第十話 基本は罠だよ。応用はもっと罠だよ。


 わははは。

 俺を喰らおうなど百年早いわー!

 俺には仲間も、知恵も、何より便利なダンジョンがあるんだからなー!!


 只今ダンジョンで魔物達を蹂躙しています。


 え? 普通攻められるのは逆だって?

 いやいや、誰が大人しく攻められるのを待ちますかい。


 ……時は遡り、レベル上げを始める前のこと。




 ◆




〜 転生3日目昼間:ダンジョン 六合邸 庭園 〜



「作戦は、引き込み撤退蹂躙戦だ!」


 そう堂々と告げる俺に、訝しげな視線が突き刺さる。

 うん、まさか狐にもそんな目をされるとは思わなかったよ。


「マスター、要約し過ぎです。もう少し詳しくお願いします。」


 アネモネが代表して質問してくる。分かったから、その目はやめておくれ。


「そんじゃ詳しく説明するぞ。先ずは二手に別れてダンジョンから森へ出撃します。別れ方はアネモネが単独、そして俺とアザミだ。理由は単純に戦力だ。ここまではいいか?」


 別れることに対してアネモネが若干不満そうだが、それを見越して俺はアザミとペアだ。足しても彼女には未だ及ばなくとも、少なくともゴブリン程度に苦戦する程じゃない。


「森に出たら、俺達は森の南部へ、アネモネは中央付近に散開して、目に付いた魔物にひたすらちょっかいを掛けて回る。ちゃんと戦闘と看做されるように、しっかり手傷を負わせてだぞ? そんでその魔物達を引き連れてダンジョンへ帰還。中に引き込む。あとは……俺に任せろ。」


 ダンジョンの初のお仕事である。張り切って行こうかね。


「アネモネは単独行動で多少危険だけど、まあ昨日みたいに200匹とは言わないからさ、無理の無い範囲で魔物を集めてくれ。俺とアザミもここよりは弱い森の南部で魔物を掻き集める。そんなとこだが、良いかな?」


 そうして俺達は行動に出たんだ。


 マナエ? お留守番に決まってます。




 ◆




 ……で、阿鼻叫喚地獄なう。

 自分でやっといてだけど、我ながらえげつないことを思い付いたもんだね。


「マスター、次の集団で最後です。本日の戦果としては充分かと。」


 アネモネから報告が入る。


「おっけー。アネモネ、アザミもお疲れ様。これを終えたら夕食にしよう。」


 最後にダンジョン内に入ってきたフォレストウルフの群れ20頭を確認し、準備に取り掛かる。


 そして再び始まる蹂躙劇。


「このような攻撃的な罠など記録にありません。マスターは、一体何処からこのような知識を?」


 そう、俺は今ダンジョンの罠を駆使して、引き込んだ魔物達を嵌め殺している。


 ポイントはふたつだ。


 ひとつはダンジョンギミックの発動には、自動との二通りの起動方法があること。


 そしてもう一つのポイントが、このダンジョンが俺の物だという点だ。していることに気付いたから、このような発想に至った訳だ。


「何処でって言われても、ゲームとしか答えようがないよ。トラップを駆使して敵を打ち倒していくゲームが有ったんだよ。」


 そう。伊達に影〇や蒼〇灯をやり込んでた訳じゃないのだよ。


 今もまたフォレストウルフ4頭が、飛び上がる床に打ち上げられ、上空を旋回している厚く丈夫な、尚且つ切れちゃう巨大扇風機に吹き飛ばされ、ぶつかった壁から勢い良く飛び出す槍衾に串刺しにされている。


 他方では、等間隔でありながら不規則に配置されたトラバサミゾーンに捕まる6頭のウルフ達。がっしりと咥え込んだトラバサミから逃れようと藻がいてるが、そんな彼等に素敵なプレゼント。

