第四話 俺も潤いが欲しいです。


〜 8日目朝:王都ユーフェミア ブレスガイア城 執務室 〜



 ユーフェミア王国の首都、【王都ユーフェミア】。

 その中心に聳える壮麗な城は、見る者を圧倒し、難攻不落という印象を抱かせるに足る堂々たる威容で、今日も王都の街並みを睥睨している。


 その城の一角、王族の居住区画に設えられた国王のプライベートな執務室で、現国王【フューレンス・ラインハルト・ユーフェミア】は、その拓けてしまった頭頂部を触りながら、部屋の天井を眺めていた。


 勿論そんなことをしていても無くなった毛髪は戻らないし、痛む胃は治らないし、執務机の上の書類は無くならない。


 そんなことは分かりきっているのだが、彼は何とも言えない複雑な表情で、天井に描かれた、建国期伝承の絵画を眺めていた。


「非常時限定の長距離通信で連絡を寄越したかと思えば……マークの奴め、本当に厄介な案件を放り投げてきおって……!」


 曰く、新しく発生した迷宮の主と約を結んだ、とか。

 そしてそこには、娘でもある第1王女、フリオールも関与している。


 聞いてみれば、確かに国内の混乱を治め得る大きな一手であった。

 そして至急用意しろと頼まれたのは、魔法の契約書でもある【調印紙】と、外部への音漏れを防ぐ遮音の術具。

 そして急ぎの返事と会談の時間をできるだけ早くに取り、会談の折にはかの者の侵入のために一時的に城の結界を解くこと。


 策の内容を聴けば拙速が求められるのも分かる。

 分かるのだが……


「だからと言って、普通国王に指図するか? マークめ、アイツも余と同じく良い歳なのだから、もう少し立場というものをだなぁ……!」


 己の親友に対する愚痴を、1人ごちる国王。それだけ見ていると、仕事に疲れた中年のおっさんにしか見えない。


「どれだけ急いでも時間が取れるのは明日の夜半のみ。聞けば空を飛んで来ると言うが、本当に魔族の言う事を信じて良いものか……いや、マークとフリィが信じたのだ。先ずは会ってみねば始まるまい。国のため、何よりも民のために、余に迷っている時間など無いのだからな……」


 決意を込めた瞳で、長距離通信の術具を起動させる。

 それは、対となる術具と、遥か遠く離れた距離でも対話を可能とする、国王と国王に託された者にしか扱いを許されない、大変貴重な術具である。


 早急に、尚且つ極秘裏に。

 早さと機密性、そして大きな覚悟を必要とする、とある迷宮の1人の魔族の策が、今動き出したのだった。




〜 昼前:ダンジョン 【決戦モード】トラップ部屋 〜


「え、えげつないのじゃ……!」


「本当にな……我の時にこの部屋ではなくて良かったと、心から思うぞ……」


「「「「グガアアアアァァァァァッ!!??」」」」


 ふははははッ!! 所詮突っ込むしか脳のない魔物なぞ俺の敵では無いわーッ!!


 はい。【決戦モード】再びです。


 いやね? 俺の策が成功するにしろしないにせよ、どっちみちレベル上げとDPダンジョンポイント確保はしなきゃならんのですよ。


 だったら待ってる時間が勿体ないからさっさとやろうぜ! ってことになって、また皆で協力して魔物をダンジョンに引き込んでたのさ。


 うん。今回はシュラも参加だし、今後のことを考えて姫さんにも参加してもらってるよ。


 ほら、王族とか貴族とか、邪魔な奴は秘密裏に消すとか常套手段じゃん? そんなもしもの時のために、姫さんにもレベル上げしてもらってるんだよ。


「マスター。北にオークの集落が在りましたので、70匹程連れて参りました。」


「あいよ。ありがとう、アネモネ。怪我とか無いか?」


 オークかぁ。そんなに動きは早くないけど、図体デカくてタフだからな。

 罠の種類と配置をチョイチョイっとな。


「ご心配ありがとうございます、マスター。私は大丈夫です。」


 そかそか、それならなにより。


「なるほど。あのもぬけの殻のゴブリンの集落や、森の魔物が減っていたのはこういうことだったのだな……」


 姫さんがなんか1人で納得してるよ。


 え、魔物が減ったから調査に来たの? あちゃー、それでかぁ。


「んじゃどうしよっか? 此処で姫さんが戦った分と解体した分は譲ろうか?」


 関係無いっちゃ無いけど、逆恨みされてもつまらんし。魔物の素材とか魔石、大事なんでしょ?


