第十四話 寧ろ仲間に止めを刺されそう。


〜 ユーフェミア王国 辺境領までの街道の何処か 〜



『貴様らの主はこの通りだ。なに、命まで奪おうと言う訳ではない。即刻、戦闘行為を停止するのだ! 貴様らの主が大切ならばなぁ!!』


 俺の髪を掴み、引き摺るようにして衆目に晒す王太子。


 俺は両手両足に魔力封じの枷を嵌められているせいで、そもそも身体中の怪我のせいで碌に身動きがとれず、されるがままになっていた。


 くそっ! みんな止まっちまった!

 せめて此処から離れることが出来れば、みんなの邪魔をしないで済んだのに……!


『ほう、良く見れば4人が4人ともに、特上の見目ではないか。よし、貴様ら。俺に服従するがいい! そうするならば、貴様らの主を治療してやらんこともないぞッ!!』


 あ? 今、王太子コイツなんつった?

 俺の仲間に? 服従しろだって?


 俺の妹のマナエに?

 真摯に仕えてくれているアザミに?

 俺の喧嘩相手兼悪友のシュラに?

 俺と同じ時にこの世界に来て、それからずっと俺の補佐から何から全部助けてくれてる、アネモネに……?


 ピキリッ――――


『特にそこの使用人風の女よ! 疾く此方へ来るがいい! 貴様は特別に俺の傍に仕えさせて「(バキンッ!)……おい」――――やる……?』


 手足の拘束を力任せに砕き、王太子クズ野郎の腕を掴む。


「いったいどの口が……俺のアネモネを仕えさせるだと……?」


 腕を支えに、余り力の入らない脚に気合いを込めて、歯を食いしばって踏ん張る。


「いったい何処のどいつが、俺の仲間を……家族を服従させるって?」


 髪を掴まれているのも構わず、身を起こし、顔を上げて、王太子ゴミクズ野郎の顔を見据える。


『ば、馬鹿な!? 貴様、どうやってその傷でぐわぶぁっ!?』


 首を絞め、持ち上げる。


 五月蝿いよお前。もう喋らなくていい。


 俺の大事な人達に、俺の大事な仲間に。


「俺の大事な家族に手ぇ出すってんなら、戦争上等じゃこのボケクソ王太子がぁッ!!!」


 俺の頭の中で、この世界に産まれた時からの王国への葛藤やら、仲間達との日々やら、姫さんと奔走したことやら、城で捕まってからのその後やらが、一斉に駆け巡って、溢れ出して。


「てめぇこらイケメンこらこの野郎が。てめぇよう、ヒト様の角も片目も持ってって、その上身体をボロクソにしてくれやがってよぉ? そんで更にその上で俺の大事な家族に手ぇ出そうってのかええこらあああッ!!!???」


 マナエの笑顔や、アザミの照れ顔、シュラの仏頂面、姫さんの喚き顔、姫さんの仲間達の覚悟を決めた顔……


 そして、アネモネの泣き顔が、浮かんだ。


「ぶち殺すぞこら下衆野郎がああああああぁぁぁッッ!!!!」


 飛行魔法を発動。

 王太子ゲロカス野郎の首を絞めたままで一気に大空へと舞い上がる。


 ぐんぐんと高度を増し、遥か地平線が丸く円を描いているのが分かるほどの高度まで上がる。


 うん、この世界も惑星なんだな。丸いね。


 無理が祟っているようで、全身の傷という傷がパックリ開き、そこから止めどなく血が滴り落ちている。きっと、地上には俺の血の雨が降ってるな。


「なあ、クズ野郎。俺はな? お前らの国とは仲良くやろうって、必死になって駆け回ってたんだよ。俺は王国とは戦いたくなかったからな。」


 意識が朦朧になり掛けてる王太子ウジ虫の頬を張って目覚めさせる。


 あまりの高度に狂乱し掛かるのを、首を絞める力を増すことで抑える。


「それが上手くいけば、お前らの国も、俺のダンジョンも、お互いに大きな利益が有って、発展出来たんだ。その筈だった。」


 姫さんと同じ碧い瞳に涙を浮かべる王太子ゴキブリ


 うわっ、汚ねえな! コイツ漏らしやがった!?


