第六話 フリーフォールなんか温過ぎるわ!


〜 9日目夕方:ユーフェミア王国 上空 〜



 俺は今、空を飛んでいる。


 いや、比喩でなく。

 現実に。掛け値なしに。本当に! 本気で!! 全力で!!!


「なんっなんだよあれはあああぁぁッ!!??」


 ダンジョンで皆に見送られ、王都を目指し飛び立った俺達。

 メンバーは、俺、姫さん、アザミの、辺境伯の時と同じ編成だ。


 メンツの根拠?

 姫さんは俺が運ぶとして、アザミが飛べるからです。過保護なアネモネさんは、なかなか単独行動をお許しにならないのです。


 そんなこんなで、マナエ印のおやつと、アネモネブランドの夕食のお弁当を持たされて。


「あれは、ワイバーンだな。翼竜とも呼ばれる亜竜の一種で肉食。尾の先に毒の棘がある故、注意が必要だ。単体だと冒険者で言うところのBランクパーティが対応に当たる強力な魔物だ。そしてそれが5匹か。…………17年か。儚い人生だったな……」


 何を冷静に解説して、何を冷静に人生を振り返ってやがりますかこの王女様は!? お姫様抱っこで!!


 はい、只今絶賛大空の追いかけっこ開催中でございますっ!


 いやね? 途中までは全然順調だったんだよ?

 空を行く訳だし、障害なんかあんの? って。


 そんな風に思っていた時期が俺にもありましたよ!!


 王都まであと1/3くらいって所で、丁度良い林を見付けたもんだからさ、降りて休憩にしようとしたのさ。

 そしたら運悪く、そこはワイバーン共コイツらの巣で。そこからずうっと、茜色に染まる大空のランデヴー。


「享年1週間と2日とか嫌すぎるよおおおぉぉぉっ!!??」


 この世界って、ちょっと俺に敵意持ち過ぎじゃない?!

 ピンヒールとか、目潰しとか、事案攻撃とか、櫛の柄の尖ったヤツとか全力殴りとか!!


 あれ?! 気のせいかみんな味方な気がするよ??!!


「マナカ様、ここはアザミが対応します! 戦闘の許可を!」


 流石にこの状況は不味い。王都はもう、遠くに薄らと見えてきている。


「しょうがない! アザミ、頼む!!」


 俺の言葉と同時に、すぐ後ろを飛んでいたアザミの身体が光に包まれる。

 その光の中から現れたのは、一頭の天翔る妖狐。


「お任せ下さい、マナカ様!!」


 振り向き様に9本の尾から放たれる雷光。

 縦横無尽に空を疾走はしる雷は、狙い違わず先頭を飛んでいた翼竜を飲み込む。


 雷光が去った時には、全身から煙を上げて焼け焦げた翼竜ワイバーンが墜落して行く姿のみが残った。


 残り、4匹。


「アザミ! 雷、火だと目立っちまう! もう王都も近いし、何とかなるか?!」


 雷魔法の閃光は、かなりの眩しさだ。

 未だ暗くない夕方とはいえ、眼の良い奴なら気付く可能性がある。そいつが衛兵や軍人にでも報告したら事だ。


「承知しました!」


 アザミは構築中の攻撃魔法を即座にキャンセルし、接近戦へと切り替えた。

 自前の飛行能力に加え、9本の尾の内4本に風を大量に纏い、スラスターのようにして自身の空中姿勢や軌道を変化させる。


 そうして茜色の空で繰り広げられる航空格闘戦ドッグファイト

 アザミもだいぶレベル上がったし、自主訓練をしていたのか、飛行能力にも磨きがかかっている。


 方や、その翼で風を掴み、数の利を活かして一気に纏わり着こうというワイバーン共。


 射程に入れば即座に噛み付きを放つ。間合いを外されれば、翼を操って宙返りやら急旋回やら。くるくる回る身体に引っ張られるように高速で振り回される鞭のような長い尾の、その先端の毒棘がアザミに躍り懸かる。


