第十三話 チキチキ☆ 恐怖の迷宮体験ツアー!!
〜 ユーフェミア王国 ブリンクス辺境領 北端の砦 〜
王都ユーフェミアを出発してから、13日。
途中から俺達を加えた移民団は、遂に辺境領の北端、惑わしの森を塞ぐ砦へと辿り着いた。
Aランク冒険者であるダージルの意見に賛同し、丸一日団の休養に充てたが、おかげで皆の体力も回復し、1人の脱落者を出すこと無く道程を踏破できた。
砦からは歓迎の歓声が上がり、移民団からは辿り着いた安堵と、これからの生活への希望に満ちた、これまた大きな歓声が沸く。
「やっと着いたな! これだけの人数で、1人も欠けること無く到着できるなんてな! 奇跡みたいだぜ!」
休養日前夜の宴会ですっかり意気投合したダージルが、俺の背中を叩きながら興奮している。
ちょ、痛いよ!?
他の冒険者の面々も当初俺達に持っていた不信感など、最早最初から無かったんじゃないかと思うほどに打ち解けて、達成を喜んでいる。
うん、特にマナエが女性陣に囲まれて揉みくちゃになっている。うらやま……おっと、何でもないよ、アネモネさんにアザミさん?
「アンタら冒険者達や、軍人達、何よりも移民達が頑張ったからだよ。奇跡なんかじゃないよ。おっ! 姫さんが挨拶するみたいだぞ?」
興奮冷めやらぬ集団の前に歩み出る、数人の姿。
姫さん――フリオール王女に、辺境伯のおっさん、民を纏めてきた騎士レティシアさん。それから、文官の代表の人達かな? 3人ほどの身形のしっかりした人達が、後に続いている。
姫さんが一歩前に踏み出し、その凛とした声を響かせる。
「第一次移民団の諸君! 長旅ご苦労であった! そして、良く頑張った! 我等は遂に、新天地の入口まで到達したのだ!!」
怒涛の如く、歓声が再び沸き起こる。
そんな喜びの声を暫し聴いてから、姫さんが手で制して鎮める。
「この砦に、我等の新天地である迷宮への扉が設けられている。迷宮内に創造された、新たな都市へと転移できる物だ。そこを通れば、恐ろしい惑わしの森を通ること無く、一瞬で辿り着くことが出来る! それでは、詳しい手順について説明してもらうぞ。マナカ! こっちへ来い!」
うええっ!? こんな場で説明すんの!? 俺聞いてないっすよ!?
あ、あんにゃろ! 悪戯が成功したって顔してやがる!? さては確信犯だな!?
ともあれ、宣言されてしまった以上は、前に出なけりゃ話が進まない。溜め息を漏らしつつ、飛行魔法で集団を飛び越え、姫さんの前に降り立つ。
「まったく、性格悪いな、姫さん?」
「何を言う。常日頃のお前の行いへの意趣返しだ。」
いつもと変わらず軽口を叩き合う俺達を、1000人以上の群衆が、呆気に取られて見詰めている。
ほら、と良い笑顔(ここでそんな顔はズルいぞ!)で促され、苦笑を零しながら移民達に向き直る。
「移民団の皆さん! 長い道のりだったけど、無事に着いて良かったです。お疲れ様でした! 知っている人も居るとは思うけど、改めて自己紹介します。俺が、今回皆さんが移住することになる迷宮の主、マナカ・リクゴウです。これからよろしくお願いします!」
まずは挨拶からですよね。
移民達からざわめきが起こるが、姫さんが制したのですぐに静かになる。
「この度俺は、ユーフェミア王国の国王陛下と友誼を交わし、皆さんを迷宮に受け入れることを決めました。しかし俺の迷宮は、かの危険地帯である惑わしの森の中心付近です。移動には危険が伴うため、国王陛下に相談し、マクレーン辺境伯とも交渉して、この砦に転移施設を建てさせてもらいました。」
そう言って、砦の防壁を出っ張らせたような形状の建物を指し示す。
民達の大半がそれを見止めたことを確認してから、続ける。
「あそこが、俺の迷宮内の都市に於ける関所です。この砦から警備として兵をお借りして配備しています。皆さんはその関所で、街への入場審査を受けることになります。
まあ今回は移民を募った際に、既に身辺、素行調査など鑑定は受けているはずですので、点呼のみですけどね。その点呼で本人確認が取れた方には、順次
硬質な素材で作られた、前世で言うなら運転免許証のようなカードの束を、民衆に見えるように掲げる。
「このカードの名前は、ズバリ【市民カード】です! これが皆さんの、我が街での身分証となり、入退場の通行証にもなります。点呼で本人と確認されたら、このカードにそれぞれ、魔力を登録してもらいます。冒険者のギルドカードのような物と考えてください。」
