第十話 俺の役目は荷物持ち。


〜 ダンジョン【惑わしの揺籃】 六合邸 リビング 〜



『うむ。それではまた報告する。大丈夫だとは思うが、マナカも気を付けるのだぞ?』


 その言葉で、姫さんとの通信が切れる。


 砦に転移施設を用意してから2日経った今日は、遂に移民団が王都を出発する日だ。


 まだ朝食後間も無い時間だが、なにしろ1000人の大所帯である。

 中には子供や老人も居るので、日のある内に少しでも距離を稼ぎたいのだろう。


「いよいよですね、マスター。」


「主様の苦労が報われたのう。」


 アネモネとシュラに労われる。

 確かに、ここまで色々あったからねぇ。


「移民さん達、何日くらいで来れるのかな?」


「今回は軍人ばかりではありませんので、少なくとも2週間弱は掛かる予定だそうです。」


 マナエの疑問に、アザミが答える。

 一般人の足だしね。足弱の人や子供用に馬車も何台か都合されているけど、どうしてもペースは遅くなる。


 あと当面の問題は……


「道中の魔物の駆除と、盗賊の類の掃討か。あとは物資の補給だな。」


 魔物は、王都から離れれば離れるほど手強くなる。

 逆に盗賊は、王都など物流の盛んな地域の方が勢力が大きい。


 今日から移民団の行軍中の十数日は、俺達が協力して、それらの道中の危険を取り除くことになっている。


 まあ、移民団1000人中100人は軍人だし、護衛の冒険者も何パーティーか雇っている。更に、辺境領へ帰還するマクレーン辺境伯の軍も同伴しているから、滅多なことでは被害は出ないだろうと思う。


 姫さんの部隊だって居るしね。


「マナカ様、計画通りに、砦から王都に向けて駆除して行くようにしますか?」


 うーん、それなんだけどね……


「考えてたんだけど、森以外の在野の魔物や魔獣って、俺らの相手にならないのばっかりだよな?」


 ひとつ懸念があるんだよねぇ。


「都市部の魔物などは、同じ種でもこの森のそれに比べてかなり弱い筈です。中には自我を持ったユニーク級の魔物も居ますが、それら危険な魔物は縄張りをあまり動かず、把握されていれば王国が隔離、管理しています。」


 だよね、弱いんだよねぇ。


「頭、弱いなら問題無ぇんじゃねぇですかい?」


 イチが訊ねてくる。

 まあ、駆除する分には問題無いんだけどね。


「イチ。それじゃ聞くけど、弱い生き物ってさ、自分より強い生き物と遭遇したら、どうすると思う? それも相手は自分を殺そうとしてるとなると、どうする?」


「そりゃあ、決まってますぜ。一目散に逃げるでしょうや。死にたいなんて思う生き物は、普通は居りやせんぜ?」


 そうなんだよ。普通、逃げるんだよなぁ……


「なるほどのぉ。つまり主様は、儂らが始末し損ねた魔物らが逃げ出して、周囲に被害を出すことを気に掛けておるわけじゃな?」


 はい。シュラさん正解です。

 今の今までそこに気付かなかったんだよね。


 強い者に追われた魔物が移動をする。

 自然とそれは上位から下位へと伝播して、魔物の移動の連鎖が起きる。


 そうして出来上がるのは、魔物の氾濫スタンピードだ。


 その進路上に規模の小さな町や村でも在れば、ひとたまりもない。

 防壁を持った街や都市でも危ういだろう。


「そういうこと。俺達が魔物を追うことで、もしスタンピードを誘発してしまえば、少なくない被害を王国領に与えてしまうんだよ。そうなったら、折角の信用も裏切ることになっちゃうし……」


 挙句こっちは少人数。魔物の群れに分散でもされたら、手の施しようがない。


「しくったなぁ。少しでも心証良くしようと、安請け合いし過ぎたか……?」


 あれもこれもと手を伸ばしてはみたが、考えが足りなかったな。

 これは、完全に俺のミスだわ。やっちゃう前に気付いて、まだ良かったけどさ。


「確かに、そうなると我々では手が足りませんね。どうしますか、マナカ様?」


 みんなで考え込む。


「魔法で罠を仕掛けて、進路を限定してはどうでしょうか?」


 アネモネの提案だ。


 ダメだな。

 規模も内容も不明じゃ、効果的な罠は仕掛けられない。使わなかった罠の後処理もある。


「逃げたら追い掛けて、各個撃破で良いのではないかのう? 儂らより速い魔物など、そうは居まい。」


 シュラさん脳筋お疲れっす。

 規模がどんだけになるか分からないんだっての。不確定要素が多過ぎだ。


「敢えて一箇所に追い立て、集まった所を殲滅するというのはどうでしょう? 加えて、王都側から辺境に向かって追えば、被害は少なくなるのではないでしょうか?」


 アザミのは一考の余地があるかな……?


