第七話 その近衛騎士。所により憂鬱、後に晴れるでしょう。


〜 王都ユーフェミア ブレスガイア城 議場 〜



 私はレティシア。レティシア・リッテンバウワー。

 19歳、独身です。


 職業は、ユーフェミア王国王家直属の近衛騎士を務めています。


 リッテンバウワー騎士爵家の長女だが、近衛騎士団入りと同時に独立しています。


 交際相手? 現在募集中です。思い遣りのある男性が良いですね。


 近衛騎士団の中ではまだまだ若輩の新参者ですが、幸いにも王家の方々の覚え良く、こうして議場内での守護にも就かせてもらっています。


 いるのですが。


「はぁ…………!」


 壁際で議場内を見回せる位置に立っているのだが、つい溜息が溢れ出る。


 さっきから、なんなんでしょう、これは。


「ですから、その役目には是非ともズメイ子爵を推薦したい! 彼ならば――――」


「いや! 斯様な重大な任、子爵如きでは荷が勝ち過ぎる! ここは是非わたくし、チェゾーロ伯爵にお任せを――――」


「貴殿らは何を言っておるのだ! 相応しさで言うならば、ノースフェルム侯爵を置いて他に――――」


 良い歳をした貴族の男達が、唾を飛ばし合い罵倒し合い足を引っ張り合い……


「はぁ…………!」


 再び、溜息が漏れる。

 しかし、そんな私に。


「レティシア、気が弛んでいるぞ。」


 隣に立つ近衛騎士団の副団長である、【グスタフ】様から喝が入る。


「はっ! 申し訳ありません!」


 あくまで小声で、それでもハッキリと返事をする。


 いけない。余りにも議会が下らな過ぎて、知らずの内に態度に出ていたようです。

 でもそれも仕方ないでしょう? なんなのですか、この醜い争いは?


 事の発端は、先の王国動乱の火種となった迷宮【惑わしの揺籃】の主が、我がユーフェミア王国と友好的な盟約を結んだことだ。


 その主【マナカ・リクゴウ】という魔族の男は、現在王国に殺到している難民、流民、更には職に喘ぐ民から貧民に至るまで、それら王国が賄い切れない多くの民達を、迷宮に受け入れる、と申し出たのだ。


