第十二話 仲良くなるなら、飲んで騒ぐに限る。
〜 ユーフェミア王国 行軍中の移民団 〜
「……結界魔法って、応用効き過ぎじゃない?」
目の前の光景に、思わずシュラに訊ねる。
いや、やったのは俺なんですけどね。
まず、対象を結界で包みます。
次に、二分したい箇所に薄い結界板を構築します。
そうすると、あら不思議! マジックショーも
「よくもまあ、えげつない魔法ばかり創りおって……!」
結界の本質は、断絶。
もしや切断に使えるかと思ってやってみたら、出来ちゃったの。
気を取り直して、今度は結界板を飛ばすだけのイメージ。
あ、オークの首飛んだ。
つまり結界の強度が対象を上回っていれば、問答無用で切断出来てしまう、と。
「主様よ。儂との手合わせでは、結界の使用は禁止じゃからな?」
分かってるよ!? 流石の俺も、仲間にこんなモノ放たないって!?
しかしまあ、結界魔法は便利だと思ってはいたけど、まさか攻撃にも使えるとはね。
また魔法戦闘の幅が拡がったな。
基本的に結界は透明だから、トラップや奇襲にも効果的だな。アークデーモンの魔力なら、そうそう力負けもしないだろう。
「主様、今ので最後のようじゃ。」
オークの首を捻じ切ったシュラが、此方に向かって来ながら報告する。
「あいよー。んじゃ死骸は収納して、陣に戻ろうか。」
そのまま放置しては新たに魔物を引き寄せるし、疫病の原因にもなる。
何より、素材は冒険者達や軍に譲るんだしね。
シュラを引き連れて移民の集団に戻ると、アネモネ達が出迎えてくれる。
「マスター、お疲れ様でした。検証は進みましたか?」
水魔法で出した冷たい水を、コップに入れて渡してくれる。
「そうだね。思い付いた魔法は、粗方試し終わったかな。」
喉を潤しながら答える。
シュラも残念そうに水を受け取っている。
ったりめーだバカチン。酒はここぞという時に飲むからこそ美味いんだろーが。
集めた魔物の骸は、移民団を送り届けた後で引き渡すことになっている。
砦で解体して素材をより分け、分配する予定だ。
そろそろ夕方に差し掛かる頃。行軍は止まり、野営の支度が始まっていた。
「んじゃ、俺は姫さんとこ行って、行程を確認してくるね。」
コップをアネモネに返して、
準備しといてねー。
「おお、マナカ殿! 先程はお疲れ様でした! 何が起こっているのか正直判りませんでしたが、凄まじかったです!」
姫さんの陣に差し掛かると、元近衛騎士のお姉さん――レティシアさんが声を掛けてくれた。
どうやら先程の戦いを見物していたらしい。
「ありがとう。レティシアさんも、本陣の護りお疲れ様。さっきのは、結界魔法の応用だよ。」
そうして戦闘談議に花を咲かせながら、姫さんの元へと向かう。
天幕の中に入ると、既に主要なメンバーは揃っていた。
姫さん、辺境伯、各冒険者パーティーの代表、軍の指揮官級の面々が、揃って俺の方を振り向く。
「ごめん、遅くなったかな?」
声を掛けつつ輪に加わる。
うん。何故だか冒険者達に妙に引かれてるんだけど。割とショックです。
「いや、集まったばかりだし、ひと仕事してきてくれたのだろう? 気にするな。」
姫さんが労ってくれる。
他の面々からも文句は出なかった。よかったよかった。
「では始めるとしよう。現在我々は、既に行程の大半を消化した。順調に進めば、明日の昼には辺境領へ入れるだろう。」
そう話しながら、地図の街道を示す姫さん。
王都を発ってから早10日。
俺達の加入により行軍速度が上がったため、予定よりも2日ほど道程は縮んでいた。
「辺境に近付くほど、魔物は手強くなるだろう。マナカ、問題は有るか?」
早速俺に話を振られた。
「いんや。森の魔物に比べれば、まだまだ取るに足らないよ。速度を落とす必要も無いね。」
事実をそのまま伝える。冒険者達は唖然とした顔だ。
「分かった。レティシア、民達の様子は? 疲労も溜まった頃だろう。問題は無いか?」
元近衛騎士の、レティシアさんが質問される。
どうやら彼女は、移民団と共に異動となった騎士、兵士達の隊長に抜擢されたらしい。
近衛時代の経験を大いに活かして纏めてほしい、と頼まれていた。
