第五話 忘れてたけど、俺は赤ちゃんだ。


〜 9日目朝:ダンジョン 六合邸 庭園 〜


「ぬぅんッ!!」


 裂帛の気合と共に振るわれる剛腕。

 上段から斜め下に振り下ろされるそれを外受け――たいの外から内に払い落とし、間合いを詰めてきたシュラの勢いを利用して足を掛けて転ばす。


 即座に受身を取り体制を整えるシュラだが、膝を着いた低い体勢だ。そこに、衝撃を逃せぬよう上段から斜めの蹴り下ろし。


「ぐっ……!」


 左腕を犠牲にし何とかその場に踏み止まるが、そこに蹴り下ろした足で更に踏み込み、体重を乗せた打ち下ろしの右チョッピングライト


 だが流石は戦闘狂。低い片膝を着いた体勢でその場で回転し、俺の打ち下ろした腕に巻き付くように去なしながら背負い投げ風に体落としを仕掛けられる。


「こんのッ!」


 上手いこと身体を浮かせられたが、咄嗟に左手を地面に着いて頭から落とされるのを防ぎ、その勢いのまま身体を捻りつつ足から着地する。


 あっぶねぇ! 左腕殺して無かったら決められてたよ。


 そうして立ち位置を逆にし、再び向かい合う。

 ダメージは左腕の分シュラの方が上だが、それを補って余り有るパワーが厄介だ。俺の耐久力では一発逆転は充分有り得るからな。


 うん。そんなこんなで、只今シュラと手合わせ中です。

 手合わせとは言っても治癒魔法有りきのスパルタ仕様ですけどね!!


 まったく、アネモネも余計な事を言ってくれたもんだよ!

 何が「マスターの格闘の技術は目を見張る物があり、大変為になります。シュラも近接タイプですし、学ばせて頂いては如何ですか?」だよ!?


 いや、褒めてくれるのは素直に嬉しいんだけど、できればシュラとは二度とやり合いたくなかったんだよ。


 だって怖いじゃん!? 前の時だって産まれたばかりなのにギリギリだったんだよ!?


「手合わせの最中に余所事とは、余裕じゃな小僧!!」


 言うが早いか、足が早いか、飛び蹴りをかましてくるシュラ。


 力も然ることながらその速度も厄介だ。

 こんな威力と速度の飛び蹴り、捌けるかっての!


 勢いに巻き込まれないように余裕を持って素早く躱す。


「ったく! 足癖の悪い鬼女ですことッ!!」


 着地する背中へ向けて、先程潰した左腕側へ避けにくい中段の回し蹴りを放つ。


「ぐぬっ!」


 やはり戦闘勘が半端ない。

 咄嗟に身を縮め、辛うじて動く左肘と畳んだ左脚とで回し蹴りを防ぐ。

だが体勢は崩れ、重心が浮く。


 即座に重心の乗っていない膝裏を狙い、刈り取るように下段蹴りを見舞う。


「のわっ?!」


 秘技膝カックン下段蹴りが炸裂し、堪らず地面に背中を着いたシュラの目の前で停まる俺の拳。


「はいこれまで、だな。はぁーっ、しんどかったぁ!」


 大きく息を吐いて握った拳を開き、シュラにその手を差し出す。

 その手を取り起き上がったシュラだが、ムスッとした顔からしてとても不機嫌そうだ。


 負けたのが悔しい……だけじゃないね、これは。


「当てようか? どうして停めたのか、だろ?」


 そんな彼女の心情を言い当ててやる。


 コイツは戦闘狂だからな。負けるよりも何よりも、手を抜かれたのが気に食わないんだろ。


「……そうじゃ。それが気に入らんのじゃ。」


 まーったくコイツは……!


「ちょっとは考えろばかちん。あの体勢で本気で当ててたら、死にはしないまでも大怪我だぞ? 治癒魔法でも完治に時間が掛かる。殺し合いじゃない手合わせでそこまでする必要ないだろうがよ。それに……」


 女の子の顔なんか思い切り殴れるかって。


 とは口には出さず、見学していたアネモネ達の方へとシュラを引き摺って行く。


「それに、なんじゃ? おい小僧、答えんか! なんなのじゃ?! というか引き摺るでないわッ!?」


「やかましいわ! 怪我人は大人しく引き摺られてろ! 大体今夜は大一番なんだぞ? そんな時に貴重な守りの戦力に寝込んでもらってちゃ困るんだよ!」


 喚くシュラを引き摺りながら、もっともらしい事を言って誤魔化してやった。そしてそのまま喚き声を聞き流してアネモネにパス。


 左腕、ちゃんと治してもらえよ?


