第八話 異世界だから商標とか関係ないよね?
〜 転生3日目 朝:六合邸
窓から朝日が差し、顔に当たり見悶える。
微睡みから意識が浮上し薄らと瞼を開けると、まだ2回目で見慣れない俺の物となった部屋の天井。
これはアレを言うべきか……?
知らない天……いや、止めておこう。
益体も無いことを考えながら、身体を起こす。
「ぅ……あぁんっ……!」
しかし、爽やかな朝には似つかわしくない艶めいた声がした。
そして右手に感じる柔らかな感触と、温かさ。
油の切れた機械のようなぎこちなさで、恐る恐る声と感触の方を振り向けば。
oh…………朝から事案ですよ……!
そこにはスヤスヤと良い笑顔で寝息を立てる幼女。
良い夢でも観ているのか、少しニヤつくような口からは規則正しい呼吸が聞こえ、それと一緒に起伏のない胸が上下する。
うん、マナエめ……!
昨日あれだけ一緒に寝ないと言ったのに、まさか潜り込んで来るとは……!
だがそれよりも先ずは、俺の社会的尊厳の方が大事だ。
果たして俺の右手は……良し! 胸や尻には触れていないなっ!
まあ、腹ならセーフなのかアウトなのか、議論が紛糾することは間違い無いだろうが……
一先ず冷静に、落ち着いて行動しよう。
先ずはマナエを起こさないように、そっとベッドから降ります。
次に掛布団で頭だけは呼吸のために出して、それ以外の身体をぐるぐる巻きにします。
そして何に使うためなのか用途は不明だが、何故かクローゼットに用意されていたロープを取り出し、布団の簀巻きを更にぐるぐる巻きにします。
自分の身嗜みを軽く整えてから部屋のドアを開け、そっと、優しく、起きないよう慎重にその簀巻きの物体を抱え上げます。
部屋を出てドアを閉めると、その場にそっと、優しく、起きないよう慎重に簀巻きの物体を降ろします。
これでよし。さて、今日の朝メシは何かなぁ〜っと。
〜 六合邸 リビング 〜
リビングに顔を出すと、鼻腔を
「おはよう、アネモネ。」
リビングからダイニング、ダイニングからキッチンまで、どこに居ても姿が見えるアットホームな設計の家なので、調理中のアネモネもすぐに俺に気付いたようだ。
「マスター、おはようございます。今朝はベーコンエッグとグリーンピースのポタージュをご用意しました。主食はパンとライス、どちらにしますか?」
一旦手を止め、近付いて話そうとこちらに来ようとするのを手で制し、作業を続けてもらう。ポタージュならパンの方が合いそうだな。
「それじゃパンでお願いしようかな。あと、食後はコーヒーで。ブラックがいいな。」
昨日も訊かれたことなので先に伝える。
「かしこまりました。もう暫くお待ち下さい。すぐに用意しますね。」
軽く一礼して調理に戻るアネモネ。
さて、それじゃ待ってる間に顔を洗って歯を磨こう。
そうしてサッパリして戻った俺を待つのは、ダイニングテーブルに配膳された色鮮やかな料理達。
硬すぎない程度にトーストされたクロワッサンにはバターを添えて。ベーコンエッグとコールスローサラダの盛り合わせプレートに、スープカップに注がれた湯気を立てる薄緑色のポタージュスープ。
デザートのカットフルーツのヨーグルト掛けが、更に彩りを添えている。
挨拶して早速食べ始める。
卵は俺の好みを知ってか半熟で、溢れた黄身はベーコンに絡めても、白身にでも、パンにでも合い、非常に美味しい。
籠に盛ったクロワッサンとオーブントースターが置いてあるのもいいよね! 好きなだけ自分で焼くのも楽しいよ。
そんな風に朝食を楽しんでいると、ふと手を止めたアネモネが訊ねてくる。
「ところでマスター、マナエを見掛けませんでしたか? 今朝起こしに行った時には、既に何処かへ行ってしまった後でしたので……」
遂に来たか、この時が。
大丈夫、俺は何も悪くない。
疚しいことなんて何もしてないからね。だから堂々と、正直に答える。
「んー、なんか俺のベッドに潜り込んで来たからさ、寝てる隙に簀巻きにして部屋の前に放り出しといた。あ、ロープありがとうな。役に立ったよ。」
今朝の幼女の奇行を報告する。
ついでにロープのお礼を伝え、話題の視点と論点を逸らすミスディレクション。
「そうでしたか。昨晩あれほど駄目だと言ったというのに。承知しました、後で様子を見ておきます。お役に立って良かったです。こんな事も有ろうかと用意しておいて正解でしたね。」
よし。俺の社会的地位への危機は全て回避できたようだ。
いやだって俺悪くないよね?