 壁から高速で射出されたのは、異様なほど高速で回転するのこぎり

 身動き出来ないウルフ達の身体に、高速の回転鋸バズソーが食い込み、ズタズタに切り裂いていく。これぞ伝家の宝刀、即死コンボよ。


「マナカ様の意思で連動するトラップ群……ただ配置し足止めや消耗を目的とせず、能動的に命を刈り取る武器とするとは。お見逸れしました。」


 アザミが賞賛してくれる。

 うん、やっぱり狐状態でも喋れるんじゃん。


「キモとしては、壁、床、天井の三点を連動させることかな。一つじゃ効果はせいぜい足止めだけど、二つ、三つと組み合わせれば効果は絶大。結果はご覧の通りだよ。」


 最後の1頭が振り子鉄球に弾き飛ばされ、飛んだ先で待ち構えて居たのは巨大な鉄の処女アイアンメイデン

 放り込まれ、内側に生えた無数の鋼鉄の針に突き刺さり、悲鳴が上がる。そしてこちらもまた内側にビッシリ鋼鉄の針を生やした扉が勢い良く閉まり、断末魔がくぐもって響く。


「終わり、かな?」


 阿鼻叫喚だった地獄が終わる。対魔物戦用トラップゾーンの試験も、充分満足いく結果だ。


「お疲れ様でした、マスター。魔石や素材の回収は私達でやっておきますので、先に戻って休んでいてください。」


 昨日のことを気にしてるのか、アネモネがそう提案してくれる。

 しかし俺は首を振ってそれを固辞する。


「ありがたいけど、それはダメだよ。俺が殺した命だ。ちゃんと俺も剥ぎ取りに参加させてくれ。」


 そう。此方の都合で、勝手に残酷に殺したんだ。せめて素材を役立てるくらいの供養をしてやらないと、コイツらも浮かばれないだろ。


 何より、とんでもない偽善だけど。

 人間で無くなったとしても、死を悼む心までは、無くしたくない。


「承知致しました。それでは三人で手分けして解体しましょう。とは言っても、既に最初の頃の骸は吸収されてしまったようですが。」


 そう言って解体に取り掛かる二人と一頭。


 昨日の自問自答のおかげか忌避感も薄れ、効率良く捌き、魔石を取り出す。

 素材は……ウルフなら牙で良いか。毛皮は残念だが、ズタズタだし。


 黙々と作業を進め、亡骸は一箇所にまとめていく。堆く積み重なったその山は、さっきまで生きていた命達だ。


 この剥ぎ取った素材とは別に、お前達の身体はダンジョンが吸収する。そしてダンジョンが成長するためのDPになるんだ。


 決して無駄にはしないよ。

 俺が生き抜くためにもね。




〜 惑わしの森 ブリンクス辺境領砦より分け入った何処か 〜



「やはり妙だ。魔物が少ない。」


 群れからはぐれたフォレストウルフを切り伏せ、鞘に剣を収めてから呟く。


 少女だ。歳の頃は16,7歳ほどだろうか。


 風に靡く金髪を頭の後ろ高くでひとつにまとめたポニーテールで、線の細い身体には動き易さを重視したのか部分的に皮鎧を纏っている。細身の長剣を左腰に下げ、予備であろう短剣も腰の後ろに差している。


 その一見使い込まれた軽装で粗末な装備だが、使われている素材は全てが一級品。鎧下の帷子も肌着も、決して余人が気軽に手にすることの出来ない代物である。


 そして何より、その顔である。大人になりきれていないその幼さの残る顔は肌理細やかで、意志の強さを秘めた大きな青い瞳が凛と収まり、作り物のような整った鼻筋と小さな唇が、彼女が高貴な出の者であることを物語っている。


、此方は終わりました。それと、先に偵察に入った斥候が戻りました。」


 草木を掻き分けて男が現れる。

 その出で立ちは正しく騎士その物であり、腰に佩いた大剣と、左手に提げた大盾からも、それらを装備しても小動こゆるぎもしない立ち姿からも、彼が並ならぬ力量を持った人物であることが見て取れる。


