閑話 とある王女の熱暴走。
〜 夜:王都ユーフェミア ブレスガイア城 王女の私室 〜
《フリオール第1王女視点》
「そうか……アグノイト達は無事に砦から帰還を始めたか。思えばこれ程長く隊の皆と離れたのは、初めてだったな……」
兄が起こした動乱を治め、彼が迷宮へと帰った後、約定通りに部下達は解放され、辺境伯の砦に入った。
そこで今回の事件の報告作業や、魔物の再調査の手伝いで時間を取られたようだが、それ以外は何事も無く王都への帰途に着いたらしい。
専属執事のシュバルツが、先程渡してきた報告書をテーブルに置き、安堵の息をつく。
「皆を労ってやらねばならんな。此度は色々と大変な目に遭わせてしまった……」
本来であればあの迷宮で、自身の迂闊な行動により命を落としていても不思議ではなかったのだ。
偶然迷宮の主が殺人を好まない性格で、奇跡的に殺傷能力の無い罠に掛かったに過ぎない。
結果だけ見れば、それが機となり此度の盟約へと繋がったのだが。
「いかに自分に足りない物が多いか、思い知らされた気分だな。それに……」
再び報告書を手に取り、
そこには、ある男の足取りを追った調査報告が綴られている。
「貴族街脇の水路に打ち捨てられた、髪色の同じ青年と思しき遺体……か。身元の知れるような衣服も、持ち物も無し。顔もご丁寧に酸で潰され……現在身元調査中……か。」
確かにあの男への憤りは持っているが、こうまで惨い末路を望んだ訳ではない。腰を据え話し合い、何故裏切ったか、理由を本人から聞きたかっただけだ。
身元不明の遺体で確定ではないとは言え、髪色が同じでこの時期である。可能性の方が高いことは、誰でも分かる。
「キースよ……兄上の配下だとは思うが、一体誰が貴様の本来の主だったのだ……?」
我らを裏切り、兄であるウィリアム元王太子に情報を漏らした元部下の男、キース。
軽薄な言動で緊張感に欠けるが、斥候としては非常に優秀で、どんな些細な痕跡も見逃さない、頼れる人材だった。
そして、軍の訓練時代を共に過ごした同期でもあり、自らの隊を持った当初から支え続けてくれた、掛け替えの無い仲間だった。
或いはそれすらも、キースにとっては狙い通りだったのかもしれないが、それでも。
それでも、共に隊の仲間として過ごした時間は本物なのだ。我の部下であったことは事実なのだ。
「隊の皆が知ったら、怒るだろうか。それとも、悲しむのだろうか……?」
それも含めて、隊の皆とは一度ゆっくり時間を取ろう。慰労を込めて、せめて我だけは貴様の魂の安寧を祈ろう。
ソファから立ち上がり、部屋の大窓からバルコニーへと歩み出る。
寝巻きのワンピース姿という薄着には若干夜風が冷たく感じるが、頭を冷やすのには丁度良かった。
しかし……
「ううむ。ワンピースとはいえ、やはりヒラヒラとしたスカートの類いは慣れんな……!」
脚がスースーするし、
冒険者達には、丈の短いスカートで戦う娘や、下着のような防具で肌を露出している者も居るが……
「そういえば、アネモネ殿もメイド服とはいえスカートで戦っていたな……シュラ殿もかなりの軽装で露出が多かったし……恥ずかしくないのだろうか……?」
アザミ殿のキモノというあの衣服も、構造的には腰の帯で抑えているだけの羽織物だと聞くし……
と言うかそもそも彼女たちは、防具は身に着けないのだろうか?
「マナカの嗜好なのだろうか……?」
戦闘中に
際どい服装から露出する
はだけた襟や裾の奥に覗ける女の柔肌。
「我もそうしたら喜ばれるだろうか……」
…………はっ!? わ、我は今、一体何を考えていたのだ!?
必死に頭に浮かんだ映像を振り払う。
あんな……女性を強調した服装など……!!
「それに……我にはそのような格好、似合わぬだろうし……」
大体が彼の周囲には美女しか居ない。
金色の髪を伸ばし、均整のとれたスタイルでいつも優雅で無駄のない、上流階級の女性のような佇まい。整った顔立ちは人形のようで、涼やかな目元など思わず女の我であっても胸を打つ、アネモネ殿。
髪は短いが、燃えるような赤色が美しく、快活な彼女を表すかのような瑞々しい小麦色の肌。それを惜しげも無く露出し、たわわに実った双房には思わず嫉妬を禁じ得ない、シュラ殿。
美しい白銀の真っ直ぐな髪を持ち、異国情緒溢れる服装に身を包む。その下に覗く肌は絹のように白く、着付けの関係で目立たないが、何がとは言わないが実はとても大きい、アザミ殿。
「それに比べて……」
自身の身体を見下ろす。そこで主張しているモノは、あの3人のいずれよりも小さく。
「やはり……彼も大きい方が良いのだろうか……?」
…………って、だから!!! さっきから我は、何を……ッ??!!
