第九話 確かにコシの強そうな御髪ですこと。


〜 ブリンクス辺境領 惑わしの森 北端砦 〜



 いよいよこの日がやって来たか。

 俺は、ユーフェミア王国北端の、【惑わしの森】に面する砦に来ている。


 その砦の森側で、開門を求めて待機しているところだ。


 お供にはアネモネと、狐状態のアザミを連れて来ている。


「これで転移施設を創ったら、ようやく移民の準備完了だな。」


 短いようで長かったなぁ。

 転生して、まだひと月ちょっとしか経ってないってのに、目まぐるしく状況は変わり続けたもんなぁ。


 転生して死にかけて、特訓して死にかけて、配下を増やして死にかけて、王国と友達になろうとして死にかけて……


 あれ? なんでだろう? 目から塩っぱい水が溢れて止まらないよ……?

 うん。なんで俺、あんなに死にかけてたんだろう……?


「マスター、どうして泣いているのですか?」


 アネモネめ! 俺の事を誰より解ってるくせに!


「いや、短い間にホント色々有ったなぁってさ……」


 思わず絶望のポーズをとってしまうよ。

 俺ってば、よく生きてたな……


 改めて、強靭な身体を持つアークデーモンに転生させてくれた幼女かみさまに感謝だな。


 移民が来るのはまだもうちょい先だけど、転生してからの努力の、一先ずの成果を噛み締める。


「開門ー!!」


 砦の中から声が響く。

 巨大で重厚な鉄扉が、軋む音と共に開いていく。


 完全に開いた門から1人の騎士が、数名の兵士を伴い歩み出て来る。


 40代前半くらいか?

 面鎧の無い兜からは、幾度も修羅場を潜り抜けた、戦う男の精悍な顔が覗く。


 その騎士の男は、俺達から少し離れた場所で立ち止まり、声を上げる。


「お待たせした。貴殿が、迷宮の主であるマナカ・リクゴウ殿で相違無いか?」


 うんうん、本人確認は大事だよね。


「はい。俺がマナカです。この身の証は、此処に。」


 そう答え、手に持って準備していた物を差し出す。


 それは一振りの短剣だ。

 魔銀ミスリルで打たれた、ユーフェミア王国王家の紋章が刻まれている特別な品である。


 王様から身分証の代わりにと渡された物で、魔力を通すと発光し、紋章が浮かび上がる造りになっている。

 王家が信頼する相手にのみ下賜するという、滅多にお目にかかれない逸品だよ。


あらためさせていただく。」


 騎士の男は、丁寧に俺から短剣を受け取ると、鞘から引き抜く。

 そして魔力を注ぎ紋章を確認すると、鞘に戻して返してくれる。


「確かに確認致しました。ようこそお越しくださいました、マナカ様。マクレーン辺境伯より話は伺っております。先程の無礼をお許しください。」


 確認が取れて、態度を改める騎士の男。


「申し遅れました。私は、本日マナカ様のご案内を仰せつかりました、エンリケ・ハメルと申します。どうぞ、お見知り置きを。」


 わざわざ兜を脱ぎ、腰を折って丁寧に一礼してくれる。


「本日はよろしくお願いします、エンリケ殿。そんなに畏まらなくても良いですよ。俺は立ち位置が特殊なだけで、身分なんて無いんですから。」


 王家の短剣を仕舞い、楽にしてもらうよう声を掛ける。


 そんな堅苦しくしなくて良いからね? 逆に緊張しちゃうからさ。


「いえ、そうは参りません。貴殿は、我らが王国の恩人であり、盟友と成られたお方なのですから。それから、私に対しての敬称も不要です。どうぞエンリケとお呼びください。」


 うむむむ、断られちった。


 まあ、あんまり頑なになるのも逆に気を遣わせちゃうか。

 ここは俺が折れるとしよう。


「分かりました。ただ、敬称なしは心苦しいので、エンリケさんと呼ばせてもらいます。それでは、早速確認をしたいのですが?」


 話を進めることにする。

 あくまで今日の目的は、砦に転移施設を建造することだからね。


「かしこまりました。では、砦の中へどうぞ。先ずは予定を確認させていただき、それから現場へとご案内させていただきます。」


 そう言って砦内部へと先導してくれる。


 エンリケさんに続いて門を潜ると、砦に駐屯している騎士達、兵士達が整列して、出迎えてくれていた。


 ざっと見回しても200人くらい並んで居る。


 もしかして、今砦に居る人達全員じゃなかろうか?

