第七話 やだこのパパイケメン!それに比べて……


〜 夜:王都ユーフェミア ブレスガイア城 王の執務室 〜



 さて、ワイバーン討伐で心証を良くすることには成功した。これで少しは、有利に話が進んでくれれば良いんだけど。


「さて、確認しよう。お主が望むのは、迷宮への侵害を防ぐことだったな? そしてその対価として、お主の迷宮の階層を譲渡し、開発の自由を与え、民を受け入れる、と。」


 要項をそらんじる王様。

 まあ、下手に文書には残せんわな。


「はい。俺としては、王国に害を与えるつもりはありません。我が迷宮が安堵されるのであれば、寧ろ王国への協力は吝かでは無いと考えています。また民を受け入れる予定の階層は核よりも深度を深くし、外敵の脅威に晒されぬよう堅固に守護するつもりです。」


 砦の転移装置さえ守り切れば、実質侵入は不可能になると、話が進んだ際のメリットを伝える。


「ふむ。魔物も居らず、穏やかな気候に豊かな土壌。外敵からも護られ、不審者の侵入も防げる……か。そこまでして、階層をひとつ潰してまで、お主に利があるのか? 迷宮の安堵だけでは釣り合わぬのではないか?」


 当然の疑問だな。

 これだけ言えば、俺は我が身可愛さに迷宮を差し出したようにしか映らないからな。


「勿論あります。ご息女には既に説明をしたのですが、迷宮の成長には、ダンジョンポイントという物が必要となります。


 それを得るためには、侵入者を入れる・閉じ込める・殺害吸収するという3つの方法が有るのですが、この度受け入れる民は、迷宮からすれば侵入者に該当します。


 そして明け渡す階層で生活をすることは、閉じ込めるという行為に該当します。つまり、民を招けば招いただけ、我が迷宮は更に成長できるということなのですよ。」


 そこまで考えていたのかと、姫さんは唖然としている。

 王様も、単に国だけが利益を受ける訳ではないと知って複雑そうだ。


「簡単に言えば、入市税と居住税を、人知れず金銭以外の物で徴収されていると考えて下さい。勿論、そうして得たダンジョンポイントは、迷宮の成長だけでなく、受け入れた民達のためにも使用することは約束しましょう。」


 どうよこの破格の条件。

 俺なら頷くね! だから王様も頷いておくれっ!


「なるほど。確かにそうであるならば、双方の利益は釣り合いが取れているように思える。上手い事を考えたものだと、素直に感心してしまうほどだ。故に、余は敢えて訊きたい。お主の本心は、何処にある?」


 唐突に投げられる問い。

 意図する所が読めず、困惑を返すと。


「此度の話、商談としては上々だ。互いの利益、打算、それに伴う付加価値。恐らくは我が国の現状を知って、それを加味してここまで練り上げたのであろう?


 だがそれ故に。それ故にお主の心が見えぬ。余も当惑しているのだ。お主の力と知恵であれば、渡り合おうと思えばできた筈。しかしお主はそうせず、こうして和平の道を敷いてみせた。お主は、一体何をしたいのだ?」


 これは……誤魔化せないね。本心を語れと、その強い眼差しが訴えている。


 姫さんの親だなぁ、と。その責任に潰されずに他者を思いやれる優しい眼差しに、俺の虚勢が剥がされる。


「俺はね、生きたいんですよ。生き抜いて、生を全うしたい。謳歌したい。大まかには聞いているとは思いますが、俺は転生者です。此処とは異なる世界で、27年しか生きられなかった、間抜けな元人間です。


 酔っ払いの争いを止めようとして、逆に殴られ、呆気なく死んだんです。何も残さず、何者にも成れぬままに。そんな俺に、神様が道を示してくれたんです。新たな生を歩めと。そうして、俺は1週間と2日前に、この世界に産まれたんです。」