「気持ちは有難いが、此処で討ったのならば権利は貴様の物だ。狩ってもいない魔物の素材を、知らぬ所で狩った者に横取りされたなどと言い掛かりは言えん。財源ではあるが、脅威でもあるわけだしな。というかそもそも、どれをどれだけ狩ったかなぞ数え切れておらんしな。」


 そりゃ殊勝な心掛けで。


 そんなこんなで早くも残り5匹か。


 ん? アイツ、オークキングか? 罠だけじゃ無理っぽいな……


「シュラ、俺が罠でアイツの足を止めるから、一発デカいの叩き込んでやれ。」


 そう言いながら罠の配置を再設定。


 そして突っ込んできたオークキングは、足元に突如現れた巨大トラバサミに腿の辺りまで咥え込まれ、動けない所を落ちて来た天井に挟まれる。


 オークキングはギリギリで気付いて、天井を両腕で支えて……ってすげぇパワーだな!?

 まあしかし、トラバサミと天井によって完全に身動きが取れなくなった。


「やれやれ、不完全燃焼にも程があるわい。そこなおーくよ。恨むなら、儂ではなく小僧を恨むのじゃぞっ!!」


 拳に集束する高密度の魔力。

 凝縮された魔力の量は、俺と闘った時とは比べ物にならない程だ。


 だいぶレベルが上がったみたいね。


「ぬんッ!!」


 気合と共に放たれた拳は、そこに魔物の身体など無かったかのように簡単に振り抜かれ。

 オークキングは、胸の下から足までが消し飛んでしまっていた……っておい!?


「おいこらシュラ、トラップまで壊すなよ!! 修理より再利用の方が安上がりなんだぞっ!?」


「ケチ臭いことを言うでないわ小僧!! お主がデカいのをと言うから気張ったのじゃというに、文句を言うでないっ!!」


 とりあえずはこれで引き込みまくった魔物も全滅し、危険も無くなったので各々が解体に取り掛かった。


「大体何だよその呼び方はよ?! 他のみんなを見習え! 俺が主なんだぞ!? マスターだぞ? マナカ様だぞ!? お兄ちゃんなんだぞおッ!?」


「やかましいわ小僧が!! お主なんぞ小僧じゃ! 小僧で充分じゃ!! 悔しかったら儂が惚れ惚れするような活躍でも魅せて夢中にさせてみせいっ!!」


「ムキーッ!! 言いやがったな!? 某吸血伯爵の如く言いやがりやがったな!? お前俺が本気出したらアレだぞ!? なんかこう、滅茶ヤバいんだからなッッ!!??」


「ほーう? どうヤバいと言うのじゃ!? やってみせい! 見せてみせいっ! 語ってみせいッ!! 大体何じゃこの戦い方は!? 男なら拳ひとつで戦わんか! 姑息な罠なぞに頼っている間は、お主はいつまで経ってもヒヨっ子な小僧じゃッ!!」


 ギャーギャー、ボカスカ。

 昔の漫画ならそんな擬音を当てるような言い合い殴り合いをする俺達を他所に、他の皆は粛々と作業に勤しんでいる。


「って誰かツッコんでよ!? 無視が一番辛いんだよぉーッ!!?」


 いつまでこんなくだらない喧嘩してればいいのさっ?!


