第八話 無駄にカッコイイ名前してんじゃねえよ。


〜 ダンジョン【惑わしの揺籃】 都市【幸福の揺籃ウィール・クレイドル】 〜



「あんれ? もしもーし? ちゃんと聴こえてる?」


 お返事がありまてん。どうしたのかしらん?


『マナカ様、大丈夫です。聴こえています。ただ皆様は驚いて声も出せていないだけです。』


 アザミが返事をしてくれた。


 俺は今、ダンジョン都市ウィール・クレイドルを背景に、王城に居る皆さんへの実況生中継をしているところだ。


 ダミーコアの有用性と、ダンジョン都市の利便性、機能性を同時に伝える、一石二鳥の策である。


「繋がってるなら良かったよ。はい、王城の皆様方。私は今、我が迷宮の最奥、今回王国の民を受け入れることになる都市に来ております! 私の背後の街並みが見えますか? 今後移民の皆様は、あちらの街で生活をしていただくことになります。」


 そう言って、背後の街を手で示す。

 此方からは、王城の議場かな?――に集められた王侯貴族らが、ポカンと口を開けて俺を見上げているのが視えている。


 わはは。そこまで驚かれると気分が良いのう。


『ま、マナカ殿、なのか……? これは一体……?』


 おや王様。一週間ぶりだね。


「これは国王陛下! ご挨拶が遅れて申し訳ありません。これが、陛下に今回お贈りさせていただく、ダミーコアの能力です。王女殿下にお渡しした物にも、後ほど同じようにこの機能を付与しますね。


 これは、離れた場所にあるダミーコア同士、若しくはダミーコアと我が迷宮の本物の核――ダンジョンコアを繋ぎ、現地の光景と音声を鑑賞出来るという代物でございます。


 これが有れば、離れてこの街を統治される王女殿下とも、何時でも顔を観ながらお話できる、ということになります。」


『な、なんと!?』


 ざわざわと。王様も周りの貴族達も騒ぎ出す。


 そりゃね。

 ただでさえ通信用の術具は貴重だって聞くし、さらには映像もリアルタイムで投影するんだ。その価値は計り知れまいよ。


『そのような貴重な物を……感謝する、マナカ殿。』


 いえいえ。

 ただでさえ愛娘を辺境より遠くのダンジョンに遣るんだ。心配させないよう心配りするのは当然さね。


「お気になさらず。これは私の願いを聞き届けて下さった国王陛下への、せめてものお礼でございますので。試しに使ってみますか? フリオール殿下、私がお渡ししたダミーコアは、今もお持ちに?」


 王様の傍らに立つ姫さんに訊ねる。


『あ、ああ。此処に。』


 そう言って、こちらに見えるように掲げてくれる。


「結構。それでは、ダンジョンコアとのパスを介して、殿下の持つダミーコアにも、この映像投影機能を付与させていただきますね。」


 そう断って、手元でダンジョンメニューをポチポチと操作する。


 すると、姫さんが持つダミーコアが淡く光を放ち、掌大の大きさから、両掌大の大きさに変化した。


「ちゃんと付与できたようですね。それでは殿下はそのまま持っていて下さい。陛下は、アザミからダミーコアを受け取っていただき、心の中でフリオール殿下を思い浮かべながら、魔力を込めてみて下さい。」


 王様が急ぎ足で壇上より降りて来て、アザミからコアを受け取るのが良く見える。

 後ろから宰相さんが注意しているが聴きもせず、その興奮した姿に思わず苦笑しつつ、見守る。


『では、やってみよう。』


 そう宣言してから、ダミーコアに魔力を注ぎ始めた王様。

 すると。


『おおっ!?』


 驚愕の声が上がる。

 王様の目の前には、俺の姿のウィンドウの隣に、姫さんが映ったウィンドウが投影された筈だ。


 俺の方もパスを繋いだままなので、姫さんの驚いた顔がデカデカと映し出されている。


「王女殿下、良いお顔で驚いて下さり、ありがとうございます。」


 揶揄からかうように声を掛けてやる。


『や、やかましい! まったく!』


 姫さんは慌てて、表情を引き締めた。


「ご覧いただけましたか? 現在は壇上にいらっしゃる王女殿下のお顔も、その周囲の様子も観て取れるというわけです。」


 実際使ってみれば、難しいことも無いし魔力もそんなに使うわけでもない。

 いやあ素晴らしいね!


