第二話 マナエは将来パティシエだな。


〜 夜:ダンジョン 六合邸 リビング 〜


《アネモネ視点》



 マスターがアザミと第1王女殿下を連れてダンジョンを立ってから、既に3時間。もう、辺境伯の領城に到着した頃でしょうか。


 流石にこうも距離が離れていては、【念話】Lv5では届きません。


 マスターの計画をお聞きした時は、正直無謀だと思いました。まさかこの国の国王と親交を深めようなどと。


 しかし、結果としては予想外に、ピースは揃いつつありました。


 予定より順調なマスターの戦力向上と、ダンジョンの成長。ダンジョンコアであるマナエも成長してきています。


 偶然とはいえ、拘束した捕虜にこの国の王族が居たこと。それも、人望厚い【姫将軍】ことフリオール第1王女殿下が。


 他にも、王都で泥沼化する王位継承争いや、それに伴う治安の悪化、経済の低迷、民の困窮、国土開発の停滞……


 そして、【名君】と謳われた王の権威の失墜。


 如何に私の【叡智】スキルといえど、未来を観ることは出来ません。


 しかし、この総てが敵に成り得る大陸の、極地とも呼べる森に転生され、絶望的以外の形容を見い出せないような状況に在っても。


 マスターが努力する度に、足掻く度に、藻掻く度に、歯を食いしばり行動を起こす度に――――笑う度に。


 マスターが生き延びるための、か細い糸が。

 危うくて、ひとつではただの悲劇でしかない点と点が、こうして集い、繋がっていきます。


 転生直後は、ただお仕えし、お支えする対象でしかありませんでした。


 しかし、いつの間にかマスターが居なくなってしまうことに、どうしても不安になる自分に気が付き。


 仲間達が増える度に、必死にマスターの隣に立とうとする自分を認識し。


 徐々に、徐々に私の中に温かいモノが増えていくことに、歓びを感じるようになっていました。


 マスター。

 貴方様であれば、自らが紡ぎ出したそのか細い道筋の糸を、最後まで手繰り寄せることができます。


 私は。アネモネは、そう信じております。


 私だけではありませんよ。マナエも、アザミもです。

 貴方様とお話して、王女殿下までもが心揺さぶられていたではありませんか。泣かせてしまうのはどうかと思いますけどね。


 ですから、どうかご無事でお戻り下さいませ。

 やり遂げて、帰って来て下さいませ。


 遅くなっても怒ったりしませんよ。いつでも、お出迎えいたしますからね。


「んぅー。アネモネ、まだ寝ないのー?」


 おや、マナエこそ、まだ起きていたのですか?


「そろそろ休もうかと思っていたところですよ。マナエは、寝る前に何か飲みますか?」


 最初は、「いつもあたしばっかりお留守番だー!」と怒っていたというのに。やはりマスターに甘えたい想いが強いのでしょうか。

 実際、私と2人の時はそれほど我儘を言ったりしませんから。


「うん♪ ホットミルク飲みたーいっ。」


 分かりました。

 ですが寝る前ですので、お砂糖は控えめにしますからね?


 それでは、私達はお休みさせていただきますね、マスター。

 あまりご無理はなさりませんように、お願いします。


 おやすみなさいませ。


 ……そういえば、酒呑童子はまだ目覚めませんね?




〜 深夜:ブリンクス辺境伯領城 執務室 〜


「――――巫山戯るなよ下郎が!! 我が国の民を、貴様の迷宮の慰み者にでもするつもりかッッ!!??」


 ガチャンッと、カップをソーサーに叩き付けるフリオール王女。


 おいおい、割れたら弁償だからな? ていうか、ちょっと待てって。


「いや、落ち着けって姫さん。俺はって言ったんだよ。」


 だから、そこで俺を睨んでるおっさんも落ち着いてくれない?

 アンタが力込めたら、絶対カップ割れちゃうから。俺がアネモネに怒られちゃうからっ!!


「辺境伯様、惑わしの森の特性はなんでしたっけ?」


 ほら、考え事して落ち着いて!


