第四話 それは輝かしき俺のキャッチコピー。


「ちょっ……!! この幼女かみさまってばなにやってんのおおぉぉぉーーーっ!!??」


 真っ白な空間に浮かぶスナックのカウンターに悲鳴が轟く。

 そりゃあ轟いたさ。さり気なくマイク置かれたんだもん。

 そりゃ使うよね?


『真日さん、遂に心の中でだけでなく言葉でも私を幼女かみさま呼びし始めましたねー?』


 うっ、しまったつい……!


『まあ心も読めちゃってますからあまり関係ないですけどねー♪』


 ニコニコとカウンターに置かれるのはカットレモンと、氷と、炭酸水と、ウィスキーボトル。


 はい、ハイボールですね。お作りさせていただきます。


 差し出したハイボールと交換のように出されたのは、シャンディガフ――ビールをジンジャエールで割ったカクテル――だった。


 完全に俺の嗜好が読まれております。


『まあ美味しい♪ 真日さんお酒作るのお上手ですねー♪』


 一息でハイボールジョッキの3分の2まで減らして、上機嫌に褒めて下さる幼女かみさま


 どうでもいいけど、この見た目(幼女)で酒をグイグイ飲まれるとなんかビシバシとダメージを受けるような錯覚を覚えるんだけど……


『まあ真日さんの嗜好に対して今更どうこう言うつもりはさらさらありませんので、あまりお気になさらずにー♪』


 いや気にするよ?! めっちゃ気にしちゃうよ!!??


 今更ってなにさ!!?? 今更も何もそんな嗜好なんて持ったことも抱いたこともありませんからーーーーっ!!!


『おやおや照れてしまってー♪ さ、転生先の種族も決まったことですし、あとは何をしたいか、どんな能力が欲しいか、好みのタイプと幼女が好きかですね♪ さあ張り切って決めていきましょー♪』


 何故かこの幼女かみさま、カウンターに身を乗り出してノリノリである。


 手をワキワキと蠢かし、まるでまた俺の筆(ボールペン)を乗っ取ろうとしているかのようだ。


「神様幼女様。もう一杯お作り致しますのでどうかカウンターのそちら側で大人しく待っていて下さいませんかね?」


 用紙とボールペンを断固死守しながら身体をも仰け反らせ、幼女かみさまから取り得るだけの距離を取る。


『あぁ〜ん♡ いけずぅ〜♡』


 その容姿(幼女)でそういうセリフはやめてもらえませんかねぇっ??!!


 さてと、気を取り直して(何度目だろう?)ハイボールを作り直して、いざ用紙に向き合うとしよう。


 しかしその前に……


幼女かみさま、この⑤と⑥はやっぱり記入しないと不味いですかね……?」


 己の顔ほどの大きさのジョッキをクピクピ傾けている幼女かみさまに訊ねる。


 どうにも転生に際して、このふたつが重要とは思えない。


 今までの傾向からして、この幼女に揶揄われている気がしてならず、またその材料を与えてしまう気がしてならないのだ。


『えー? 別に書かなくても構いませんけどー……』


 妙に歯切れが悪いな?

 それに嫌な予感もする……?


『えっとぉー? 因果律にぃ〜、……多少?』


 多少ってなにーーーーっ??!!

 何が起きちゃうの?!


 好みのタイプと幼女の好き嫌いで因果律に一体何が起こっちゃうのおぉーーーーー???!!!


『えー、極端な例を挙げますがー、例えば好みのタイプですねー。こちらを明確にしておいていただかないとー、性に倒錯された方々に好まれてしまう可能性が上がる気がしますー♪』


 ………………は?


『ですからー、「俺はこんな女の子が好きなんだ!」と小っ恥ずかしくも堂々と宣言しないとー、筋骨隆々な漢女おとめ族さんだとかー、夜の蝶の如きオネエ様だとかー、そういった方々の因果に巻き込まれる恐れが出てきますー(ドキドキ♪)』


 ドキドキ♪ ちゃうわっ!!!

 なんで?!