 方やその噛み付きや尾撃を、縦横斜めと変幻自在な軌道で躱し切るアザミ。


 妖狐状態ならワイバーンとも対等と言える巨体が、驚異的な軌道で宙を駆け回る。擦れ違い様にその爪で引き裂き、少なくないダメージを与えている。


「あれは……誘ってるな。」


 わざわざ噛み付きや尻尾の間合いに入る必要は無い。雷と火が使えなくても、アザミは他の属性も使えるしな。だというのに接近戦で、チマチマと身体を斬り付け煽っている。


 頭に血が昇ったワイバーン達は、次第に連携が崩れ、味方の攻撃を被弾する数が徐々に増えていく。


 そして、ここだというタイミングでアザミが一気に急上昇する。

 予め用意されていた駒のように、ワイバーン達はアザミの真下で4匹揃ってぶつかり合い、絡まり合った。


 そして急降下するアザミ。

 その9本の尾がひとつに纏められ――あれは、土属性だな――、魔力で尾が固められ、ひとつの巨大な岩の尾となる。


 それは下降の勢いも加えて振るわれ。

 縺れ合うワイバーン達は、纏めて空から大地へと叩き落とされた。


 お見事!


「ありがとうアザミ。お疲れ様。怪我してないか?」


 首筋を撫でて、アザミを労う。


「問題ありません。アザミは、落とした奴等に止めを刺してきます。」


 頭を頬に擦り付けてくるので、頷きながらそちらも撫でてやると、満足したのかアザミはすぐに地上に向けて降りて行った。


「あっ……我も撫でたかった……」


 手を伸ばしてアザミを見送る姫さん。

 うん。時々君が解らなくなるよ、俺は。


 あ、ひとつ思いついたぞ。

 俺は姫さんに確認を取ると、すぐさまアザミの後を追って降下していった。




〜 夜:王都ユーフェミア 上空 〜



「あの部屋が、父上の執務室だ。もう少しすれば、父上と話をしている連中も退室し、父上1人となるだろう。」


 そう言って指を差す姫さん。その指の先には、立派なバルコニーを備えた大きな窓。


「合図は、父上が部屋の明かりを消すこと。それより10秒間、王城を覆っている結界を解除するとのことだ。貴様はその間に結界を潜り抜け、あの部屋へと辿り着くのだ。問題ないな?」


