第十話 とある裏切り者の諸事情


〜 11日目早朝:ブリンクス辺境伯領砦 〜


《キース視点》



「まったく、嫌気がさすっすねぇ。あの部隊、結構気に入ってたんすけど。」


 昨日昼過ぎ、王太子が王都を出立したと連絡が入った。

 集めた兵は、一個大隊だと。


 ハッキリ言って大袈裟過ぎる。


 確かにあの罠には驚いたが、ぶっちゃけてしまえば、王女があの罠を起動させてしまったことに驚いたのだ。


 あの迷宮は深くても中層級に届くかどうかだ。

 リコの術具でもそう判断され、自分の経験から言ってもその程度の迷宮だ。

 それに一個大隊とは……


「いつもの王太子様の見栄ってやつっすかねぇ。能力が高いのは良いんすけど、その分人より凄いってことに拘ってたっすからねぇ。」


 罠に嵌ってしまった元仲間達は、なんと迷宮の住人達と行動を共にしているらしい。そう辺境伯様から聞かされた時には、耳を疑ったものだ。


 そして、その情報を齎したのが、他ならぬフリオール王女だと言うのだ。


 話を聞けば、否応なしに時勢が動くのは、俺にだって分かった。

 あそこが、まさに潮時だったのだ。


「まあ、隊の皆が無事と聞いて、こっそり安心しちゃったのは内緒っすけどね……」


 自分の雇い主は、あくまで王太子様(の腹心)なのだ。


 元々俺はドラゴニス帝国の少年斥候兵で、哨戒任務中の小競り合いで虜囚となった。


 斥候としての能力を買われ、王太子の腹心に拾われ、少なくない報酬で隷属契約を結ばされ、そして密偵としての日々を過ごしていた。


 何年か経った時、当時政略に使われるのを嫌ったフリオール第1王女が、剣の腕をメキメキと上げて軍の門戸を叩いた。


 その際に王太子様は腹心にこう命じたらしい。


『出しゃばる杭など打たれれば良い。だが、万が一にも我が妹が大成し、大きな功績を得ることになるのならば。その時は上手く誘導し、その功績を俺に捧げろ。』


 そう言われた腹心は、俺に軍に入り、同期として接触しろと命じた。

 そして配下として潜り込み、然るべき時を見極め、その功績を掠め取れと。


 軍に入ったばかりの頃に、先ず仲良くなったのは武骨な騎士見習いのアグノイトだった。

 真面目を絵に描いたような奴で、放って置けばいつも鍛錬をしているような男だった。


 しかしそんな勤勉な奴を王女は気に入ったらしく、声を掛けられていたのだ。


 だから、俺はアグノイトに近付いた。

 奴は真面目が過ぎる人間だったから、人を疑うことを知らない。


 まあ、全部嘘だった訳じゃない。

 元帝国軍の斥候で、王国の理念に恭順して軍に志願したと話した時は、普段それほど口数の多くないアイツが、珍しく饒舌にこの国の素晴らしさやら、王の尊さ、王女の誠実さを語ってくれたのだ。


 そこで王太子様の話が出なかったのには、笑いを堪えるのが辛かったのは良い思い出話だ。


 そんな感じで、酒に誘い、お互いの思うところを存分に語り合った俺とアグノイトは、とても自然に友誼を交わすことができたのだ。


 そしてもっともらしい言い分でアグノイトの鍛錬に付き合い続け(地味にキツかった)、遂に王女と接触できた。


 王女も純粋と言うか単純な人で、割とすぐに俺に興味を持ってくれたため、アグノイトに言って聴かせた身の上話を披露し、共感を誘い、信用を勝ち取ったのだ。


 それからは怒涛のようだった。


 訓練期間中に、元々の素養も有ってすぐさま頭角を現し、早々に正規入隊となった王女と俺達。

 しかし、王族という身分が邪魔をして、腫れ物に触れるような扱いを受けた王女は、当時の隊の上官に談判し、部隊から実質的に独立してしまった。


 ここで離されてなるものかと、王女との同行を志願し、やっとの思いで許可が降り王女に合流した時、同じ事をした馬鹿が居て、王女と、アグノイトと、俺は3人で大笑いしたものだ。


 そうして始まった蔑称【姫様の道楽隊】だったが、たった3人で何が出来る訳もなく、軍籍のまま冒険者のような事をして、しばらくの時を過ごしていた。


 そうしている内に、治療に立ち寄った教会で落ちこぼれの女神官を拾い、迫害と暴行を受け路地裏に倒れていたドワーフを拾い、違法な奴隷狩りから気の強いエルフの女を救い、余りに膨大すぎる魔力を恐れられ捨てられた孤児の少女を拾い……


 そんな世直しとも、それこそ道楽の慈善事業とも取られるような活動の末、現在の通称フリオール隊が形作られていった。


 そういえば、そういう節目節目に王女に情報を齎していたあのやけに雰囲気のある壮年の男は何者だったんだろうか?