「森の特性……? それは、魔素が濃く、魔物が他所よりも手強いとかそういうことか?」


 んー、それだとちょっと弱いかなー。


「確かにそれもひとつですね。しかし何も濃い魔素は魔物だけに影響を与える訳じゃありません。人体にもです。それは例えば方向感覚の混乱だったり、魔力を阻害されたりですね。そのおかげで、拡がる森林の伐採、開発ができない。精々が定期的に森を巡回して、魔物を間引くくらいでしょう。」


 ふむ、と顎髭を撫で付け頷く辺境伯。


 それ癖なのかな? ちょっと渋くて格好良いな。


「そして現状では、王国は版図を拡げられない。四方はほぼ敵国で、北には森と魔界。国土内に新たに街を作るにも、兵は国境と辺境に配備しており治安維持もままならない。にも関わらず、軍の精強さは民草に知れ渡り、庇護を求めて各国からの流民や難民は後を絶たない。結果、何が起きていますか?」


「……土地と、働き手の不足だな。現在の国土内の開発は、ほぼやり尽くしたと言っていいだろう。これ以上は、他国より領土を切り取るしかあるまい。しかし一国にかかずらってしまっては、他方より攻められかねん。」


 そう。四方に兵を散らしているせいで治安も維持できない状態では、開拓はできない。しかもそもそも国土内には人が暮らすのに適した土地がもう無い。

 そしてだからと言って、気軽に戦争を吹っ掛ける訳にもいかない。


 結果、なだれ込んだ民達は住居も、仕事すらも儘ならないまま、数だけ増えていく。


「そこに来て、今回の王位継承争いです。自分の事しか考えない貴族や商人達が金を掻き集め、貨幣の集中が起きている。重くなった税と上がった物価で、元々の国民さえも職を失い、住処を、あまつさえ命を失い始めている。そしてその負の連鎖が、王の求心力にまで打撃を与えています。」


 さてここで、だ。


「改めて質問します。惑わしの森には、どんな特色があるでしょうか?」


 邪魔な魔素。

 凶悪な魔物。

 魔族の脅威。

 切り開けない土地。


 そして。


「……っ! 貴殿の迷宮か!!」


 イエス! それを言いたかったんだよー。


「どういうことだ、マクレーン卿? 何故その結論に至るのだ?」


 ありゃ、王女様はまだ気付かないか。

 ん? おっさん説明したそうだね? どうぞどうぞ。


「殿下、この男は迷宮と共に産まれたばかりと言っていましたな? それはつまり、他の迷宮と違いこれから大きくなる、ということです。そこまでは良いですかな?」


 困惑しながらも頷く王女様。


「つまり、これから好きに開発が出来るということです。この男の、マナカ殿のお力を借りれば。森の開拓が出来ぬなら、迷宮を開拓せよ、とマナカ殿は申しているのです。」


「ちなみに補足しとくと、気候も、土壌も、資源も、そして危険も。全て俺の思うがままにできちゃったりするんだな。」


 愕然とする王女様。

 安全で豊かな土地をあげる、という俺が言いたい事を理解したようだ。


「だがマナカ殿、道中は如何する? 砦から貴殿の迷宮まで、3日から4日の道程だろう? かの森を、民を引き連れて護衛しながら移動するなど、無謀を通り越しておる。」


 どうやら興味津々のようだね。そして勿論、そこも考えていますとも。


「迷宮の権能に、【領域拡張】という物があります。これは新たに創り出すのではなく、元々あった物や土地を迷宮に取り込み、一部とするという能力です。その権能で、迷宮から砦までを繋ぎ、俺の支配下に置きます。そうそう、迷宮の罠で、一番いやらしい物って、お2人共何だと思います?」


 息継ぎがてら、2人に質問を飛ばす。


「そんなもの決まっている。貴様が創った罠だ!」


「いやあんなのに引っ掛かるの姫さんくらいだから。」


 あ、落ち込んだ。まあ置いておこうか。


「矢玉、毒霧、落とし穴……いずれも回避可能……そうか! 【転移】だな?!」


 大正解! 流石、辺境伯様です!


