第七話 お巡りさんこの人です!
〜 転生2日目 夕方:ダンジョン 玉座の間 〜
「まだです、マスター。次は20匹行きます。」
廻り廻る。
ゆったりと、時に激しく、複雑な
周りを囲み次々と襲い来るゴブリン達。
50匹くらいからもう数えてる余裕なんか無くなってしまい、あとどれだけ残っているのかも分からない。
振るわれる爪や棍棒を躱す。だが大きく避けてしまうと反撃も出来ないし、囲まれている以上スペース管理は必須。上段から打ち込まれる棍棒を外より内に払いながら踏み込み、身体が交差する瞬間にカウンターで肘を突き込む。
複数同時に攻められれば、前蹴りや飛び膝蹴りで包囲を巻き込み崩し、囲まれるのを防ぐ。一撃で
「最後です。40匹行きます。マスター、ご武運を。」
ひたすらに躱し、払い、突き放し、巻き込み。
ひたすらに突き、蹴り、弾き飛ばし踏み砕く。
位置取りをも利用し、敵の眼を逃れ時に同士討ちを誘い。
実戦への戸惑いも、人型の敵を屠ることへの躊躇も、容赦なく浴びる唾液も返り血も。
戦闘に不要な思考は全て押し除けられ、負った手傷の痛みも興奮と高揚で押し流し。
「これで! さいごおおおおッ!!」
振り抜かれた棍棒を瀕死の個体の頭に身代わりになってもらって防ぎ、戸惑っている隙に相手の両耳を掴み、痛みで逆らえないよう引っ張り込む。その勢いと自身が飛び上がる力を利用し、顔のど真ん中に渾身の膝蹴りを叩き込んだ。
縺れるように倒れ込みながら相手の体重をも利用し、トドメに首を捻ってはならない方向へ一息に捻り切り……
「お見事です、マスター。ゴブリン200匹の討伐、完了いたしました。」
残心して周囲に警戒を飛ばす俺に、アネモネからの労いの言葉が掛かった。
堪らずその場に崩れ落ち、乱れに乱れた息を調える。
「マスター、只今の戦闘に掛かった所要時間は5時間23分です。夕食には間に合いそうですよ。」
そんな冗談(……だよな?)を言いながら俺に手を差し出してくれるアネモネ。その手を借りてなんとか立ち上がるも、まだ身体のあちこちが痛いし力も上手く入らない。
「あ、ありがとうアネモネ。なんとか生き延びられて何よりだよ。でも、こんな無茶な訓練はもうこれきりにしてくれよ?」
こっちは割と本音。
しかしそんな俺にアネモネさんは、明確な返事はしないで薄く微笑むばかり……
あれ、これ下手したら味方に殺されるんじゃね?
「マスター? 何故でしょうか、私の存在意義が否定された気がしたのですが?」
おおおお思ってないよ??!!
そんな、訓練がスパルタ通り越してるとか、護衛のくせに殺しにきてるとかなんて思ってないんだからね?!
「い、いやいや! そんなことより腹減ったなぁ〜! 夕飯は何かなぁ〜?! アネモネさんの作る夕飯楽しみだなぁ〜ッ!!」
俺は自分で自分を必死に守ることに決めた!
今だけでなく、これからもっ!!
「そうでしたか。食事を楽しみにして下さるとは使用人冥利に尽きます。腕に
ちょっと嬉しそうだ。よし、誤魔化せたな。
「それではマスター。早速夕食の支度をして参りますので、マスターには魔石の回収をお願い致します。それと、魔力消費訓練も勿論してきてくださいね。」
……おや? 容赦の無いアネモネ先生から新たなミッションが追加されたようだ? 魔石とな?
いや勿論魔石は知ってるよ? ファンタジーの定番ですもんね!
「このゴブリン達には肉体が有りますので、素材の剥ぎ取りが可能です。冒険者ですと、討伐証明に右耳を切り取って回収して行きますね。ですがマスターにはそのような物必要ありませんので、このナイフで魔石だけくり抜いて回収してしまいましょう。
しかし、もしもマスターがこのダンジョンでゴブリンを産み出したいのであれば、耳も回収しても良いかと思います。素材が有れば生成コストが節約できる筈ですので。」
とんだリサイクルも在ったもんだね!!??
え、これを? この200匹のゴブリンを捌くの? 戦い抜いた直後に? 俺一人で??
「あのー、因みに魔石のある場所は……?」
恐る恐る訊ねる。嫌な予感がヒシヒシするぜぇ……!?
「心臓の位置ですね。胸部を裂いて肋骨を折り取り除けば採取できる筈です。人と同じく、左側ですよ。それから、残った骸はそのままにしておいて構いません。ダンジョンコアが再起動すれば、ダンジョンが自然に骸を吸収、処理してくれますから。」
や、やっぱりぃーーッッ!!??
