第十一話 Aランク冒険者の憂鬱。
〜 ユーフェミア王国移民団護衛 Aランクパーティー【火竜の逆鱗】 〜
《ダージル視点》
突然だが、いくつかの後悔を聞いてくれ。
俺は【ダージル】。
ただのダージルだ。
Aランク冒険者パーティー【火竜の逆鱗】のリーダーをやってる。人によっては俺を【竜殺し】とか呼んでくる。
まあ、火竜を討伐したのは事実だが、当時所属していた傭兵団のみんなで戦って、俺が偶々止めを刺したに過ぎないんだけどな。
そんな俺は、パーティーのみんなと一緒に、ユーフェミア王国の移民団の護衛依頼を受けた。
募集は四組と少なかったし、護衛は拘束が長いから嫌だったんだが、王都の冒険者ギルドのマスターに、Aランクパーティーに是非参加してほしいと頼まれちまって、渋々って感じだ。
後日ギルドに集まった俺達は、他のパーティーとの面通しをした。
Bランク【妖精の羽根】に、Cランク【燕の巣】、Cランク【黒狼の牙】が、今回護衛に当たるらしい。
Bランクの【妖精の羽根】は、メンバーが全員女ってことで割と有名だ。俺のパーティーの男連中も、道中に華が添えられたと喜んでいる。
【燕の巣】と【黒狼の牙】は生憎と知らん。
俺達は普段他の国で活動しているから、王国の中堅どころまでは把握していないからな。
それで、偶々依頼で王都に来て滞在していたら、依頼を頼まれたってのが事の顛末だ。
俺達が一番ランクが高いことから、自然と護衛チームのリーダーに抜擢されたが、訊けば軍も随伴するって話だ。
俺ら要るのか、とも思わないでもない。
依頼内容は、片道二週間弱で辺境領の砦までの移民達の護衛。
報酬は1人頭金貨20枚と貢献度合いでプラス。食料、テントは支給するっていう、なかなか美味い話だった。
魔物討伐に比べれば旨味は減るが、危険度に対しては良い報酬だったため、仲間とも話して受けることにした。
そしてここでひとつ目の後悔だ。
ちゃんと、目的地の詳細を聞いとくんだったぜ……!
2日掛けて準備を整えた俺達は、集合場所である王都の門前に集合した。
まず驚いたのが、その移民団の規模だ。
一度に1000人規模の移民など、聞いたことがない。しかも、これは第1弾だという話だ。
恐らく、移民先の開発に応じて、また順次募集するんだろう。
そして、移民団のトップとの面通しに呼ばれる。
全員で押し掛けるわけにもいかないので、各パーティーリーダーと副リーダーの2名ずつを引き連れて、集団の中央へと進んだ。
噂では、この国の王女が責任者になっているらしいが、どうせ周囲を貴族達で固めているんだろう。
良いように囃し立てられているか、王家の威光をばらまいてふんぞり返っているんだろうな。
そんなことを考え、気を滅入らせながら進むと、集団の中央の、開けた場所に着いた。
「よく来てくれた。お前達が、今回護衛依頼を受けてくれた冒険者だな。我はフリオール・エスピリス・ユーフェミアだ。新天地を目指す長い道程だが、よろしく頼む。」
「ワシはマクレーン・ブリンクスだ。辺境領への帰還がてら、移民団の守護を任された。お互いに気張るとしようぞ。」
目の前の光景に唖然とする。俺は、夢でも見ているのか?
【姫将軍】に、【軍神】だと!? 他国にも名を轟かせる2人が、この移民団の統括だと言うのか!?
連れて来た面々も戸惑っている。
ここはリーダーの俺が代表して挨拶せねば……
「え、Aランクパーティー【火竜の逆鱗】リーダー、ダージルです。この度の冒険者達の纏め役となりました。よ、よろしくお願いいたします!」
なんとか挨拶はできた。緊張がヤバい!
