閑話 オヤジ達は眠らない。


〜 夜:王都ユーフェミア ブレスガイア城 応接間 〜


《マクレーン辺境伯視点》



 仕事が終わらぬ……!


 王都に留まってもう半月か。


 あの動乱を治めて1週間で式典を整えたは良いが、急な動きだったために各方面の調整に齟齬そごが出ておる。


 フューズの奴も各国、各機関との折衝や、新しい政策の骨子を組み上げるのに苦闘していると聞く。


 やはり、まつりごととは面倒なものだ。


「失礼します。国王陛下がお見えになられました。」


 補佐官が声を掛けてくる。


 やれやれ、本当に待ったわい。

 ソファから立ち上がり、王を迎える。


「マクレーン辺境伯、待たせて済まなかった。五月蝿い奴らが放してくれなかったものでな。」


 おいおい、本音が漏れとるぞ。


 そう言いながら陛下は、我が親友は目頭を揉みながらソファへ腰を下ろした。


 補佐官に退室するように指示し、ワシも腰を下ろす。

 退室を確認し、部屋にはワシ等2人だけになった。


「なかなか難儀しておるようだな、フューズ。少し禿げたか?」


 補佐官が置いていった紅茶を啜り、軽口を叩く。


「いやいやマーク。そこは『痩せたか?』だろう! 何故お主に毛髪の心配をされねばならんのだ!? 禿げとらんわっ!」


「いや、禿げとるだろう?」


「禿げてはいるが、進んではおらん! ……筈だっ!!」


 息を荒らげ捲し立てる親友。

 乱暴にカップを取ると、一気に飲み干した。


「お主は昔からそうだ! 事ある毎に人の頭のことをネチネチと……!」


 王自らカップに紅茶のお代わりを注ぐ。

 まあ、ワシら2人の時はいつもこうなので、今更気にもならんが。


「それだけ元気が有れば、まだしばらく王は続けられそうだな。」


 思わず笑いも込み上げてくる。

 それに対し、我が親友――フューズは憮然とした顔だ。


「まったく……人の体力を測るのにわざわざ身体的特徴をあげつらうな。本当にお主は変わらんな、マークよ。」


 そう胡乱気な目をするな、友よ。


「それで……決まったのか?」


 何が、とは言うまい。喫緊の課題など、分かりきったことなのだから。


「うむ……やはり処刑が妥当だ、とな……」


 課題とは、元王太子ウィリアムの処遇だ。


 王国は先の動乱を謀反と捉え、首謀者である王太子を国家反逆罪で拘束したのだ。その際、王太子はその身分と王位継承権を剥奪されている。

 そして、現在は城の地下牢に入れられ、王から下される沙汰を待っているのだ。


「どうせ元王太子派の輩共の掌返しであろう? フューズよ、お前が王なのだから、さっさと良いようにしてしまえばよかろう?」


 いくらフューズが厳格な王といえど、血を分けた息子を死なせたい訳が無いのだ。


 それを許さぬ王としての葛藤、国益に反して助けたい父としての葛藤。

 その両方に、板挟みになっているのだろうよ。


「まあいい。それに関しては、お前がしっかりと決めるのだ。どんな決断であれ、ワシはお前に従う。五月蝿い連中も、ワシが黙らせるから安心せい。」


 それよりも……


「それは置いといて、だ。迷宮の件はどうだ? 移民の募集に当面の援助資金・物資の財源確保、移民団の護衛計画……やることは山積しておるだろう?」


 元王太子の処遇なぞ所詮は見栄と外聞の話だ。

 国のためと言うのであれば、これこそが喫緊の課題であろうに。


 まったく、中央の貴族共ときたら……


「それなんだが、が更なる援助を申し出てくれてな。人命の懸かる危急の案件故、腰の重い貴族達が動くのを待ってはいられぬ、とのことでなぁ。我等は、当面の援助資金と護衛の冒険者の確保、その経費のみを供出してくれれば良い、と言ってきたそうだ。」


 それはまた……! 何とも、願ってもない申し出だが……


「だが本当にそれだけで大丈夫なのか? 移動中の食糧や向こうでの生活が整うまでの、住まいや物資も必要であろう? それ無しでどう移民を決行すると言うのだ?」


 あの男の意図するところが読めん。


 思慮深く慎重かと思えば、途端に感情的に動いたりもする。

 そもそも大規模な移民の護衛が冒険者で良いものなのか?