「マスター、そう思うのでしたら、最初から大人しく作業をして下さい。それと、シュラ。貴女も言葉が過ぎます。以後気を付けて下さい。」


「「はい、ごめんなさい(なのじゃ)。」」


 図らずも、俺とシュラの心がひとつになった瞬間だった。




〜 昼:ダンジョン 捕虜収容施設 食堂 〜


 魔物の解体を終え、昼飯をどうしようかとなった際に、姫さんから提案を受けた。

 一時とはいえ、協力し合う間柄になったのだからと、親睦会を兼ねて捕虜施設の広い食堂で、皆で一緒に昼飯を食べることになったのだ。


 姫さんとしては、先の説明会の時の蟠りを解消したいみたいだけど、俺としては姫さんは兎も角、部下の彼らとは今後は余り関わり合いにならないと思うんだけどな。


 でもまあ、姫さんには俺もお願いを聞いてもらっている立場だから、今回は顔を立てることにしたわけさ。


「あー、改めて、この迷宮の主のマナカだ。先の説明会では、意地の悪いことを言って済まなかった。姫さんから聞いていると思うが、これから暫く協力体制を取ることになったわけだから、お互い思う所はあるかもしれないけど、せめて歩幅を合わせて行こう。それじゃ、冷めない内に食べよう。楽しんでくれ。乾杯!」


 で、なんで俺が挨拶なのさ!? 普通こういうのって一番身分の高い人がするんじゃないの!?


「飽くまでも此処の主は貴様だからな。我は客人という立場故、主を差し置いて出しゃばる訳にはいかんのだ。しかしアネモネ殿の料理は本当に絶品だな。これに慣れると、城の料理でさえどこか物足りなくなってしまいそうだ。」


 ふっふっふ。そうだろうそうだろう!

 アネモネさんは凄いんだからな! 伊達に我が家の屋台骨やってないからな!


「よし。貴様、これからは我がアネモネの面倒を見てやる。なに心配するな。貴様ほど苦労は掛けないことは約束しよう。ああそう、マナエの引き取りの話もまだ途中だったな?」


「いやだから巫山戯んなバカヤロウ。事あるごとに俺の仲間を引き抜こうとするんじゃねえ。アネモネは俺の大事な補佐で、マナエは俺の大事な妹だ! どうしても欲しいなら、そこの大酒飲みをくれてやるッ!」


 まあ親睦会だから大目に見てるんだけど、1人でワインやらビールやらウイスキーやらガバガバ飲んでる赤髪の鬼娘を指差す。


「おいこら小僧!? 何を勝手なことを抜かしておるのじゃっ!?」


「いや、あれは要らんぞ。」


「ヒドいのじゃッ!!??」


 一応まだ昼間だと言うのに、酒も入っているせいか大騒ぎだ。

 姫さんの部下達も、俺らが率先して馬鹿な話をしていたおかげか、だいぶ肩の力が抜けてきたようだ。


「すごいねマナエちゃん! もうそんなにお菓子作り覚えたのっ!?」


「うん! でもねでもね? チョコレートの湯煎が難しいの。昨日も失敗しちゃってねー、アネモネが助けてくれたの。アネモネは何でも出来るんだよー!」


「そんなことはありませんよ、マナエ。確実に上達していますから、次はもっと上手にできます。努力と知識は裏切りませんよ。」


「うん! もう失敗しないもんっ!!」


「「「キャー!! カワイイ〜〜ッッ!!」」」


 うん、マナエが大人気だな?

 人見知りの克服は嬉しいけど、お兄ちゃんちょっと寂しいです。


 あ!? こらダメ王女! お前までそこに混ざったら俺がぼっちになるじゃねえかっ!?


 そして俺は姫さんに置いてかれてしまい、代わりにやって来た部下の男共に囲まれてしまった。


「マナカ殿! 昨日の無礼、お許しくださいっ!」


 ガバッと、一斉に頭を下げられる。

 そして男達の中でも特に威圧感を放つ、武骨な騎士が口を開く。


「お話は全て伺いました。身勝手にも迷宮に攻め入り、罠に掛かった我等を手厚く保護して下さった上、姫様にも格段の配慮を頂いていると。更には、我等の国のために、危険を冒してまで尽力して下さっていると聞きました。先程までも姫様のレベル上げをして下さっていたとか。どうか今迄の我等の浅はかな言動の数々、何卒御容赦頂きたく存じます!!」


