二章 仲良くなろう。

第一話 まるで産まれたての仔馬のようだね。


〜 ブリンクス辺境伯領 領城 執務室 〜



 【ユーフェミア王国】。

 その国は、【惑わしの森】を背にして、四方を他国に囲まれた王国である。


 東には【ラジリオ商業連合】。大小様々な商会の合議によって国家を運営する、商業国だ。大陸の殆どの国に影響力を持つ。各国に根付く【商業ギルド】の本部を擁し、その資金力と発言力は年々増加の一途を辿っている。


 南には【ドラゴニス帝国】がその爪を伸ばしている。【ラジリオ商業連合】を除いた大陸の東は、全てこの帝国の領土だ。この大陸の名を冠するかの国は、自らを唯一絶対の大陸の覇者とし、他国を併呑してその版図を拡げ続けている。


 そして南西方面には【ツヴェイト共和国】が在る。君主制を廃し、人民の投票により選ばれた議員による閣議で国の舵取りを行っている。一応王族は象徴としては残されているが、政治的パフォーマンスに利用されているだけだ。肥沃な土地に恵まれ、国全体で農業に力を入れている、農業国でもある。


 西側の【スミエニス公国】は少々事情が異なる。元々ユーフェミア王国の王族が大公を務め、独立して興した国である。そのため両国の関係は程々には良好で、それなりに交易が行われている。王国は魔物から得た魔石や素材を、公国はそれを集めるための武具等の原料となる鉄を。公国が独立せしめたのは、この鉱物資源に拠るところが大きかったのだ。


 そんな、西側以外は割と剣呑な、大陸のほぼ中央に位置するユーフェミア王国だが、さらにもう三つも火種を抱えていた。


 一つが、前述した王国の北に拡がる【惑わしの森】。


 魔素の濃度が非常に濃く、この世界の魔力を持つ生き物は大体が影響を受ける。

 日本で言えば富士の樹海などがイメージとして適当だろう。

 方向感覚は狂い、魔力に敏感な者などは体調にまで影響を受け、さらにその濃い魔素の影響を受けた、魔獣、魔物の存在がある。

 濃い魔素に長時間晒されると、殆どの魔物や獣は凶暴になり、力を増す。魔素濃度の低い土地に出るオークなど、この森のゴブリンにも勝てない、というのは余りにも有名な話だ。

 しかし、そんな魔物から採れる魔石や素材の品質は高い。

 王国の重要な資金源に成っていることもあり、大っぴらに嫌悪することも出来ない複雑な共生関係を築いている。


 二つ目は、その【惑わしの森】を挟んで大陸の北端。

 人々が【魔界】と呼ぶその大地は、他の大陸から攻めてきた魔族達の支配域である。

 魔族とは、異なる大陸で繁栄した、人間と異なる種族で、見た目は人間に近いが、角が有ったり翼が有ったりで、亜人の一種と考えられている。

 しかし、獣人と違い魔力やその扱いに長け、エルフやドワーフ族と違い争いを好み、何よりも【悪魔】や【吸血鬼】など、人に仇なす種族が多いことから、人間にとっては仇敵とされている。

 そんな魔族達が、近年は観られないが度々森を越え、王国の領土を侵犯してくるのである。つまり王国と魔界は、長い年月の間、惑わしの森を挟んで睨み合いを続けているのである。


 そして三つ目の問題が、王位継承のいざこざである。

 王国法では女性に継承権は認められないのだが、それでも国王には4人の息子が居る。


 長子であり王太子の【ウィリアム・ユーフェミア】。年齢は18で、文武両道に育てられた。能力は高いのだが、軽薄で女癖が悪く、他者を見下す嫌いがある。国の執務もある程度手伝うことはあるが、外交を任せられることはまだ無いのが、国王の評価だろうか。


 第3子であり第2王子の【セイロン・ユーフェミア】。年齢は15歳。武芸はそれほどだが学問に秀でており、王都の学園を飛び級で卒業した。既に国の内政も手伝う程の知識と見識を持っているが、非常に内向的で気が弱く、それでいてプライドは人一倍高いという男だ。


 第4子であり第3王子の【ユリウス・ユーフェミア】。年齢は14歳。現在は王都の学園生であり、飛び級で卒業した第二王子と比較すれば平凡の域を出ない。武芸もそこそこだが、努力を嫌う。学業を終えると、取り巻きを引き連れて街へ繰り出す姿がよく見られており、彼絡みの小さないざこざが日々絶えない。