「騎士や軍人には、出来れば暫く会いたくないそうなのだ。まあ、それは分からんでもないがな。それに道中の魔物らの間引きもしてくれると言うしな……移民の人数さえ把握すれば、食糧などの物資は当日までに用意し、届けてくれる、と……」


 なんと言うか……出鱈目デタラメだな。


 このような国家規模の事業に、一個人の資産で参画するなど。改めて、迷宮というモノの価値を見せ付けられた気分だ。


 我等は、そんなモノを敵に回すところだったのだな……!


「その代わりこうも言われたぞ? 『難民だろうが流民だろうが貧民だろうが、受け入れ囲っているならば王国の民に違いは無い。決して差別すること無く、彼等全てに、充分な支援金を持たせるように』とな。いやはや、耳が痛くて敵わんよ……」


 まったく、どこまでも真っ直ぐな男よ。

 そしてこれも、恐らくは国の現状の是正措置に繋がっている。


 現在の王国は、先頃まで活発だった王位継承争いの影響で、経済の循環が滞っている。派閥抗争や飛び交う賄賂のせいで、貨幣が一部に集中してしまっているのだ。


 それを吐き出させる狙いか。


「王国貴族達には、爵位と所領に応じた資金を供出させることで、概ね話は纏まった。部外者に貴族の誇りを説かれては、さしもの守銭奴でも首を横には振れなかったようだな。しかも、後ろには余ら3人が居るのだしな。愚息の二の舞は、避けたかったのであろう。」


 なんともまあ。


 此度の施政は王都が中心となるため、功労者であっても辺境伯ワシが出しゃばることは出来ぬ。故にそれ以外の雑事を、こうして城に留まり手伝って居るのだが……


 これは、ワシが残ることも見越しておるな。


 金を搾り取られた貴族共はこぞって迷宮へと乗り出そうとするだろう。

 少しでも利益を確保しようと、あの男に擦り寄るに違いない。


 敢えて国軍を排し、護衛を冒険者に宛てたのも。市井への演出もあろうが、貴族共を押し除けワシが同行すると踏んでのことだったか。


 どこまでも思慮深い男だ。


「まったく、何処まで見通しているのやら。フューズよ、これではどちらが王か分からぬではないか?」


 つい本音が溢れ出る。

 しかし実際のところ、これならば王国はさほど財政を圧迫せずに済む。


「言ってくれるな、マーク。余とて困惑しているのだ。彼が援助するというその一手だけで、貴族は金を搾り取られ、且つ動きをお主に封じられる。その上で国の財は節約される。彼の居たという世界では、一般人と言えど皆がこれだけの策を弄せるのだろうか……」


 もしそうであるならば、驚異的だ。教育の水準が、明らかに我等とは隔絶している。


「いや、恐らくあ奴が、特別頭が回るのであろうよ。そうでなくては、ワシらの立つ瀬が無いわい。」


 実際そうであって欲しい。切に願うぞ。


「ともあれ、こうまでお膳立てされては仕方あるまい。ワシは移民団と共に辺境へ戻ることにする。さすれば、冒険者もそこまで多く依頼せずに済むだろう?」


「すまんな。頼むぞ、マーク。ああ……それとだな、フリィについてなんだが……どう思う?」


 フリオール王女殿下について?

 そんなもの一目瞭然だろうが。


「完全に惚れておるな、あれは。あんなフリィは、ワシも見たことがないわい。」


 即答してやる。

 すると友は、なんとも言えん顔をして溜め息をつく。


「やっぱり? ……はぁ〜。軍に入ると言い出した時から、自由にさせてやろうとは思っていたが……まさか異種族の、迷宮の主とは…………なあ、マーク。余はどうしたらいいと思う?」


