第三話 何度でも言うけど、俺被害者だからね?


〜 7日目昼過ぎ:ダンジョン 六合邸 ダイニング 〜



「それでえーと、どちら様で?」


 昨夜遅くまで辺境伯と王女の3人で会談をし、見事合意を取り付け朝方近くに帰ってきたが、気疲れだろうか。起きたら、昼をとっくに過ぎていた。当たり前かな?


 そしてお腹が空いていたので、アネモネに軽食でも作ってもらおうとダイニングに来たのだが、そこには、やたら綺麗な姉ちゃんが真っ昼間からビールを嗜んでいた。


 燃えるような赤いショートヘアで、額からは2本の黒曜石のような艶のある角が天を衝いている。

 健康的な小麦色の肌に、猛獣のような鋭い瞳は髪と同じく赤く、口元からは犬歯が覗いている。

 座っていても分かる、スラッとしたしなやかな長身にこれまた赤いキャミソールを纏い、そこから零れ落ちそうなほどたわわなふたつの膨らみ。

 デニムのホットパンツから伸びるそのカモシカのような脚が、瑞々しさを湛えて組まれている。


「なんじゃ小僧、朝帰りの寝坊助めが。余程王女とやらと楽しんで来たと見えるわ。」


 意地悪く口元を吊り上げ、椅子に座った低い視点から俺を流し見る。


「何を人聞きの悪いことを口走ってやがる?! 俺は働いて来たの! 姫さんとは別にどうもこうもなってないしお楽しみもしてないよっ!?」


 アザミも居たしね……って違うわ! そもそも姫さんとはそんな甘い空気を感じたことも無いっていうかお仕事だよ!!??


「で、誰だよお前は? 生憎俺にはお前のような別嬪さんと知り合った記憶は無いんだが?」


 溜め息をつきつつ俺も座ろうと椅子を引く。


「つれぬことを言う小僧じゃのう。一昨日はあんなにも激しく、くんずほぐれつ燃え上がったというのに……」


 うぉい?! なんだその如何わしい言い方は!!??

 ってマジでか?! うっそ俺一昨日おとといそんな楽しいコトしたかなー? こんな美人とそんなことになったら忘れる訳無いと思うんだけど……


「所詮儂は小僧にとってその程度の女ということなのかのう……儂は悲しいのじゃ……!」


 おいやめろ。上目遣いでそんな切なそうな瞳を向けないでくれないかな!?


 ヤバい思い出せ俺! 一昨日、俺は一体ナニをしたあぁっ??!!


「此処に居ましたか。誰が昼間から飲酒して良いと言いましたか? あ、マスター。起きられたのですね。おはようございます。昨夜はお疲れ様でした。」


 動揺する俺を他所に、アネモネがダイニングに姿を現す。そして俺が居るのに気付き、昨日のことを労ってくれた。


「あ、ああ、おはようアネモネ。遅くまで寝てて済まなかった。会って早速で悪いんだけど、何か軽く食べられる物でも用意してくれないかな?」


 ようやく腰を下ろし、軽食を頼む。

 そうしている間も、俺の頭は一昨日有ったらしい素晴らしい時間を思い出そうと必死にフル回転していた。


「聞いてくれアネモネよ! 小僧ときたら、一昨日のあんなにも激しく、胸の震えるような、熱く甘美な儂との時間を、全く覚えておらんのじゃぞ!? 酷いと思わぬかッ?!」


 ちょっと待って!? なんでそんなことアネモネさんに言っちゃうの?!

 何だこの既視感デジャヴ!?


「はぁ……マスター、またなのですか? マスターは一体何人の女性に涙を流させれば気が済むのですか?」


 やめてっ?! そんなつもり無いからあッ!!


「いや、ホント待って?! 今思い出そうと必死に頭を捻ってるからッ!!」


 一昨日一昨日……一昨日は何をしてたっけ!?


「貴女も貴女です、酒呑童子。何故そのように態々誤解を与えるような言い回しをしているのですか?」


 一昨日はええっと〜…………ん?


「ええっと、アネモネさん? 今、なんと……?」


「おいおいアネモネよ。バラすのが早過ぎやせんかのう? もちっと小僧の慌てる姿を眺めたかったのにのう……」


 は? え、ちょ……ええ??