 第6子で第4王子の【ミケーネ・ユーフェミア】。7歳。国王の末子であり、兄弟で唯一の白髪で、年齢も低いことから兄弟からは疎まれ軽んじられている。しかし、末っ子故か姉である王女達に可愛がられ、護られるようにして生活しているのが、余計に火に油を注ぐことに繋がっているのだが、当の王女達は気付いていない。彼の複雑な胸の内は、いつか解きほぐされることがあるのだろうか。


 そしてそんな王子達4人を中心に巻き込んだ継承争いが、表で裏でと活発化しているのである。

 貴族達は各王子を己の派閥に取り込もうと暗躍し、確たる証は無いが暗殺と思しき事態も起きている。

 商会や教会でも賄賂が横行し、経済が滞っている。

 【名君】とも号された国王の御世は、泥沼の暗闘へと舵を切ってしまっていた。


 そんな国の現状をつらつらと思い、執務机に積み上げられた書類の山に溜息を漏らし、すっかり色の抜けた白い髭を撫でる1人の偉丈夫。


 先に挙げた王国の問題の後半三つとも関わりを持つその男は、日々齎される王都の情報や、魔界との国境線でもある森に関する報告で、いつも頭を痛めていた。


 彼こそは、惑わしの森の魔物を堰き止めその素材で国を潤し、森を挟んで虎視眈々と王国を狙う魔族を阻み続けている豪傑。

 人々に【軍神】と謳われ王国の北の脅威を一家で抑え付けているブリンクス辺境伯領の領主。


 【マクレーン・ブリンクス辺境伯】その人である。


「王都は毒蛇の蔓延る蠱毒と化したか。フューズの抑えも限界に近いな。ワシが動くことが出来ればまだ盛り返せるのだが……」


 現国王を愛称で呼ぶマクレーン。彼は現在47歳。この世界では壮年の域に入るが、その身体は衰えを知らず、貴族にしては簡素な平服の下には筋肉の鎧が隠されている。

 だが気苦労故か、その髪は髭と同様色を失い、その白髪が否応にも年齢を想起させる。


 国王と彼は歳も同じで、王と家臣であると同時に、学業を共にし、戦場では互いの背を守り合った親友同士でもある。


 しかし王都の惨状に胸を痛めるも、辺境の護りを任されている以上滅多な事では身動きが取れない。

 またその立ち位置や発言力から、マクレーンを敬遠する貴族も多い。

 それにこの辺境もここ最近少々きな臭い。


 1枚の報告書を手に取り、何度目かの溜息をつく。


「惑わしの森の魔物減少か……偶然視察に参られたフリオール殿下が手勢で以て調査に当たって下さっているが……」


 これも頭が痛い問題である。

 対外的には魔物の減少は喜ばしい事ではある。しかし、その魔物から得る魔石や素材が、貴重な財源の一つであることも事実だ。


 更には【魔界】の侵攻を妨げる防波堤の意味もある。


 魔物が減って得られる平和と、長期的な趨勢の変化を天秤に掛けてしまうと、大手を振って喜べないのが現実であった。


 そしてフリオール第1王女である。

 彼女が武の才に秀でているのは、かつて教鞭を執ったマクレーンも周知の事実である。巷では【姫将軍】などと呼ばれていることも把握している。


 しかしいくら優秀な教え子と言えど、その立場はこの国の王女であり、親友の娘である。赤子の頃や幼い頃も知っている、しかも剣の弟子でもある彼女は、ある意味ではマクレーンにとっても我が子同然である。