 思えば今回の辺境視察も、付近まで来ていた王女に、その男が情報を入れたために急遽決まったものだったが……


 まあいい。それこそ本当の王女子飼いの人間なんだろう。

 今更気にしても、もうどうにもならないしどうでもいい。


 そしてそんな活動ばかりしていた俺だったが、ついに命令を果たすべきかと思う時があった。


 あれはちょうど1年ほど前か。

 圧政に苦しむ民が居ると聞いた王女が、旧マグノワイス領に訪れた時だ。


 領主からの重税と人を人とも思わぬ所業の数々に、民の不満は溜まり、反乱寸前の領地だった。


 俺達はすぐさま調査を開始し、数々の領主家の不正の証拠を調べ上げて、国へ報告した。まあ結論から言うと間に合わず、反乱は起きたのだが。


 しかし、俺達の報告でいち早く行動を起こしたお陰で、反乱の鎮静化には成功した。

 その領地を支配していた貴族家も、俺達が挙げた数々の証拠によって取り潰しとなり、事態は終息したかに見えた。


 だが、そんな折に例の男から、隣国のツヴェイト共和国が侵犯を図っているとの報せを受け、王女は事実確認のために俺を含む斥候3人を送り出した。


 この時の反乱の真実は、圧政に苦しんでいる領内の状況を知られ、ツヴェイト共和国に唆されたものだったのだ。


 その隙を突き進軍してきた共和国軍は、およそ3000人。

 旅団規模の軍が国境線のすぐこちらまで既に侵犯して来ていたのだ。


 俺は2人をそのまま監視に残し、すぐさま走り王女に報告した。

 そしてその足で、王女の認めた緊急の書状を持ってまた走り、反乱の鎮圧軍司令部に駆け込んだ。


 報告を受けた司令部が本国に援軍要請したところを見届けて、すぐに蜻蛉返り。王女達に合流した。


 そして王女からまさかの命令が下ったのだ。


 撹乱を仕掛け時を稼ぐ、と。


 死ぬかと思った。地獄とは此処だとも思った。


 13対3000の絶望的な遅滞戦闘。


 兵糧を焼き払い、部隊単位での夜襲を繰り返し仕掛け、陣に忍び込み毒を仕込み……


 隊の誰も死なないという奇跡の5日間が過ぎた頃、ようやく援軍と合流した本隊が追い付き、戦場は拮抗。

 睨み合いの末、局所的な小競り合いのみでその戦は終結したのだった。


 それら反乱を含め一連の働きを認められ、王女は王家所領のエスピリス領を拝領し、民からは【姫将軍】と謳われるようになった。


 当初はこの手柄を王太子様にと悩んだものだった。

 しかし、完全に王女の独断であることは状況が物語っており、何より公人並びに軍人の証人が多いのが厄介だった。


 そして結果として、その手柄は見送ったのだ。

 王太子様の腹心からの小言は、聞くに耐えない物であったが。


 だがそれも、今にして思えば英断だった。

 結果論だがこうして、迷宮という更に大きな功績を王女は挙げたのである。


 しかも極秘裏に事を進めた弊害で、知る者は迷宮に残る隊の者と辺境伯のみ。フリオール隊の者というだけで信用されたのも大きかった。


 この手柄を王太子様に捧げ、隷属の契約を破棄させる。

 後は人知れず野に下り名を変えて、報酬と蓄えで慎ましく余生でも過ごせればそれで良い。


 裏切り者の末路にしては、上等に過ぎるほどだ。


 純粋で、正義感に厚く、だがその天然さと人柄で他者を惹き付けてやまない、フリオール王女。


 生真面目で、力の抜き所を知らないくせに無駄に利他的な騎士、アグノイト。


 落ちこぼれの爪弾き者がいつの間にか一流になり、更に王女に並々ならぬ執着を持つ神官、アリア。


 手先が器用で何でも造れて、その人柄と経験から、隊の皆の愚痴の受け皿になっていたドワーフの好々爺、工兵のガッツ。


 エルフのくせに豪快で明け透けで、そのくせ摘み食いや小銭の行方に口煩い輜重兵、モニカ。


 そして路上生活の孤児から拾われ、斥候の知識と技術を手ずから仕込み、育て上げた少女、リコ。


 他の者達とも、時に励まし合い、時に笑い合い騒いだものだ。


「居心地の良い隊だったっすねぇ……それこそ、今の上司でなく、姫様の関係者に先に拾われていれば……」


 思わず溢れ出る本音。


 大変なことばかりだったが、充実していた。

 帝国に居ても、密偵をしていても得られなかった物が、あの隊には有った。


 慌ただしく、喧しく人を救け。

 嘆きながら、悔やみながら剣を振るい続け。


 道楽と言われようとも前を見て歩く、あの王女様の気高い背中に引かれて。


 そうして笑い合って過ごしたあの隊を、裏切った。


 自分の裏切りが発覚するのも時間の問題だ。いや、もう発覚しているかもしれない。


 後は、自分が取るべき行動はひとつだけ。


 王太子様の軍を迂回し、いち早く王都に舞い戻り、上司に掛け合って自由を得る。上司が軍に同行していないのは、連絡の際に確認済みだ。


 そうと決まれば、辺境伯様に感付かれる前に出立せねばならない。


 身に付けた装備の確認をし、砦に帰還する際に隊の輜重車から拝借してきた物資をしまい込み、身支度を整える。


 砦の警備網は既に把握している。


 もうすぐにでも、夜番の兵の交代時間になる。

 申し送りに意識が移り、夜通しの眠気がピークの頃合のため、警戒が薄くなるのだ。


 そもそも、警戒は基本的に森へ向いているため、内陸側は必然警戒は薄めだ。


 それらを加味し、歩哨の合間、警戒の隙間を縫って砦から脱する。


 そこそこに長い斥候職で身に付けた【隠密】スキルを存分に振るい、見張りの視界の届く範囲から走り去る。


 走る最中も、頭の中を巡るのは、王女の部下として過ごした日々。


 そして、呼吸が乱れる。歩調が崩れる。

 いつの間にか滲み出した涙で視界が歪む。


 楽しかったのだ。


 心地良かったのだ。


 出来ることなら、ずっと共に居たかったのだ。


「すんません、姫様……みんな、ごめん……どうか、せめて無事で……!」


 後はひたすら、心を殺して、王都へ向け走り続けた。



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