「その通りです。踏んでしまえば回避は不可能。今まで描いた地図など役に立たない場所に飛ばされてしまう。下手をすれば、いきなり迷宮の最下層だったり、燃え滾る溶岩の上だったりする。いやぁ、極悪ですよね。」


「つまり、砦まで支配下に置き、そこに転移の罠を設置。開発する階層まで飛ばす、ということか。まさか罠を移動に使うとは……!」


 まあね? 罠遣いには一家言ありますよ、俺は。

 それに普通に転移装置創るより、転移罠の方がDPダンジョンポイント安いし。


「いや待て。確かにそれなら道中の安全は確保出来る。砦から1歩踏み入れれば新たな土地というのは素晴らしいと思う。だが、それをすると砦が貴様の支配下に置かれるのであろう? 貴様が翻意しないとは言い切れまい。そこの保証は、如何にするのだ?」


 まあその心配は当然よな。ちゃんと考えていますよー。


「当然だね。そこでお待たせしました! 三つ目のお願い。俺と、国王様とで盟約若しくは契約を結びたい。呼び方はどうでもいいか。お互いがお互いを侵害しないという内容でね。あ、なんか悪魔との契約って書くとダメっぽい字面だね?!」


 そういえば俺悪魔だったよー! やだぁ印象悪いー。

 ってそんな睨まないでよ。遊んでる訳じゃないのよ。


 ホントだよ? 今気付いちゃっただけだからね?


「俺から提案できるメリットは主に三つです。①安全で快適な土地。②そこまでの移動手段。③階層内の自由な開発権。他にも細々とした提案は有りますが、喫緊の課題にはこれで充分対応可能でしょう。」


 そこでスッと手を上げる辺境伯。


 なにかな? 問題でも有った?


「貴殿、何処まで視ている? 確かにこれで、我が国の流民・難民問題は解決に向かうだろう。だが、貴殿は『先ず』と言った。この民の受け入れは、飽くまで前提ということだろう? その先の、貴殿の言う不可侵以外の狙いを教えてくれぬか?」


 うん、流石は辺境伯にまで昇り詰めた人だね。

 この人絶対強いのに、それだけじゃないわ。統治者の器が出来てるっていうか。


「流石【名君】フューレンス王のご親友。かの御方との長い付き合いは伊達ではない、ということですね。」


 ふぅ〜、と息を吐き出し、冷めてしまったハーブティーをひと口飲む。そして【無限収納インベントリ】に先程仕舞ったティーポットを再び取り出し、2人にお代わりを勧める。


 無限収納インベントリ内は時間が停まってるから、冷めないのよね。これもまたテンプレですね。


「確かに民の受け入れは前提で、狙いは他にあります。その布告の仕方に注文があるんですよね。そのためにひとつ目の要求をしました。」


「ひとつ目の要求……砦からの派兵の足止めと、報告の隠匿とキースの口止めだったか?」


 王女様、ちゃんと覚えてたんだね。えらいえらい!


「その生温かい優しげな目をやめろっ!」


 おっと。あまり揶揄い過ぎは良くないね。


「そう、強欲な貴い方々への情報漏洩を防ぐためですね。そんな方々に来られては、俺の迷宮の総てを持っていかれてしまう。でもこの措置で、俺の迷宮は暫くは大丈夫です。さて? この状況、あと残っているモノはなんでしょうか?」


 もう一度無限収納インベントリを開き、マナエも手伝って作ってくれたお菓子を出す。

 テーブルに置いた途端に伸びてきた手は、王女の物だった。


「辺境伯様、お分かりになりますか?」


 流そう。俺は何も見ていない。

 まったく、おっさんも困り顔じゃないか。


「情報を停めることで本国には迷宮の事は伝わらない。新しい迷宮の発見、調査……そうか、功績か!」


 その通り。


「そうです。此度の状況、迷宮を発見、調査したという手柄だけが未だ宙に浮いたままです。これを利用し、布告をして貰いたいのです。でね。」


 俺もお菓子を食べる。おや、辺境伯さんもイケる口だな?