 なんか使用人っぽい人とか、コックさんみたいな人とかも隅に並んでるし。


「まさか、わざわざ砦に居る皆さん全員を集めたんですか?」


 お願い。違うと言ってくれ。


「仰る通りです。辺境伯と共に王都に赴いた人員以外は全員招集し、お出迎えさせていただきました。総勢で210名となります。」


 大袈裟だよぉ……!

 俺ってばチャッと来て、チャチャッと造って、チャチャチャッと説明して帰るつもりだったのに。


 そしてそんな集められた彼等は、俺に従う巨大な狐の姿に若干腰が引けている様子だ。


「アザミ。砦の皆さんが緊張しちゃうから、もう人化していいよ。」


 迷宮の主ってことを判り易く伝えるために、敢えてアザミには狐の姿で従ってもらってたけど、全員に見てもらったようだから、もういいよね。

 固有スキル【人化】を使い、獣人の姿になってもらう。


 光りながら人の姿に変化したことでどよめきが上がりはしたが、流石に精強な前線の部隊だ。大声で驚いたり、取り乱したりすること無く、落ち着いている。


 もしかしたら、アザミのことも周知されてるのかもね。


 エンリケさんに先導され兵士達の列の間を進み、砦の中へと入って行く。


 少し歩いて通されたのは、来客用であろう応接室だった。


 落ち着いた風合いの調度品が揃えられ、部屋の中央のテーブルを挟んで、上等そうなソファが向き合っている。


 至極当然のように上座を勧められたので、座らせてもらう。

 アネモネとアザミは座らずに、俺の後ろで控えている。


 使用人の女性が入室し、紅茶を淹れてくれたので有難くいただく。

 後ろの2人は遠慮したようだ。


 お茶を出し終えた使用人が退室する。


 それを確認し、エンリケさんが対面のソファに腰を下ろし、テーブルに大きな紙を広げ、説明を始めた。


「こちらが、この砦の見取り図です。マナカ殿に転移施設を建造していただくのは、この辺り……砦の南門を出て、すぐの所です。元々拓けた場所ですので、すぐにでも建てられます。」


 砦の外なのね。

 まあ、そりゃそうか。砦の中に一般市民を入れるわけにはいかないもんね。


 でもさ、これだと……


「これでは、警備の方の交代が大変ではないですか? いちいち門から出入りしなければならないというのは、負担ではないでしょうか。」


 何時間交代になるのかは知らないけど、雨の日も雪の日もあるだろうし、わざわざ外に出なければならないのは、なかなかの負担ではなかろうか。


 更に、交代や連絡の度に門を開け閉めすることを考えると、防衛上でも問題に思える。


「しかし、民を砦の中に入れるわけにもいきませんので、警備隊の皆には話し、納得してもらっています。」


 えー、流石にかわいそうだよ。うーむ。


「差し出がましいですが、よろしければ通用口と通路も併設しましょうか? 砦の防壁の一部に穴を空けることになりますが、繋いだ後に厚い壁で隙間無く覆いますし、外壁の高さも防壁に揃えましょう。


 そうすれば今在る防壁上の巡回通路とも繋げられますし、施設屋上を物見台のように設計してもいいでしょう。」


 うん。そうすれば、わざわざ門を開けずに人員の交代も連絡もできるし、施設入り口は、封鎖される時間は結界を展開するようにすれば防衛上も問題無いだろう。


「それは……確かにそれならば、兵の負担も軽減され、且つ防衛力も増すかもしれません。しかし、あくまで此処の将はマクレーン辺境伯ですので、確認を取らないことには、なんともお返事致しかねます。申し訳ありません……」


