第十五話 爺様、実は怒ってるよね!?


〜 王都ユーフェミア ブレスガイア城 〜


《フューレンス国王視点》



 今日この日、我がユーフェミア王国の歴史に新たな1ページが刻まれる。


 周囲を潜在敵国に囲まれ、北に魔物蔓延る森と魔族が潜む魔界を背負い、国の発展も行き詰まった我が国に、新たな道が拓けたのだ。


 迷宮との共存、そして迷宮内への国民の移住。


 増え続ける難民や流民に対して、また貧窮から一念発起する元々の国民に対しての、新たな受け皿が齎された。


 これまでの常識で言えば、迷宮は生かさず殺さず、資源として制圧され、国に確保される物であった。


 ところがあの日の夜、その迷宮の主が提案を持ってきたのだ。

 迷宮の階層を一部開放し、民を受け入れる、と。たった1人の従者のみを連れて、我が娘の王女と共に。


 聞けばその男は、つい最近まで異なる世界にて生活していた、極めて一般的な人間であったとのこと。


 ふとした諍いにより若くして命を落とし、迷宮の主としてこの世界に産まれ落ちたと言うのだ。


 元人間。それ故にか、その男は人というもの、権力者というものを非常に良く理解し、恐れていた。


 だがそれと同時に、抗い対等で在ろうとする強い意志も持っていた。


 何よりも、その男が零した本心、『胸を張って生き抜いて、胸を張って死にたい』という志に、また、彼に道を示された女神に胸を張って報告したいというその願いに、余の心もまた、衝き動かされたのだ。


 娘のフリオールが信用したのも頷ける、真摯で、心優しい男であった。


 そんな彼と盟約を交わそうとした矢先に、情報が漏れており息子の王太子が暴挙に出た。

 彼を拐かした上に害し、更に彼の迷宮を支配せんと軍を率いて侵攻したのだ。余と娘の2人を幽閉して。


 彼は惨い拷問を受け、満身創痍のまま同行させられたと聞く。


 幸いにも、彼の従者達は非常に優秀で、主の奪還と我等の救出、そして事態の収拾までをも熟してみせた。


 正式に結べなかった契約を在った物とし、辺境伯をも巻き込む大義名分までも用意し、見事王太子の軍を制圧してみせたのだ。


 その際に余の権限で息子である王太子の地位と継承権を剥奪し、罪人として捕えさせたが、国を想えばこそ、王族の命は軽い。


 我が子を裁くという重い決断であったが、愚息の行動が私欲に塗れていたのは瞭然であり、それに追随した貴族家もこの結果に浮き足立ち理解することだろう。


 己らの継承争いという利権の奪い合いが、この国の現状を形作っているのだと。


 尚も反発するようであれば、それは最早貴族とは呼べぬ。早々に、退場してもらわねばならぬ。


 ともあれ、これだけのことが、ほんの1週間にも満たない短い期間に起こったのだ。


 それより1週間。事件の事後処理、条約の調整、そして彼の療養として日数を充て、今日この日に、正式な盟約の締結と布告を行うこととなった。


 バルコニー前の広場には、我が国の貴族達、騎士達、また冒険者ギルドや大商会等各機関の重鎮達だけでなく、他国に対する宣言も必要なため、国交の有る各国の外交官や有力者をも招き、人で溢れ返っている。