「それを、お前が台無しにした。こうなった以上、お前は殺すし、ユーフェミア王国は滅ぼす。お前は国を滅ぼした王太子クソ虫として歴史に語られることになる。」


 だから、懇願するような目で見るんじゃねえよ。

 命乞いできる立場かよ?てめえはてめえで首を絞めたんだよ。俺の大事なモノを踏み躙ったんだよ。


「だからよ、贖えや。」


 落ちる。


 高度ウン千メートルから。そして更に飛行魔法で加速する。


 みるみる内に世界が、大陸が、国が、大地が大きくなってくる。


「大地の! 染みに!! なりやがれえええぇぇぇッ!!!!」


 落ちる途中、マナエとシュラを乗せたアザミとすれ違った気がした。

 何か叫んでいたようだが、一瞬過ぎて聴こえなかった。


 どんどん明瞭になってくる地上。


 天幕が、馬車が、馬が、人が、ハッキリと見えてきた。


 この速度のまま、更に地面に投げつけてやれば、真っ赤な花が咲くだろう。肉片も臓物も、ひとつ残らず潰れ切るだろう。


 首を掴んでいる右手に力を込める。


 いよいよだな。懺悔の時間は足りたかよ、王太子生ゴミ


 さあ、死ね『いけませんマスター!!!』――――っ!!??


 落下予測地点に人影が飛び込んでくる。

 もう見慣れたメイド服に、金のロングヘアが揺れている。


「ばっ……かやろうッ!!!!」


 急制動を掛ける。

 必死に減速し、垂直軌道を捻じ曲げなんとか水平軌道に修正。


 間一髪でソイツとの衝突を回避出来たが、無理な制動で魔力の制御を失い、そのまま投げ出され、地面に落下する。


「マスター!!!」


 しかし、堅い地面を想像していたが、何故か俺は柔らかな感触に包まれる。


 そうか、アネモネの得意の高速移動で、先回りしてキャッチしてくれたのか。

 うん、王太子ゴミは放り出されて転がってるけど。


 アネモネは俺を抱えたまま、風魔法を駆使して衝撃と速度を殺し、地面を滑るようにして減速し、やがて停まる。


 もうもうと立ち込める砂煙の中、無理な魔法の反動で俺は動けずにいた。


 そんな俺は、現在正座のアネモネに凭れ掛かるような格好で抱かれている。


「あー、アネモネ……?」


 沈黙に耐えきれずに声を掛ける。

 しかし、帰ってきたのは返事ではなく、更に力強い抱擁であった。って、傷があぁっ!?


「あ、アネモネさん!? いたっ、痛いよっ!!??」


 ハッとしたように身体を震わせ、アネモネが抱く力を弱めてくれた。

 緩んだ力に安堵しつつ、アネモネを見上げると、顔に雫がポタポタと落ちてくる。


「やっと……やっと帰ってきてくれましたね。私のマスター。」


 そこには、顔を真っ赤にして、大粒の涙をポロポロと流して、笑っているような顔で泣いているアネモネの姿があった。


「あー、た、ただいま? 悪い……また、泣かせちゃったな……」


 辛うじて動いた腕を持ち上げ、頭を撫で謝罪する。


 こんな場面は2回目だな。あの時は、マナエとのマスター契約の時だったか。


「はい……本当に、酷いお方です……! いつも、女性を泣かせていて……」


 う、うん。否定が出来ないのが辛い所です、ハイ。


「それでも……おかえりなさいませ、マスター。ご無事とはお世辞にも言えませんが、ご帰還をお喜び申し上げます。」


 そう言って、まだ涙は止まってなかったけれども、彼女は、あの日見たような優しく、温かい笑顔を見せてくれた。


「――――ぃちゃぁぁああああんッッ!!!!」


 あん?

 そんなアネモネの笑顔に癒されてたところに、なんぞ空から声が降ってくるんだが?


「おにいちゃああああぁぁぁぁぁんッッ!!!!」


 その声に釣られて見上げると、幼女が降ってきたんだが?


 ってちょっ、マナエ!!??

 あぶっ! あぶなっ!? あぶないいいぃぃぃぃッ!!!???