「さて、ご馳走様でした。ソファでステータス確認してるから、コーヒーはゆっくりでいいよ。」
そう告げて席を立つ。
片付けもアネモネに任せきりなのは気が引けるのだが、手を出そうとすると彼女が悲しそうな雰囲気を出すのだ。
どうしようもないよね。
「さてと、【鑑定】っと」
通称【
昨晩はドタバタして、結局確認できてなかったからな。
名前:マナカ・リクゴウ 種族:アークデーモン
年齢:0歳 性別:男
Lv:21 性向:32
HP:504/504 MP:1121/1121
STR:645 VIT:662
AGI:768 DEX:598
INT:1284 MND:965
LUK:49
称号:【転生者】【迷宮管理人】(見習い)
【
固有スキル:【全言語翻訳】【
【魔法創造】Lv2【魔物創造】Lv1【百鬼夜行】Lv1
スキル:【鑑定】Lv3【空間感知】Lv3【危機感知】Lv2
【感情感知】Lv4【魔力感知】Lv5【魔力制御】Lv6
【魔力吸収】Lv4【格闘術】Lv6【HP自動回復】Lv4
【MP自動回復】Lv4【高速思考】Lv2【魔力纏い】Lv3
魔法:【身体強化】Lv5【念話】Lv1【飛行】(封印中)
【固有土魔法】Lv2【固有火魔法】Lv1
加護:【転生神の加護】
……上がってますねぇ。
そりゃそうよね、200匹だもん。
いくら雑魚モンスターの定番なゴブリンさんでも、低レベルでそんだけ倒せばこれくらいにはなる……のかな?
「お待たせしました。ステータスはいかがでしたか?」
アネモネがコーヒーを出してくれる。
良い香りのコーヒーを先ずひと口飲ませてもらってから、彼女にも席を勧める。
「うん、多分順調な上がり具合、だと思うよ。アネモネも確認してみてよ。」
口で説明するより視てもらった方が早い。そう思ったので、彼女に鑑定を促し確認してもらう。
「素晴らしいです、マスター。特に魔力関連の数値の伸びが目覚しいですね。この分ですと、早晩私は護衛の任を外されてしまいそうです。」
うーむ、それは冗談でいいんだよね?
表情の変化が少ない――それでも最初に較べれば打ち解けて感情も見えてきたのだが――から、解りにくいんだよね。
「そんなことないって。それにしてもこのステータスだと、やっぱり俺って魔力特化型だよなぁ。格闘ばっかやってて良いもんなのか……」
思えば訓練内容も全て物理。魔力訓練と言えば魔力切れするまで魔力を消費するだけだ。
「マスター、そんなことはありませんよ。例えばこの【魔力纏い】のスキルです。きっと無意識にでしょうが、マスターが拳や脚に魔力を集中させて戦っていた結果、取得出来たと思われます。【身体強化】魔法も上がっていますし、なにも魔法だけが魔力の使い道という訳ではありません。」
……なるほど。魔力も使い様ってことね。
あとずっと気になってたんだけど、怖いけど訊いちゃおうかな……?
「なるほどね。ところでアネモネ先生? これどう考えてもLUKおかしいよね? 低過ぎるよね? レベル20も上がったのに1しか増えてないってどういうことなんだろうね??」
呪い?! 呪われているのかっ??!!
「あ……それは……」
露骨に視線を逸らしたよ? なんでそんな気まずそうな顔なの?!
「……コホンッ。それは、称号【
うぐっ…………! だって、嫌な予感しかしないじゃん!
……そうも言っていられないか。
LUKは運勢値。運は良ければ良い方が良いに決まってるもん!
心を落ち着けてから、俺はついに称号【
【
天性のいじられキャラに付与される称号。
これでみんなの人気者!寂しくないね♪
効果:LUKにマイナス補正し、周囲の人物の好感度を適度に保つ。
因果律に干渉し、親しい人物に構ってオーラを放つ。
…………なんっだよこれッッ??!!
コメントから滲み出るそこはかとない悪意。
まさか、またなのか
「私の作製途中に、転生神ククルシュカー様が『真日さんの人間関係構築のお手伝い♪』と話しながら調整をしていたと、記憶しています。」
アイツ絶対楽しんでるだけだろおおおおおぉぉッ!!!???
なんだよ構ってオーラって!?
思わずソファから崩れ落ちる。LUKが低く上がらない代償に弄られるってどんな効果だよっ!
「マスター、お気を確かに……!」
やめて!?そんな哀れなモノを見るような目はやめてぇ!?
「ううぅぅ〜……おにいちゃぁ〜ん……どこぉ〜〜……!」
と、そんな内心どころか全てが穏やかじゃない俺の耳に、ふと届く声。
アネモネを見るが、首をフルフル。
ぐるっと見渡し、リビングの入口に視線をやると、そこには何か蠢くモノが…………あ、忘れてた。
〜 ダンジョン 六合邸 庭園 〜
「うぅ〜! 酷いよお兄ちゃんっ!!」
マナエさん、プンプンである。
いやまあ、確かに部屋の前に転がしてずっと放置はどうかな〜と、今思えば罪悪感も湧かないこともないんだけど。
「わ、悪かったってマナエ。でもお前だって悪いだろ? 一緒に寝るのはダメだって昨日話し合ったじゃないか。」
うん、アネモネさんは家事を口実に逃げやがったよ。んで、俺は魔法の特訓をしながらマナエのご機嫌取り係だ。
「うん! だから夜一緒に寝るのがダメなら、朝寝れば良いじゃないのって!」
それどこのマリーさんですかっ??!!