早速と、護衛計画の打ち合わせに呼ばれる。
これが後悔のふたつ目だ。
王家が依頼人ってだけで安心してたが、そこもちゃんと詳細を聞くんだった……
計画を周知し、それぞれのパーティーに伝達して再集合。
移民団の布陣を整えて、いざ出発となった。
基本的に俺達冒険者が前面に立つ。
各パーティーから斥候を走らせて、周囲や前方に危険が無いか確認しながら進むんだ。
集団の後尾に辺境軍が配置され、後方の警戒と、前方への後詰めの役割を担っている。
「【竜殺し】殿、少し良いですか?」
集団の先頭を歩いていると、1人の女騎士が横に並んできた。
なんでも、冒険者達のリーダーである、俺にだけ話したいことがあるらしい。
「申し遅れました。私は、レティシア・リッテンバウワーと申します。元王国近衛騎士団所属で、現在は王女殿下と移民団と共に、辺境の新天地を目指す者です。」
そう名乗った女騎士――レティシア殿は、なんでも今回の移民に際して、近衛騎士の名を返上して志願したらしい。
何が彼女にそこまでさせたのか興味は尽きないが、先ずは話を聞くとしよう。
「此度の移民計画、貴殿はどの程度把握しておいでか、教えていただけないでしょうか?」
情報の擦り合わせということか?
……いや、恐らくは事の本質を知らせたいのだろう。
「ユーフェミア王国国王の号令で、辺境に移民を募る。対象は優先度が高い順に、難民、流民、そして貧民。開拓地の詳細は知らん。統括者が第1王女殿下と軍神殿だってことも、先程知ったばかりだ。」
下手に虚勢を張っても良いことはないので、正直に分からないことは分からないと答える。
それが良かったのか、ふと表情を和らげ、彼女は話し始める。
「大体のところはその認識で合っております。その上で、詳細を明らかにすると共に、貴殿及び、【火竜の逆鱗】の皆様に協力願いたいことがございます。」
早くもみっつ目の後悔か?
くそっ。今から依頼を受ける俺を殴りに行きたいぜ。
そうして俺は、今回の移民計画に、迷宮の主である魔族の男が深く関与していることを知らされた。
更に移民先が迷宮の中だとか、俄には信じ難い。
なんでも王国は、その男と盟約を交わしたらしい。噂程度には耳には入っていたが、まさか本当の事だとは。
王女殿下の代官就任も、その男の鶴の一声があってこそだとか。
何モンだよ、そいつはよ……?
国と個人で渡り合うとか、碌なもんじゃねぇぞ。
「それで、頼みたいことってのは何なんだ?」
知りたくもない事を知らされてしまったんだ。
多少詰問調になっても、仕方ないだろう。
「はい。【火竜の逆鱗】の皆様には、同行された冒険者の皆様の素行調査をお願いしたい。此度の件は、高度に政治的な
そしてその上で、移民先の迷宮の環境次第では、ギルドの誘致も視野に入っております。此度無理を言って、貴殿ら他国のパーティーに参加をお願いしたのは、それが理由です。」
つまりあれか? 同僚の監査と、市場調査をしろと?
「スッキリしねぇ話じゃねぇかよ。俺らはあくまで冒険者なんだぜ?」
自由と自己責任がモットーの冒険者稼業だ。
それが何が悲しくて国の走狗にならにゃならんのだ。
「そう仰ることを見越して、迷宮の主殿より、別途謝礼をと。この依頼を受けていただけるなら、未踏の迷宮を優先的に探索する許可を与える、と。なんでも、ギルド誘致が成功しない限り、迷宮は迎撃体制のままにされるそうで。そんな中で、貴殿らには門を開くと申されたそうです。」
……痛いとこを突きやがる。
俺達冒険者にとって迷宮は、言わば宝箱だ。
魔物との戦闘によるレベルアップ。迷宮産出品による戦力向上や資金調達。
それを邪魔無しに、気兼ねなく行えるだと?