「お兄ちゃあああぁぁぁうわっぷ!!??」


 た、助かった……

 アネモネが咄嗟に風魔法でマナエを受け止めてくれたよ。


 あの勢いで降ってこられても、今の身体じゃキャッチできませんものね。

 そして、そんなマナエを追うようにして、アザミとシュラも地面に降り立った。


「マナエ様! マナカ様は大怪我をされているんですから、飛びついてはいけませんっ!!」


「いやいやアザミよ。それよりも飛べもせんのにお主から飛び降りた事こそを叱らぬか……?」


 賑やかな、そして懐かしいやり取り。


「だって早くお兄ちゃんに会いたかったんだもんっ!!」


 そう言って俺に飛びついてくるマナエ。

 って、痛い痛い痛いっ!!??


「あがががッ!!?? ま、待てマナエ! マジで痛いッ!!??」


「こらっ、マナエ!! マスターから離れなさい!!」


「いーやーなーのーッ!!!」


 痛いけど、なんだろう。


 嬉しいな。みんなの所に帰ってきたって感じだ。


「やれやれ、やはりマナエはまだまだお子様よのう。ほれ、代わらぬか! 次は儂の番じゃっ!!」


「お子様も何も、アザミ達は全員0歳ですけどね……って、何をシレッと順番に着いているのですかシュラ!? アザミもマナカ様に抱擁したいです!!」


「あぎゃあああああぁぁぁッ!!??」


 うん。ハグは良いんだけど、痛いのは勘弁してくれませんかね?

 貧血もそうなんだけど、痛みで意識がボーッとしてきちゃってますよー?


「いい加減にしなさい貴女達っ!! マスターは重傷なんです! アザミも、早く治癒魔法を使いなさい! シュラとマナエは離れなさいっ!!」


 アネモネさん、ありがとうございます。貴女は命の恩人です。


 と、そんなコントみたいなことを俺らがしてるそこへ。


「殿下あぁぁっ!! おのれ魔族共が!! 5人は殿下の護りへ!残りは此奴らの相手だ!!」


 白地に金をあしらった、如何にもな豪奢な鎧を着込んだ集団――近衛騎士達が、離れた所に転がっている王太子不燃物との間に布陣する。


 いや、お前ら今まで何してたよ? 立ったまま寝てたの?

 いや確かにアザミの雷撃を結界で防いでいたけどもさ。


 そうしてあれよあれよという間に、周囲を未だ動ける兵士、騎士達に囲まれてしまった。


 アネモネが俺を抱く力を強める。

 アザミが治癒魔法の効力を一気に上げる。

 マナエが巨大なハンマーを構え、シュラが猫の手足で身構える……って、2人とも何その装備!? 特にシュラさんっ!!??


「言わんでくれ、主様よ……!」


 お、おう……? 触れない方が良かったかな?


 正面に近衛騎士、周囲に残兵。

 数は、ざっと見たところ200人くらいか?


 睨み合う俺たち。緊張に、空気が張り詰める。

 人の犇めく平野に、風が吹き流れる。


 そしていざ、互いに踏み込もうとした、その時――――


『双方、静まれええぇぇぇいッッ!!!!』


 戦場全体に響き渡る大音声。


 声に動きを停めて、その出処を探す俺達の目に、砂煙を上げて此方に向かってくる新たな軍団が映った。


 すわ新手か!? と、次々起こる災難に身を強ばらせる俺の耳に、対峙していた近衛の声が届く。


「あれは、あの軍旗は辺境伯様の!? しかも王家の紋の入った軍旗まで!!??」


 どういうこと? と、アネモネの顔を見上げると、先程流していた涙は跡形もなく、どこか誇らしげに微笑む顔が。


「どうやら、間に合ったようですね。」


 おお? ということは、まさか?!


『双方矛を収めるのだ!! これ以上の戦闘行為は、このマクレーン・ブリンクス辺境伯と、フリオール・エスピリス・ユーフェミア第1王女殿下の名に於いて禁ずるものとする!!!』


 はははっ! マジか!!

 やってくれたな、アネモネ!みんな!!