『このような素晴らしい物を……マナカ殿、重ねて感謝する。』


 王様がお礼を言ってくれる。


「いえいえ。国王陛下が御家族を大切にされていることは、私も良く存じ上げておりますので。因みに、現在は私と王女殿下と、同時に通信をしておりますが、これは先に私との通信をしていたため、そこに経路が繋がったとお考え下さい。


 ですので、王女殿下とだけ通信を行うことももちろん可能ですので、ご安心ください。それでは、万が一の事態に備えて、これからお二人の持つダミーコアに、所有者制限を設けさせていただきます。」


 家族水入らずも、これで大丈夫と。

 そうして、遠隔で王様と姫さん、2人の魔力をダミーコアに登録し、それ以外の魔力では作動しないようロックを掛ける。


『マナカ殿、所有者制限とは?』


 王様から疑問の声。当然だね。


「はい。まあ、私も信頼出来る方にのみお渡ししたいものでしてね。お2人以外の誰かが魔力を込めても、そのダミーコアが機能しないよう制限させていただきました。既にそのようになっております。」


 再び沸き起こるどよめき。

 おうおう、悔しそうな貴族共が良く見えるぜ。あわよくば手に入れようとか考えてたのか? 馬鹿め! 考えが浅いわ!


『なるほど。言われてみれば当然の措置であるな。斯様な心配りまで、まこと、かたじけない。』


 自分のためでもあるからね。気にしないでおくれ。

 姫さんも、そんな嬉しそうな顔してくれるんなら、こんな小細工もした甲斐があったね。


『マナカ殿、我からも感謝を申し上げる。本当にありがとう。』


 よせやい姫さん! 素面シラフで言われても、背中がむず痒いって!


「当方の信頼が少しでも伝われば幸いです。さて、これからどう致しましょう? 折角こうして都市に来ておりますので、宜しければこのまま、都市内を映像でご案内しましょうか?」


 貴族達が噛み付く隙なんぞ与えんよ? このまま議会閉廷まで、時間を潰してくれよう!


『おお! どうであるか、皆の者? 折角なのだから、遠く離れた我等の新しい都市を、案内してもらおうではないか?』


 流石だね王様。俺の意図にもちゃんと気付いているようだ。


 王様にそう言われては臣下の貴族達に否やは無い。


 王様は壇上へと戻り、姫さんは逆にアザミの元へと降りて来て、皆に良く見えるように映像を投影するダミーコアを掲げる。


 あー、安置する台座もセットにすれば良かったかな?

 腕が疲れそうだね?


「それでは早速。此方が、街の南端の大門です。此方からは中央へと、本線となる大通りが延びておりまして――――」


 それからたっぷりと時間を使って、街の構造や建物の案内をして、ウィール・クレイドルの街を歩き回ったのだった。




〜 王都ユーフェミア ブレスガイア城 〜


《フリオール王女視点》



 まったく、あの男は。

 事態を引っ掻き回すことに関しては、本当に天才的だな。


 そう思いつつ、目の前の映像? で悪戯が成功したような笑みを浮かべ、街を案内するマナカを眺める。


『ここ、目玉ですよ! 行政府前の中央大噴水です! こちら、普段はこのように大きいだけの普通の噴水ですが、午前と午後、それぞれ10時と15時に、絡繰りが作動するようになっているんです! あ、丁度もうすぐ15時ですね。少し待ってみましょう!』


 5……4……3……2……1……


 マナカの秒読みの声が響く。

 そして15時を報せる鐘の音と共に、噴水のあちらこちらから何かが現れた。


 それは人魚マーメイドだったり、それを見て驚く人だったり、獣だったり、妖精だったり。

 それらの人形達が音楽に合わせ踊り動く、寸劇のようであった。噴水の水も勢いに緩急がつき、舞台を彩る演出となっている。


 たっぷりと5分ほど続いた人形劇が終わると、自然と議場内に拍手が湧き起こった。


 我もつい手を叩いていたが、1人でなくて良かったぞ。


『お気に召して下さいましたか? この噴水は、この街のシンボルとして考案した物です。家族との、友人との、恋人との待ち合わせや、ふと足を休めた時など、この噴水の周りに様々な人が集まることを願って、建造したのですよ。』


 そう言って。

 まるでお気に入りの玩具オモチャを自慢するように、マナカは無邪気な笑顔で説明していた。


 ……素晴らしい街だ。

 王都でも見たことが無い物に溢れている。


 街並みも美しく、景観を崩さないよう統一した様式の建物が建ち並んでいる。


 学舎に、図書館、治療院、劇場、教会、行政府、商店街、飲食店街、宿屋、鍛冶屋、冒険者ギルド、兵舎……


 生きる上で必要な施設は、全て揃っている。

 更には、住民の娯楽にも配慮した施設まで。


 東西南北の様式の違う公園も見事だ。


 これだけの先進的な都市で新たに生活を始められる民は、間違いなく幸せになれるだろう。


 そして、我がその幸福を支えていくのだ。


 ……と思っていたのだが、なにやら貴族達がコソコソと毒づいているな。


 まあ、この街を見せられたら、その利権に1枚噛めなかったのはさぞや悔しいだろう。


 ん? なんだ?