かの稀代の悪女と謳われた王妃様、もしかして来ちゃってるの?!
まあ、「パンがないなら〜」の件は他の人物が言った台詞らしいけどね。王妃を妬んだ輩の捏造って説が濃厚らしいよ。
「だからな、マナエ。確かに俺はお前のマスターだ。俺かお前どちらが死んでも一蓮托生っていう、強い絆も持ってると思うよ。でも知り合って間も無いのも事実だろ? そんな俺達、しかも異性同士がどうして同衾できるってんだよ。」
挙句お前は幼女だしな……っ!
魔力を身体中に巡らせ、練り上げる。よし、行けそうだな。
「【魔法創造】発動。属性は【無】、特性は【敵対行動への反抗】…………命名、結界魔法【
よっし! 成功したぜいッ!
いやー、魔力を変質させない分扱いが容易な、【無】属性を優先させて正解だったかもな。
「むぅーっ!! お兄ちゃんなんでそんな意地悪言うのー!? お兄ちゃんは妹を可愛がらないといけないんだよーーっ!!」
マナカプンプン丸。そして腕をブンブン丸。
あっ、ちょっ! 今俺に攻撃したら……っ!?
「わきゃあああぁぁーーーッ??!!」
言わんこっちゃない。
今しがた造り上げた結界に弾き飛ばされたマナエさん。
説明しよう。結界魔法【
あたかも暴漢に数の暴力を喰らわす警備員の如く。
さて、次は属性の複合も試してみるかなー。いやー、魔法がイメージ準拠で、マジ助かったわー。
サブカルチャーを嗜んで多少の魔法知識は有っても、それを理論立てて解析できるような脳力は無かったからね。
イメージさえ固まれば実現出来る。【魔法創造】を獲得した俺、マジグッジョブ!
「ううぅぅ〜〜っ! 酷いよお兄ちゃんッ!!」
おうおう、マナエさんがお冠だ。
いやだってねぇ? 訓練も大事なのよ?
「済まないマナエ。恨むならタイミングを恨んでおくれよ。」
うん、あれはしょうがないよね。
とはいえ俺に幼女を虐げる趣味も無い訳で。おいでおいでと芝生に胡座をかいてマナエを手招きする。
途端に、尻尾が有ったら振り乱しそうな笑顔で駆け寄ってくるマナエ。
とすんっ、と胡座をかいた俺の脚の上に鎮座する。
「ごめんなーマナエ。痛いとこないか? 怪我したりしてないか?」
背を向けて脚の上に収まったマナエの頭を撫でてやる。
サラサラの茶髪の指通りが心地好いな。
「うんっ♪ 大丈夫ー! マナエのステータスはお兄ちゃんに準拠するから、それなりに高いんだよ? まあ、下位互換なのは否めないけど……」
あははっ、と笑うマナエ。
まあ、ダンジョンコアであるマナエに戦闘への貢献を期待してもしょうがない。兄と慕ってくれるこの子くらい、しっかり守ってやるとも。
「さて、マナエ。次に考えてる魔法は凄いぞぉ? そろそろアネモネが様子を見に来る筈だから、ビックリさせてやろうぜ。」
だからおどけて見せる。不安がらせないように。
「ホントっ?! 見たい見たい! お兄ちゃん早くっ!!」
よーし待て待て。大人しく横で観ててくれよ?
魔力を練りイメージする。
悪意、害意、敵意への反応と対処。起点を定め、範囲を指定。勢力分布を定義する……
よし、結構魔力喰うけど行けるな。
「【魔法創造】発動。属性は【無・土】。スキルをリンク。」
身体の内側で魔力が渦巻く。それは丹田へと至り、凝縮し、形を成していく。
「特性は【対象へのあらゆる悪意への反応・対処】。対象はマナエ。範囲は半径10mを基本に。…………命名、結界魔法【
ふわりと。魔力がマナエに集中し、そこから更に拡がっていく。
「よし、ちゃんと発動したな。」
自身の成果に満足する。マナエは、周囲をキョロキョロと見回して不思議そうにしている。
「ほら、ちょうどアネモネも出て来たし、すぐに結果が見られるぞ?」
そう言いながらマナエの頭を撫でてやる。
そしてこちらに近付いてくるアネモネ。
そしてその足が、新魔法の範囲に入った瞬間――――
「え、なっ!? なんですかこれはああぁっ??!!」
けたたましく警報が鳴り響き、アネモネの周りを囲む多数の魔法陣。そして矢継ぎ早にその魔法陣から召喚されるゴーレム達。
『悪意感知。悪意感知! 敵性体の無力化を実行します。投降せよ。投降せよ!』
凄いぞこれは!
あの冷静沈着なアネモネさんが混乱して取り乱してるよ。
まあ、後々のお説教は甘んじて受け止めよう。
「すごーいっ!! お兄ちゃん! これ凄いよーっ!!」
マナエさんは大はしゃぎです。
うん、あの厳しい目付きを見てからはしゃごうね。
お説教からは逃がさないからな。
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