 嬉しかった。


 神様と言うには少々……だいぶ邪悪な、イタズラ好きな神様だったけど。何も残せず、何者にも成れなかった俺を、認めてくれた。


「俺の力と迷宮の力。両方有れば大抵の事は可能です。魔王にだって成れるでしょう。でも、俺は成りません。生きたいだけです。この新たに貰った命を、全うしたいだけです。


 約束したんですよ。いつかまた死んだ時に、今生の土産話を沢山聴かせるって、神様にね。楽しんで、胸を張って生きた事を話して聴かせるって、約束したんです。


 だから、俺は魔王には成りません。この世界の、ただひとつの命として、生きて、生を楽しみ謳歌して、ただ胸を張って死にたいだけです。」


 だいぶ語ってしまった。説明会プレゼンや商談なら、マイナスもいい所だろうな。


 でも、この人は。


 この王様は、恐らくは打算だけでは動いてくれない。たとえ国難であろうとも、いや、国難だからこそか。そこに心を求めることができる、とても強い、立派な人だ。

 だからこそ、【名君】なんだろう。


「良く、分かった。深く詮索したことを詫びよう。」


 謝られても困るよ。どうか、お気になさらずにね。


「その上で、此度の話、余は受けようと、いや受けたいと思う。国難を廃し、不正を廃し、治世と平和を共に手にすることを、余の名に於いて此処に誓おう。」


 そう言って、王様は立ち上がった。慌ててそれに追随する姫さん。


「では、父上!?」


 ありがとうな、姫さん。こんな胡散臭い魔族の男に、ここまで付き合ってくれて。


「うむ。我が国ユーフェミア王国と、迷宮の主マナカとの盟約の成立を、此処に宣言する。」


 差し出される王様の手。


 俺はゆっくり立ち上がり、今度は力強く、両手で握った。


「ありがとうございます。国王陛下。」


 心からの感謝。


 今思えば、転生してからの俺は感謝してばかりだ。仲間に、友に、そして理解有る先達に。


 そして、神様に。


「さて、そうとなれば急ぎ書面にしたためよう。【調印紙】も用意してある故、互いの条件を、今一度精査せねばな。」


 そうして、王が執務机からまっさらな、いかにも高級感漂う羊皮紙を2枚持ってきて、会談のテーブルの上に差し出す。


 再び会談のメンバーがソファに腰を下ろし、先程までの緊張も幾分解けた雰囲気でテーブルを囲んだ、その時である。


 俄かに室外が騒がしくなる。


 この室内は遮音の術具が起動しているため、内側の音が外に漏れることはない筈だ。そしてこの術具、実は外側の音は聴こえるという、とても便利な物なのだ。


 そんなことを一瞬考えるも、頭の中に鳴り響く警鐘が俺を現実に引き戻す。

 外の騒ぎは段々と此方へ近付いて来ているのだ。


「アザミ、これを持って隠れろ!」


 俺はある物をアザミに渡し、【変幻】スキルで姿を隠すことを指示する。


 小さな鼠へと姿を変えたアザミが隠れたのを見届けるのと、執務室の扉が強引に開かれたのは、ほぼ同時であった。


「これはこれは。父上、こんな夜分に何をしているかと思えば、魔族などと談合ですかな? おや、最近とんと姿を見ぬ我が妹も一緒とは。どうやら、親子揃ってそこの魔族に誑かされたと見える。」


 仰々しい仕草と仰々しい台詞で、これまた仰々しい鎧を着込んだ男が乱入してくる。それを追うようにして、10人程の甲冑と剣を装備した騎士も入ってきた。


「ウィリアム兄上!? 報せも許可も無く陛下の部屋に踏み入るとは、血迷ったのですか?! しかも手勢まで連れてなど、謀叛と看做されてもおかしくありませんぞッ!!」


 ウィリアム。

 この男が、フリオール王女の兄。国王の長子で、王太子って奴か。


 下手に動かず、趨勢を見極める。

 状況は不味い。情報が漏れた? あれだけ気をつけていたのに?


 間者か……?


「妹よ。お前こそ血迷ったのではあるまいな? 父上もだ! 何故王の執務室に魔族が居るのだ?! 我等が仇敵が!! 返答如何によっては――――」


「ウィリアムよ、静まれ。彼は確かに魔族だが、我等の仇敵である、【魔界】の者共とは違うのだ。」


 王太子の言葉を王様が止め、俺を擁護してくれる。


 王太子は、言葉を遮られたことが気に入らないのか、口元を憎々しげに歪め――――


「ならば何だと? 其奴はだから、目零ししろと? これはまた異なことを! 尚更捨て置けませぬなぁ!!」


 すぐさま愉悦へと変貌した。

 やっぱりか。


 奴は俺を迷宮の主と言った。間者が居たことは確定だ。

 ただそうすると可能性が高いのは……


 チラリと姫さんを伺うと、青い顔をしていた。この状況に狼狽えているのか、それとも、俺と同じ可能性に辿り着いたのか。


「迷宮とは脅威と引き換えに無限の富を齎す資源! その主がノコノコとその首を晒しているというのに、何をしておられるのですか?! まさかとは思いますが、其奴の甘言にでも乗せられて、何か約を交わそうとでも言うのではありますまいなぁ?!」


 白々しい、芝居がかった口調で王様を糾弾する王太子。

 愉悦と興奮が混じり合ったその雰囲気に背を押されたか、周りの騎士達が剣を構える。


「ならば結構! 父上に代わって、この俺が、ユーフェミア王国王太子であるこのウィリアムが、其奴の迷宮を支配してご覧に入れましょう! そしてその暁には、父上には王位を退いていただく。


 おい、そこの魔族を捕らえよ! 陛下と我が妹は、魔族に何がしか魔法を掛けられているやもしれぬ故、丁重にお連れして、厳重に管理をさせよ!」


 本音ダダ漏れですなぁ。けど、今王様達に危害を加えられたら俺も詰む。

 この場で暴れ出せば逃げられるかもしれないが、今回の話も無かったことになる。


「分かった。言うことを聞くから、穏便にいこう。」


 両手を挙げて無抵抗をアピールし、立ち上がる。


 そうして、警戒されないようゆっくりと王太子達の方へ歩み寄るが――――


「がぁッ!?」


「ゴミが。最初から貴様の意見など求めておらぬわ! 貴様は大人しく、俺に隷属すれば良いのだ。」


 王太子の持つ鞘に入った剣で、思い切り殴られる。堪らず倒れ伏したところを取り押さえられ、後ろ手に縄で縛られる。


「何をしているのだ、兄上!!??」


 悲鳴のような姫さんの声。

 それを聴きながら、俺は執務室から引き摺られるようにして連行される。


 ふと、出て行く直前に姫さんと目が合う。


 そんな顔すんなよ姫さん。下手打ったのは俺だ。姫さんが悪いんじゃないよ。


 だから、そんな悲しい、自分を責めるような顔をしないでくれよ。

 安心してくれ。俺は、まだ諦めてないから。


 伝われ、と作った笑顔は、上手く出来ていただろうか。ちゃんと、姫さんに伝わっただろうか。


 そうして――――俺は、囚われの身になった。



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