 更には、盟約布告の式典では友好の証として、我が王にあの伝説の霊薬、【エリクサー】を献上したのだ。

 それも2本用意し、本物の証としてその場で自ら服用して見せた。

 結果我が王は、その場で飲むことはされなかったが、国宝として扱うと約束され、受け取られた。


 そうしてかの迷宮の主との盟約は締結され、移民団が公募され数が整った今現在、この時である。


 我欲に満ちた貴族達がこぞって、移民先の街の代官にと名乗り出したのだ。


 見え透いた腹の内。

 欲に塗れたその瞳。

 綺麗事を吐く大口。


 溜息も出ようものでしょう。なんなら、怒鳴り込みたい心持ちです。


「気持ちは分からんでもない。だが、それと私達の職責は別のものだ。私達の責務は何だ?」


 顔に出ていたのか、グスタフ副団長からの叱責が届く。


「はっ。我等が国王陛下の盾となり、剣となることであります。」


 あくまで視線は議場に向けたままで、グスタフ副団長に答える。


「それでいい。私は外の報告を受けに行く。此処は任せるぞ。」


「はっ!」


 私の返事を背に、議場から退場していくグスタフ副団長。

 それを横目で見送ってから、ゆっくりと議場内を見回す。


 議場の中心では王国貴族諸侯らが、先程から欲という名の唾を吐き散らしています。


 それを囲むように、我等近衛騎士団の面々が配置され、万が一の事態に目を光らせ、備えている。


 その議場を見下ろす形で、大臣達の並び座る長机が在り、その背後には、一段高い机で、議長である宰相閣下が議場を見下ろしている。


 我等が国王陛下は、その更に上。

 王城の構造上2階となる高みから、議場の総てを見下ろして鎮座されている。


 議場は王城の一角、1階と2階を繋げた、オペラハウスのような構造になっている。声も良く反響して通り、書記官が聴き落としの無いよう配慮して設計されているそうです。


 国王陛下の傍らには、我が近衛騎士団の団長、【王国の剣】ガウェイン・フリード様が控えている。


 ガウェイン様は、かの【軍神】マクレーン・ブリンクス辺境伯閣下と一騎討ちで渡り合える程の実力で、しかもまだ27歳とお若く、早晩軍神を超えると目されているお方です。


 私の目標であり、憧れの方です。


 まあそれは置いといて、だ。

 この王国の未来を占う大事であると私でも判る移民計画に、水を差している貴族達を眺める。


 元王太子殿下が失脚された影響か、派閥の勢力争いは激化し、宙に浮いた中間票を如何に取り込むかという動きに余念が無い。

 王家の方々は、国王陛下も含めて誰もが方針の明言を避けているというのに、これである。


 これは王家の威光が衰えた訳ではない。


 貴族達が、王家をかえりみなくなったのだ。

 貴族達が、王家を侮るようになったのだ。


 こうして近衛騎士となり、国の中枢の傍らに立っていると、本当に良く分かります。


 如何に貴族達が、王家を軽んじているか。王家の誇りを、王国の名誉を踏み躙っているか。


「守銭奴の豚共め……!」


 誰にも聴こえないよう、零します。

 グスタフ副団長が退場していて良かったです。


 何故なら、此処から視える近衛の同僚達は、皆苦虫を噛み潰したような、私と同じ顔をしているのですから。


 そう共感を感じていた、その時。


「し、失礼いたしますっ!!」


 バンッという大きな音と共に、開け放たれる議場の扉。

 駆け込んでくる男。


 扉の両脇に控えていた近衛騎士が、すかさず槍でその男を制止する。


「議会の最中であるぞ!! 何事かっ!?」


 議長の宰相閣下が声を上げ叱責されます。


 議会開催中は、基本的に議場への立ち入りは禁止されている。にも関わらず飛び込んで来たということは、余程の緊急事態であるということです。


 議場内に緊張が走る。

 ざわめきが場を満たす。


「め、迷宮より! 惑わしの森の迷宮より、特使と名乗る方が参られました!! 現在、フリオール第1王女殿下が先導し、此方に向かわれております!!」


 ざわめきが一層大きくなる。


 迷宮から特使? それも議会を開いているこの場に向かっている?

 一体何の用なのだ? この場に乱入するほど、火急の案件があるということなのか?


 ……いえ、考察は後回しです。

 そもそもそれは私の、私達近衛騎士の役目ではない。


 同僚達と目配せをして頷き合い、議場に配置された近衛騎士の面々が、素早く入口に向かって陣を組む。


 横列に10人2列。

 議場の上座――重鎮が居並ぶ段の前にも駆け寄り、防陣を整える。


 慌てて取り乱す貴族達が邪魔でしょうがないですね。

 ですが文句を言っている場合ではありません。


「諸侯を守れ! 壇上への通路は死守せよッ!!」


 遅れて議場に戻ったグスタフ副団長が声を張り上げる。


 私は、貴族達を守る横陣の前列、中央に居た。


 緊張で張り詰める空気。

 誰かが唾を飲む音がハッキリと聴こえました。


 静まり返る議場。


 そこに、石の回廊を叩く靴の音が響き、届き始める。

 その音は、徐々に近く、大きくなってくる。


 扉の向こうに姿が視える。

 それは紛れもなく、フリオール第1王女殿下であった。


 その出で立ちは軍装です。

 高らかな軍靴の音を響かせ、その美しい金色の髪を靡かせて、此方に向かって来られています。


 威風堂々と。姫将軍と謳われし威容を振り撒きながら。


 王女殿下が、入場される。


「惑わしの森の迷宮【惑わしの揺籃】が主、マナカ・リクゴウ殿より特使が遣わされた! 対応に当たり、我らが国王陛下の判断が問われる事案と判断し、此処に我ユーフェミア王国第1王女、フリオール・エスピリス・ユーフェミアがお連れした次第である! 道を開けられよっ!!」