『まあちゃんと説明しますとー、神が定めている生命の義務は繁栄ですー。好みのタイプを訊くのは、それを己が伴侶にしたい、番に欲しい異性の傾向として、その繁栄を手助けするためにリソースを割くための、一種の儀式なんですよー♪』


 ほら、ちゃんとした理由があるでしょうー? とニコニコ顔の幼女。


「つまり、ここにしっかりと記入しておけば俺の次の人生? 魔族生? に寄り添って生きてくれる相手を見付け易くなると?」


 ふむ。つまりあれか!

 ちゃんとここで記入しておけば、今生独身で終わってしまった俺でも、来世では嫁を迎えることができる、少なくとも可能性は上がるということか!!


 これは大変だ!すぐにしっかりと書かねば!!!!


『まあ貴方が性の道を踏み外してしまったり、異性へしっかりアプローチすることができなければ無意味な項目ですけどねー♪(ボソボソ、ドキドキ♪)』


 おいこら今なんつった幼女ーーー??!!

 ボソボソとドキドキ♪ だけ小声で言っても意味無いからね?!


『まあまあ♪ おや、ようやく書けたようですねー♪ はい、ちゃんと私に渡して下さいー♪』


 くっ……! こんなにも渡すのが不安になるとは……!


 こんな気分は就職の面接時に履歴書を提出する時以来か?


 多分に別の不安が含まれていそうだけどな!!!


『ふむふむ〜。なるほどですねー♪ やっぱり真日さんらしい答えですねー♪ でもーひとつだけー?』


 あーなんかやっぱり恥ずかしい!

 進路希望を会ったばかりの他人に見られ、挙句その相手は幼女って!!


 って、ん? なにか気になることでもあるの?


『このー、やりたいことにダンジョンマスターって、つまり迷宮の支配者になりたいってことですよねー?』


 ああ、そこ?


「いやー、ラノベとか漫画とか、あとゲームとかでもダンジョンマスターって自由度高くて楽しそうだなーって常々思ってましてね。」


『でも、狙われますよー?』


 何故か、幼女かみさまの眉根が寄せられて、難しいような、困ったような顔をされてしまう。


 ちょっと待て……なんで君がそんな顔をするんだ?


 俺の新しい人生?魔族生?……人生でいいか。

 新しい人生を楽しもうと考え抜いた転生先に、どうしてそこまで不安そうにするんだよ……?


『私は、転生を司る神ですー。創造神様や運命神様達のような全知の力は持ち得ていませんー。ですからー、貴方が選ぶこの新しい生で、何が起こるかなど知り得ませんー。


 迷宮は、世界の脅威とも繁栄の資源とも位置されていますしー、そんな所に本質はどこまでも和を尊ぶ貴方が転生して、果たして――――』


 思わず。

 意識もせず幼女かみさまの頭に手を置き、撫でていた。


 幼女かみさまが呆けたような顔で話を止めたのを確認して、俺は心からの笑顔で感謝を伝えた。


「ありがとう、幼女かみさま。色々と元気付けてくれて、この先のことも心配してくれて。でも大丈夫さ。だって――」


 ――ダンジョンだからって戦わないといけない決まりはないと思うからさ。




 真っ白な空間が、さらに白い光に包まれる。

 馴染みのスナックのカウンターが消え去っていく。


 名残り惜しいが現世のビールとはここでお別れか。

 もう一杯くらい飲んどけば良かったかな?


 なんて、どうしようもなくくだらないことを考えていると、幼女かみさまがすぐ目の前に近付いて来る。


 足台無いとやっぱちっちゃいなー。


『小さいは余計ですよー。それよりも、名乗るのを忘れていましたねー♪ 私はククル。ククルシュカーと言いますー。貴方の新しき生に、転生神ククルシュカーの名に於いて祝福を授けますー♪ それでは、良き人生? 魔族生? をお送り下さいねー☆』


 おお、久し振りに見る気がする横ピースだな。

 そして今更かよ。

 てっきり神様は軽々に名乗ったりしないのかと思ってたよ。


 でも、まあ……


「ありがとうククル。次の生が終わった時も、また会って酒を飲ませてくれよ! 魔族になったって胸を張れるくらい、良い生を謳歌してくるからさ。俺の作った酒を飲みながら、笑いながら聴いてくれよな!」


 そう叫んだ俺の声は、ちゃんと届いたのか。


 白く塗り潰されて行く世界の中心で、あの幼女ククルが微笑んでくれた気がしたんだ。



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