そう。この市民カードは、冒険者ギルドのギルドカードを真似て創った物なのだ。
内容としては、氏名、年齢、種族、職業、住所、家族構成、性向が登録されて、魔力紋による本人認証機能も付与した、偽造不可のカードとなっておりますよ。
「現在はまだ移住前なので、仮登録として氏名と年齢と種族、そして性向が、魔力紋と共に登録されます。魔力紋によって個人が特定されますし、偽造もできません。人に貸したりしても使えませんので、承知しておいて下さい。
国の事業としての移民ですので、今回は登録料も発行手数料も掛かりません。皆さん、絶対紛失しないように気を付けて下さいね。無くしちゃうと、再発行に手数料が掛かりますからね! 割と高いですから!」
冗談混じりに、注意を促すと、チラホラと移民達の中からも笑い声が漏れる。
うん。変に緊張されても困っちゃうからね。
「残る項目の職業と住所、家族構成は、街に入り住居が決まり次第、役所――都市の行政府の市民課で登録してもらいます。面倒かもしれませんが、身分証でもあるこのカードに不備が有りますと、最悪市民権が剥奪されてしまいますので、必ず登録して下さいね。
そして性向についてですが、ギルド関係者や鑑定持ちの方は目にしたことがあると思います。まあ簡単に言えば、その人が善人寄りか、悪人寄りかを、数値で表す項目です。」
若干ざわめきが大きくなったかな? 中には俯いている人もチラホラと。
「王国の法律では、マイナス15で罪人と判定されますが、安心して下さい。今回に限り、それは適用しません。皆さんの中には、心機一転、人生をやり直そうとしている方も居るかもしれませんからね。
その代わりですが、市民権を得てからの皆さんの性向値の変動は、折に触れて確認されます。それは納税の手続きの時や、市民カードの更新の時、そして街の出入りの時などですね。
我が街の住民は、性向値がマイナスに5点以上傾いた時には、申し訳ありませんが取り調べを受けていただき、事情によっては期限付きの服役等を。最悪の場合は街から追放、または永久奉仕という罪科を払っていただきます。」
堅苦しいけど、ここはハッキリと伝えておかないとね。
要するにだ。
現時点で性向が悪でも受け入れるよ。でも各人の数値が、マイナスに5点以上傾いたら逮捕するよ。侵した罪によって刑罰を与えるよ、ってなことだ。
「まあ、受け入れてやるから、頼むから悪い事すんなよってことですね。逆にプラスに大きく傾いた場合は、これは王国からではなく、迷宮の主である俺から、恩賞を与えることにします。善人は報われるってことですね。
みんなで、優しく温かな街を創りたいものです。さて、大まかな説明は以上ですが、質問のある方は、遠慮せずに声を上げて下さい。皆さんの疑問や不安は、なるべく取り除く所存です!」
さて、説明は終わった。
そして質問を受け付けるのだが、どよどよするばかりで声は上がらない。
しかし少し待つと、民衆の後方から、大きな声が上がった。
「ダージルだ! 移民団の護衛の依頼を受けたAランク冒険者だが、俺達冒険者が街に入りたい時は、どうすれば良いんだ!?」
良いねダージル。ありがたい質問だよ。
「長い護衛任務お疲れ様だったね、ダージル。質問に答えるよ。まあ、冒険者に限らず、商人や役人など、街に入りたい人に対しては、【滞在カード】を配ることになる。
ギルドカードなどの既存の身分証を提示してもらい、新たにこの滞在カードを発行して、街中で身分証として使ってもらうようにしているよ。このカードは、最初に申請した期間中有効で、期限の延長は役所で申請してほしい。紛失した時も同様な。
街を出る時には返却してもらって、こちらで破棄することになるね。それと注意点だけど、期限切れにも関わらず不法に滞在している場合は、捕縛の対象になるから、気を付けてね。
これは王族だろうが貴族だろうが、冒険者でも平民でも、全て平等に扱うから。例外は、一切俺が認めない。それが嫌なら、期限切れには充分気を付けてほしい。以上だけど、納得できたかな?」
「ああ、よく分かった!」
これで住人以外の街の出入りに関しても大丈夫だな。
滞在に関しては、入場審査で性向値はバッチリ判定するつもりだ。
これももちろん、例外は無いよ? どんなにお偉い貴族様だろうが、悪党は一切お断りしますからね!
