第十二話 ラブなロマンスは無かったけど、頼れる仲間は此処に居た。


〜 11日目夕方:ユーフェミア王国 辺境への路のどこか 〜



 一体何が起きているのだろうか……?


 朦朧とした意識が徐々に鮮明になってくる。


 何故に。何故に、俺はアザミにキスされているのだろうか!?


 思わず混乱の極地に至っちゃったが、懸命に脳味噌を回転させ、今までの事を思い出す。




 俺はクソ王太子に拷問され、碌な処置もされないままに鉄格子付きの幌馬車に乗せられて、ドナドナされていたんだ。


 拷問は地獄だったよ。まあ、現状の移送中も、天国には程遠いんだけど。

 馬車が揺れる度跳ねる度に、満身創痍で拘束されて身動きの取れない身体が、あっちへゴロゴロ、こっちへゴロゴロ……


 何度も何度も意識が飛び、そして何度も何度も痛みで目を覚ます。

 まるで地獄のひとつの大叫喚地獄を味わった気分だ。


 そうして、何度目か判らない意識消失に陥り、目を覚ましたら、そこには仲間が、城で捕まる直前に逃がした、アザミが居たんだ。


「…………あ、アザミ……か……?」


 お前、無事に逃げられたんじゃないのか?! どうしてこんな所に!?


「ああ、マナカ様! 申し訳ありません! このような事になっているのに、お助けすることも出来ずに……ッ!!」


 アザミに頭を抱きしめられる。頬擦りされ、俺の顔が濡れる。


 泣いているのか……?


「ごめん……な。ドジっち……まったよ……心配、かけ……て、ごめん……ひ、姫……さんも、しん……ぱいしてる……だろうなぁ……」


 動かない身体に鞭を打って、痛みを無視し、無けなしの力を振り絞って腕を上げる。

 そして、安心してくれと、俺は大丈夫だからと、その垂れた狐耳のある頭を撫でる。


「マナカ様、大丈夫です。手筈は整いつつあります。王女様も、心配はしていましたが、もう一度会って話したいと、仰っておいででしたよ。」


 その手を握られる。強く、優しく。


 そうか。姫さんも無事なんだな。それなら王様も大丈夫だろう。


「……そっかぁ……あり……がとうな、アザ……ミ。楽しみ……だなぁ。また……姫さん……を、揶揄うの……うん。……頑張ら……ないとなぁ……」


 今回の事は俺の落ち度だ。でも、諦めるつもりは無い。

 アザミがこうして来てくれた。アザミだけじゃなく、俺には頼もしい仲間が沢山居る。


 気持ちを上向けるために、楽しい事を考える。楽しかった事を考える。


 ダンジョンで姫さんを揶揄って、皆で笑ったことを思い出す。

 自然と、口が笑みの形になるのが自分でも判った。


 あの光景のために、まだ頑張らなきゃな――――!!!???


 そう思っていたら、アザミにキスされていた(イマココ!)。




 な、なにごとなのッ!!??


 キス、接吻、チュウ、契り、唇と唇を重ねる行為、愛情を示す行為、マウストゥーマウス、人工呼吸…………


 頭の中を混乱さんが駆け回り、身体の中を鼓動さんと魔力さんが激しくデッドヒート。


 ……って、魔力? 身体中を、魔力が巡っている。

 それは、優しく温かい、癒されるような魔力だった。


「アザミの魔力を、体内で癒しの属性に変換して、マナカ様の中に送り込みました。これなら魔力は外に漏れず、気付かれません。今すぐ治したいのは山々ですが、そうすると怪しまれてしまうため、苦痛を治める程度しかできません。申し訳ありません……!」


 今気付いたが、確かに身体中の痛みが楽になっていた。


「す、凄いな、アザミ。こんなこと出来るようになってたんだな……!」


 いやホントに凄いよ。ようやくまともに喋れるようになったし。


「今すぐにお救け出来ないことをお許しください。ですが、まだマナカ様の願いを叶える方法があり、そのためには、アザミは今マナカ様を治療するわけにはいかないのです……!」


 いや、そんな辛そうな悲しそうな顔しないでくれよ。

 実際楽になってるんだし、これだけでも大助かりなんだから。


「気にするなよ。俺がここでまだ耐えることで、拓ける道があるんだろ? なら我慢のし所じゃないか。それよりも、お前に大変な役目を押し付けちまってごめんな。それで……」


 もう一度、アザミの頭を撫でてやる。


 耐えてみせるさ。みんなでまた笑うためならな。


「それで。俺は、何をすればいい?」




〜 夜:ダンジョン 六合邸 リビング 〜


《マナエ視点》



 みんなが怖い……!