「アグノイト、我もはぐれウルフを討伐し終えたところだ。一旦集合し、拓けた所で陣を張ろう。報告もそれからで良い。」


 姫と呼ばれた少女は良く通る凛とした声でそう言うと、アグノイトというらしい騎士の肩を軽く叩き行動を促す。




 ◇




 集まったのは騎士6名と、斥候3名と医療兵1名、工兵と輜重兵が1名ずつの12名。そこに姫と呼ばれた少女を含めたこの13人は一つの隊である。


 その隊は変わっていた。


 国からも軍からも独立した、少女を頂点とする命令体系。日々手柄を競い合い啀み合うそれぞれの兵種を、満遍なく取り揃えながらも、高い次元での連携を滞り無く行える高い練度。

 そして分隊規模ながらも遊軍扱いを受ける、確固たる戦闘力。


 王女ながらも軍人というその少女が率いるその隊は、人員の全てがかの少女の子飼いの人物で構成されている。


 ユーフェミア王国第一王女【フリオール・エスピリス・ユーフェミア】によって見出され、拾われ、救われた者達が、彼女を信奉し、守護しようと一つの隊になったのだ。


 そんな彼女達は周囲から、【姫の道楽隊】などと心無い揶揄を受けたりもしているが、そういった陰口を囁く輩は、人知れず不幸な目に遭っているらしい、というのは余談だ。


「よし。それでは、各自報告を聴こうか。」


 陣容が整い、最低限この位はと押し切られ張られた王女用の天幕の中に、隊の中でも纏め役になる者達が集まり、恭しく一礼する。


 騎士の纏め役【アグノイト】、斥候の纏め役【キース】、医療兵の【アリア】、工兵の【ガッツ】、輜重兵の【モニカ】の五人が下げていた頭を上げ、順に報告を始める。


 この隊の決まり事として、報告の順番は予め話し合われ、重要度の低い物からという風に定められている。これが一番取りこぼしが少ないのだ、と主である王女に頼まれたからだ。


 口火を切ったのは工兵のガッツ。手先の器用な鍛治に長けたドワーフ族の男である。


「装備の損耗は極軽微ですな。何しろ惑わしの森だというのに戦闘も散発的で、強い相手から逃げるしかないような小物や、はぐれの魔物としかやっとらんからの。今のところ兵装や戦術具に不安は有りませんな。」


 次に報告するのは輜重兵のモニカ。彼女は隊の食料や物資の管理を担っており、料理番も請け負っているエルフの女性だ。


「物資もまだまだ余裕あるよ。もともとこの森の調査任務なんて最低一週間は見とくんだ。まだ二日と経ってないんだから、そんなに減るわけもないさね。」


 続くのは医療兵のアリア。治癒魔法と各種支援魔法を得意とする、女性神官である。

 ただし本人にそこまで信仰心はなく、奉るのはもっぱら、目の前の王女である。


「負傷も問題ありませんよぉ。そこまで激しい戦闘でもありませんでしたしぃ、負って軽い裂傷程度でしたぁ。既に全員処置も終えてますぅ。あとぉ、飲み水の浄化も終わりましたぁ。」


 そして先程王女を呼びに現れた騎士アグノイト。王女を除けば実質この隊のリーダー格で、細かい雑事は全てこの武骨な男が取り仕切っている。


「報告の通り、隊の損耗はごく僅かです。戦闘は計5回。フォレストウルフが3回で5頭、フォレストモンキーの番いが1回、クラッシュボアが1回でした。ウルフもモンキーもボアも、全てがはぐれです。群れとは一度も遭遇してません。」