 充分だ。辺境伯の時と違い厄介なのは、城を護る城壁から、ドーム状に城を覆う結界が張ってある点だ。


 この結界、いざ魔力をフル稼働すれば物理魔法の両方を防ぎ、常の状態では魔力感知に特化した仕様となっている。

 なので、不用意に場内で魔法を使ったり、事前に申請されていない来訪者なんかは即座に把握されて、衛兵に囲まれてしまう。


 つまり、あの結界が解かれてから10秒の間に、バルコニーへと降り立ち、俺ら3人の魔力を隠蔽しなくてはいけない。


 まあ、それに関しては事前に教えてもらっていたからね。ちゃんと準備はしてきましたとも。


 俺達は、結界の外側から王城を見下ろして、確認を取り合っている。


 夕方の鬼ごっこが終わり、野暮用を済ませてから、弁当を食べて休憩しながら待機。

 日が落ちて暗くなったのを見計らって、王都の外壁をできるだけ高度を取って越えたのだ。


「アザミ、念の為もう少し離れよう。結界の範囲を拡大されると、ここだと引っ掛かるかもしれない。」


 そう言って更に数メートル、結界から距離を置く。


 普通は視認出来ないらしいが、こちとら魔力の扱いに長けた種族だ。各感知能力をフルに使えば、眼前の結界がしっかりと把握できる。


 目算で、現在の高度からバルコニーまで7秒ほど。

 急降下しながら魔力を練り、魔力の遮断結界を俺達3人に張る。着地制御にも魔力が必要だから、実質3秒以内に結界を張れなきゃ詰む。


「あー、なんか今更ながら怖くなってきちゃったなぁ……」


 俺の零した言葉に、姫さんが俺の背中から覗き込み、訝しげな顔をする。


「顔と言動が一致していないぞ。貴様の顔はどう見ても悦んでいる。まったく、困難に際して嗤うなど、正気の沙汰ではない。流石はシュラ殿の主と言ったところだな。」


 うるさいなぁ。


「そう言う姫さんこそ、よくもこの大一番の直前に、アザミに乗りたいだのと我儘を言えたもんだ。国の明暗が掛かってるってのに、随分とお気楽だな?」


 言い返してやる。

 そんなムッとしてもダメだよ。先に皮肉ったのは姫さんだからな。


 そう、この姫さんてば、アザミの妖狐モードを初めて見て、我もモフりたいだの背中に乗せろだのと、我儘を言ってきたのだ。


 まあ、アザミが一刀両断に「アザミに乗って良いのは、マナカ様だけです」と斬って捨ててたけどね。

 姫さん、目に見えて落ち込んでたよ。ざまぁみろってんだ。


 そんなわけで、俺達の現状。


 アザミは妖狐モードで待機中。

 俺は、そんなアザミの背中に騎乗中。

 そして姫さん、騎乗中の俺がおんぶ中。


 いや、巫山戯てる訳じゃないのよ。

 まあ、アザミが俺以外乗せたがらないってのはあったけどね? でも一応、ちゃんと理由が有るのよ。


 まず、急降下と軟着陸はアザミに一任している。

 これは現時点ではアザミの方が飛行能力が高いことと、魔力の同時展開に長けているからだ。先のワイバーン戦で証明済みである。


 そして、俺はアザミの背で魔力を練り、隠蔽の準備。

 姫さんは落ちないように俺にしがみつく係だ。


「マナカ様、明かりが消えました!」


 背中で騒ぐ俺達を華麗にスルーしていたアザミが、鋭い声で指摘すると共に降下を開始する。


 視れば、先程まであった結界も消えている。

 執務室のバルコニーまでの一直線を、ジェットコースターなんぞ目じゃない速度で降りて、いや落ちていく。


 背中には、必死に力を込めて振り落とされまいとする姫さんの気配。うん、俺の首が凄い力で締まってますよッ!?


 俺は俺で、アザミに掴まりながら急速に魔力を練り上げる。首が締まって集中が阻害されるが、やらなきゃ終わりだと必死に魔力を編む。


 バルコニーはすでに目前。アザミが着地のために尾を使い姿勢を制御する。


 フワリっ……と。視点が急回転して、姿勢が水平になる。

 それと同時に、俺は練り上げた魔力を展開し、


「結界魔法【魔力遮断迷彩チルドルーム】!」


俺達の魔力を遮断し、感知を潜り抜ける結界を張った。そして、アザミの背から降りて、明かりの消された室内へと向き直ったのだ。




〜 ブレスガイア城 王の執務室 〜



「まったく、国を相手取ってヘマして死ぬ前に、姫さんに締め殺されるかと思ったよ……!」


 開け放たれたバルコニーの窓を潜りながら、愚痴を零す。


「あれほどの速度とは思いもよらなかったのだ、仕方なかろう!! そもそも、アザミ殿が我を乗せてくれていれば良かったのだっ!!」


 俺の肩を借りて、抜け掛けた腰を抑えつつ、姫さんが喚く。


「そんなことは知りません。獣のアザミにも、人のアザミにも、乗って良いのは主であるマナカ様だけです。そもそも、10秒しか時間が取れない方が悪いのです。」


 その艶やかな銀毛を靡かせ、颯爽と俺達の後をついてくる妖狐姿のアザミ。


 うん、その話詳しく。ちょっとトキメキワードが増えた気がしたよ?


「何はともあれ、第一段階はクリア、だな。」


 再び明かりが灯された室内。

 俺達が背にするバルコニーに向かい合う形で、1人の男が立っている。


 アザミが光と共に人型に戻り、姫さんが俺の肩からよろよろと離れる。


「本当にフリオール……なのだな。そしてその方らが迷宮の者か。」


 姫さんが先頭に立ち、そして恭しく膝を着き頭を垂れ、俺達は胸に手を置き、頭を下げる敬礼を取る。


「父上……いえ、フューレンス国王陛下。此度の会談のため、迷宮の主マナカ並びにその従者アザミ両名を、ユーフェミア王国第1王女フリオール・エスピリス・ユーフェミアが、御身の前にお連れしました。」