 弱い方から追い立てる、か。確かに強い魔物のテリトリーに追い込めば、行動は制限できるかも。

 いける……いや、結局は人数が必要か。少ない人数で魔物に指向性を持たせて追う自信が無い。


「うーん、どうしたもんかなー?」


 なかなか打開案が出ない。みんなも難しい顔だ。

 これは、姫さんに無理かもって謝った方がいいかなぁ?


「移民さん達を襲ってくる魔物さんを倒すだけじゃ、ダメなの?」


 マナエが、なんでそんなに悩んでるの? といった感じで発言する。


「あのな、マナエ。移民団の脅威を取り除くってのが、今回のお仕事なんだよ。だから行く先々に居る魔物を駆除する…………」


 あれ? いいんじゃね?

 別に駆除しなくても良くね?


 追い掛けるから手が足りないんであって、向こうから来る分には襲う隙を与えずに倒せば良いだけだ。


 あれ、これいけるな?


「マナエ!! 大好きだぞおおおぉぉぉ!!!」


「わきゃあっ!? ど、どうしたのお兄ちゃん!?」


 思わずマナエを抱きしめ頬擦りする。頭もワシャワシャ撫でちゃう。


 そうじゃん。無理に殲滅に拘らなくたっていいんだよ。

 俺らが、移民団を護衛すれば良いだけじゃん。




〜 ユーフェミア王国 辺境領へ向かう街道 〜



「という訳で、来ちゃった♪」


「いや、どういう訳だ。説明しろバカもの。」


 我が家での話し合いから1日。

 俺はダンジョンを【家族旅行モード】にして、一家総出で移民団の所まで駆け付けた。


 流石に全員が飛べる訳じゃないから、ちょっと時間は掛かったけどね。

 そして、移民団と接触し、姫さんの前まで通してもらった、というわけだ。


 ん? アネモネさん?

 なんでそんな怖い顔して姫さんの隣に立ってるの?


 なっ!? アザミ?! シュラ?!

 どうして俺の両脇を固めて拘束するんだ!?


「マスター、正座してください。」


 凍えるような温度の感じられない声。

 背筋に大きな氷を当てられたような、心臓を鷲掴みされるようなプレッシャー。


 訳が分からない。何故アネモネさんがガチお怒りモードに!?

 あ、よせ2人共! な、何をするーっ!?


「正座、です。」


 ははははいいいぃぃぃっ!?


 ……半ば強制的に正座させられました。解せぬ。


「マスター、確認します。マスターはこのように移民団の護衛をされることを、王女殿下に予めお伝えしましたか?」


 え? それは今から説明しようと……


「もう一点です。マスターは、私達が護衛に就くことを、私達に説明して出発されましたか?」


 あれ? だってみんなで話し合って決め…………てないな?

 俺が妙案にはしゃいで連れ出しただけだったわ。


 あー、えーと、その…………


「ご、ごめんなさい……!」


 くっ! やめろよ姫さん!

 そんな哀れな奴を見る目で俺を見るんじゃねぇ!


「あー……変わらないようだな、マナカは。」


 ぐああぁっ!?

 ちょっ! 何気に刺さるぞ今の言葉は!?


「申し訳ありません。私共の教育が足りませんでした。」


 ぐふっ!?


「いや、気にしないでくれアネモネ殿。心中お察しするぞ。」


 がはっ!?


「主様よ、済まんのう。特別なブランデーをくれるとなれば、断れんかったのじゃ。」


「マナカ様に密着できて、アザミは幸せです……!」


 こ、こいつら……!


 アザミはなんか触れない方が良さそうだけど、シュラてめぇ!?

 あっさり買収されてんなよ!? お前覚えとけよ!?


「それで? 護衛ならば、誰かのおかげで割と多く揃えられたのだが、それでも尚、というのはどういうことだ?」


 姫さんに説明を求められるが、俺が口を開く前に、アネモネさんが説明してくださっちゃった。


 つまり、正座は継続ってことだ。


「……なるほど。当初の計画にはそのような落ち度があったか。我も盲点だったな。ご配慮、感謝する。」


「あのねあのね! あたしが護衛したら? って言ったんだよー!」


 ま、マナエ!? お兄ちゃんを先ず助けてくれないのか!?


「そうかそうか! 流石マナエだな! まったく。何処ぞの愚兄にも見習ってもらいたいものだな?」


 くっ! これ見よがしにマナエを撫でやがって!

 だが、動けぬ……! だってアネモネさんの視線が怖いんだもん!!


「ぐぬぬぬぬ…………!」


 せめて届け! 俺の妬み嫉みオーラよ!!


「マスター、反省が見えませんが?」


 ひいっ!? ごごご、ごめんなさあぁぁいっ!?


 ダメだ……勝てる気がしねぇ……!


「姐さん、そろそろ頭を許してやってくだせぇ。どうしてもと言うなら、あっしのエンコを詰めてケジメとしてくだせぇ!」


 い、イチ!!!!

 お前は良い奴だなあ!! ありがとうありがとうありがとう!!

 でも、エンコ詰めるとか怖いことはやめてください!?