 遂に王の皮も破りおったぞ、コイツ。今ワシの前に居るのは、ただの娘可愛い1人の親父だ。


 まあ、その気持ちは分からんでもないがなぁ……


「そんなことをワシに聞くな。お前があの時に放任を決めた以上、結局は当人同士の問題であろうが。シュバルツは、何と言っていたのだ?」


 ワシら2人以外のフリィの保護者。寧ろ筆頭と言っても良い、あ奴の意見が聞きたい。


「そう言うだろうと思って呼んである。おい、もういいぞシュバルツ。」


 友が声を掛けると同時に、室内に気配が生まれる。

 応接間のカーテンの裏から、ゆっくりとあ奴が姿を見せる。腕は落ちてはいないようだな。


「畏れ多くも、お呼び頂きありがとうございます、国王陛下。」


 相変わらず非の打ち所の無い所作で一礼するシュバルツ。

 フリィが物心着いた頃より彼女に仕える、元王家直属の凄腕の暗殺者が、ワシらの座るソファの傍らに立つ。


「礼などいい。他ならぬ娘のことなのだからな! それで早速だが、シュバルツから観て彼はどうであった?」


 余程娘が心配なのか、友がシュバルツに迫る。


 そんなに心配なら、もっと時間を取って話し合え! とは、今はとても言えまい。


「そうでございますな……敢えて一言で表すならば、【宙に浮く大樹】ですかな。」


 うむ? いや、意味が分からんぞシュバルツ。

 友も同じようで、呆けた顔を晒している。


「シュバルツ、なんだそれは?」


 代わりに訊いてやる。


 シュバルツは、思案深げな顔をして、一息ついてから口を開いた。


「リクゴウ様のことでございます。彼と先日初めてお会いし、お話させていただいた折に、私が彼に抱いた印象です。」


 【宙に浮く大樹】か……


 えらく情緒的な表現を用いるものだ。言葉選びからは、良い印象と悪い印象がい交ぜに感じるが……


「詳しく話してくれ。」


 なり振り構わんなぁ、友よ……!

 フューズが話の先を促す。


「はっ。彼とお会いして先ず感じたのが、他者を尊重するという、強い意志です。大切な者のためならば、躊躇わず我が身を脇に置くという覚悟。それが、彼の言葉や、それまでの行動から伺えました。そこで、命を抱え守る大樹のようだと感じました。」


 言われてみれば、彼は常に他者を気遣っているように感じる。


 此度の盟約にしても、己の生存のためだけでない、王国や民のことも考えた内容であった。


「なるほどな。大樹については、余も感じるところはある。して、宙に浮く、というのは?」


 フューズもワシと同じように感じたのだろう。続きを促した。


「はい。私には、彼は居場所を求めているように感じました。枝に泊まり羽を休める鳥のように。いえ、それよりも強く。此処で生きたいと、根を下ろしたいと、そう願っているように感じたのです。」


 …………何かが、腑に落ちるような。

 ストン、と納得できてしまう。


「…………彼は、此処に根付きたいと思ってくれているのだな……」


 そう言えば、この世界に産まれ落ちてまだ間も無いとも言っていた。


 そんな彼は、あんなにも酷い仕打ちを受けたというのに。

 まだ我等を信じようと、してくれているのだな……


「飽くまで私の主観でございます。断ずるのは、陛下かと……」


 まあ、それもそうなのだが。


「どうだ、フューズよ。ワシは、別に良いと思うのだがな?」


 他ならぬ家族の、娘のことなのだ。容易ならざることだろうが、所詮は早いか遅いかではないのか?


「うむ……余も、彼のことは信を置くに値すると思ってはいる。だがしかしだ! それとこれとは、また別ではないか?! たしかに、何処ぞの顔も知らんボンボンなどよりは遥かにマシではあるのだが……っ!!」


 おうおう。面倒な奴だな、コイツは。

 まあ、それが親心なのかもしれんが。


「それでしたら、陛下。いくつか策を練っては如何かと。王女殿下に知られぬよう、秘密裏にですな…………」


 おいおい。なんか始めよったぞ、こ奴ら。

 シュバルツもやはり、フリィのことが可愛いらしいのう。


 フリィよ……ワシはお主の味方で居ようぞ。だから挫けぬよう、心を強く持つのだぞ。


 はあ……


 なんか、早く辺境に帰りたくなってきたわい…………!



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