 懐から書簡を取り出し、膝を着いたまま、王へと差し出しながら報告する。


 王はゆっくりと王女へと近付き、その書簡を受け取ると、ポンッとその肩に手を置いてから口を開く。


「大義であった。さてフリオールよ、楽にしなさい。そして、彼等を余に紹介しなさい。」


 王の言葉を受け立ち上がる姫さん。

 俺達に振り返り、


「名乗るが良い。」


とシンプルな指示をくれた。


 俺は一度顔を上げて、王の顔をしっかりと見据えてから再び礼を取り、口上を述べる。


「この度は拝謁の機を賜り、恐悦至極に存じます。お初にお目に掛かります、マナカ・リクゴウと申します。こちらは従者のアザミ。どうぞ、お見知り置きを。」


 慣れない礼儀正しい口調で、精一杯の虚勢を張る。高く見られても、低く見られても厄介なことになるからな。


「良い。面を上げよ。」


 そんな俺達に王からの言葉が掛かる。

 それに従い、顔を上げる俺達に、今度は王様が名乗りを上げた。


「余が、ユーフェミア王国国王、フューレンス・ラインハルト・ユーフェミアである。此度の会談、互いに意義有るものとなることを、期待している。」


 おおう。オーラっていうか、威厳というか。

 流石に一国を背負う立場の人だ。住む世界が違うってことが、その威容からヒシヒシと伝わってくる。


「その前に。」


 ん? 王様がその鋭い目付きを緩めた気がした。


「その前に、先ずは礼を言おう。娘であるフリオールの命を取らず無事に帰してくれたこと、まことかたじけない。」


 今度は王様が頭を下げちゃったよ!?

 ちょっとやめれ!? ほら、姫さんも困ってるからっ!!??


「陛下、お顔をお上げください。一国の主がそのように軽々に頭を垂れては、下の者に示しが付かないでしょう。」


 慌てて言葉を掛け、頭を上げてもらう。


 しかし上げたその顔には、悪戯が成功したとでもいうような表情が張り付いていた。


「さて、堅苦しい挨拶はこの辺でよかろう。早速本題に入ろうではないか。」


 そう言って颯爽と踵を返し、執務室に備えられたソファへと向かう。


 それを無言で見送り、姫さんにジトりと視線を移せば、


「済まない。陛下は時々ああいった試しをするのだ……」


と、申し訳無さそうな、苦笑を堪えているような、そんな顔をしていた。


 溜め息をつき、いくらか力の抜けた身体を動かして、俺達もソファへと向かう。


 上座には王様がすでに座り、目線で着席を促してくる。

 対面に俺が腰を下ろし、姫さんは双方の間に入るように。アザミは、俺の斜め後ろで控えている。


「改めまして、迷宮の主であるマナカです。今日は、王国と我が迷宮、双方に利の有る提案を持って参りました。」


 さあ、本番開始だ。

 ある程度は辺境伯から内容を報告されているだろうけど、改めて最初から説明をしなくてはならない。


 双方の情報の齟齬を無くすためだね。そこに落とし穴があったり、付け込まれるのを防ぐためだ。


「ああ、そうそう。ほんの手土産という訳ではありませんが、王都に赴く最中、比較的近郊にてワイバーンの巣を発見しましてね。道すがら討滅して参りました。証拠品として、この尾の毒棘と、魔石を進呈します。ご息女が証人です。」


 牽制になるかも分からないが、そう切り出す。

 そして無限収納インベントリから、布に包まれたそれらの素材をテーブルに置き、包みを開いて王へと差し出す。


「なんと……ワイバーンの巣が王都近郊にだと? しかもこの数……王都は兎も角にも、近隣の街や村などでは対処が困難なほどだ。その後、その巣は?」


 ワイバーンの尾や魔石をあらため、鋭い視線をこちらに投げ掛ける王様。


「林に被害が出ぬよう焼き払いました。死骸は俺の魔法で収納していますので、疫病の心配も、新たに魔物を引き寄せる恐れもないでしょう。」


 対応を報告する。

 それに対し、王様はひとつ息を吐くと、


「感謝せねばならぬ事がひとつ増えたな。近隣に被害が出る前で良かった。心から礼を言わせてもらう。」


 そう言って、手を差し出してきたのだ。

 俺は笑顔でそれに応え、その手を強くも弱くもない力加減で握り返した。


 よし。王様の【心証を良くするためにワイバーン達を殲滅しちゃおう作戦】、成功だな。



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