「事実をすり替えるんですよ。此度の迷宮発見の顛末を。『国王の命を受けた辺境伯が、王女に依頼し迷宮を発見。迷宮の主に契約を結ばせ、新たな民の受皿を用意した』とね。民は喜ぶでしょう。流民や難民はもっと。そして連名での布告により、辺境伯の影響力と民の声の後押しで、王の権威は盛り返す。その権威を用いて、此度の王位継承争いを一旦停めるのです。」


 いっそ争ってる奴ら職務怠慢で粛清しちゃえばいいんですよ。

 と、軽く提案しちゃってみたり。


「なるほど、よく出来たシナリオだ。多少のこじつけ感はあるが、民は自分達のためと聞けば納得するだろう。だが、王も良いお歳だ。世継ぎを定めねばならぬのも、貴殿なら分かるであろう?」


「若返ってしまえばいい。それか、寿命を延ばせばいいんです。」


 二の句を継げなくなってしまう辺境伯。

 なによ、そんなこと?


「まだ俺と手を組む利点に気付きませんか? 貴方達や冒険者が、躍起になって迷宮に挑む理由はなんでですか?」


 ポリポリと、クッキーを食べる。

 うむ、まだ数回だが、マナエさんは腕を上げたな?


「地位? 名声? 勿論それもあるでしょう。でも本質は? 現実的に彼らは何を求めて迷宮に足を踏み入れるんですか?」


「金……いや、宝だな。迷宮産の武具や豊富な魔石、そこでしか手に入らない貴重な薬……まさか貴殿?!」


 ニヤリと笑う。あー俺今絶対悪い顔してるよ。


「そう、【霊薬】です。それはあらゆる病を治したり、若返らせたり、寿命を延ばしたり。最上級だと、【不死の霊薬】なんて物も伝説にあるんでしょう?」


 ゴクリっと、誰かが唾を飲み込む音が聴こえた気がした。


「俺が出しますよ。そうですね、盟約の折に手土産、いや献上品として、王に贈呈しましょう。権威も復活し、霊薬で王の身も安泰。ほら、継承争いなんて、もう今急いでする必要無くなりますよね?」


 唖然とする2人。


「だいたい嫌なんですよー。なんですか、あの継承候補者の面々は。全員問題ばかりで。あんなのに継がせちゃ王国終わっちゃいますよ? 唯一希望が有るのは第4王子のミケーネ殿下くらいでしょう? まだ何色にも染まってない彼なら、教育次第では次の王足り得ますね。」


 俺はね。


「俺は、王国には安定しててもらわなきゃ困るんですよ。ここで王に、王国に倒れられたら、好き放題俺の迷宮は荒らされてしまう。敵に囲まれる事の困難は、貴方達が何より良く解っているでしょう?」


 さあ、俺が言いたい事は全て言った。

 これでダメなら、まあダンジョンを難攻不落にするしかないよね。


 うーん、断られたらどうしよ……あ、胃が痛くなってきたな?


「我は……我は父上に話したいと思う。今までまつりごとには関われなかったが、剣を振るだけでなく、ようやく父上の力になれる時が来たと、嬉しく思っている。」


「殿下……」


「この策が上手く行けば、王国は安定する。いやそれどころか、より発展することも可能やもしれん。何より父上が窮地なのだ。手をこまねいてはいられん。マクレーン卿、いや、マークおじ様。このフリオールに、フリィに力を貸してくれまいか?」


 ええ話やぁー!


 うん、王女様が跡継げばいいのに。誰だよ、女の継承権認めないなんて法律作ったの。


「懐かしいですな、愛称で呼ばれるのは。良いでしょう。このマクレーン・ブリンクス辺境伯、王女殿下の、フリィ様のお望み、しかと胸に刻みもうしたぞ。」


 胸に手を当て王女に敬礼する辺境伯。

 そして俺に向き直り、手を差し出して。


「マナカ殿。貴殿の方策、我ら乗らせていただくぞ!」


 互いの手をしっかりと握り合ったのだった。


 って痛いな?! 力強いよ!!?

 おっさんさては王女様からかってたの根に持ってるだろおぉッ??!!



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