 1人の貴族が進み出て……あ奴は……!


「国王陛下! 恐れながら申し上げます!!」


 ああ、思い出した。こ奴、マナカがブタ貴族と呼んでいたあの……


「なんだ、メドシュトローム侯爵よ。」


 突如上がった声に議場が静まり返る。

 マナカも、案内の口上を止め、進み出た侯爵を胡散臭そうな目で見詰めている。


「ありがとうございます。この度は、迷宮の主殿には、様々な珍しき物を見せていただき、感謝申し上げる。大変素晴らしい都市でありました。」


 なんだ? やけに素直に賛辞を述べるではないか?


「その上で申し上げたい。フリオール殿下はまだお若い。エスピリス領の統治も、家令が大半を取り仕切って居られるとか。斯様な有様で、エスピリス領とかの都市と、双方安定した統治が可能なのか、と。ここは、殿下の補佐として我等の何れかの人員を帯同すべきではありませぬか?」


 おお! と、ざわめきが上がる。


 こ奴、折角纏まり掛けた話を別口から蒸し返しおった。

 とことん反吐が出るな。


「メドシュトローム侯爵の言う通りです! 補佐官としての同行を希望する!」


「いや、是非とも私に!!」


 騒然となる議場内。これでは結局振り出しだ。

 父上も呆れたように溜め息をついている。


 しかし。


『黙れよ。』


 不意に届く、威圧感すら伴う声。

 発したのは、未だ通信の繋がっているマナカだ。


『国王陛下。少々議会を荒らすこと、お許しください。』


 ……これは、謁見の儀の時と同じだな。

 マナカが、怒っている。


 父上は無言で瞑目し、頷かれる。


『アンタらさぁ、自分で何言ってるか解ってんの? 特にそこの……なんだっけ? ブタシュトローム侯爵?』


 ぶはっ!? や、やめんかバカもの!

 このような時に笑わせるでない!


「なっ!? き、貴様っ!! 如何に陛下と盟友であろうと、愚弄するならば容赦せんぞ!?」


『うっさい、黙れブタ。醜く肥え太りやがって。ちょっとは辺境伯マクレーンのおっさんを見習えや。』


「な、なんだとおおお!!??」


 お得意のアレだな。

 相手の気持ちを揺さぶり、話の主導権を握る。


 マナカの得意技だ。


 ところで、その辺境伯がおっさん呼びにショックを受けているのだが?


『まあ、お前の呼び名なんぞどうでもいいんだよ。それで? 質問の答えは? お前、さっき自分で何言ったか解ってんの?』


 再びの問い掛け。


 マナカは実は、本当に怒っている時は静かに怒る。

 それはあたかも火山が噴火する前兆のように、爆発するための力を溜めているようにだ。


 そして爆発してしまえば、止めるのは難しい。

 実際それで、兄上は殺され掛けたのだからな。


「貴様こそ何を言っているのだ!? 私は王国のため、当然のことを具申したに過ぎん!」


『あっそう。解ってないならいいよ。少なくとも、お前はもう国のためにならないってことは、判明したから。王様も、もうコイツ切っちゃえば? こんなの毒にしかならないでしょ?』


 おいこら! 父上を巻き込むなバカもの!! 見ろ、困っているではないか!


『マジで誰も解ってないんだね? それじゃあ教えてやるよ。でもその前にブタ侯爵。もうひとつ質問だ。お前の立場と役割って何なんだ?』


 罵倒が止まらんな。

 正直我にも、何が彼をここまで怒らせているのかは、分からないのだが……


「決まっている! 私は侯爵! 王国貴族だ!! 哀れな民草を導くのが私の務めだ!!」


 口だけは立派なんだがなぁ。


 こういう時、マナカは何と言っていたか……

 いいぞ、もっとやれ……だったか?


『ぜんっぜんちげぇよボケ。やっぱそこから勘違いしてんじゃねーかよ。いいか? 王が国を創るんじゃねえ。民が集まり、王を戴き、んだ。これは卵が先か鶏が先かなんて、曖昧な話じゃねえぞ? 明確に順番がある。民あってこその国だ。』


 ふむ。国家論か?