「し、酒呑童子……なのか?」


 ヤバいよ指を差す手が震えるよ。

 いや確かに口調とか、儂とか、小僧とか……あと角とか……


「如何にもじゃ。儂こそ鬼の頂点。大江山の頭領である酒呑童子として、お主に産み出された鬼じゃぞ!」


 腕を組んでこの上ないドヤ顔。


 ウソでしょッ?! だって酒呑童子って、あん時男だったじゃねーか?!


「マスター、説明は私が。確かに創造直後の酒呑童子は男性体でした。しかしマスターとの闘争の末、完膚無きまでに敗北し屈服したのです。それによって彼はマスターに調伏された形になりました。


 そして、昏睡していた一昨日からの時間で、使役者であるマスターの望みを叶えるのに最適な形に、身体が創り変えられてしまったのです。」


 えっと……つまりどゆこと?


「物分りの悪い小僧じゃのう。つまりじゃ、儂は心底小僧に惚れたでのう、お主を喜ばせるために身体を女に創り変えたのじゃ!!」


 ドヤ顔アゲイン。

 てかやめろ腕を組んで乳を持ち上げるな! 零れちゃうよっ!?


「マスター、何処を見ているのですか?」


 イイエドコモミテマセンッ!!!???


 っていうか、そうかー。鬼ってそんなこと出来ちゃうんだー。知らなかったなー。

 あ、でも、酒呑童子の配下の茨木童子は、伝記によっては男だったり女だったりしたな?

 ……そゆこと?


そんな説明が終わり、アネモネは軽食を作りにキッチンへと入っていった。


 酒呑童子は、相変わらずビールを瓶から直接呑んでいる。


 っておいそれ何本目だよ?! 足元に結構な数のビール瓶が転がってるんだけど!?


「で、お前が酒呑童子だってのは解った。解ったが、そんなお前はどうして真っ昼間から酒なんか呑んでるんだよ?」


 いくら神様の恩恵で出来たこの家の食材類や日用品は減らないからってな? 流石に昼間から酒はどうかと思うよ、俺は。


「ふむ? これは異な事を訊くものじゃのう。何故と言われても、そこに酒が有ったからとしか答えようがないのじゃが?」


 な、なんだってえーー?!


 じゃねえわ! なんだその某有名登山家みたいなカッコイイ台詞は!?


 いや確かに伝説では、酒呑童子は無類の酒好きって言われてたし? 一説では八岐大蛇ヤマタノオロチの子孫だとも言われている、生粋の酒好きだけれども!?


「よし。決めたぞ、酒呑童子――――」


「ちょっと待て小僧。」


 あん? なんだよ。今は俺が大事なことを言うつもりだったんだぞ?


 俺の言葉を遮った酒呑童子は、心做しか不機嫌そうな目で俺の事を見詰めてくる。


「その、酒呑童子という呼び名をやめて欲しいのじゃ。儂も、小僧が考えた名が欲しい。」


 ……何言ってんのコイツ?


「いや、名付けも何も、お前ちゃんと酒呑童子って名前あるじゃん?」


 ビキリ、と。酒呑童子の持つビール瓶に亀裂が入った。


 な、なんだよ?!


「のう、頼むのじゃ小僧。儂は、酒呑童子であって酒呑童子ではないのじゃ。儂は飽くまで小僧、お主に産み出されたのじゃからのう。じゃから、どうか儂に名をおくれ。」


 バキリ、と。酒呑童子の持つビール瓶が砕けた。


 か、かしこまりましたあッ!!??


「わ、分かったよ! あーっと…………【シュラ】ってのはどうだ?」


「シュラ……」


 シュラとは、もちろん修羅が由来だ。“激しい闘争”や、“争い”を意味する言葉だね。

 好戦的なコイツは、強い相手との闘争を好む質だからな。


 といった説明をしてやる。


「シュラか……良いのう。嬉しいぞ! 儂はこれより、シュラじゃ!!」


 どうやら喜んでくれたようだ。

 早速キッチンで調理しているアネモネに報告しに飛んで行ってしまった。


 あ、アイツ……シュラに昼間は酒禁止って言いそびれた!?





〜 ダンジョン 捕虜収容施設 〜



 腹を満たした俺は、マナエを連れて王女様を迎えに捕虜収容施設に来ていた。うん、仲間にこれからの事を説明するって、思いの外あっさりとダンジョンへの帰還を了承してくれたのだ。

 辺境伯も随分あっさりと承諾していたね。


 信頼、なのかね?