 国営のみならず民間の報道機関も招き入れ、広く国民に周知させる手筈も抜かりはない。


「とはいえ、酷い負傷具合と聞いているのだし、ちと急ぎ過ぎたやもしれんな……彼には申し訳ないことをしたものだ。」


 本来ならばより慎重に、時間を掛けて事を進めねばならなかったのだが、またぞろ国の闇が蠢き始める兆しを掴んだのだ。


 王太子が脱落したとはいえ、未だ王子は3人居り、此度沈静化したのも一時凌ぎでしかない。


 そうした動きへの牽制も兼ねて、事を急がねばならなかった。


 故に、傷を押して彼に登城させるという行為に罪悪感を持ちつつも、事件後1週間という極めて短い期間で、此度の式典を決行したのだ。


 彼は今、どのような心持ちで、控え室で過ごしているのだろうか……




 ◇




 うーむ、落ち着かん。


 ようやく迎えたこの日、俺はダンジョンの皆を連れて、式典に出るために王城に来た。


 しかし聞いてみれば来賓がかなり多く、国の貴族だけでなく、各国の使節や、ギルドや商会のお偉いさん達まで招いての大々的なものだというのだ。

 てっきり謁見の間で国の貴族の前だけでチャチャッと済ませるもんだと思ってたのに。


「あああぁぁぁ……緊張して吐きそうだ……!」


 現在俺は、城に着くなり姫さんに案内され、控え室に押し込められて出番を待っている。

 その控え室には、俺の他にはダンジョンから連れて来た仲間達4人と、姫さんの執事だというナイスミドルだけ、という状態だ。


「なんじゃ主様よ。随分と情けない顔をしておるのう。」


 女性物のパンツスタイルの黒いスーツに身を包んだシュラが、茶化してくる。なんかこれでサングラスでもしてたらSPみたいだな。


「やかましいわっ! こちとらお偉いさん達の前に出るのは、前世での仕事の研修発表会以来なんだよ!」


 うん、一応式典ということで、俺も含めて皆にはしっかりとした服装をしてもらっている。


 シュラは見た通りの黒スーツ姿。

 アザミは、着物をキチンと着付ければ公私共に通用するのでそのままで、マナエには一張羅として可愛らしいフリフリのドレスを用意した。


 うん、天使は此処に居たんだよ!!


 ただ意外だったのがアネモネで、彼女は頑なにメイド服以外の衣服を拒絶したのだ。使用人としての彼女なりの拘りがあるらしい。


 俺は俺で、この世界の格式張った礼服ではハードルが高過ぎるので、オーソドックスな黒い礼服スーツに白ネクタイという、前世の礼服を踏襲してみた。


 まあ、この世界ではスーツや着物なんかは珍しいかもしれないが、一応前の世界では正装に当たるので、良しとしてほしい。


「しかし、マスター。本当にで式典に出るおつもりですか?」


 ん? なんだよアネモネ、ちゃんと説明したし、納得してくれたじゃん。


「ああ、そのつもりだよ。一種のパフォーマンスだってば。この盟約の主旨を、しっかりと理解してもらうためのね。それに、良い宣伝にもなるだろ?」


 そう言って、俺は自分の顔に手をやる。

 空洞になってしまった、自身の左眼に。


 アネモネや皆としては早く治してほしいらしいが、ここまで来たら使える物はなんでも使え、だ。

 そのために、俺は敢えて左眼と角が無い状態をそのままにしているのだ。


 それに、元王太子の廃嫡に説得力を持たせるという理由もある。

 元王太子支持派を完全に黙らせるためにも、彼が行った非道が目に見えるというのは、かなり効果的だと思うのだ。


 もちろん失礼が無いように、国王側には事前にその旨は通達し、同意してもらっているよ。


 さて、そんな感じで緊張しつつも、式典での流れを脳内でもう一度シュミレートする。


 そして、その絶妙な位置取りと気配の調節で、ずっと同室している部外者という立場にありながらも、一切不快感を与えてこない男性に振り返る。


「【シュバルツ】殿、と言いましたっけ? 予定ではそろそろ出番かと思いますが……」


 そのナイスミドルな男、シュバルツという壮年の執事に、確認を取る。


「その通りでございます、リクゴウ様。もう暫くで、王女がお迎えに上がる手筈となっております。それと王からは、従者の方々も是非に壇上へと上がっていただきたいと、言付かっております。」


 へえ、こんな大々的な式典に従者まで舞台に招くとはね。それだけ俺達を、評価してくれてるってことかな。


「ありがとうございます。ところで、姫さん……フリオール王女殿下からは、シュバルツ殿は彼女が幼少の頃より仕える、専属の執事とお聞きしています。この度は、王女殿下をこのような大事に巻き込んでしまったこと、ご心配をお掛けしたことを、深くお詫びします。」


 そう言って頭を下げる。


 小さな頃から身の回りの世話をしていたなら、そりゃもう娘か孫みたいに見えるだろうからね。保護者の方には筋を通さなきゃな。


 そうして頭を下げる俺に対する返答は、当初考えていた叱責の類とは違うものだった。


「成程。殿下が信を置かれるのも解る、実に実直なお方ですね。ですがリクゴウ様、どうか頭をお上げ下さい。確かに私は、殿下を幼少のみぎりよりお世話させて頂いております。殿下を孫のように慈しんでいることもまた、事実でございます。」