 怒っているんだと思うんだけど、顔は笑っていたりする。


 勿論、あたしも怒ってる。これ以上無いくらい。


 お兄ちゃんに教えて貰ったあっちの世界の言葉で言えば、激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームくらい怒ってる。


 あたし達は今、アザミお姉ちゃんからの報告を受け取っている。


 アザミお姉ちゃんは、昨日アネモネと相談して決めたことを、最後のひとつ以外、全部完了させたって言ってた。


 お兄ちゃんは、この国の王太子っていうクソ野郎に捕まった後、酷い拷問を受けたらしい。

 そして現在も、碌な処置もされないまま揺れる馬車にまるで荷物か何かみたいに放り込まれて、ずっと痛みに耐えているって。


 胸の内側に、黒くてモヤモヤしてドロドロしてグチャグチャした何かが込み上げてくる。


 今すぐにそのクソ野郎を同じ目に遭わせたい。

 ううん、それ以上の苦痛と恐怖を与えて、そんなクソ野郎に付いてノコノコここに向かって来ているクソゴミカス共の目の前でくびり殺してやりたい。


「マナエ、落ち着きなさい。シュラもです。その怒りは、まだとっておきなさい。」


 頭にカッと血が上るのが分かる。


「でもアネモネ! アイツらお兄ちゃんに酷いことしたんでしょ!? お兄ちゃん今も苦しんでるんでしょ!?」


「儂もマナエと同意じゃ。彼奴等は明確に主様や儂らに敵対しておる。そして現実に主様は害され、今尚苦痛を味わっておるのじゃぞ? この拳を振るわぬ決着など、最早有りはせんわ。否、彼奴等が自ずからその決着を導いたのじゃ。」


 シュラも一緒にアネモネに詰め寄る。


 何もしていないお兄ちゃんを捕まえて、痛めつけて、苦しめている奴ら。

 そんな奴らと、お兄ちゃんは仲良くなろうと必死に動き回っていたのに……!


「ですから、落ち着きなさい。貴女達の気持ちは痛いほどに解っています。私やアザミとて、同じ気持ちなのですから。」


 だったら……!!


 尚も開きかけた口を、アネモネの手に止められた。


 その柔らかな白い手の平は、握り締め過ぎて爪が食い込み、ズタズタに切れて、真っ赤に染まっていた。


「解っています。マスターのお身体の具合も心配ですので、少々舞台を変更します。アザミ、奴らの足で、砦まであと如何程ですか?」


 アネモネがダンジョンコア越しにアザミに呼び掛ける。


『あのままの速度であれば、あと3日未満で辺境領へ入り、そこから砦までは1日といったところです。』


 ダンジョンコアからアザミお姉ちゃんの声がそう答える。


「遅いですね……人間の、それも軍の移動となれば仕方ないかもしれませんが。分かりました。仕掛けを早めましょう。アザミには申し訳ありませんが、すぐさま最後の手を打って下さい。そして辺境伯の元へ行き、事情を説明して下さい。その後、砦で私達と合流しましょう。私達も討って出ます。仕掛けの場所は、辺境領まで1日の地点。そこなら、付近に集落もなく軍と対峙しても影響は出ません。」


 一息に方針を語るアネモネ。


『承知しました。では、後ほど。』


 アザミお姉ちゃんとの通話が切れる。

 あたしはさっきアネモネが示した方針を振り返る。


「あたしは、またお留守番なんだね……」


 泣いちゃダメだ。大事なことだって、分かってるから。


「ノン。何を言っているのですか、マナエ。貴女も立派な戦力ですよ? マスターのステータスを、下位互換とは言え引き継いでいるのですから。」


 あっれぇ? アネモネが怖いよ?

 いつも無表情だけど、今はさらに凍り付いたように固くて、でも目だけ微かに笑ってる……!


「本当は教える筈ではなかったのですが、マスターが出発する前に新たに設定登録した、【家族旅行モード】を使用します。私は王女様の部下の方々に、事情説明と留守をお願いしてきますので、マナエは設定の変更を。シュラは、準備運動でもしていて下さい。」


 あたしもついて行っていいの? いつも危ないことから離されて、守られてたあたしが、ダンジョンの外に?


「マナエ。マスターは何も、貴女を此処に閉じ込めるつもりだったわけではありませんよ。『もっと俺が強くなれれば、そうすればマナエも強くなるし、外に遊びに行けるだろ? そしたらダンジョンの皆で旅行にでも行くか』と、そう話しながら設定を組み上げていましたよ。」


 そう言って、あたしの頭を撫でるアネモネ。

 その顔は、いつも通りの無表情だったけど、さっきとは違って、温かく微笑んでいるように感じた。


「そういう事じゃな。まったく、過保護な主様じゃ。今のマナエならば、そこらの雑兵なぞ束になろうと敵わぬというにのう。さあマナエよ。家族旅行の前に迷子になってしもうた、困った家長様を迎えに行こうぞ?」