「い、良いでしょうか?!」
おっと、他にも質問みたいだ。
民衆の割と前の方の、町娘っぽい格好をした女性が、不安そうに手を挙げている。
「お若い女性の方ですね。どうぞ、質問してください。」
どんな人がどんな質問をしたか、周りにも伝わるように声を掛ける。
「は、はい! わ、わたしは小さな子を持っています。そして、友人には身籠っている者も居ます。そのような小さな子供や、生まれてくる赤子にも、その市民カードという物は貰えるのでしょうか?!」
おお、なるほどね。
これも良い質問だ。家族連れも居るだろうし、気になる人は多いんじゃないかな?
「良い質問をありがとう。説明しますね。まず市民カードは、赤子も子供も老人も、一切例外無く配布します。とは言っても、小さな遊び盛りの子供や赤ん坊、物忘れの酷くなった高齢の方では、管理は難しいでしょう。
そういった場合は、キチンと保護者の方が保管して下さいね。もし何かに巻き込まれて身分証を持っていなくとも、通報を受けた保護者の方が提示して下されば問題ありませんので、安心して下さいね。」
先程の女性に視線を合わせると、ホッとしたように胸を撫で下ろしていた。
「次に、まだ生まれていない、未来の住民についてですね。赤ちゃんが誕生した時は、速やかに役所に届け出て下さい。後日役人がご自宅を訪問して、新しい赤子の市民カードの発行を行います。
同時にご家族全員の市民カードの家族構成を更新しますので、届け出る際には、赤ちゃんの容態やご家族の予定などを確認の上、役人の訪問を予約して下さいね。説明は以上ですが、大丈夫ですか?」
真剣に聴いてくれている女性に問い掛ける。
女性は不安が解消されたようで、しっかり俺を見て。
「はい! ありがとうございます!」
明るい表情で、お礼を言ってくれた。
いやいや、俺こそありがとうだよ。この
さて、あまり此処で時間ばっか食ってても仕方ないしな。そろそろ切り上げるか。
「さて、皆さん! まだ細かい疑問や不安も有るでしょうが、大切なことはお伝えできたと思うので、説明は一旦ここまでにしましょう。住民の方の新たな暮らしのための手引書も市民カードと一緒にお配りしますので、そちらを是非参考にして下さい。
読み書きが難しい方は、同じ旅路や苦楽を共にした住民の仲間がこれだけ居るのです。どうか仲良く、協力して教え合って下さい。もっと詳しく聴きたい方は、役所の役人に問い合わせると良いでしょう。」
手引書も取り出して、掲げて見せる。これで、街への受け入れに関する説明は終わりだ。
あ、ひとつだけ伝え忘れたな。
「姫さん、もう少し時間を貰えるかな? 不法侵入に関する事も伝えないといけないんだった。」
姫さんに確認すると、大事なことだと解っているのだろう。快く頷いてくれた。
「皆さん、ひとつ大事なことをお伝えしていませんでした! 今から、我が街の侵入対策についても説明します。正規の手続きを踏まえず、配布されるカードを持たずに万が一街への侵入を試みた場合、どうなるかということですけど……
えーと、どなたか、軍の方でも構いませんので、
そう言って立候補を募るが…………声が上がらないな?
こりゃ困った。どうしようかなー。
と見回していると、思ったより近くから、それも後ろから声が上がった。
「はい! 私、レティシア・リッテンバウワーが、立候補致します!」
元気よく手を挙げるレティシアさん。
うーん。助かるけど、責任ある立場だし、良いのかなぁ?