 まあ、そうなるよね。そんじゃ、訊いてみちゃいましょうか。


「ならば、今から確認してみましょう。彼は未だ王城に留まっている筈ですので、すぐに連絡が付くと思いますよ。」


 何言ってんだこいつ? って感じの顔をするエンリケさんを一先ず置いておき、無限収納インベントリから両手に乗る程度の大きさの宝珠オーブ――ダミーコアを取り出す。


 早速魔力を注ぎ、通信を試みる。


『ん、マナカか? どうしたのだ?』


 魔力を注いで少しすると、ダミーコアから声が聴こえる。

 よし、繋がったな。


「よお、姫さん。今って時間あるか?」


 うん、我ながら馴れ馴れしいにもほどがあるな。

 エンリケさんが、信じられないモノを見るような目で俺を凝視して、固まっちゃってるよ。


『ああ、我は丁度手空きだが、今日は一体何用なのだ?』


 よしよし。

 早速姫さんにも、今の状況と事の次第を説明する。その上で、マクレーン辺境伯に取り次いでほしいと、お願いする。


『ふむ。確かにそれは辺境伯の承認が必要だな。彼は今日は、割り当てられた自室で書類仕事をしている筈だから、恐らく大丈夫だろう。確認して折り返すか?』


 さっすが姫さんだぜ。話が早くて助かります。

 でも、切るのは待ってちょ。


「まだ映像は繋がないから、このまま持って行ってくれないかな? 今使ってるのは、辺境伯のおっさんにあげる予定の新しいダミーコアだから、まだそっちから繋げられないからね。」


 おっさんに魔力を登録してもらって、パスを確立しないといけないからね。


『なるほど、承知した。では今から早速向かう故、暫し待っていてくれ。』


 快く引き受けてくれたね。姫さん、ありがとう!


「ま、マナカ殿……? い、今のお声は、もしや……」


 ん? え、判ってたんでしょ?

 って言ってるし。


「はい。お察しの通り、フリオール王女殿下ですよ。彼女と俺は、お互いに信頼し合っている友人同士ですからね。よくこうして情報交換していますよ?」


 あらら、また固まっちゃった。


 一応姫さんの方に声が漏れないよう、ダミーコアを少し退けて、小声で話をする。

 そうして、なんとかエンリケさんの再起動を成功させようと試みている間に、どうやら姫さんが到着したらしい。


 はきはきとした声でやり取りをしている声が聴こえる。


 それから少しして。


『待たせて済まない。無事辺境伯の部屋に着いたぞ。既に人払いも済ませてある。』


 さす姫っすね! 仕事も早くて助かります。


「ありがとう、姫さん。マクレーン辺境伯閣下、お久し振りです。聴こえますか?」


 もうバレバレだろうが、一応猫を被ってご挨拶します。


『マナカ殿か。本当に辺境まで届いているのだな。ああ、そんなぎこちない敬語は使わんでよろしい。ワシはただのじゃからなぁ。』


 あらいやだ! この人この前のこと根に持ってますわよ!?


「いや、おっさん呼びはごめんて。すみません。申し訳ない! そんないつまでも根に持ってると、アンタも禿げちゃうよ?」


『ワシはまだまだフッサフサだ! フューズと一緒にするでないわ!』


 おおう……! 断固とした意思を感じるぞ。

 もしかして気にしてたのかな?