 そんな王女様は、同じ時間に帰ってきたにも関わらず、しっかりと朝目覚めて、朝食も昼食もキチンと摂っていたらしい。


 ……アネモネの料理にハマったのかな? 昨日はfeat.マナエのお菓子もがっついてたし。


 そんなことを考えている内に、王女様に充てがっているVIPルームに辿り着く。


「マナエ。これからこの国の王女様に会うんだけど、もう俺とは友達だからな。妹のお前は別に緊張したり、畏まったりする必要無いからな?」


 侵入してきた相手という過去があり、どうも身体が強ばっているマナエの頭をポンポン撫でながら、安心するように伝える。


「お兄ちゃん王女様とお友達になったの? 凄いねー!」


 そんなことを扉の前で話していると、ガチャリと、向こうから扉が開いた。そこから覗くのは胡乱気な一対の青い瞳だ。


「一体いつから、我と貴様は友人関係になったというのだ?」


 そんなツッコミをくれたのは、このユーフェミア王国の第1王女様。

 【姫将軍】の異名を持つ、フリオール・エスピリス・ユーフェミア王女だ。


「やだなぁ姫さん。星の瞬く綺麗な夜空を、一緒に心行くまで楽しんだ仲じゃないかぁ。っと、邪魔するよん。」


 まあ、姫さんは慣れるまで怖がって叫んでましたけどね。言いながら王女の部屋に入らせてもらう。


「あれは、ただの移動だろうが! だいたい速過ぎだ! 本当に怖かったんだからなッ?! そもそも貴様の従者のアザミ殿も一緒だっただろうがッ!!」


 歯を剥き出し睨んでくる王女様。

 おう、ちょっと顔が赤くなってますよー?


「アザミもありがとう。昨日も、今もな。姫さんの話し相手になってくれてたんだって?」


 キャンキャン吠える王女をスルーし、この部屋で彼女の相手役を務めてくれていたアザミに声を掛ける。


「いいえ、マナカ様。一国の王女にして、我等の盟胞となるお方ですので。それに自由に歩き回れずご不便をお掛けしていますから、せめて無聊の慰めになれば、と。」


 そっかそっか。

 ポンポン、とアザミの頭を撫でて労う。うん、顔を赤くして俯く仕草が可愛いな。


「ええい、無視をするな! この無礼者っ! ……うん? ところで、先程から貴様の後ろでコソコソしている小さいのは何なのだ?」


 そんな怒るなって。皺増えるぞ。

 それに小さいのって……そういやまだ紹介してなかったな。


「ああ、紹介するよ。コイツはマナエ。この迷宮の核の化身で、俺の半身。妹だ。ほれ、マナエも挨拶しな?」


 そう言って俺の背後からマナエを引っ張り出す。


 マナエは、普段の快活さが鳴りを潜め、モジモジしながら言葉を発した。


「あぅ……ま、マナエ、です。お兄ちゃんの妹、です……よ、よろしく……!」


 人見知り強いな?! アザミとかシュラの時はそんなこと無かったじゃん?!


 え? 最初から配下だったからあれは別? 赤の他人だから緊張する、と。


 そんなもんなのかねー?

 ん? どした姫さん? そんな顔を赤くして固まっちゃって……?


「くっ……か、可愛らしいな……! わ、我はフリオールだ。よろしくな。気軽に我のことも、お、お姉ちゃんと呼んでもいいぞっ!?」


 いや、何言ってんのアンタ?!


「う、うん……よろしく……ふ、フリオール……お姉ちゃん……?」


 ぐっはあぁぁっ!!??


 同時に膝をつく俺と王女。

 そう、マナエの可愛らしさと愛らしさが天元突破して俺と王女に致命傷クリティカルヒットだったのだッ!!


 嗚呼マナエ可愛いよマナエなんでそんなに可愛いのッ?!


「おい貴様。マナエを我に寄越せ。貴様よりも我がマナエを幸せにしてやる。姉としてなっ!!」


「巫山戯んなバカヤロウ。誰が渡すかっていうか誰が姉だ阿呆がっ! マナエは俺の妹だ! 手を出すなら戦争も辞さんぞっ!!」


「そうか。非常に残念だが昨夜の盟約は白紙だな! 武器を取れ迷宮の主よ!!」


「望む所だ姫将軍めがっ!!」


 一触即発な張り詰めた空気が俺達を包む。お互いの隙を探り合い、間合いを計り合い……


 そしていざぶつかり合う、その瞬間――――大量に浴びせられる水。


 放たれた方を2人して見ると、マナエを抱えたアザミの姿が。


「マナカ様。仲が良いのは大変結構ですが、あまり時間はないのでしょう? 遊んでばかりおらず、本分を全うして下さい。」


 とても冷めた、凍えるような微笑でした。


 ご、ごめんなさいッ!!