 まだ喚いているシュラから離れ、久々のガチバトルで強ばってしまった身体をストレッチで解す。

 まともな肉弾戦なんて最初のゴブリン200匹以来だもんなー。


 そんな俺に近付いて来たのは、アネモネと同じく見学していたフリオール王女様御一行だ。


「貴様……マトモにも戦えたのだな。あれだけ戦えれば、罠など使わずとも昨日の魔物達くらい、大丈夫だったのではないか?」


 おや、コチラも若干ご機嫌ナナメ?


 まあ、トラップ蹂躙は控えめに言っても惨劇スプラッタだったしねぇ。目に優しくないことは間違いないね。


「いや、あれにはちゃんと理由があるんだよ。まあ、丁度いいか。ここらで、迷宮がどうやって成長していくか教えといてやるよ。」


 そう言ってその場に腰を下ろす。

 真剣勝負で疲れたし、休憩にも丁度いいしね。


「まず、迷宮が生き物の死骸を吸収するのは知っているな?」


 手始めに、大前提となる知識を確認する。


 姫さん達もそこそこの経験を積んでいるらしいし、やはりこのくらいは常識のようだ。全員揃って頷いて返す。


「最初に言っておくが、あれは別に迷宮が食事をしている訳じゃないんだ。DP――ダンジョンポイントって言ってな? 迷宮を拡げたり、強化したりするのに必要な……経験値って言えば伝わるかな? それに変換するために、吸収してるんだよ。」


 こうやって見てると、微妙に理解に個人差があるなぁ。


 戦闘職の騎士達なんかは、言葉その物を受け取っている感じだ。


 それとは違い、斥候の2人は目の色が違う。

 事前に危険を確認し、可能なら取り除き、不可能なら避ける。そういった判断には、それに適した知識が必要なのを良く解っている。

 だから、他のメンツに比べて真剣味が凄い。


「このダンジョンポイントってのは色々なことができる。この俺の家は別だけど、昨日の数々の罠も、姫さん達に泊まってもらっている施設も、みんなダンジョンポイントで創造した物だよ。


 これからの策で使う転移の罠や、新しく民を受け入れる階層、土壌や気候の調整にだって、全部ダンジョンポイントが必要なんだよ。勿論、迷宮の魔物を産み出すためにもね。ここまではいいかな?」


 見回せば、やや困惑はしているものの、理解が追い付かない程ではないようだ。そのまま続ける。


「で、このダンジョンポイントを得るにはいくつか方法があるんだよ。ひとつ目が、迷宮に侵入者が入ること。


 侵入者が入ってきた時に、リソース――存在の力とでも言うのかな? その侵入者が持つ存在の力に応じたポイントが得られる。要するに強い奴が入ってくれば沢山ポイントが貰えるってことだよ。多くの迷宮が、宝や魔物を配置して人を誘うのは、このためだね。


 ふたつ目は、侵入者が迷宮内に留まっていること。


 その侵入者の持つ力の大きさに応じたポイントが、留まっている間定期的に得られるんだ。拘束したり、閉じ込めたりするとポイントが加算される。迷宮が迷宮たる所以だね。中で彷徨わせて、翻弄して、できるだけ多くポイントを稼ごうとしてるんだよ。


 そして三つ目は、侵入者が迷宮内で死亡して、その死骸を吸収すること。これも侵入者の力の大きさで得られるポイントが上下する。


 まあ、外で殺して中に放り込んでも、一応は吸収出来るしポイントも得られるんだけど、迷宮のギミック――罠とか設備だね。迷宮由来の何かしらが原因で死んだ方が、得られるポイントは高くなるんだ。


 さて、ここまで説明すれば、俺がなんで昨日みたいな回りくどいやり方をしてたか分かるだろ?」


 長くなったが、説明を終える。

 何やらみんな神妙な顔をしているが、そんなに難しかっただろうか?