それは、あの3人に比べれば慎ましやかだが、それでも人並みには有るつもりだし……って、違うと言うのにッ!!??
はっ……! そ、そういえば、我はこの胸を彼にお、押し付けて…………しがみつき密着させて……ッ!?
「いやだからあれは落ちないように必死で……っ!!」
…………はぁ。頭を冷やそうと思ったのに、逆に火照ってしまった。
シュバルツに頼んで何か冷たい飲み物でも……そういえば父上に呼ばれて居ないのだったな。
仕方ない。少し早いが、ベッドに入ろう。
寝てしまえば余計なことは考えずに済むだろう。
窓とカーテンを閉める。そしてそのままベッドに身を投げ出し、高い天井を眺める。
「……彼は今、何をしているのだろう……?」
脳裏には、彼と出会ってからの事がまるで昨日の事のように鮮明に浮かぶ。
初対面の時は、我は罠に嵌り、囚われの身であった。
あの時は、辱められるくらいならと、玉砕覚悟で櫛を武器に彼に攻撃したな。アネモネ殿に止められたが。
話の途中で泣かされた事も思い出した。
まったくあ奴は、本当に人の弱味を啄くのが好きな、困った奴だ。
レベル上げだと、森で魔物に追い回されもしたな。
そのまま迷宮に引き込み、彼の罠で殲滅した。あの時は彼を少なからず恐ろしく感じたが、その後解体をしている時の、あの悲しそうな顔は酷く印象に残っている。
そういえば彼は、命の奪い合いとは縁遠い場所で暮らして居たのだったか。
親睦のための食事会は楽しかったな。
彼に対する部下達の
アリアにまさぐられて、あまり観られなかったのは残念だ。
初めて空を飛んだ。
あれは貴重な体験だったな。物凄く怖かったが。そういえばあの時も我は彼の背にしがみついて…………やめよう。
また顔が火照ってきた。
だが。
あの時見た満点の星空は、確かに美しかったな。
王都に向かう途中では、ワイバーンの群れに追われた。休憩で
あの時は背ではなく、彼に抱かれての飛行だった。
御伽噺で騎士が姫にするような、横抱きの格好で抱かれ……我は落ちないように彼の首に腕を回し密着して……!
…………だから!! もうッ!!! 変なことを考えるなッ!!
あれは背にしがみつく暇も無く、一刻も早く離脱するために彼がそうしただけであって…………!
いかん、枕が破けてしまいそうだ。
落ち着け。落ち着くのだ、フリオール。
そして城への潜入。
高々度からのアザミ殿による急降下作戦。あの時は本当に死ぬかと思った……!
小さかったバルコニーが、みるみるうちに近付いて眼前一杯に迫って……! 我は降下の恐怖と、振り落とされる恐怖とで必死に彼にしがみついて……そういえば必死だったが、脚まで絡めていたような……?
のああああああぁぁぁッッ!!!???
と、殿方と、一度ならず二度、三度と身体を密着させて…………ッ!!
悶える。枕に顔を埋め、ベッドの上をゴロゴロと転がり、足をバタつかせて悶え続ける。
し、仕方がないのだ! 今まで殿方に密着したことなど、幼き頃に父上やマークおじ様やシュバルツに抱き着いたことくらいしか無いのだッ!!
政略のために貞淑に育てられ、それを嫌い軍に入っても、そういう意味で近しい者は居なかったのだし……
逞しかったな、彼の背中は…………って!! ああもうッッ!!