「老人や子供、それから女性を優先的に荷車や馬車に乗せているため、脱落しそうな者は今のところ居りません。最初は魔物の襲撃に怯えていましたが、マナカ殿達の鉄壁の守りで戦闘は直ぐに終わってしまうため、今ではかなり安心しております。勿論、怪我人も居りません。」
そっか。怯えずに進めているなら、頑張ってる甲斐があったな。
「マクレーン辺境伯、軍の様子は?」
今度は辺境伯へ。
「全く問題無いわい。強いて挙げるなら、行きと違って戦闘も無いものだから、気の弛みだけが懸念じゃな。戻ったらまた訓練させようかと思っておる。」
ふむ。油断は良くないね。どうしたもんだか。
「そこは、各指揮官達に喚起してほしい。このような大集団を襲う盗賊も居るまいが、正面から来る魔物だけが脅威なわけではない。努々油断無きように。」
「「「「はっ!申し訳ありません!!」」」」
隊長級の騎士達が、一斉に返事をする。
頑張ってくれ、中間管理職よ。
姫さんと辺境伯に言われちゃ、反論も出来んだろうしね。何より彼らの仕事を奪っている俺には、言えることは何も無い。
「あとは、冒険者諸君。何か問題点や、気になる事が有ったら、是非とも気兼ねなく申し出てくれ。我等と違った視点からの意見も、参考にしたい。」
そこは現役冒険者の一線級の人達だ。俺も、是非意見を聞きたい。
「いや、この規模の移民団としては、信じられないほど順調だと思う……思います。正直、出る幕が無いというか……」
Aランクパーティー【火竜の逆鱗】のダージルさんが、言葉を濁す。
こっちも仕事奪っちゃってるもんねぇ……
「畏まった口調も必要無い。正直に言ってほしい。」
姫さんとしては、万が一も許せないのだろう。
口調なんかより、その心根が大事だろうね。
「は、はい、それなら……正直に言って、集団がデカ過ぎて、斥候の消耗が激しい。各パーティー共斥候は有しているが、数はそれほどだ。その少ない人数を遣り繰りしているために、疲労が溜まってきている。」
勿論軍からも斥候は出ているが、冒険者のそれとはレベルも経験も違う。
必然、主立って動くのは冒険者の斥候で、その穴を軍が埋めている形だ。
「なるほど。確かに現状では、斥候達ばかりに負担を強いているな。何か打開案は持っているか?」
経験上、このような事態も過去に有っただろう。その上での解決策を訊ねる姫さん。
「厚かましいが、行程が前倒しに上手く行っているのなら、1日休みを取ってはどうか、と思う。斥候衆だけでなく、移民達の疲労も回復するだろうし、幸いマナカ……殿のおかげで物資にも心配は無いからな。」
おー、なるほどね! 迷いなく休みを提案出来るのは凄いな!
確かに順調な現状、無理に進む利点はあまり無い。俺達が居るし、何より軍も冒険者達も温存されている。
「それは良いな。1日腰を据えるのなら、我が軍の弛んだ気を引き締めるのにも活用したいものだ。」
辺境伯も乗り気だ。うん、この案には利点しかないし、俺も賛成かな。
「俺もそれが良いと思う。何よりも考えるべきは、移民団の安全だ。それには斥候達の働きは欠かせないからね。」
俺達の意見を受け取った姫さんも、既に心は決めたようだ。
「よし、分かった。では明日の行軍は取り止め、軍は無理の無い範囲で調練を。民達と冒険者各位には身体を休めてもらおう。陣の警戒は軍と我が隊で行うこととする。異議はあるか?」
もちろん俺には無いよ……と思ったら。
「ち、ちょっと待ってくれ! 本当に良いのか? 俺なんかの意見で、行軍を取り止めるなんて……」
いや、なんで案を出したアンタが狼狽えてるんだよ?
「貴重な意見だったぞ? 我武者羅に進んでも、リスクばかり高まるしな。我もお前の意見に賛成しただけだ。一時とはいえ、今は同じ民を守る、仲間なのだからな。」
皆も同じだろう? と、見回す姫さんに、俺や辺境伯達も頷きを返す。
「あ、ありがとうございます……」
おうおう。困惑しきりだね。
気にすることは無いさ。これが姫さんなんだから。
「では、レティシアは民達に明日の行軍取り止めを通達。辺境伯と各隊指揮官達は、調練の予定を詰めて周知してくれ。冒険者の諸君は、後で酒など届ける故、思い思いに休んでくれ。マナカは……何かする時は必ず一報入れるように。では、解散する!」
ちょ!? なんで俺だけ釘刺されてんの!? そんなに信用無いのかよ?!