 凛とした声。

 議場内に満遍なく響き渡るその声に、思わず聞き惚れます。


 しかし、如何に王女殿下のお言葉であろうと、道を開ける訳にはいきません。

 副団長、団長共に命を発さない以上は、先の命令――貴族達を守ることが優先されます。


 しかし。


「良い、通せ。」


 思わず振り返る。


 そこには。

 議場の最上段には、国王陛下が立ち上がり、議場入口をじっと見詰めておられました。


「近衛隊、道を開けよ!!」


 続いて轟くガウェイン団長の命令。

 私達は困惑しつつも、慌てて議場の両端に避け、列を作る。


「諸侯らも、道を開けよ!」


 宰相閣下の声も響く。

 貴族達が、戸惑いながら中央から脇へ動く。


 それを確認し、フリオール王女殿下が、議場の外へと振り返り、声を掛けた。


「お待たせした。入られよ!」


 音が響く。

 カラン、コロン、と。


 聞き慣れない音が回廊から議場へと入り込む。


 その音を響かせるのは見慣れない靴――後に“ポックリゲタ”という履き物だと聞いた――で、石床を歩む度にカラン、コロン、と鳴る。


 更にまた見慣れない漆黒の衣装に身を包むその人物は、女性だった。しかも、獣人と思しき頭頂部の耳と、腰の何故か沢山在る尾。


 白銀の真っ直ぐな髪を揺らし、カラン、コロンと議場の中央へと歩んで行く。


 吸い込まれそうな程の美貌。雪のような白い肌。紅を差した蕾のような唇が、魂を吸っているかのようです。


 そんな妖しさを纏った彼女が、私の目の前を通り過ぎ、議場中央へと進み出、跪きました。


「我が主、マナカ・リクゴウが命により、主の言葉を携え参上仕りました。突然の登城、平にご容赦を。」


 頭を垂れて口上を述べる、特使だと言う獣人の女性。

 その声は鈴の音のようで、静かに心に響く、そんな心地がした。


「良い。面を上げられよ、アザミ殿。良く参られた。先の謁見の儀以来であるな。」


 !? 王が使者の名乗りよりも先に名を呼ばれた!?


 いやそれより、先の謁見の儀? それは、元王太子殿下の処遇に、かの迷宮の主が物申したという、あの時のことか!?


「国王陛下! 斯様な者に軽々しく声を掛けられては!」


 宰相閣下が思わず声を上げる。

 しかし、国王陛下は溜息と共に口を開いた。


「頭が堅いな。アザミ殿。済まぬが、の姿を見せてやってくれぬか?」


 使者の女性にそう訊ねる。


「承知致しました。」


 するとアザミと陛下に呼ばれた女性は、一言返事をしたと思いきや、光に包まれたのだ!


 思わず近衛騎士の面々が一斉に身構える。勿論私もです。


 光に包まれた女性は、見るまにその体積を増やし、光の消えたその場に佇むのは。


「我が主、マナカ・リクゴウが一の従魔にして騎獣、アザミに御座います。以後、よしなに。」


 白銀の美しい毛並みを持つ、尾が9本も在る巨大な狐であった。


「こ、これは!? 陛下と王女殿下を救い出して下さった魔獣殿!!??」


 宰相閣下が狼狽えている。


 待て、今何と言ったのです? 救い出した? 陛下と王女殿下を?


 それは、先の動乱の話か?

 確かにあの時城の結界が破られ、尖塔が何者かによって破壊され、そこから陛下達を救い出したと聞いていたが……


 まさか、この魔獣がそうだと言うのか?


 再び光り出す魔獣。

 周囲が見詰める中、白銀の魔獣は再び、漆黒の衣服を纏う美しい獣人女性の姿となりました。


「本日は、我が主、マナカ・リクゴウより書状を預かって参りました。おあらため下さい。」


 そう言って、懐より丸められた1枚の羊皮紙を取り出し、未だ傍らに待機されているフリオール殿下に渡そうとする。


「お下がりください殿下!!」


 私とは反対側に待機していた近衛騎士が声を上げ、殿下の前に立ち塞がる。

 しかし殿下は。


「貴様が控えるのだ! 彼女は我と陛下の恩人である。礼を失した行動を取るな!」


 そう仰って、その騎士を退かしてしまわれました。

 そしてあろうことが、殿下が両手でもって恭しく書状を預かり、宰相閣下の元へと届けたのです。


 そして宰相閣下が書状を開かずに検め、安全を確認すると、フリオール殿下と共に最上段へと上がる。


 書状は、国王陛下の手へと渡ったのだ。


「………これは……!」


 書状の封を解き、内容を検める陛下。

 その目は見開かれ、口元に浮ぶのは……笑み?