ゲームならすぐ素材だけドロップだし、ラノベとか漫画でもそんな描写無かったのにぃーーッ!!!
はぁ……まあ、現実なんてこんなもんよね。
「わ、分かったよ……なるべく遅くならないように頑張るね……!」
不承不承(とはおくびにも出さずに)アネモネからナイフを受け取る。
あ、このナイフ、ダンジョンコアとの契約の時に使ったヤツだ。
お前も不憫だな。
方や拇印に、方や解体に使われるなんて……戦いに使って欲しいよな?
「それではマスター。美味しい夕食を用意して、お待ちしています。」
そう言い残してアネモネは、玉座の間から我が家へと消えて行った。
よし。嫌な事は直ぐに即座に済ませよう!
なあに。たかだか耳を切って胸から石を抉り出すだけだろう? ほんの200匹分だけな! はははっ!
………………はぁ……
〜 夜:六合邸 〜
「ただいまぁ〜…………」
力無く玄関を開き、帰宅を報せる。
疲れた。ひたすらに疲れた。
慣れない解体作業もだが、解体している内に俺自身が奪った命という物を自覚してしまい、効率は落ちるばかりだった。
しかも人型をしているから余計に忌避感と嫌悪感を刺激され、情けないが何度か吐いた。
今も、この手で腑分けした肉体を切り裂き、抉った感触が残っている。そしてそんな俺は酷い顔をしていたんだろう。
「マスター、おかえりなさいませ。そして、お疲れ様でした。夕食の前に入浴なさいますか? 少しは、気分も落ち着くと思いますよ。」
出迎えたアネモネがそう提案してくれた。
うん、正直ありがたい。一も二もなく頷いて、風呂場へ向かう。
脱衣所に着くなり服を脱ぎ始める。
アネモネが付いて来てはいるのだが、正直そんなこと気にしていられない。とにかくお湯でも水でも引っ被って、この血の匂いとモヤモヤした不快感を洗い流したい。
「マスター。脱がれた衣服はどうなさいますか? 染みも損傷も、一応は修復可能な範囲ですが。」
無言で首を横に振る。それだけで察してくれるアネモネ。
「では、処分させていただきますね。マスター、時間のことはお気になさらずに、ごゆっくりお寛ぎ下さい。」
首肯だけ返して浴室に入る。
背後でアネモネが一礼する気配を感じながらも、余裕の無い俺は見ることもせずに、後ろ手でドアを閉めていた。
即座に熱いシャワーを浴びる。
浴槽にもしっかりお湯が張ってあるね。
きっとこうなると分かっていたんだろうな……
頭を乱暴に洗い、顔を無駄に擦り、身体を赤くなるまで磨き……
半ば飛び込むように湯船へ浸かり、頭の先までお湯に潜る。
10秒……1分……3分……5分……
「ゲホッ! ゴホッ!! ぜぇ……ぜぇ……」
なんとなく無心になりたくて息止めをカウントしていたが、まさか5分以上保てるとは。
乱れた息を調え、それと共に頭の中を考えが巡る。
そう、これは俺のためなんだ。
アネモネがしてくれたこと、させたこと全て。
いきなりの格上との戦闘も、回復しても直ぐに魔力切れを起こさせるのも、ゴブリンの群れとの戦闘も、その解体も……
「……情けねぇ。切り替えろよ俺。もう違うんだよ。もう前世は終わってるんだよ。この世界は、自分の手を汚すことを忌避して笑って生きていけるほど甘くは無いんだよ……!」
浴室に声が反響する。その声を誤魔化すように、手でお湯を掬い、何度も顔に叩き付ける。
だんだんと思考がクリアになってきた。
そう、世界が違う。俺は俺だけど、それでも今までの俺じゃない。
切り替えるんだ。これは俺が望んだことだ。
俺は俺。
だけど、人間だった頃の【
アークデーモンで、迷宮の主。
アネモネの
腹を括れ。覚悟を決めろ。本当の意味で、【マナカ・リクゴウ】を生き抜く決心を固めろ。
湯面に映る顔を見詰める。
気分は落ち着いてきた。アネモネに心配を掛けないよう、強く、笑っていないとな。
『えーーっ! お兄ちゃん先にお風呂入っちゃったのー?! ヤダヤダーっ!! あたしも入るぅーーッ!!』
考えに没頭していた意識が呼び戻される。何か言い争っているような声がするが……?
『こらっ、いけません!! マスターはお疲れなのです!! ああっ!? ダメです、服を散らかさないで下さい!! というか脱いでは! い、行ってはいけませんーーーっ!!!』
ドタバタと、脱衣所が賑やかしい。
しかし我が家には俺とアネモネの二人しか居ない筈なのに、このアネモネと言い合っているのは誰なんだ?