 そんな彼女の身に何か有れば、彼は迂闊に動けぬ己を責め呪うだろうし、何より親友でもある王に申し訳が立たない。

 しかし現実は、砦に王女が視察に来たという報告は、そのまま彼女が調査に出たという報告とセットでこの領城に届いたのだ。


 せめて領城ここに先に立ち寄ってくれさえいれば、異変の調査に彼女を派遣するなどということは許しはしなかっただろう。


「無理をせずに、無事に戻って来てくれれば良いのだが……」


 深い溜息は、机を照らす魔石灯の光も届かぬ、部屋の闇へと溶けていった。


 しかしそんな彼の耳に、不意にノックの音が転がり込んだ。


 だが、と彼は訝しむ。


 普段この時間はもう城は寝静まっており、よほど緊急な案件でもない限り主の部屋を叩くことは無い。そもそも、そのノックの音は部屋の木製の扉の物では無かったのだ。

 それは、木枠に嵌った硝子窓を叩く音で。


 部屋の大窓に振り返り、その眼を驚愕に見開くマクレーン。


「ふ、フリオール殿下??!!」


 窓の外のバルコニーに立って居たのは、たった今思いを馳せていた少女、その人だったのだ。


 そしてその傍らには、月明かりに照らされた1人の男が佇んでいた。







「一体どうされたと言うのですか殿下?! このような時間にこのような場所で!? 森に調査に赴いたのではないのですかっ?!」


 はい、王女様の顔のおかげで辺境伯様のお部屋に突入成功です。


 夜間の突然の訪問に面食らった辺境伯様は、王女様に怒涛の質問を浴びせている。


 そりゃ驚くよねー。

 はい、という訳でお邪魔しますよーっと。


「待て。貴殿は一体何者だ? 見たところ魔族のようだが、王女殿下に一体何をしたッ?!」


 ありゃ、そんな剣を向けないでよ。

 ていうか辺境伯様ホントに47歳? 確かに白髪だけど、いくらなんでも逞しすぎない?


「待ってくれマクレーン卿! 彼は――――」


 慌てて間に入る王女様を制する。

 肩をポンと叩き、辺境伯様に向き直る。


「お初にお目にかかります、マクレーン・ブリンクス辺境伯閣下。俺はマナカ。マナカ・リクゴウと言います。惑わしの森にてつい先日に迷宮と共に目覚めた、ただのしがないアークデーモンですよ。夜分遅くに突然の訪問、平に御容赦ください。」


 俺にしては丁寧に、胸に手を当て一礼して挨拶する。


 ん? なんだよ王女様。なんでそんな目で見るの?


「貴様……なんだその態度は? 我に対しては一度も礼を取っておらぬくせに。」


 やめてよー。そんな気味の悪いモノを見たみたいな目を向けないでよー。


「いやいや、あれは君が初対面にも関わらずとても刺激的な挨拶をしてくれたせいでしょ?」


 うぐっ……と、言葉に詰まる彼女。

 そりゃね? 初対面でいきなり殺されかかればね?


「殿下……? こやつは一体? 殿下とどのようなご関係なので?」


 ほらー。君が余計なこと言うから、殺気が三割増だよー。

 俺が王女様を揶揄ったせいかもだけど。


「マクレーン卿、積もる話もあるが先ずは座らせてくれ。ずっと夜空を飛ばされて来て、どうも脚が落ち着かんのだ。」


 うん、王女様、脚が微かに震えております。

 人生初飛行だったもんね。そりゃ慣れなきゃ怖かったでしょ。

 実際飛び始めた時は可愛い悲鳴を上げてたし。


「はっ。気が付きませんで、申し訳ありません。どうぞ。」


 執務室の応接用のソファへと移動する。

 王女様を上座へと座らせて、辺境伯はその対面へ。

 俺も座ろうとしたら睨まれちゃったので、仕方なく王女様の斜め後ろに立ちんぼだ。


 ちなみに、この城の屋根にはアザミが待機している。

 もしもの時は念話で呼び、先程の窓をぶち破って登場する予定だ。


 そうして話し合いが始まった。


 辺境伯からは先程の質問が。王女様は起こった事を順序だてて詳しく説明し、辺境伯の質問にも答えていった。


 うん。ちゃんと転生者云々も含めて俺の説明もしてくれたし、身分も保証してくれたよ。

 懇切丁寧にお願いした甲斐があったってもんだ。

 王女様泣かせちゃったけどね。


「なるほど、そのような事が……大変なご経験をされたようで、心中お察しします。」


 本当にな、と若干遠い目な王女様。


 いやいや、昼も言ったけど、攻めてきたの君らだからねー? そこ忘れちゃ困るよ?