 顔を上げた俺の目を真っ直ぐ見詰め、語るシュバルツさん。


 その優しい目には、幼い姫さんも、今の姫さんもしっかりと浮かんで、愛おしく思っているのが痛いほど伝わってくる。


「しかしながら、殿下は既に成人され、己の力で道を切り開いて居られる最中です。殿下の成長を見守ってきた身としましては、現在の殿下の御姿も大変眩しく映るもので御座いまして。


 特に此の度の一件で、殿下はより高みに羽ばたく力を得たようにも感じるのです。ですから、リクゴウ様。この老骨といたしましては感謝こそすれ、憤ることなど無いのでございますよ。」


 その言葉は、余すこと無く本心と感じられて。

 姫さんへの信頼と慈しみ、そして成長への喜びを感じ取れて。


「そう言って頂けると、肩の荷が降ります。王女殿下には、図々しくも無茶なお願いもさせて頂いたものですから。」


 実際これには本当に心が軽くなった。


 国王様はそれこそ為政者で、ただ親としての感情を優先出来ない立場だから。

 でもシュバルツさんのような、姫さんと身近な周囲の人間は、その限りじゃないからね……


「どうかお気になさらず。爺馬鹿と取られるやもしれませんが、殿下もああ見えてしっかりと自分という物を持っていらっしゃいます。それを飛び越えて口を挟むのは、老婆心というよりも、お節介でございましょう。」


 それよりも。

 そう二の句を継ぐシュバルツさん。


「先程より、随分と緊張なさっているご様子。よろしければ、気分の落ち着くお茶など如何ですかな?」


 ……やばい惚れそう。俺が女だったら即落ちするレベルだよこれ。


 そう微笑みながら出してくれたお茶は、温かく、安らげる香りの立つとても美味しい1杯だった。

 みんなも喜んでいたし、アネモネなんかはブレンドの仕方や淹れ方のコツとか教わってるし。


 この人マジ完璧だわ。

 所作にも気品と余裕が漂って、その上一切の無駄が無い。男版アネモネって感じだね!


 そうして予想外に寛ぐことが出来た俺達の部屋に、ノックの音が舞い込んだ。


「失礼する。マナカ、そろそろ出番だぞ。支度は整っているだろうな?」


 扉を開けて入って来たのは、姫さん……だよな……?


「ん? なんだその顔は? 我の顔に何か付いているか?」


 うん、この喋りは間違い無く姫さん、なんだけど……


「いや……よく考えたら、姫さんのそういう格好、初めて見るなあって。なんと言うか、意外だ。」


 姫さんのイメージと言えば、冒険者のような軽鎧に長剣を佩いて、ポニーテールを颯爽と風に靡かせる凛々しい姫騎士……って感じだったからさ。


「っ! 言われなくとも、我のような粗忽者にこのような瀟洒しょうしゃな服など似合わんのは分かっている!! 馬鹿にしたいなら正直に言ったらどうなのだ!?」


 ちょ! 誰もそんなこと言ってないだろうがよ!?


「そうじゃないよ!? 普段と余りにもイメージが変わったから、面食らっただけだって! なんて言ったらいいか、うん。綺麗だなぁって……」


 実際凄く綺麗だ。


 普段はポニーテールだが、その輝くような金髪を編み込み、アップに纏めて首筋とうなじを大胆に露出している。

 引き締まってはいるが出る所は出ているプロポーションを強調するような、マーメイドタイプでレースの美しい純白のドレス。


 煌びやかなティアラやイヤリング、ネックレスも、嫌味を感じないデザインで落ち着きを演出し、しかし使われている素材は、一目見るだけで超高級と判る逸品揃い。

 身に付けている物全てが、姫さんの魅力を引き立てている感じだ。


 そう真面目に品評する俺を無視して、姫さんはふいと後ろを向いてしまう。

 心做し肌が赤い気がするが、血色良く魅せるための化粧だろうか?


「主様よ…………」


「お兄ちゃんって…………」


 後ろで我が家のムードメーカー達が何やら言っているが、なんだろうな? うん、これは良いうなじだ。


 そして何故かシュバルツさんからの視線が痛いです。

 それはもう、怒気とか殺気とか込められているんじゃないかってくらい、ヒシヒシと。


「ま、まったく……っ! 下らん事を言っておらずに、そろそろ行くぞ!? ファンファーレと共に入場だからなっ!?」


 そう言って姫さんはさっさと廊下に出て行ってしまう。


 お、おい!? 置いて行かれたら迷子になっちゃうだろ!?