「それがどうした?! 何が言いたいのだ!!??」


 ブタシュトローム……メドシュトローム侯爵が噛み付かんばかりに声を上げる。


『王は元を質せば民の1人。多くの民に願われ、導く者に――王となる。いいか? 民を導くのは、王の、王族の務めだ! 貴族はそんな王族の手足となり耳目となり支え働く配下だ! そんなことも忘れて、お前はさっきなんて言ったんだ?!』


 …………お前という奴は。


『姫さんはまだ若いから、荷が重いって? エスピリス領を自力で運営してないから、力不足だって? よくもそんなことが言えるな! お前の主である王族を、公の場で、部外者の俺達も居るのに、よくもこき下ろせたもんだな!? そんなことは言ってない? 対外的にそう受け取られてもおかしくねぇんだよ!』


 本当に……


『領地経営を自力でやってないだ? 部下の力も主の力だろうが。部下に任せられるから任せてるだけだろうが。その間、姫さんはさんざっぱら世直しして民を助けてるだろうが。【姫様の道楽隊】だ? お前らの道楽のせいで苦しんでいる民を救ってるんじゃねえか。勘違いしてんじゃねえよ!』


 バカものめ……!


『お前らはさっき、自分の口で、部外者の前で王族を侮辱したんだ。主を見下し、貶したんだよ。しかもそれを、あろうことかその父親に、国王に言い放ったんだ。記録も残る以上、言い逃れなんかできねぇぞ? そしてそんな馬鹿共を、俺が受け入れる訳ねぇだろうが。俺が王ならお前ら全員家潰すぞ?』


 視界が滲んでくる。


 ……最初は、ただ政略結婚を嫌って軍の門を叩いた。

 しかしそこで、王のため、国のために必死に訓練する者達と出会い、志を同じくして隊を創った。


 そうだな。【姫様の道楽隊】と揶揄されたこともあったな。


 だがそれでも、1人でも多くの困窮する民を救いたいと、必死に駆けてきたつもりだ。


 死にそうにはなったが、望外の戦功を挙げ領地を貰いはした。

 しかし領民よりも多くの国民を救いたかった。


 だから領地経営はシュバルツに任せ、旅を続けた。

 彼も頷き、背中を押してくれた。


 自由を与えてくれた家族と、仲間達だけが、我の支えだった。


 そんな今までの、苦労も多かった旅路を。


 彼が。マナカが認めてくれている。


 王族として正しいと、肯定してくれている。


 異世界から来た、本来ならこの国と何の関わりも無い彼が、我のために怒ってくれている。


 なんと嬉しいことだろう。

 どうして彼は、我が一番欲しかった言葉を、気持ちをいつもくれるのだろう。


『まあ、そういうことなんで王様。姫さん達王家と、辺境伯以外の貴族は一切俺の迷宮に立ち入らせないから、そこんとこ宜しくね。あ、文官や軍人達にコイツらの息の掛かった連中が居ないか、そこだけは確認よろしく。


 王家を蔑ろにする貴族なんかとは関わりたくないから、理解してね。そんじゃ、今日のところはこの辺で失礼しますね。アザミも帰っておいで。そんなとこに居るとブタが伝染うつるぞ?』


 あっ……


 彼との通信が切れ、その姿が消えてしまう。

 アザミ殿も、父上に挨拶をして踵を返した。


 思わず、ダミーコアを抱き締める。

 仄かに温かく感じるのは、気のせいだろうか。


 議場は騒然としている。先程まで喚いていた貴族達は、皆一様に顔面蒼白だ。


「やれやれ。危うく盟約が破棄となるところであったな、宰相よ。」


「まったくでございます、陛下。マナカ殿に、また借りが増えてしまいました。」


 マナカの援護を受けて、父上と宰相も完全にこの場を掌握できたようだ。


 結果だけ見れば、またもマナカの口先で、欲深な貴族達の動きを止めたと言える。


 しかし実際には、王家を軽んじる不穏分子を探り当て証拠込みで牽制し、迷宮へ王族の我を派遣することによって、更に強固な結び付きを得た。


 王家は再び力を取り戻すだろう。

 宰相や辺境伯も力になってくれる筈だ。


 本当に、彼はとことんお人好しだ。


 厄介事だらけの我が国を見捨てず、ああして我等に手を貸してくれる。


 そしてまた、とぼけるのだろう。


 何もやっていない、と。我等が頑張ったのだ、と。


 突然代官となり、彼の掌で転がされているのだが、不思議と嫌な気持ちは無いのだ。寧ろ、早くあの迷宮に戻りたいと思っている自分が居ることに気付く。


 もうこれ以上煩わされる事無く、計画が進んで欲しいと思う。


 いや、本当に。切に思うぞ。



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