「お兄ちゃん、ホントに王女様と仲良しなんだねー?」


 渦中のマナエはそんなことを言っていた。


 誰があんな奴と!!


 気を取り直して、3人を連れて施設の下の階へ移動する。

 食堂兼談話室として用意した広い部屋には、すでに先客が居た。


 フリオール王女の部下達である。

 捕らえた11人全員を、先立ってアネモネとシュラに集めてもらっておいたのだ。暴走された時のために、念のため両手は手錠で拘束させてもらっているが、別に拷問もしていないし、食事もちゃんと与えているので、健康そのものだよ。


「姫様ッッ!!!」


 王女の姿を見た瞬間、一斉に集まってくる部下達。一瞬で取り囲まれる王女。

 女性の部下には怪我など無いかと身体中をまさぐられ(?)、男性の部下達は守れなかった不甲斐なさなのか涙を流して咽び泣いている。


「ええい、落ち着け馬鹿者共! 我は何ともないっ!! だから身体をまさぐるのをやめろアリアッ??!!」


 顔を真っ赤にして怒鳴る王女。


 ほう、アリアと言うのかあの神官服の女性は。あの手つきは勉強になるな。ツボを抑えた的確な指遣い……是非ともお話を伺いたいものだ。

 まあ、鼻息荒く目を錯乱させた鬼気迫る表情が無ければだけど。


「ぜぇ、ぜぇ……! と、とにかくっ……! 皆にも苦労を掛けたっ。我の不注意で迷惑を掛けたな。済まなかった!」


 息も絶え絶えだが取り繕い、仲間に声を掛ける。


 うん、とっても良い場面ですねー。

 俺に向けられる殺気さえなければだけど。


「はいはいー。感動の再会の所申し訳ないけど、ちょっといいかなー?」


 俺が声を掛けた瞬間、王女を奥に囲い込み防陣を組む元侵入者の皆様。


 俺の仲間達は動かないんだけど、それって信頼だよね? 動く必要も無いってことだよね?


「えー、傷付くわー。俺君らに何もしてないよねー? 攻めて来たのは君らで、罠を起動させたのは姫さんだよねー? 俺は君らを保護して饗してただけなんだけどなー。」


 そんな恩知らず共にはイヤミ攻撃してやるわ!


 おお気まずそうだわー。

 ほれほれ! 良心の呵責に苛まされるがいいわー!!


「ええいやめんか! 何故貴様はそう、隙あらば人の弱味を抉ろうとするのだ!?」


 部下の人垣を掻き分け、王女が怒り顔で詰め寄ってくる。


「だってさー姫さん。俺手厚く保護してたんだよ? ご飯だってアネモネには申し訳ないけど俺らと同じ物出してもらってたしさー。お風呂だって毎日用意して……なのに最初っからそんな敵意も殺気も向けられて傷付いちゃったよー。もういいよー。俺あっちでイジけてるから、後は姫さん頼むわー。」


「お、おい?!」


 姫さんの肩をポンと叩いて、仲間達と食堂の一席へと移動し、お茶を始める。


 そんな俺達を他所に、元侵入者の皆さんもテーブルを囲み、話し始めた。


 まあ、これで姫さんから話をすれば彼等も納得してもう少し逗留しててくれるだろう。

 逃げ出したキース君の方は辺境伯が動いてくれてるし、後は国王とのアポが取れ次第、また姫さんを連れて王都まで飛ぶ、と。


 今の所は順調に事が進んでいる。


 情報統制に王女と辺境伯の協力の取り付け。


 これで国王との面談が済み次第、俺がしないといけないのはダンジョンの領域拡張、階層の追加と最低限の施設の建造……砦に転移罠の設置と。


 あ、霊薬も用意しなきゃな。そうするともう少しDPダンジョンポイント確保しなきゃだな。

 今度はシュラも居るし、前回よりも大量に魔物を掻き集められるかなぁ。


 よし。平和な生活のために、もう少し頑張って戦いますかっ。



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