「……詳細は仲間には話して良いんだろうな?」
「そこは、勿論です。」
やれやれだ。気楽に受けた依頼が、想定以上に厄介事だったわけだ。
やっぱり、みっつ目の後悔だったな。
旨い話には裏が有るってことだ。
◇
夜が明けた。
計画通りの道程を踏みながら、最初の野営を終えた。
行軍中は近くに居た騎士レティシアも、今は自身の陣営で朝食の輪に加わっている。
「しかしよぉ、ダージル。なかなか面倒なことになっちまったんじゃねえか?」
パーティーメンバーの魔法使い【ロイド】が、味の薄いスープを掬いながら話し掛けてくる。
言うなよ。俺だってそう思ってるんだ。
「まあ、今回はしょうがないんじゃない? 詳細を確認しなかった私らも悪いじゃない。」
弓士の【シェリー】が話を受け取る。
「だからダージルもいつまでも気にしてるんじゃないわよ。みんなで受けるって決めたんだから、1人で責任負わないで?」
そう……だな。
それに、別に悪い話って訳じゃないんだ。いつも通り、粛々と達成すれば良いだけだ。
「悪かったな。話がデカ過ぎて、気後れしちまってたみたいだ。」
肩から力が抜ける気がする。
見回せば、パーティーの仲間達が俺に笑い掛けてくれている。
まあ、斥候の【ミュゼ】は哨戒に出てるんだが。
現在は俺のパーティーと【黒狼の牙】のとこで、斥候を走らせている。
戻ったら、そいつらに飯を食わせて再び出発だ。
空いた食器を片付けながら、帰還を待つ。
移民達も、行軍に備えて陣の片付けを手伝っている。
逞しいな。
大半が国外から流れて来た難民や流民だと言う。新天地を目指す彼らの目は、希望に輝いているように見える。
そいつらを抱え込み、更に受け皿を用意したユーフェミア王国も、流石と言ったところか。
稀代の【名君】の采配と、その息女の【姫将軍】の行動力。それを支える【軍神】の武威。
「もしかしたら、私達は歴史が変わる節目に立っているのかもしれませんね……」
いつの間にか隣に立っていた、僧侶の【コリー】が呟く。
「歴史の節目……か。」
何かが変わる予感。それは、善いにしろ悪いにしろ、大きな変化だろう。
見ると同じ意見なのか、寡黙な戦士の【ブライアン】が頷いていた。
いや、喋れよ。
そんな穏やかな陣の空気が、
前方から、先駆けの斥候――あれは、ウチのミュゼだな――が、かなりの勢いで向かって来るのを、見張りの兵が発見し怒号を上げたのだ。
俺は急いで陣の前方へと移動する。
ミュゼが陣に駆け込むのと、俺や仲間達が駆け付けるのは、ほぼ同時だった。
ミュゼに遅れて、【黒狼の牙】の斥候4人も、遅れてだが無事姿を見せた。
「ミュゼ、何があった!?」
狼の獣人である彼女が、ここまで息を乱すことなど滅多に無い。
相当な事態に違いない。
「わかんない……分かんないけど! ヤバイ奴らが来る! 人数は6人で、種族は不明だ! すぐに来るよッ!!」
顔を上げて地平線を睨む。
まだ姿は見えないが、このミュゼが全力で逃げる相手だ。半端な奴らじゃないだろう。
「ミュゼと黒狼のは中央で休め! 妖精! 燕! 出るぞッ!!」
声を張り上げ、指示を飛ばす。
周りには、頼もしい仲間達。今回限りだが、他のパーティーも一緒だ。
「前衛集まれ! 防陣を組む! 後衛、弓と詠唱準備! 斥候は両翼で遊撃だッ!!」
空気が変わる。
戦場の空気。
傭兵の頃から慣れ親しんだ、緊張と戦意の渦巻くあの空気だ。
街道の先に人影が見えてくる。
数は……6人。ミュゼの報告通りだ。
俺は前衛よりも前に出て、背中の大剣を抜き、構える。
人影はどんどん近付いてくる。
速いな!?
「そこの者、止まれぇっ!! 我等はユーフェミア王国移民団だ! 敵意無き者なら立ち止まり、証を立てよッ!!」
声が届いたのか、人影は速度を落とした。
そして最終的には歩き、20歩ほどの距離を置いて、立ち止まった。
「警戒させて済まない! 俺は辺境から移民団の護衛に駆け付けた、マナカという者だ! 敵意は無い!」
相手方も1人の男が進み出て、そう声を上げた。
「その話、信ずる証拠は?!」
相手は両手を上げて、無害をアピールしているんだろう。だが、とてもじゃないが、剣を下ろす気にはなれない。
尋常じゃないプレッシャー。
これはあの時の火竜と同じ……いや、それ以上か……!
「王家の紋章の短剣が有る! 騎士に見せれば判る筈だ! フリオール王女殿下に取り次ぎを願う!」
そう言って何処からか鞘に収まった短剣を取り出した。
周囲で仲間が警戒を強めたのが分かる。
「半ばまで歩み出てそこに置かれよ! その後
男は素直に此方の指示に従った。
両者の中間辺りに短剣を置き、退がったのだ。
俺は仲間に目配せしてから短剣に近付き、剣先で触れてみる。
警戒したが何も起きないため、意を決して拾い上げた。
「検める故、暫し待たれよっ!」
そう伝え、急ぎ陣に戻る。仲間達には、警戒を続けてもらう。
「レティシア殿は何処か?!」
騎士の集団が居たので、唯一知己のある彼女を探す。
「ダージル殿! 私は此処ですっ!」
すぐに見付かって良かった。俺は状況を説明し、受け取った短剣を見せる。
「これは……間違いありません! その方は、迷宮の主殿です! すぐにお出迎えに行かねば!」
なんだと? あの男が、件の迷宮の主だっていうのか?
