがって。丁度いいから休憩にしよう。アネモネ、お茶のお代わりちょうだい。マナエ達も、こっち来て一緒にオヤツにしよう。」
これは違うんだ。
つい褒められて嬉しくて、沢山お菓子を出しちゃったワケじゃないんだからね!?
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