「……はぁ。イチがそこまで言うのなら、仕方ありません。マスター、もういいですよ。」


 イチのおかげで、俺はようやく正座地獄から解放された。


「ぬおぉぉ……! あ、足が痺れる……!」


 そして始まる第2の地獄。

 その名も、急な血流で足に痺れが走る地獄!


「頭、大丈夫ですかい? あっしの肩をお貸ししやすぜ。」


 イチ……! お前ってやつは!!


「それで、マナカ。其方の御仁は? 初めてお会いするが?」


 おお。そういやイチとは初対面だったな。


「ああ、紹介する。コイツの名前はイチ。新しく仲間になった魔人だよ。イチ、この人は、この王国の第1王女様だ。大事な友達だから、お前も仲良くな。」


 姫さんとイチを、お互いに紹介する。


「お初にお目にかかりやす、イチといいやす。頭のご友人とあらば、あっしのタマが散ろうとも守り通しやすぜ。」


「あ、ああ。我はフリオールだ。この度、迷宮の都市の代官として統治に当たることになった。畏まらなくても良い故、よろしく頼む。」


 だから重いってイチ! 初対面でタマ張るとか、姫さん引いちゃってるじゃん!?


 とまあ、こんな緩い空気全開の俺達だったが、そんな俺達の元に近付く人物がいた。


「やけに騒がしいと思ったら、お主かマナカ殿。其方の面々は、お主の仲間だな?」


 おお、マクレーンのおっさんじゃん。砦でのダミーコア通信以来だね。


「お邪魔してるよ。計画に穴があったから、修正したんだ。」


「ほう? ワシにも聞かせてくれぬか?」


 俺は、合流したマクレーン辺境伯にも事情を説明した。


「ふむ、なるほどな。確かにそこは盲点であったな。それに王国領近郊から魔物が姿を消せば、冒険者も出て行ってしまったやもしれんな。英断に感謝する。」


 あー、そういう心配もあったか。

 そりゃそうだわな。自分らの飯のタネが無くなれば、冒険者達も路頭に迷っちゃうよね。


「気付けて良かったよ。てな訳で、これから俺達も護衛に加わる。共有の物資なんかは全部俺が収納するから荷馬車も何台かは空くだろうし、そこに移民を乗せれば速度も上がるだろ? みんなで協力して辺境を目指そう。」


 こうして俺達の護衛は受け入れられ、身軽になった移民団は行軍速度を増した。


 そして道中の護衛計画も擦り合わせが行われ、一部見直されたのだ。


 まず中央に移民団と物資を配置し、それを辺境軍が挟むように護衛する。この中央にはもちろん、姫さんが入ることになる。


 そうそう、姫さんの仲間達もみんなついて来てくれたみたいで、マナエやシュラ、アザミなんかはもみくちゃにされていたな。

 みんな元気そうで良かったよ。


 そして辺境軍を挟むように、雇った冒険者パーティーが前後を警戒する。


 パーティーは全部で四つ雇われていて、偶々王都に立ち寄っていたAランクパーティーが、纏め役になってくれている。


 Aランクパーティー【火竜の逆鱗】。


 過去に火竜を討伐した元傭兵がリーダーで、戦士2人に、弓士、僧侶、魔法使い、斥候の6人で構成されたバランスの良いパーティーだ。

 実績も充分みたいで、他のパーティーからも信頼されている。


 Bランクパーティー【妖精の羽根】。


 女性のみ5人で構成されたパーティーで、魔法使い2人、剣士、斥候、精霊使いという構成。

 次点のBランクというだけでなく、その華々しさで移民を含めて誰からも受け入れられている。


 Cランクパーティー【燕の巣】。


 人数は最多の8人。各地を転々としていた傭兵が集まって結成したパーティーらしい。剣士、戦士が2名ずつで、斥候3名、弓士1人という、なかなか脳筋な構成だ。

 なんでも基本的には裏を取っての突撃戦を主体にしているらしい。

 ガサツな印象だが、気立ては良さそうだ。


 うん、パーティー名にはツッコまんぞ俺は。


 同じくCランクの【黒狼の牙】。


 剣士1人に、斥候4人という、変わった構成の5人パーティーだ。

 普段は調査系の依頼を受けることが多いらしく、情報の扱いに長けているとのこと。かと言って戦闘は専門外というわけでもないらしい。

 リーダーの剣士以外みんな無口だし、地味に取っ付き難い。


 そんなクセの強い、総勢21人の冒険者が、各々のパーティーから斥候を出して周囲に警戒網を敷いている。


 そして、より安全に、迅速にということで、魔物との戦闘は一切を俺達が引き受けた。

 冒険者達の警戒網に掛かった魔物に向けて、我がダンジョンの誇る二大脳筋戦闘狂を放つのだ。


 冒険者や騎士達は最初は渋っていたが、魔石含め素材は2割を軍に、8割を冒険者達に引き渡すと提案したら、納得してくれたよ。


 道中の必要物資は俺が一手に持ち(収納してるけど)、そんな鉄壁の布陣で、移民団は再び、辺境を目指して歩き始めたのだ。



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