「宰相、読み上げよ。」


 目を通し終え、傍らに待機する宰相閣下に書状を渡される。

 訝しげながらも、閣下は書状を受け取り、ややあって読み上げ始める。


「では、読み上げます。『このような書状の形でお伝えせざるを得ないこと、どうかご容赦願いたい。当方では、本日、この書状が国王陛下のお目にかかる時分には、全ての受け入れ態勢を整え終えたこと、先ず御報告申し上げる。勿論、受け入れ予定の民、騎士兵士、官吏の総数や内訳の把握も、既に済んでいる。ついてはその先、市街の行政の運営、管理についてであるが――――』こ、これは!?」


 宰相閣下が驚愕した様子で、国王陛下へと顔を振り向けられる。


「続けよ。」


 静かな、それでいて有無を言わさぬ声音で、陛下が先を促される。


「は、はっ!『市街の運営、管理についてであるが、当方としては管理運営は王国側よりの派遣を望むものである。これは当方がこの世界の市井の生活に不明であることが理由のひとつである。そしてそれにより派遣される代官への当方の要望を、ここに記すものである。


 ひとつ、領地運営に確たる実績を有する人物。ひとつ、民から寄せられる信の厚い人物。ひとつ、何より先ず民のことを考えることが出来る人物。ひとつ、迷宮に理解を持ち、尚且つ主である私が、信を置ける人物。以上の要望を満たす人物を、当方より強く推薦したく存ずる。その人物の名は――――』陛下! これは言語道断でございますぞ!!??」


 再び狼狽される宰相閣下。

 その顔に浮ぶのは、驚愕か、それとも怒りか。


「続けよ、宰相!」


 陛下が叱咤される。


 あのお顔は何度か拝見したことがあります。

 あれは、陛下のお心の内で、何らかの決断をされた時のお顔です。


「…………『その人物の名は…………フリオール・エスピリス・ユーフェミア第1王女殿下である。』……!」


 なっ……!? そんな馬鹿なっ!!??


 議場内が悲鳴のような怒号で溢れる。どよめき、ざわめき、非難の声が響き渡る。


 書状にて指名されたご本人、フリオール殿下を窺うと、殿下ご自身も驚愕の表情をなさっている。


「静まるのだ!! 宰相! 未だ続きがあろう!? 読み上げよッ!」


 陛下が立ち上がり、諸侯を一喝される。

 宰相は困惑に満ちた震える声で、書状の続きを読み上げる。


「……『政治的な受け取り方をするのであれば、これは人質に等しく見られるであろうことは承知している。しかし当方と王女殿下は、先の動乱に於いても互いに手を取り合い、支え合い事を治めた、言わば戦友である。殿下であるならば、我らは全幅の信頼を置けるものであることを此処に宣言する。先の動乱に於いて見事王国と我らの橋渡しを成し遂げられ、その所領を豊かに導いて居られる王女殿下の手腕に、王国の未来、延いては我が迷宮の未来を、託したく存じ上げるものである。』……以上です。」


 再び巻き起こるざわめき。

 貴族諸侯は戸惑いの声を上げ、口々に罵詈雑言を零している。


 書状の内容を反芻する。


 要は自分が信用出来る人物を、代官として派遣しろという話です。


 それについては大いに納得できる。

 しかし、それが王女殿下だとは、あまりにも要求が大き過ぎるのではないか?


「静まれ。以上が我が盟友、マナカ・リクゴウからの申し出である。アザミ殿、以上で相違無いか?」


 陛下が先程から沈黙を保つ女性へと、問いを発せられる。


「主マナカは、個人的な事ながらと申しておりましたが、宜しいでしょうか?」


 まだあるのか?