 いや長いなー。別にそんなことは気にしちゃいないってば。


「ああ。分かった、許すよ。アンタらも姫さんを護ろうとしての行動だ。そこまで気にしちゃいないよ。んな辛気臭い顔してねぇでさ、楽しんで英気を養っとけ。忙しくなるのは、これからなんだから。今此処に居る内は俺が護ってやれるが、話が進んで元の場所に戻った時は、アンタらが姫さんを護るんだからな?」


 それにな。


「それに、アンタらの国を助けることは俺のためでもあるんだ。積極的に歩み寄れとは言わないが、せめて足並みを揃えて、この国を良くしてやろうぜ?」


 そう言って俺の酒杯を差し出す。

 武骨な騎士、アグノイトは、戸惑いながらも俺の杯に自らの杯を合わせた。


「うっ……あぁんっ!? こ、こらアリア! なんでそう貴様は我の身体をいつもまさぐるのだ!? うぁっ……?! や、やめんか! ひゃんっ!? やめっ……! だ、誰だアリアに酒を呑ませたのはあッッ!?」


 向こうは華やかで百合百合しくて楽しそうだなぁ……

 そんなこんなで大騒ぎだ。


 しかしそんな中、急に事態は動き始めた。


「姫様! リコの術具が反応しています! この反応は、キースからです!」


 ちっこいリコと呼ばれた少女が、アグノイトの服の裾を引っ張り何事かを報告する。


 うん、連絡用に術具を持ってることは聞かされていたからね。勿論、この施設の魔力遮断は既にもう切ってある。


「貸せ。キースか? フリオールだ。うむ、貴様も無事で何よりだ。マクレーン卿から話は聴いたな? うむ、そうだ。我等も全員無事でいるから安心しろ。時が来ればそちらに戻る故、今はマクレーン卿の指示で動いていてくれ。


 ……なに? そうか、思ったより早かったな。うむ。それでは、そのように頼む。ではな。無理をせず、先ずは身体を休めるのだぞ。」


 術具を切り、凛々しい表情になった姫さんが、此方へ向き直る。


「王が動かれたぞ。貴様とお会いになるとのことだ。時刻は明日夜半。我と共に王の執務室へ来いとの仰せだ。」


 遂に来たか。

 興奮と不安が綯い交ぜになって、よく分からん気持ちだが、自分の口元が吊り上がっているのは分かった。


「悪い顔をしているぞ、貴様。いや、邪悪な顔は……元々だったか?」


「うるせえなおいこら。俺のぷりちぃな顔にケチつけてる暇があったら、姫さんこそパパを説得する台詞の練習でもしといてくれよ。」


 ニヤリ、と嗤って拳を差し出す。


 姫さんは、コツンと。

 不敵な笑みを返して、俺の拳に自分の拳を当ててきた。




〜 王都ユーフェミア ブレスガイア城 回廊 〜


 肩で風を切り、その男は苛立ちながら歩いていた。


 本来であれば何の障害も無く己が手中に収まった王位が、馬鹿な貴族共が弟達を焚き付け、担ぎ上げたせいで、継承争いなどという物に発展してしまったのだ。


 その男、ユーフェミア王国王太子【ウィリアム・ユーフェミア】は、苛立ちのままに回廊の支柱を殴り付ける。


「くそっ! 父上も父上だ。何が「お前にはまだ早い」だっ! そうやって時期を遅らせたせいで、このような面倒な事態になったと言うのに!!」


「ウィリアム様……」


 そんないきり立つ王太子に、物陰から声が掛かる。


 突然掛けられた声に驚き誰何しようとするも、すぐに何者かに気付いた王太子は、落ち着きを繕って問い質す。


「このような所で声を掛けるな。誰に見られているかわからんだろう。」


 しかし物陰の人物は退く様子はない。


「急ぎお伝えしたい事がありましたので、御容赦下さい。何やら辺境で動きがあったようです。」


 辺境で動き。


 思い当たるのは、あの口煩い、父の同輩の辺境伯である。

 彼奴が動きを見せた? と、訝しげな表情が顔に浮かぶ。


「場所を移す。詳しく教えろ。」


 そう言って、王太子は盗聴の恐れの無い自らの居室へと歩みを向け、再び肩で風を切り始めた。



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