 と、口を挟まず大人しくそんなことを考えていた俺に、先程よりはだいぶ穏やかな声で、ようやく着席を勧められた。

 まあ、下座もいいとこだけど。


「それで、マナカと言ったか? 殿下が言うには、双方に利のある話を用意したとのことだが?」


 ようやく本題って感じだな。

 もう時刻は深夜を指している。


 大体のところは王女様が説明してくれたから、シンプルに行こうか。


「ええまあ。先に俺の要望を伝えさせてもらいますが、大きくは三つです。」


 指を3本立てて説明を始める。


「ひとつは、キース君……だっけ? 彼が砦に辿り着き申請するであろう部隊の派遣と事の報告。それを止めてもらいたい。キース君が自棄を起こさないよう、内密な事情説明を含めてね?」


 当然の要求と思われてそうなので、もうちょっと説明を加えるか。


「まあ、部隊の派遣云々は当然ですよね? こっちとしては事を構える気はありませんので。キース君がするであろう報告を止めてもらいたいのは、主に他者の介入を防ぐためです。」


 王女様にはダンジョンである程度話してあるので、俺が主に説明プレゼンするのはマクレーン辺境伯だ。

 そんな彼は、俺がした説明に訝しげだ。


「正確にはの介入だけは、断固として阻止したい。情報が漏れた途端、あの手この手で我先にとその手を伸ばして来るでしょうからね。」


「待て。敢えてそこを強調する理由はなんだ? 王位継承と貴殿と、一体何の関係があるというのだ?」


 食い付いてきたね。ここまでは目論見通りだ。


「まあ、そう焦らずに。とりあえずひとつ目の要求の主旨はそんなところです。そしてふたつ目ですが、王にアポイントメントを取りたい。もちろん完全プライベートでね。術具でも伝書鳩でも密使でも、兎に角出来るだけ早急に王と話がしたいんです。もちろんその場には王女様も同行してもらいます。」


 できますよね? と、辺境伯を見詰める。


「内密に連絡を取ることは確かに可能だ。これでも国の要所なのでな。だが、王と会って如何にするつもりだ? 王はワシなどより遥かに優れて居られる。たとえ貴殿が王女殿下と共に赴いても、その望みを素直に受け入れる筈がない。」


 うん、至極ごもっともで。


 そりゃ、一国の主だもの。それにこの王女様の父親だもんね。そんな簡単には首を縦に振らないさ。


「ご心配なく。王には貴方と同じ説明と提案をするつもりです。きっと聞く耳を持って下さると思いますよ。だって――――」


――――荒れてるんでしょ、王都って?


 俺の言葉に目を見開く辺境伯。


「王太子を筆頭とする4人の王子達の王位継承争い。貴族達は派閥の削り合いを始め、暗躍に継ぐ暗躍。その貴族達や、果ては商人や教会関係者も立場を良くしようと踊り、少しでも高額の賄賂を収めるために民は搾取され続けている。


 物価も上がり、経済も滞ってしまっている。【名君】フューレンス王の治世は、今乱れに乱れてしまった。違いますか?」


 白い顎髭を撫でながら、辺境伯は深くソファに凭れた。

 天井を仰ぎ、重い息を吐き出している。


「そんな状況を打破し得る提案を、貴方にお話した上で王にもするのです。民を思うので有れば、一聴の価値ありでしょう?」


 色々と思考を巡らせているらしいな。


 交渉の要は主導権の奪い合いだが、ここで息継ぎの間を与えないのは悪手だ。それでは誠意が伝わらない。

 俺の本気が伝わらなければ、意味が無いのだ。


 【無限収納インベントリ】を発動し、アネモネが用意してくれたティーセットをテーブルに出す。

 三つのカップに、気持ちを落ち着ける成分を含んだハーブティーを注ぎ、それぞれに配る。そして疑いを掛けられぬよう、先に口を付けて見せた。


「しかし、暗闘を防ぐ手立てなどと簡単に言うが、本当に貴様にそんな事が可能なのか?」


 ここで俺と同じようにカップに口を付けた王女様が、至極当然な質問をしてくる。


 そりゃあね、俺は基本的に引きこもりなダンジョンマスターだし、具体的な方策はまだ彼女にも説明してないからね。

 興味を持ったのか、自らもカップを手に取り、辺境伯もこちらを見て頷き促してくる。


「ああ、出来るはずだよ。そのためには先ず、俺の迷宮――ダンジョンに、この国の民や流民達を受け入れる。」


――――は?? と、二人揃って同じ顔を見せてくれたのはとても印象深いな。



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