 例に漏れず響く大音声は、風魔法で拡声された辺境伯のおっさんの声だった。


『此度の騒乱、全てはウィリアム・ユーフェミア王太子殿下の独断である!!我等が国王陛下は、そこにいる彼、迷宮の主であるマナカ・リクゴウと盟約を交わしているのだ! その証の調印紙も我が手にある! つまり、王太子殿下は、私利私欲にて王陛下の朋友を拐かした挙句に害し、その盟約を違えて彼の迷宮に侵略を仕掛けたのだ! しかもその際、王太子殿下は国王陛下並びに第1王女殿下を武力にて制圧し、幽閉している!! これは明確な造反行為であり、国家反逆に適当するものである!!』


 まさか、こんな大どんでん返しが待っているとは思わなかった。


 新たに現れた軍団の先頭で騎乗する辺境伯と思しき人物の横に、一騎の騎馬が進み出て来る。


 ああ。あの風に靡く金色のポニーテールは、間違いない。


『フリオール・エスピリス・ユーフェミア第1王女である!! この度我は、そこな愚兄、ウィリアム・ユーフェミア王太子の凶行により幽閉された! だが我が盟友、マナカ・リクゴウが従者によって救出された! そして証の調印紙を以てマクレーン辺境伯と共に、この偽りの戦場へと馳せ参じたのだ!! この事実を以て、国王陛下名代として陛下の御言葉を、此処に告げる!! ウィリアム・ユーフェミアの王位継承権はこの場この時を以て棄却し、同時に王太子の身分も併せて剥奪する! 罪状は国家反逆罪! 近衛よ、直ちに罪人を拘束せよ!!』


 凍り付いた状況が、慌ただしく動き始める。


 近衛騎士達は即座に元王太子を拘束し(生きてたよ)、縄を打って手足には俺がされたように枷を嵌めた。


 俺達は安堵に胸を撫で下ろし、その場にへたり込んだまま姫さんと辺境伯を迎えることになった。


「マナカ殿、生きて居られたようで重畳であるな。随分とボロボロではないか。」


「うっせえよ、おっさん。おっさんこそ、鎧似合い過ぎだろ。いい歳なんだから、自重したらどうよ?」


「何を言うか。ワシはまだまだ現役であるぞ? 剣の腕も、そこらの若造にはまだまだ負ける気もせんわ。」


「あーそうですか。ったく、年甲斐も無くはしゃいじゃってまあ。そんなに、親友の力になれて嬉しかったんだ?」


「……そうだな。そこに関しては礼のしようも無い。辺境に追いやられたこの身では、王都のフューズの力には、なかなかなれなかったからのう……」


 はいはい、しんみりすんなよお年寄りめ!


 んで? 姫さんは何をモジモジしてるんだよ?

 俺は姫さん……フリオール王女へと顔を向ける。


「あー、その、な? 此度は、我の不注意で迷惑を掛けて、済まなかった。我がもっとしっかりと、部下を掌握していれば防げたやもしれんのに……」


 なんだよ、そんなことか?

 俺はアネモネとアザミの肩を借りて立ち上がり、姫さんに近付く。


「なーに言ってんだよ。それでもこうして助けてくれたじゃねえか。本当に助かったよ。ありがとうな!」


 姫さんの目を見てお礼を言う。

 辺境伯のおっさんだけじゃ、近衛なんて動かせないしな。アイツら王家直属らしいし。


 しかし、礼を言われた姫さんは、何故か俯いてしまう。

 姫さん?


「だが、そのせいで……そのせいで、マナカは兄に捕らえられて、酷い目に遭わされたのだろう!? そんな、全身血塗れで、角も、左眼まで……!」


 おい? おいおいおいっ!? またかよっ!!??


「ちょっ、泣くなって姫さん!? そりゃ確かに痛かったし苦しかったけどさ! でも頑張って耐えたおかげで、こうして丸く収まったんだから!! あー、もう! なんで俺の前でばっか泣くんだよおおぉぉッ!!??」


 慌てて頭を撫でる。

 ほら、元気出せよ!? 俺はもうだいぶ元気だから!!


「はぁ……マスター、またですか?」


 ちょっと! アネモネさん!!?? 人聞きの悪いこと言わないでよ!?

 ……否定出来ないけど……!


「主様も悪い男じゃのう……」


「マナカ様を想えばこその涙です。」


「お兄ちゃん、女の子泣かしていけないんだぁ〜!」


 お前らまで!? くっそぉ、後で覚えてやがれよ!!??


 っていうか、誰かこの状況なんとかしてええええぇぇぇっ!!??

 あと、身体痛えええええぇぇッッ!!!!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る