「理解は出来た、と思う。つまり、先ず魔物に手傷を負わせ、そのまま迷宮へ誘い込んだのも、態々迷宮の罠で殺害したのも、イヤラシくも罠の部屋の出入口が閉まって閉じ込めたのも、全てそのダンジョンポイントを得るためか。一石二鳥、いや三鳥の策、ということだな?」


 その理解でいいよー。


 ちなみに言わせてもらうなら、手傷を負わせるのは戦闘をしたという事実を作るため(まあ、これはレベルアップの仕組みを利用した、所謂ズルだけど)で、わざわざ俺達がトラップ部屋に留まって魔物が死ぬのを見届けたのは、死後に身体から霧散して行く魔力を、少しでも効率良く吸収するためだ。


 罠を使ったパワーレベリングだね。

 ダンジョンが吸収するリソースと魔力は、似て非なるものだからな。資源は有効活用しませんとね。


「ちなみにだが。訊いて良いものかは分からぬが、一口に迷宮と言っても様々であろう? 巷で聴いた話でも、洞窟のような味気ない物だったり、遺跡のような荘厳な造りの物だったりと千差万別のようだ。これには何か違いはあるのか?」


 ふむ? 迷宮の種類ね……


「あー、実際俺が見た訳でも踏破した訳でもないから推測の話になるが、恐らくその差は、主の有無だな。」


 首を傾げてこちらを見詰める姫さん。

 くそっ! カワイイじゃねえか!


「迷宮ってのは普通、核と主が対となって産まれる。で、俺も経験したんだが、主はどうも、主となる事に拒否権を持ってるみたいなんだ。まあ拒否してどうなるかは知らんがね?


 放逐されるのか、それとも核に取り込まれるのか……多分取り込まれるんだろうが、そんな何がしかで主が居ない迷宮が、迷宮自身の意思で成長していくと、そういう自然の洞窟みたいな味気ない物になるんじゃないかな?


 逆に、主が居れば、その主の知恵や知識で迷宮は拡張されるから、遺跡みたいだとか、造りのしっかりした物になるんだと思う。


 まあ、ここで気を付けたいのは、迷宮の基本的な権能以外は、主の知恵や知識に準拠するって点だな。極端な例だけど、子供の主と賢者の主、どっちが手強いかなんて、誰でも分かることだろ?


 だから、造りが複雑なほど、しっかりしているほど、その迷宮も、迷宮の仕掛けも、主も手強いと考えられるわけだ。まあ中には油断を誘うために、敢えて粗雑な造りで騙すような、性格の悪い主も居るかもだけどな。」


 以上、推論おしまい!


 ん? どした? なんでみんなポカーンとしてるの?


「……いや、済まない。貴様の口から余りにも理路整然とした推論が並べ立てられたものだから、呆気に取られてしまった。」


 あんだとゴルァ!!!??? 後ろの連中もウンウンじゃねーよっ!!!


「てめぇ……! 珍しく人が真面目に話に付き合ってやりゃあそれかよ……?」


 はっ倒したいよぉ!! さっき女の子は殴らないとか思ってたけど趣旨替えしちゃいそうだよおぉっ!!


「いや、本当に済まない。あれだけの策を考案した貴様だというのに、我は未だ貴様を見縊っていたようだ。」


 お、おう……? なんだよやけに素直じゃねえか……?

 やめろよ! この握り締めた拳を、俺はどうすりゃいいんだよっ!?


「はぁーっ! なんか毒気抜かれちまったなぁ。ズルいぜ姫さん、そんな急に真面目ぶるなんてよぉー。」


 ほ、褒められたって、嬉しくなんかないんだからねっ!?


 っと、ツンデレるのはやめて、シャワーでも浴びるか。汗かいたし。


「だが案外……」


 あん? まだなんかあるの?


「案外、貴様の先の推論は正しいのかもしれんな。何しろ迷宮の主本人の所感だ。世界では、迷宮は未だ謎に満ちた存在だ。最初に聞いたダンジョンポイントの話だけでも、研究家にとっては垂涎ものだぞ? 世紀の大発見だ。流石は、迷宮の主といったところだな。」


 ――――っ!

 こ、コイツは……悪びれもなく、よくもまあ……!!