 慌てて後を追う俺達だった。




 姫さんの後ろを暫く歩くと、廊下の突き当たりに扉が見えてきた。

 この扉の向こうに、国王様や王妃様、姫さんの他の王子や王女達が待機している筈だ。


 此処まで近付けば、国王様の演説も扉越しでも聴こえてくる。


『それでは紹介しよう! この度の騒乱を見事治め、かつ我が国、我が国民に多大な恩恵を齎さんとその手を差し伸べし迷宮の主! マナカ・リクゴウ殿である!!』


 国王様の宣言と共に鳴り響くファンファーレ。

 勇壮な曲調に思わず鳥肌が立ち、身が竦む。


 でも。背中に置かれる、4つの温かい手。


 振り返れば、いつも俺を支えてくれて、助けてくれて、笑顔をくれるダンジョンの面々の微笑んだ顔がある。


 アネモネ――俺の使用人で、補佐で、参謀で、家族の取り纏め役。

 マナエ――ダンジョンコアで、俺の半身で、癒しで、大切な妹。

 アザミ――初めて産み出した配下で、真っ直ぐで、俺を大切にしてくれる。

 シュラ――酒好きの戦闘狂で、でもノリが良く楽しい、俺の喧嘩仲間。


 家族がついて来てくれている。それだけで、こんなにも心強い気持ちになれる。

 俺を優しく見詰める姫さんに、若干の居心地の悪さを感じながらも、頷いて促す。


 扉が、衛兵によって開け放たれる――――


 聴こえてくるのは、管楽器が吹き鳴らすファンファーレと、津波のような拍手の音。


 一歩一歩、今までの事を噛みしめるように進んで行く。


 視線の先には、光の溢れるバルコニーを背にして、此方を微笑みと共に迎えてくれる国王様。


 先導する姫さんが国王様の傍らに立つ。


 俺は、拡声器を挟んで国王様と向かい合わせに立った。

 家族達は、俺の後ろに4人揃って控えている。


 国王様が拍手を手で制し、徐に宣言する。


『改めて紹介しよう! 彼こそ、かの惑わしの森に産まれ迷宮を支配する主にして、此の度の元王太子、ウィリアム・ユーフェミアの暴挙を食い止めた英雄、マナカ・リクゴウ殿であるっ!!』


 うわー、凄い拍手ですねー。いかんいかんッ! 魂が昇天しかけたよ!


 国王様に促されるままに壇上の拡声器の前に立つ。

 そんな俺の姿を見て、会場は拍手よりもどよめきが濃くなった。


 そうだろうねぇ。未だに頭には包帯巻いてるし、左眼は無いもんねぇ。


『ご紹介に与かりました、マナカ・リクゴウと申します。半月ほど以前に、惑わしの森に発生した迷宮の主を務めております。此度の国王陛下や第1王女殿下までをも巻き込んだ騒乱にて、望外の貢献を果たせましたこと、またそれを陛下御自らお認め下さったこと、深く感謝申し上げます。』


 一旦間を取り、恭しく一礼をして見せる。

 うん、パフォーマンス、パフォーマンス……!


『既に国王陛下よりお聞き及びと思いますので、仔細は省略させて頂きますが、私は、此度の騒乱より以前に、国王陛下、第1王女王女殿下、辺境伯閣下の3名の方々と盟約を結ばせていただきました。


 それこそがこの度の事件の契機になったのだと、中には快く思われていらっしゃらない方も在る、とは存じ上げております。』


 引き金っちゃあ、引き金だもんねぇ。それこそ王様からしたら、劇薬だっただろうよ。


『その結果として、元王太子殿下はそのご身分と未来の可能性を失われ! そしてこの我が身も、少なくない対価を支払いました!!』


 そう言って頭の包帯を解き、これ見よがしに自らの姿を、角を無くした頭を、片眼を無くした顔を堂々と晒す。


『既にお聞き及びと存じますが、私は魔族です。種族はアークデーモン。この国の方々におかれましては、仇敵、と呼んでも差し支え無いかと思います。ですが国王陛下は! そんな魔族の私が持ち込んだ話を、提案を。この王国という秤に掛け、確と受け止めて下さったのです!!』


 どよめきが一層強くなる。

 あっれー? なんかだんだん楽しくなって来ちゃったよ?