「ダージル殿、早く行きましょう!」
「あ、ああ……!」
困惑しつつもレティシアに従い、男の元へと走る。
男は先程と同じ場所で、恐らくは仲間達と雑談をしていた。
「お待たせした、マナカ・リクゴウ殿! 証を確認できた故、返却いたします!」
伊達に近衛出身じゃないってか。あのプレッシャーの塊みたいな奴らに、躊躇無く近付いて行きやがる。
くそ、俺だけ退けないじゃねえか。
「ああ、良かった良かった。ん? 君は、あの時の議場に居たね? 近衛まで護衛に就いたの?」
「お、憶えて頂けて光栄です! この度、近衛を辞して移民団に志願致しました、レティシア・リッテンバウワーと申します!」
面識があったのか。それなら躊躇いが無いのも頷けるな。
しかし、この男……獣人とも違う。
角が2本あることと耳が尖っていること以外は、人間と大差ない。
これが、噂に聞く魔族ってヤツか?
やけに気さくだが。
二三やり取りをすると、レティシアが先導して案内を始める。
俺は他のパーティーのリーダー副リーダーを集めて王女殿下の元へ、と指示を受けたので、それに従った。
そうして指示通りに集合し、中央の陣に行くと、そこには異様な光景が拡がっていた。
先程の男――マナカと言ったか――が、なんと仲間から説教を受けていたのだ。正座で。
見たところ主はマナカという男のハズだが、メイド服を着た女性に懇々と問い詰められている。
俺は一体、何を見せられているんだ?
「やけに騒がしいと思ったら、お主かマナカ殿。其方の面々は、お主の仲間だな?」
そうこうしている内に、【軍神】マクレーン辺境伯まで来やがった。
【軍神】ほどの男にも、まったく引けを取ることなく、マナカという男が計画の変更を、と話し始めた。
なんでも、これから彼らも護衛に加わるらしい。更に、言うに事欠いて、俺らに戦闘はするなって話だ。
「あまり舐められても困るんだがな。こちとら依頼を受けた冒険者だ。後から来た余所者に手柄を譲っちゃあ、俺らの名に傷が付く。」
後ろの各パーティーのリーダー達も同じ意見らしい。
俺ら冒険者は、自由と引き換えに命張って依頼を受けてるんだからな。
それに対して男は、更に信じられないことを言い放った。
討伐した魔物の素材は、8割を俺ら冒険者に、2割を軍に明け渡す、と。だから索敵に専念し、怪我や事故が無いようにしてほしいと。
マナカという男は、「移民団の安全を守るのは、招いた自分の責務だ。護衛の兵や冒険者達もそれは変わらない」と言い切りやがった。
そして何より、王女殿下と辺境伯がそれを飲んだ。こうなっちゃ、俺らに言い返す幕は無え。
渋々ながら受け入れ、陣形の再編を行う。
それからは、信じられないことの連続だった。
20匹以上のゴブリンの群れを、幼女が巨大なハンマーを振り回して叩き潰す。
一斉に飛び掛ってきたウルフ達が、強面の男の目にも留まらぬ剣閃で全て首を斬り落とされる。
棍棒を振り回すオーガが、赤髪の角を生やした女に素手で殴り飛ばされる。
涎を垂らした醜悪なオークの集団が、黒い服の獣人の女の雷で黒焦げになる。
冗談じゃねえ。奴ら、まだまだお遊び感覚だ。
マジで、火竜以上のバケモン共だ。
極めつけは残りの2人だ。
メイド服を着た女は、ただ歩いているだけに見える。
だが、魔物も魔獣も近付けない。近付く前に、急所から血を噴き出し倒れていく。
そしてマナカという男は、ワケが分からない。
空を歩くように浮かび、手を翳すと魔物の動きが止まり、指を振ると身体がふたつに分かれる。
指を鳴らすと燃える岩が降り注ぎ、足を踏み鳴らすと砂塵を巻く竜巻にズタズタに引き裂かれる。
かと思えば拳で、脚で、魔物も魔獣も打ちのめされる。
戦闘にもなってない、一方的な蹂躙。
こんな奴らが居る迷宮の探索権なんか、有ってもどうしようもないだろ……!
そして俺は、また安請け合いをしてしまったと、よっつ目の後悔をしたんだ。
もういい。早く着いてくれ。
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