そうして、王国関係者が散り散りになる中、冒険者達は未だに困惑した様子で、輪を作り話し合っていた。
うーむ、
「姫さん姫さん! 冒険者のみんな、俺のとこに招待するからさ、酒はそっちに届けてくれよ。もちろん、姫さんも来てもいいよ!」
思い立ったが何とやら。
衝動に負け、気付いたらそう口走ってました。ただし、後悔は無い。
冒険者達はギョッとした顔で俺を凝視して固まっている。
……ちょっと面白いな。
「はぁ……またか、マナカ。またアネモネ殿に叱られるぞ?」
気にしない気にしない。楽しいことなら良いのです!
「いいじゃんよぉ。姫さんだって楽しいことは好きだろ? 俺は冒険者のみんなと仲良くなりたいぞ! 色んな冒険譚や、失敗談を聞きたい! いいよな、みんな!?」
無茶振りって解ってても無茶振る!
「飯も酒も、俺が出す! だから、一緒に食べて飲んで、騒ごうぜ!!」
先ずはダージルさんを捕まえる!
あ、こら! 逃げんなよ!?
「ち、ちょっと待て!? 先ずは仲間に確認をだな!?」
「そんなん引き摺って来い! 何なら俺が説得行くぞっ!?」
「それはやめろっ!!??」
よーっしゃ! 楽しくなって来たぞぉーッ!
多分、彼等はこの移民団の中で自分達をかなり低く観てる。
それが、Aランクという信頼と実績の評価に於いても卑屈だった、先の発言の根幹だ。
そんなもんは最初っから無いんだよ? だって俺は、冒険者も移民だと考えてるからね。
「なんだか楽しそうだのう。ワシも参加して良いのか?」
お、マクレーンのおっさんはノリが良いね!
「当ったり前だ! 姫さんが来なきゃ、アンタを無理矢理連れ出すつもりだ!」
わははは。俺には身分なんて関係無いからな!
「そんじゃみんな! 待ってるから、絶対来てくれよ!?」
先ずは宴の準備だ! あ、アネモネさんに協力を頼まなきゃな……!
頑張り所だぞ、俺!
そして俺は、過酷と判り切っている戦場へと踏み出すのだ。
◇
「………………………………………………………………………………分かりました。」
こわっ!? 沈黙ながっ!?
「ごめんなさい! でも是非お願いしますっ!!」
でも今回は退かぬ!
……いや、これ以上は続けないよ? 媚びぬ! とか顧みぬ! とか言わないからね?
「酒が飲めるのかっ!!?? 主様、ないすじゃッ!!!」
おうおう、嬉しそうだな、シュラちゃん。そういう時だけあどけない顔するの、ズルくね?
「お兄ちゃん、お友達が増えるの!?」
やめてくださいマナエさんっ!? 俺が友達少ないみたいに言わないで!?
「おうよ! マナエともきっと仲良くしてくれるぞ!」
これは確信がある。だってマナエは、天使だから!!!!
「みんな、偏見は持たないでくれよ? 確かに俺達は大変な目にも遭ったけど、それとこれとは別問題なんだからな? 俺が、アイツらと仲良くしたいって、そう思ったんだからな?」
合う合わないは、当然あるだろう。
「頭が信じたいのなら、あっしは文句有りやせんぜ。」
「女性のみのパーティーは引っ掛かりますが、マナカ様のお望みとあれば……!」
イチ! お前はホントに漢気に溢れてるなっ!
アザミさんは、なんだかちょっと怖いです……!
「……では、急ぎ準備を始めましょう。マスター、食材と飲み物を出してください。イチとシュラは会場の設営を。アザミとマナエは調理と配膳を補助してください。」
流石、頼れるアネモネさん!