姫さんを見ると、顔を引き攣らせながらも頷いているので、良いのだろう。
「ありがとうございます。それではレティシアさん。今から貴女には、カードを持たない状態で、此処から転移してもらいます。一応今回だけは、命の危険は無いように迷宮の内容を弄ってありますので、そこはまず安心して下さい。しかし、その上でも耐えられない! と感じてしまった時は……」
言いながら、ひとつの石を差し出す。
三角錐をふたつ繋げたような、菱形の透明な石だ。
「もしも耐えられない時は、この転移石に魔力を注いで、此処に帰って来て下さい。迷宮の何処からでも、今居るこの場に転移して逃げ出すことが出来ますから。よろしいですか?」
「はい、承知しました! 不肖レティシア、頑張って参ります!」
いつも元気一杯だね、レティシアさん。
返事をして、俺から転移石を受け取る。
出来れば出てきてからも、そのままでいてください……!
ちなみにこの会話も、民衆に聴こえるように大声で説明している。
うん、大いにざわついておりますな。
そんなこんなで、レティシアさんを連れて施設へと入る。
転移装置は罠を使った物だが、分かり易いように、魔法陣は可視化してある。そしてこの魔法陣には、カードの有無で飛ばす階層を変更するように、手を加えてあるのだ。
「それではレティシアさん。どうか、ご武運を!」
「はい! 行って参ります!」
そんな会話を交わし、レティシアさんは、不法侵入者用の階層に転移して、この場から姿を消したのだった。
ざわめく民衆の前に戻る。
「たった今、レティシアさんは不法侵入者用の階層へと転移しました。その階層は、街への侵入を試みる愚か者用に、この俺が丹精込めて、心を込めて構成した、特別な階層です。
哀れな侵入者は、心の底から恐怖に震えることになるでしょう。レティシアさん、どうかご無事で!! 勇者レティシアに、敬礼ッ!!」
ビシっ!!と、前世の軍隊のように恭しく敬礼する。
あ、何人か釣られて真似してるよ。ノリ良いね!
姫さんも苦い顔してないでよね。ちゃんと許可出したじゃん?
そうして、ざわめきが続くまま待つこと十数分。
俺は魔力の揺らぎを感知した。
「どうやら、帰って来るようですよ! 皆さん、お静かに!」
声を上げて民衆を鎮める。
それと同時に、俺は万が一に備えて大きなタオルを用意した。
俺達の目の前に魔法陣が浮かび上がり、どさり、と人影が地面に落ちる。
「レティシアさん、大丈夫でしたか!?」
駆け寄り、タオルを片手に彼女を助け起こす。
ざっと身体を確認するが、怪我は無いようだ。しかし視線を下へと移すと、案の定……
俺は無言で、タオルで彼女の身体を包んでやり、そのまま立ち上がらせる。
「マナカ……どの……?」
茫然自失といった様相のレティシアさん。
俺は彼女の目を見て、ハッキリと答える。
「はい、マナカさんですよ。大丈夫ですか、レティシアさん?」
彼女の瞳に徐々に力が戻り、俺の顔をしっかりと認識し始めた。
その途端である。
「ゔあ゙あ゙ああぁぁぁぁんッッ!! マナカ殿! マナカ殿!! まなかどのおおおぉぉぉぉぉッッ!!!」
涙が溢れ、顔を真っ赤にして、俺の胸に飛び込んで大声で泣き出してしまった。
あいやー。思った以上に耐性が無かったか……!
民衆も、あまりに突拍子も無い光景に、呆然としている。
「お、おい! 一体、何がどうなって、レティシアはこのようになってしまったのだ!?」
同じく駆け付けた姫さんから、詰問される。
それに対して、俺はレティシアさんの背中をポンポンしながら、民衆にも聴こえるように答える。
「先程説明した通りです。招かれざる客人は、この世の終わりのような、身の毛もよだつような恐怖を味わうのですよ。彼女のようにね。今回は命の危機は無いよう弄りましたが、今後、我が街に不法に侵入を試みる輩には、これすらも生温い恐怖が、その身に降り掛かることでしょう!」
混乱の中説明を終え、半ば無理矢理に、姫さんに進行を押し付けて、レティシアさんを伴って砦の休憩室へと移動した。
レティシアさんは、必死に宥め、精神を安定させる魔法を掛けてようやくといった感じで、泣き疲れて寝てしまった。
うう……! 仲間達からの視線が超痛いよぉ……っ!
だってまさかレティシアさんが立候補するとは思わないじゃん!?
そうして眠るレティシアさんを見守りつつ、窓の外――移民達が点呼されカードを受け取り、転移施設に尻込みしながら入って行く様子を、そして
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