「やはり妙だな……」


 ここで初めて王女が声を発する。


「ヤツらは基本的に群れる魔物だ。まあ、クラッシュボアは気性が荒いから少し違うが、この森で二日も居て一度も群れを見ないなどおかしい。キース、何が起きている?」


 調べは着いているのだろう? と斥候の男に報告を促す。


「っすね。俺ら三人で手分けして、言われた通り現在地から一日分ほど先行した所まで潜ってきました。その途中、奥に移動するウルフの群れを二つばかり確認してます。


 あと、【リコ】が言うには、もぬけの殻になったゴブリンの集落も有ったらしいっす。強い魔物が奥から来たなら普通はこっちに逃げる筈なのに、その逆。


 つまり、魔物を引き寄せる何かが、ココ最近でこの森に来た、若しくは発生したと見る方がいいっすね。可能性があるとしたら、魔族共が下って来たか……」


「迷宮か。」


 端正な顔を険しくして、少女が話を受け取る。


 迷宮。それは富と危険を孕んだ不可思議な存在。


 魔素に満ち、罠と魔物が踏破を阻み、貴重な宝物や武具が手に入ることもあり、何より魔石が手に入る。


 守護者が居り、挑戦者の試練となって行く手を遮る。


 主が君臨し、ひとたび打ち倒すことが出来れば、この世の最上の栄誉を賜ることができる。


 時に牙を剥き、飽和した魔物が溢れ返り氾濫を起こし、近隣の村や街を飲み込もうとする。


 無限の富を齎す一方で、無限の暴力の跋扈する異界。それが迷宮の在り方だ。


「仮に迷宮が産まれたのだとすると厄介だな。調査するにも少なくとも、もうあと二個分隊は手数が欲しいところだ。」


 王女の頭の中を考えが巡る。


 迷宮と聴いては本国の強欲な貴族共は黙ってはいまい。富に釣られた貴族の介入を許しては恐らく自分達は爪弾きにされてしまうだろう。


 報告を優先とし安全を取るか。


 或いは危険を伴うが、迷宮らしき存在が有るのか、それとも魔界からの侵攻がまた再開されたのかを確認だけでもするか。


「砦の守備兵の話では、定時の魔物狩りでの成果の減少が観られたのがちょうど二日前だったな?」


 そう。迷宮の発生が原因でこの魔物の減少、若しくは移動が起こっているのであれば、見逃せない点がある。

 仮にそうであるならば、それは迷宮がまだ産まれたばかりだということだ。


 産まれたばかりの迷宮はまだ弱く、階層も浅い。

 魔物も少ない筈で、踏破に至らずとも調査程度なら、現有戦力でも可能と考えることもできる。


 何より、強力な魔物の蔓延る惑わしの森の、更にその比較的浅い地点に迷宮が発生したとなると、王国領への、民への脅威だ。


 迷宮が成長しきる前に調査し、叩くことが出来るのならば。


「時間との勝負だな。多少の危険も許容しよう。これより我らは、この魔物の減少・移動の要因を明らかにする。仮に魔族共ならば規模と目的を掴み本国に報告せねばならんし、迷宮であるならばこの森以上の脅威となりかねん。キース、迷宮の深度の判断は可能か?」


 方針を言って聴かせる王女。それを受ける部下達は、誰もが王女を信頼した覇気溢れる顔だ。


「リコの奴がそういった術具を持ってたハズっす。ただしこの森の魔素のせいで魔力が乱されるんで、実際に内部に入らないことには難しいかもっすね。」


 淀みなく答えるキース。恐らくは次に下されるであろう言葉を見越して返答する。


「では迷宮であった場合は入口付近、上層部のみ調査することとする。深度が判明し、中層級以上の迷宮である場合は、直ちに引き返し報告する。異議はあるか?」


 全員が黙したまま頭を下げる。


「本日はここまでとし、明朝より行動を開始する。速度を上げるぞ。しっかり休んでおけ。」


 会議を締め、部下達が天幕より辞すると、王女は装備を外し始める。

 身軽になった身体を解し、伸ばしながら思考する。


「まさか迷宮とは……いや、まだ確定ではないな。だが楽しみだ。王族であるが、王位は兄上か弟の物。何処の馬の骨とも知れぬ男に嫁がされるくらいならと武に走り、身を立てたが……果たして我の武が何処まで通用するか。拍子抜けだけはさせないで欲しいものだな。」


 こうして王女の夜は更けていった。

 胸に踊る予感と共に。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る