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!!!」
自分でも何を言っているのか分からない声が、枕でくぐもる。
肩で息をしながらまた天井を見上げる。
性懲りも無く、また彼のことを頭に浮かべながら。
「父上と会って、話をした。あと一歩という所で、兄上が乱入して彼を捕え、連れ去った。」
今思い出しても悲しくなる、連れ去られ際に彼が浮かべた、悲しそうな笑顔。
それを見送ってから、彼がどうなったのかは詳しくは知らない。次に会った時は、動乱の決着の時で、彼は意識を失っていたからだ。
兄上に、父上共々幽閉され、城の尖塔の一角で身動きが取れず燻っていた。そして父上と話をし、改めて彼の力になることを決心した。
父上とああして本音で語り合うのも、思えば随分と久方振りだったな。
逃亡に成功したアザミ殿が、我らの所まで潜入して来てくれた。危険を顧みずに来てくれた彼女に、我らがまず行ったのは、謝罪だった。
我等王国が裏切り、主を
しかし、彼女は我等を赦してくれた。信用し、協力を求めてくれた。
彼女は迷宮の仲間と連絡を取り、策を用意するため一旦脱出すると言った。
彼が施した結界が、いつ消えてしまうか分からないからだと。
本当はあの場で戦い救けたかっただろうに、彼女は、主の想いを優先して退いたのだ。
我は、後の策のために待つことしか出来なかった。
そしてあの夜。
轟音と共に尖塔の壁が吹き飛び、獣の姿のアザミ殿が飛び込んで来た。彼の容態が思わしくないため、策の決行を早める、と。
あれだけ彼以外を乗せることを嫌っていたアザミ殿が、その背を差し出してくれた。城を襲撃したという大事であったが、途中で父上を宰相の所へ降ろし、事情説明をしてもらった。つまり、アザミ殿の攻撃と侵入はお咎め無しだ。
我はそのままアザミ殿と共に軍を追い越し、辺境伯の元へ飛んだ。そして彼の仲間達と合流し、辺境伯と共に軍を編成。
先駆けに彼女らを送り出し、その後を追う形で出陣し、戦場を治めたのだ。
正直あの光景には、開いた口が塞がらなかった。
たったの4人で、1000人から成る軍を手玉に取り、無力化していたのだ。それも、唯の1人も殺さずに。
駆け付けた時には既に彼は確保されていたが、その彼の姿は、見るも無惨な様相だった。角や片眼を失い、身体中の包帯は真っ赤に染まっていた。意識を失い、浅い呼吸を繰り返していた。
アザミ殿が必死で治癒魔法を掛け、なんとか一命を取り留めたのだ。
そして、距離の関係で一旦辺境伯の領地へと移った。
本当なら彼の容態が安定するまで留まりたかったが、それを見届けることもなく辺境伯と共に軍を引き連れて、王都へと帰還した。
「余程酷い仕打ちを受けたのであろうな……だがあんな状態で、彼は最後、兄上を無力化したのだったな。怒り狂って、危うく殺す寸前だったと聞いたが、彼が激怒するところなど、想像もつかんな……」
彼は、いつも笑顔だったから。
転生して得たと言う新しい命を、いつも一所懸命に楽しんでいたから。
そんな彼と再会を果たしたのは、式典の日。
必要だと理解してはいても、治っていない角の無い頭や、左眼を見るのは辛かった。
そんな彼はしかし、いつもの彼だったな。
以前と変わらぬ感じで我に接し、ドレス姿を褒めてくれた。
「き、綺麗だなどと…………ッ!」
落ち着いていた顔に一気に血が集まるのを感じる。顔が熱いッ!!
いいや! きっとあれも、
そう思うことにしよう!!
逃げるように先導した我に連れられ、父上ら王族が待つ部屋に踏み入った彼。まあ、スピーチは胡散臭かったが、その堂々と振る舞う背中は、非常に頼もしかったと思う。
そうして
短いようで長い、非常に濃い怒涛の時間が息をつき、王国は一時の平穏を取り戻した。
現在は、父上を中心とし、新天地への移民の計画を進めている最中だ。
彼からも更なる援助の申し出があり、それも併せて検討していると聞く。
無事に事が進めば、彼は平和を、王国は安寧を手に入れるだろう。そうすれば……
「彼とは、もう会えないのだろうか……?」
彼も、我も、また以前の生活に戻るのだろうか。
彼は、変わらず迷宮を育てながら楽しく暮らすのだろう。
だが我は? また隊の皆と放浪の人助けを続けるのだろうか。
彼に手渡された物を床頭台から手に取り、弄びながら、彼の迷宮で過ごした、居心地の良かった時間を思う。
彼との連絡手段として渡された、通信機能のみに絞ったという【ダミーコア】。
彼との連絡役として選ばれ渡されたその
貴重な物と役目を託されたという喜びの反面、王都に留まり折衝するという役目に、もどかしさを感じる。
援助追加の話の時など、声を聴けて嬉しかったというのに、それが仕事の話で気落ちもした。
自分で自分が分からなくなる。彼のことを考えると、いつも冷静でなくなる。
彼と飛んだ星空や、彼と言い合った時を思うと、心臓が早鐘を打つ。
「はぁ〜っ! もう、分からんッ!!」
こんなことは初めてだ。
彼と……マナカと会ってからは、初めての連続だ。
「そうだ。彼が、マナカが悪いのだ! 我はおかしくないッ!!」
もう流石に考え過ぎて疲れた。
だから、全部マナカのせいにして、いい加減に布団を被って、我は寝ることにした。
現実逃避など知ったことか。我は、今日はもう寝るのだ!
〜 翌日早朝 〜
「のわああああああああぁぁぁぁッッ!!!???」
わ、我は……
我は、なんという夢を…………ッッ!!??
あんな……裸同士で…………っ!
我と……ま、マナカが…………ッッ!!!
朝から悶絶が止まらない!
顔が沸騰したかのように熱いッ!!
おのれ、マナカめっ!! 思考の邪魔に飽き足らず、睡眠の邪魔まで!!
その悶々は、シュバルツが朝の挨拶に来るまで続いたのだ……!
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