的確に仲間に指示を飛ばし、簡易調理場で料理に取り掛かってくれる。
「俺はまたちょっと出てくるぞ。俺達だけが酒を飲むんじゃ、移民達も軍も不満だろうからね。」
アネモネに伝え、自陣を後にする。
向かうのは、レティシアさんのとこと、辺境伯のとこ。移民や軍へも心ばかりの差し入れを、と思ったのだ。
移民達の陣の近くで騎士風の人に声を掛けると、レティシアさんがすぐに来てくれた。
俺は、冒険者達と移民団の上層部を招いた宴を行うことを話し、移民達への差し入れの酒をその場に出す。
もちろん、レティシアさんは俺達の所にご招待だ。
「これは、かたじけない! 民達も喜ぶでしょう! 私も、是非お邪魔させていただきます!」
恐縮されたが、快く受け取ってもらえたよ。レティシアさんも参加してくれるようだ。
続いて辺境伯のおっさんを探す。
軍隊に近付くのは若干怖かったが、思いの外歓迎され、辺境伯の元へと通された。
「おお、差し入れとはありがたい。警備と調練がある故、あまり羽目は外させてやれんが、ありがたく頂戴しよう。」
「ああ。警戒任務の当番に当たった人のはちゃんと避けて、任務終了したら渡してやってくれよ?」
当番で酒にありつけない人にも渡るよう、多めに差し入れする。
よし。義理は通したし、これで多少騒いでも、白い目で観られることはないだろう。
陣営のあちこちから、歓声が上がるのが聴こえてくる。
きっと差し入れた酒が配られているんだろう。喜んでもらえてなによりです。
ご機嫌で自陣に戻ると、既に宴席は整いつつあった。
「ただいま。流石だね、アネモネ。こんなに早く、こんなに沢山作ってくれてありがとう。」
お礼を言うのは大事ですね。特に無理を言ったアネモネさんには。
「……マスター、お気になさらず。親交を深めるのは、有効な手段です。経緯はともあれ、この宴席自体は私達や移民団にとっては良い事だと思います。」
うん、だから、ありがとうなんだよ。
「ごめんな? アネモネには心配や苦労ばっかり掛けて。ありがとう。いつも支えてくれて。」
いつだって俺のしたいことを支えてくれる。
お説教は怖いけど、いつも俺のことを考えて動いてくれる。
他のみんなも頼りになるけど、アネモネは最初から、この世界に産まれた時から、ずっと俺の相棒だ。
「ある程度仕上がったなら、今日はアネモネも一緒に飲もう。日頃の感謝を込めて、お酌するよ。」
頭を撫で、笑い掛ける。
これは命令ではないけれど、アネモネにも少しは羽を伸ばしてもらおう。
「分かりました。今晩は特別に、ご相伴に預かります。」
よしよし。
そうしてアネモネの参加も取り付けた辺りで、チラホラと、おっかなびっくり、冒険者達が姿を見せ始めた。
「よっしゃ来たな! ほらお前ら、挨拶しろよー! アンタらも、そんな隅っこじゃなくてもっとこっち来いよ! あ、こらシュラ! 乾杯もしてないのに飲み始めてんじゃねえっ!!」
徐々に人が増えてくる。声を掛けた人が来てくれると、やっぱり嬉しいもんだ。
姫さん、辺境伯のおっさん、レティシアさん……お、隊長さん達も来てくれたか! 【火竜の逆鱗】に、【妖精の羽根】、【燕の巣】に……
【黒狼の牙】は……リーダーさんだけ?
斥候のみんなは? え、寝ちゃったの?
そっかー。んじゃ、後でお土産に酒持って行ってね。
立食形式の簡単な席だけど、料理も酒も、勿論ジュースも沢山あるぞ。
そんじゃ……
「みんな。最初は俺が生き延びるために発案した移民計画だけど、こうして形になって、俺の手を離れてみんなのものになっていること、嬉しく思うよ。俺も、俺のためだけじゃなく、この計画に関わったみんなのためにも、絶対成功させたいと思ってる。明日は疲れを取るために1日休みになったんだから、今夜は目一杯楽しもう!!」
みんなの顔を見回す。
戸惑い、困惑、苦笑、笑顔。みんな色んな表情で、俺のことを見てくれている。約1名、早く飲ませろと睨んでいるけど。
「準備は良いか? 飲み物も行き届いたか? 今は武器じゃなく杯を掲げろ! 今夜は無礼講だ! 俺達の、移民計画の成功を祈って! かんぱーいッ!!」
轟く歓声と、鳴り響く杯の合わさる音。
そうして賑やかに、騒がしく。
移民団の夜は更けていったのだ。
◇
翌日のこと。
「頭……あっしは、昨日いってぇ、何を……?」
「済まなかった、イチ。俺にはアネモネを止められなかったよ!」
頭を押さえ、二日酔いに苦しむイチに、俺は心からの謝罪をした。
うん。ちょっとばかし調子に乗って、アネモネさんに飲ませ過ぎちゃった。
泥酔したアネモネさんは、日頃の鬱憤――誰のせいだろうね?――を晴らすかのように暴れ回り絡み回り、あろう事か下戸のイチにまで飲ませたのだ。
うん。イチの腹踊りは見ものだったよ!
「頭ぁ……!」
「ごめんって。次は気を付けるよ!」
アネモネさんを、俺が止められたらな!!
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