『あー、じゃれ合いはそのくらいにして、本題に入ったらどうだ?』


 おっと。まさか姫さんからお叱りを受けるとはね。


『ごほんっ……そうだな。それでマナカ殿、我が砦について話があるとか?』


 そうだね。遊ぶのはほどほどにしなきゃね。

 でもその前に。


「その前に、映像を繋ぐからちょいとお待ちを。顔を見て話した方が、よりスムーズに進むからね。」


 そう言って、正面のエンリケさんを宥めつつ俺の隣に座らせる。

 そしてダミーコアを操作し、姫さんのコアと映像を繋ぐ。


「こ、これは!? か、閣下なのですか?! フリオール殿下も! ご、ご無沙汰しております!!」


 目の前に姫さんと辺境伯の顔が並んで現れたため、驚愕しながらも慌てて立ち上がり、頭を下げるエンリケさん。


『おお! 先日の議場でも見たが、本当に離れた場所の光景が観られるのだな。これは凄い。そこは、ワシの砦の応接室だな。隣に居るのは、エンリケか。』


『エンリケ殿、その節は世話になったな。改めて礼を言わせてもらう。さあ、楽にして座ると良い。』


 姫さんの言葉に恐縮しきりなエンリケさんを座らせ、場を仕切り直して本題に入る。


「さて、本題だね。姫さんにはもう簡単に説明したんだけど。砦に建設予定の転移施設なんだけどさ、砦と繋いじゃってもいいかなぁ、って思って。」


 そうして、移民計画の主要メンバーでもある2人に説明していく。


 現行のままだと、警備兵の交代や連絡の際に、毎回砦の門を開閉せねばならず、負担もさることながら防衛上も問題となっていること。

 通用口と通路を設ければ、門を通らずとも交代、連絡が可能になること。

砦と施設は隙間無く強固な壁で繋ぐこと。

 施設の壁は防壁の高さに揃え、防壁上の通路と繋ぎ、物見台としても活用できること。


 等々、今有る問題と、その解決案、その際の利点などを伝える。


 2人は真剣な顔で話を聴いてくれている。


「てな感じでね。マークおじ様が許してくれれば、俺の方で良いように改築できるってわけなんだよ。」


『ワシをそう呼んでいいのはフリィだけじゃ。しかし、なるほどな。言ってみれば砦の防壁の改善にも繋がるということか。』


 ありゃ、親しみを込めて呼んでみたのに。


 しかし、流石だね。一発で今回の話の肝を突いたか。


「その通りだよ。森の魔物なんかは俺も仲間達も協力するし、どうとでもなるからね。北の魔界に関しても同様で、王国よりも真っ先に俺が気付く。問題は南だったんだよね。


 今回の移民計画で、辺境の価値が一気に上がってしまったから。魔物より、魔族より、同じ人間の方が脅威だなんて、どうやらこの世界の神様は、皮肉が好きらしいね。」


 いつだって、どこでだって、人間の敵は人間だ。

 前世でもそうだったもんな。


『耳が痛いことを言うでない、マナカ殿。お主とて元は人間だろう?』


 はいそうですよ。それがなにか?


『2人とも、話が逸れたぞ。愚痴は我の居ない所で吐け。』


 あーい。なんか今日は姫さんが輝いて見えるわ。


「閣下。差し出口をお許しください。私は、マナカ殿の提案を支持致します。この砦は王国の盾です。それが改善されより堅固になるのなら、兵達が生き延び戦い続けられる可能性が上がるのならば、私は伏してでもそう願いたく存じます。」


 お、エンリケさんから援護射撃だ。やっぱり実際に警備に就いている人の言葉は重みが違うね。

 辺境伯のおっさんも乗り気になったみたいだな。


『相分かった。他ならぬエンリケ、お主の言葉であるならば、全幅の信頼を置ける。ユーフェミア王国ブリンクス辺境領伯、マクレーン・ブリンクスの名に於いて要請する。マナカ殿、我が砦の改修依頼、どうか受けてほしい。』


 よし。これでダンジョンの玄関もより強固にできるぞ。

 防壁の改修? もちろん、徹底的にやってやるさね。


『エンリケに命ずる。これより砦総員を以てマナカ殿に協力し、此度の改修を全うせよ。お主はマナカ殿を補佐し、良く支えよ。』


「はっ! 仰せの通りに!」


 砦の人達も全面協力してくれるみたいだし、幸先良いスタートだな。


 ……フラグじゃないからね?! 厄介事はゴメンだよ!?



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