『そんな陛下を前にした私は、感銘に震えました。これが、【名君】といわしめた王の器かと! そして私は、この度盟約を交わして下さった陛下に、この王国に、約の外で何か恩返しが出来ないかと思案したのです。そしてそのように思い、この献上品を用意させていただきました。――アネモネ!』


 後ろに控えるアネモネに声を掛ける。

 そして、アネモネが恭しく差し出した2本の瓶を手に取り、衆目に晒すように掲げる。


『薄々と察している方も居られるようですね。そう、これこそは伝説に謳われし【エリクサー】です! 服せば老いを若くし、寿命を伸ばし、欠損をも癒す奇跡の霊薬です! 聞けば陛下は、お世継ぎに悩まれて居らっしゃるご様子にて。不肖ながらこの私が、王国の安寧のために、ご用意した次第です。』


 どよめきが、ざわめきへと変わる。

 焦っているのは、継承争いに乗り気だった貴族かな? ふっ、精々慌てるが良いわぁ!!


『勿論、大切な御身に何か有っては事であります故、この2本の内、1本は私が今、この場で含んで見せましょう! では、畏れ多くも、王妃殿下! どうかこの2本の霊薬より、お好きな方をお選び頂きたく存じます。


 選んで頂いた1本を、私が即座に飲み干しましょう。念の為にお伝えしますが、本来私には2本の角が有り、勿論この虚ろな左眼もしかと存在しておりました。これらは、かの騒動にて失ったのです。それを立ち所に癒す事を以て、この霊薬の保証と致しましょう!!』


 大仰に王妃様に振り返り、2本のエリクサーを掲げ跪く。


 突然の事に戸惑う王妃様だが、勿論国王様とは事前に相談済みだ。


 国王様が大袈裟に頷き、王妃様に選ぶよう促してくれる。

 いやはや、信頼が身に染みるねぇ。


 ちなみにだが。この2本、ちゃんとどっちも本物ですからね?


「で、では……こちらを……」


 そう言って一方を手に取り、観衆に見えるよう掲げる王妃様。


 俺は細工を疑われないよう、残る1本を姫さんに託し、恭しく跪いたままで、王妃様が選んだ方を受け取る。

 そして、良く見えるよう壇上にて居住まいを正し、栓を開けて一気に呷って見せた。


 途端に、淡い光が俺の身体を包み込み、未だに残る身体の傷痕を癒していく。そして、在るべき物が無かった頭部に、顔に、それらが戻ってくる。


 観衆のざわめきが一際大きくなる。中には感嘆の声を上げる者も出始め、拍手まで鳴り始める。


 俺の失った2本の角と左眼は、無事に霊薬が効力を発揮して、見事に再生した。


 空になった瓶を掲げ、堂々と宣言する。


『ユーフェミア王国の未来に! フューレンス国王陛下の御代に! 誉れあるその治世に! 恒久の平和と、安寧をっ!!!』


 沸点を超えたかのように沸き上がる怒涛の歓声と拍手。


 はい。あおおだてるは得意であります。伊達に年上の社長衆と飲み友達してませんでしたから。


 後ろでジト目を向けてきているであろう仲間達のことは無視します。

 こう見えて、俺だって恥ずかしいんだよ!?


 一礼を披露し、壇上から降りる。

 そして国王様にも一礼し、後ろに下がる。


『これは凄まじい贈り物を受け取ってしまったものだ。皆の者も、この霊薬の効果は然と目に焼き付けたであろう。だが余は、今はまだこれを飲まぬ。余は、確かに親としては未熟であろうが、未だ我が子らを信じているのでな。


 故にこの霊薬は、然るべき時に、然るべき者が飲むよう、国宝として丁重に保管することを、此処に誓おう! そしてこの霊薬を友誼の証とし、この者、マナカ・リクゴウと我がユーフェミア王国の親交の盟約を、その締結を、ここに宣言する!! 祖国と迷宮に栄えあらんことをっ!!!』


 霊薬を掲げ、声高に宣言する国王様。


 それに応えるのは、今日一番の拍手喝采。怒涛のような歓声の渦。


 こうして、俺の長いようで短い、悪戦苦闘で波乱万丈な最初の一歩は、幕を降ろしたのだった。



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