 この一切物怖じを見せない女性は、背筋を伸ばしたまま堂々と、陛下に視線を投げ掛けている。


「許す。申してみよ。」


 陛下が言葉を促される。


 では、と言葉を紡ぐ使者の女性は、朗々と。


「先の動乱を鎮めた折、当方には望外にも多大な見返りが有りました。それはこの後の王国、迷宮双方の発展を約束できるものであり、また主もそれを望んでおります。しかし此処でひとつ。


 先の協力者であり、一番の功労者である王女殿下に、何ら報いが無いことを懸念しておりました。あのような多大なる功績を挙げられた王女殿下には、所領を増やすなりの褒賞が有っても良いのではないか、というのが、主マナカの偽り無き本心でございます。」


 動乱を鎮めた功績の見返りに、王女殿下に迷宮の街を与えよと言うのでしょうか。


「それともうひとつ。先の乱で散々に自身に害を及ぼした騎士兵士を受け入れる。これは迷宮に貴国の軍の駐留を許すということです。内部に他者の兵力を招き入れる行為は、人質を取って身の安全を図るには充分な根拠ではないか、とも申しておりました。」


 自身が受け入れるのだから其方も受け入れろ、と。なるほど言われれば尤もな意見ではあります。

 しかし、矢面に立たされた殿下は…………殿下?


「ククッ……あはははは! 陛下! これはマナカめに、1本取られましたな!!」


 笑っていらっしゃる。

 王女殿下が、まるで幼子のような明るい顔で。


 場内のざわめきが思わず途切れました。


「陛下! フリオールよりお願いがございますっ!」


 陛下に真っ直ぐ向き直り、腰を折り頭を下げられる王女殿下。


「…………申してみよ。」


 まさか、こんなことが。


 余りにも、重大な事が起きようとしています。

 このようなことが、私が生きているこの目の前で、起こり得るのでしょうか。


「はっ! わたくし、フリオール・エスピリス・ユーフェミアは、先の動乱を治めた功績に対し、移民団の赴く都市【幸福の揺籃ウィール・クレイドル】の統治権を、此処に頂戴したく存じます!!」


 再び湧き上がるどよめき。


 悔しがり顔を朱に染める者。

 好機を逃し青ざめる者。

 貴族とは思えぬ汚い言葉を吐く者。


 それとは対照的に、顔に希望を浮かべ、期待に胸を踊らせる者達。


「許す。先の功績の褒賞として、我が娘フリオールに、迷宮の新都市、ウィール・クレイドルの統治を任せる。しかと務め上げよ。」


 巻き起こるのは、歓声と罵声。


 必死に奏上していた貴族達からは、あまりに無体なと非難の声が。


 国王陛下や王女殿下を信ずる者達――我等騎士や中立派、国王派の貴族からは、拍手と惜しみない慶びの声が。


 それも暫くすると、再び陛下によって鎮められた。


「話が纏まって良うございました。では、国王陛下に、我が主よりの心ばかりの贈り物をお渡ししたく存じます。」


 使者の女性――アザミ殿が懐より布に包まれた物を取り出し、封を解いて掲げました。


「アザミ殿、それは?」


 陛下が訊ねられる。

 恭しく掲げられたそれは、両掌に収まるほどの大きさの、水晶のような宝珠オーブであった。


「これは、我らが迷宮の核を模した物、【ダミーコア】でございます。王女殿下に、主自らがお渡しした物と同じでございますが、ひとつだけ違う点がございます。」


 そう言って、アザミ殿は宝珠に魔力を注ぎ始めた。


 すると宝珠が淡い光を発し、そして現れたのは、宙空に描かれた何処かの風景。


 そこは何処かの都市。

 美しい建物の建ち並ぶ、見たことの無い光景でした。


『お! 無事に繋がりましたね! こうして通信が届いたということは、代官の件は此方の要望を叶えて頂けたということですね?』


 そうして宙に浮かぶ光景の中に、声と共に1人の男が映りました。


 それは先の動乱にて、王太子軍を死者無く退け、式典に於いて、その口で王国の希望を説いた、魔族の男。


 使者のアザミ殿の主、マナカ・リクゴウ殿の姿でした。



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