 背中をシュラにポンと叩かれる。

 シュラもさっきまでのように怒ってない。


 きっと、アネモネの計画が変わったからだ。


 アネモネはと言った。

 戦闘狂のシュラだから、暴れて怒りを発散できる場所があると思って落ち着いたんだろう。


「うん! すぐに支度するねっ!!」


 あたしも、戦える。お兄ちゃんのために。お兄ちゃんを救けるために。


 すぐにダンジョンメニューを開く。

 ダンジョン編集項目から、プリセット項目を参照すると。


「あ、ホントにあった。【家族旅行モード】……うわっ、えげつなっ!? なにこれ……【決戦モード】なんか目じゃないよ……! これ、ダンジョンに入るのも難しいし、入っても多分出られないんじゃないかな……?」


 それで、【家族旅行モード】か。

 確かにこれなら、ダンジョンを皆で留守にしても安心できると思うけど……


「侵入してきた人とか、魔物さんがかわいそう……!」


 まだ見ぬ被害者の凄惨な末路を想像してしまう。

 ま、まものさーん!!


 でも、これなら。これなら、何の心配も無くダンジョンから出られる。


「ああ、それから、マナエ。」


 リビングから出て行こうとしていたアネモネが、足を止めて振り返る。


「今から言う装備を、至急用意して下さい。まずは……」


 そうして、あたし達に指示を残して、アネモネはフリオールお姉ちゃんの仲間の所に行った。

 あたしもダンジョンの設定を変更して、言われた通りの操作をしてから、お庭に出る。


 お庭には既にシュラが居て、お兄ちゃんに教わったラジオ体操? っていう運動を、物凄い速さでやっていた。


「おう、マナエ。戦さ支度は整ったのかの? 初陣とは言え、あまりはしゃぐでないぞ? 肩肘張っておっては、出せる力も出せぬものじゃからのう?」


 どう見てもはしゃいでるのはシュラでしょ……!


「はしゃいでないもん。はい、これシュラの。」


 そう言って、アネモネに頼まれた物をシュラに渡す。


「あん? 何ぞ、これは?」


 あたしから受け取った物を訝しげに矯めつ眇めつするシュラ。

 説明しようと口を開き掛けた時、アネモネが合流した。


「準備は出来たようですね。早速出発しましょう。此処から砦までなら、1時間もあれば着くでしょう。」


 そう促されたら、説明は中断するしかないね。

 まあ、知っても知らなくても害は無いからいいよね。


「でもさ、アネモネ。砦までどうやって行くの? アザミお姉ちゃんも居ないから、お空を飛ぶ訳じゃないんでしょ?」


 それでどうやって1時間で行くのだろう?


 そう質問ながら、歩く。

 ダンジョンの改装で、外への直通路も作ったからすぐだ。


 ダンジョン入口前の拓けた広場に着いたアネモネは、あたしを振り返ってから、シュラに目配せする。


「どうやってと言われてものう。ほれマナエ、儂の背に乗るのじゃ。そして、しっかり掴まっているんじゃぞ?」


 疑問を感じながらも、言われた通りにシュラにおぶさる。


 それを確認したアネモネは、砦が在るだろう方向に向き直り、


「空を飛べぬ私達が、砦まで行く方法など決まっていますよ、マナエ。単純に、走って行くのです。」


とそう言って、凄まじい速度で森に向かって疾走するアネモネ。


 かと思えば、


「儂らも往くぞ! 舌を噛むなよっ!!」


あたしをおんぶしたままのシュラまで、駆け出し森を目指す。


 アネモネは、その速度のまま跳躍。

 森の樹木の太い枝に着地し、すぐさまそれを蹴って次の枝へ。


 どうやら、本当に一直線に砦を目指すらしい。


 そして、そんなアネモネと同じ芸当が出来るとは、とても思えないシュラは……


「ち、ちょっ……! ぶ、ぶつかる! ぶつかっちゃうよシュラああぁぁ!!??」


 なんということでしょう!?

 この脳味噌筋肉女……木々を殴り圧し折り、蹴って砕き、障害物を全て粉砕しながら直進してる……っ!


 アネモネが準備運動してろって言ってたの、こういうことだったのね……


「喋ってると舌を噛むぞい、マナエよ!!」


 傍目から観ると、必死に木々を伝い逃げるアネモネを、その木々を薙ぎ倒して追い掛ける鬼にしか見えない。


 先導するアネモネが飛び退いた木に直進し、それが邪魔なら打ち砕く……


 なんて無茶するのッ!!??


「む、むりー! ちょっ……! シュラ、あぶなっ……! 危ないからあぁ!? っわあっ!? ちょっと!? ……うわああぁぁん!! おにいちゃあああああぁぁぁぁぁんッッ!!!???」


 あたしの叫び声は深い森に木霊することも無く、木々が圧し折れ薙ぎ倒される轟音に、掻き消されていった……



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