「ほ……」


 だから、俺は思わず。


「ほ、褒められたって、嬉しくもなんともないんだからねッ!!??」


 ツンデレってしまった。

 そして俺は颯爽と、家の中に逃げ込んだのだった。




〜 昼過ぎ:ダンジョン 六合邸 リビング 〜



「と、いうわけでだ。腹も膨れたことだし、いよいよ山場が迫って来た訳だけど、これ迄のこと、これからのこと、何か確認や修正したいことはある?」


 今、俺の家のリビングには、アネモネの淹れてくれた紅茶を囲みながら、来たるべき大一番を前に最終確認が行われている。


 集まったメンツは、俺の陣営は全員……と言っても5人しかいないんだけどね。それと姫さんの陣営から6人。姫さんと、騎士アグノイト、工兵ガッツ、神官アリア、輜重兵モニカ、そして斥候のリコだ。


 本来はリコのポジションは脱出したキース君の役目らしい。これが、いつもの姫さんとこの会議メンバーなんだと。


 そんな姫さんグループで、実質的なリーダーを務めているらしい騎士のアグノイトが挙手をする。


「発言を失礼します。姫様とマナカ殿がご不在の間、我等はどうすればいいのでしょう?」


 あー、そういやそっちは完全に考えて無かったな。


「すまん、考えてなかったわ。でもまあ、おたくらの出番は動きが本格化してからだしなぁ。それまでは、好きに過ごしてても良いんじゃない? 休暇と思ってのんびりしてても良し、訓練するも良しさ。侵入者さえ居なけりゃ、シュラに稽古つけてもらっても良いしな。」


 そう言ってシュラに視線を動かすが、今朝の事をまだ気にしているのか、仏頂面だ。


「それは、願ってもない! シュラ殿、お願いしてもよろしいか?」


 今朝の手合わせで、シュラの強さはみんな知ってるからな。アグノイト達にも火が着いたみたいだ。


 しかしそんな彼に対して、シュラは首肯を返すのみだ。


 ……重症だな。後できっちり話するか。


「我からも良いか? 今後動きがあったとして、我等の帰還についてはどうなる? まさか、民の受け入れが完了するまで、ずっと此処で過ごせという訳ではないだろう?」


 姫さんからも質問が投げられる。


「それはちゃんと考えてるよ。今回の会談が成功するにしろ失敗に終わるにしろ、そこから此処に戻って来た時点で一度帰ってもらおうと思ってる。その時は陸路だけど、俺が同行して途中まで送るよ。


 成功したとしたらきっと姫さんは忙しくなるだろうけど、何時でも俺と連絡が取れるように用意もするつもりだ。その話も、今夜王様とすることになると思うしな。」


 これでいいかな? と姫さんを見れば、満足そうに頷きを返してくれた。

 さて、他にはもう無いかな?


「小僧よ、良いか?」


 ……意外なとこから声が上がったな?

 シュラが、珍しく真剣な顔をしてこちらを見詰めているので、首肯して促してやる。


「今朝の手合わせじゃが、やはり儂には得心がいかんのじゃ。小僧に手を抜かれたこともそうじゃが、ああまで手球に取られたのは一体何故なのじゃ?」


「シュラ。今はそのような事に拘っている時では――――」


 シュラを制止しようと声を上げるアネモネを、俺が止める。


 これは大事なことだよ。

 どっちにしても、後で2人で話そうとしていたことだしな。


「シュラ。先に断っておくが、あの手合わせで俺は一切手を抜いてはいない。そうでもなきゃ、あの結果なんざ簡単にひっくり返ってただろうよ。」


 じゃが、と言いかけた彼女に口を開かせず、俺は続ける。


「その上で、お前が手球に取られたと感じだなら、それは技術と戦術の差だ。棒遊びしか知らないガキが、逆立ちしたって剣士に勝てないのと同じ事だ。


 俺はあの時、俺の格闘戦に於ける技術も知識もフルに使っていた。対して、お前が使っていたのは? 勘と、膂力と、速さだけだ。お前にはまだ、足りないものが多過ぎる。」


 だけどな、シュラ。

 俺は席を立って彼女の近くまで行き、彼女の頭にポンッと手を置いた。


「嬉しいよ。そうやって恵まれた能力に胡座をかかず、ひたすらに上を目指すその気持ちがな。足りないのなら補えば良い。積み上げれば良い。そうやって強くなって、誰にも負けない戦士になって、俺を、皆を守ってくれよ?」


 そう言って、頭をくしゃくしゃと撫でる。

 シュラは何も言ってこない。


「さあ、他には何か無いか? 無いなら、予定通り行動開始だ。出張組も留守番組も、どっちも気張ってくれよ? 俺はまだ0歳なんだから、みんなで手厚く守ってくれよな!」


 俺のつまらない冗談にも、みんな笑いを返してくれる。


 守ってみせるさ。

 ダンジョンも、折角できた友達も、俺の大切な家族もな。


 でも、また朝帰りだろうしひと眠りさせてね。

 おやすみなさい……


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