『やーだよーっ! あたしはお兄ちゃんの言うことしか聞かないもんねーっ!!』
訝しんで入口の扉を凝視していると、なかなかの勢いで迫り来る
「おかえりお兄ちゃーーんっ!! あたしも一緒にお風呂入るぅーーっ!!」
響き反響する大声。脱衣所には額を押さえるアネモネ。
そして俺の目の前に現れたのは、茶髪でボブでツルペタな、年端も行かぬ可愛らしい幼女であった。
全裸の。
「きぃぃやあああああぁぁぁッ!!!??? おまわりさん俺じゃないですううううううぅぅッ!!??」
そして上がったのは、何故か俺の悲鳴だった。
いや、マジで違うから! 俺は無実だよおおおおッッ!!!
〜 夜:六合邸リビング 〜
家族会議 in 異世界。
「さてアネモネさん。説明をお願いします。」
The 不機嫌な俺。
それはそうだろう。
たとえ俺が先に入浴していたとは言え、見ず知らずの幼女が来て一緒にお風呂入りましょーとか、間違い無く事案ですよ?
まあそんな俺の社会的窮地は、アネモネさんのバスタオル捕縛術のおかげで事なきを得たのだが。
俺? その隙にコソコソと出ましたよ。当たり前じゃん。
「申し訳ありません、マスター。なんとか留めようとはしたのですが、思いの外機敏な動きで、意表を突かれ襲撃を許してしまいました。」
うん、そういうことじゃないんだよねー。
それにアネモネが止めようとしてくれてたのは分かってるから。聴こえてたし。
「いやそうじゃなくてね。この、見ず知らずのくせに
言葉に棘が混ざるのを自覚する。
そりゃそうだろ。
結構悩んで、悩み抜いて、気持ちも思考も切り替えようと努力していたのを、ぶち壊されたんだからさ。
「マスター、お分かりにならないのですか?」
だと言うのに、何故か俺に向けられるアネモネの冷めた視線。
なんで俺がそんな目で見られるんだ? 気分を害したのは俺なんだぞ?
意図する所を読み取れず、先程から黙りこくって俯いている幼女に視線を移す。
「――――じゃないもんっ。」
ん? 何か言ったか?
俯いたまま、身体を小刻みに震わせている幼女。
「なあおい。今、何て言ったんだ?」
埒が明かないので、ズバリ訊いてみる。
すると幼女は、顔を上げもせずに。
「見ず知らずじゃないもんッ!! お兄ちゃんあたしに名前くれたもんッ!! 兄妹みたいだって言ってくれたもんッ!!!
………………は? 今、なんて言った?
幼女は俯いたまま震えている。膝の上で堅く握り締めた両手に、ポツポツと雫が落ちている。必死に唇を噛み締めてるんだろうが、堪えきれずに時々嗚咽が漏れる。
「マナエ……なのか? ダンジョンコアの?」
無言で幼女は、コクリと頷く。
なんで?
どうして、っていうかどうやってそんな姿に?
「彼女はマスターを待っていたのですよ。名付けをされて自我を確立した後、マスターの支えになるために
マスターが訓練をしている間にコアの傍らで目覚めた彼女は、マスターを迎えるために、勧めた食事も飲み物も摂らずに、ただマスターに会いたいがために待ち続けていたのです。そして後は、先程の通りです。」
アネモネが経緯を話してくれる。
なんだよ……! それならそうと言ってくれよ、アネモネさん。
馬鹿みたいじゃないか。一人でウジウジ悩んで、それを邪魔されて、挙句俺を待っていた幼女に怒って。
八つ当たりじゃないか、完全に。
「マナエ、聴いてくれるか?」
ビクッと震える幼女。
でも気にしない。聴いてるのは分かってるし、気にするのはまた後だ。
今は、何よりも伝えないと。
「マナエ。お前のこと、分かってやれなくて、気付いてやれなくて悪かった。それに俺もナイーブになってたとはいえ、お前に八つ当たりしちまって、済まなかった。夕方からずっと一人で待っててくれたのか? ありがとうな。それと――――」
ひとつ息を着く。自分の中でも噛みしめる。
幼女に、産まれたてのこの子に届けと言の葉に乗せる。
「マナエ、ただいま。遅くなって、待たせてごめんな。」
そう言った俺に驚いた顔を見せるマナエ。まだ涙は止まっていないが、それでも。
それでも彼女は微笑んで。
「おかえりなさい、お兄ちゃん! まったく、遅過ぎだよっ!!」
家族との挨拶を、済ませたのだった。
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