一章 異世界は危険がいっぱい。

第一話 転移・転生直後のピンチはやはりテンプレらしい。


 真っ白な光の中。


 ゆらゆらと、水の中に揺蕩うような感覚。


 仄暗い水底へ沈んで行くような、煌めく水面へ浮かんで行くような、身体があやふやで上も下も分からずに彷徨っている感じだ。


 幼女ククルに見送られ別れてからどれくらい経ったのかも分からずに、ただ揺らめき。


 長いとも短いとも言える27年間の前世を思い起こし、記憶を辿りながらただただ移ろう。


 そして最期の時……馴染みのスナックで後頭部を殴打された時のことを忌々しくも少し懐かしんでいた、まさにその時である。


「ぐおぶへっ!!!??」


 五体投地って、土下寝ってこんな感覚なのかぁと、まざまざと思い知らされた。


 うん。地面か床か知らないが、見事に俺の身体の前面は全体的に打撲した模様です。


「おうふっ! 痛い! デコが! 鼻が! 腹も我が息子も膝までもが痛い!! 息もしづらいよぉ……っ!?」


 とても目も開けられず、しばらく地面(仮)をのたうち回った。


 都合5分程だろうか? いやもっとかもしれないが存分に地面(仮)を這い回り、転げ回った俺は、ようやく震えながら涙目になりながらも身体を起こし、目を開いた。


「お、おぉーーーーーっ!?」


 なんて言うか、謁見の間?


 ファンタジー映画や漫画、ゲームなどで王様だとか魔王様だとかがふんぞり返っているような、レッドカーペットの敷かれた広大な広間が視界に拡がる。


 あ、一番奥の立派な椅子は玉座かな?

 ということはやはりここは玉座の間で、謁見に際して使われる公的な広間なのだろう。


 広間の広さは、眼前だけでもざっと小学校の体育館程はあるか?


 いや広すぎじゃね?

 一体どれだけの人数を収容する計算で設計したんだろうか?


「うーむ? まあ広いのは良いとして、それにしても人っ子一人居ないのはどういうことだ……?」


 普通こういう異世界に到着して、着いた場所が玉座の間と言うのであれば。


 王様やお姫様や家臣団、そして騎士団などに取り囲まれているのがお約束ではなかろうか?


「まさか廃城? ……良く良く見ればカーペットやらも解れてたり煤けてたり、シャンデリアや燭台にも蜘蛛の巣がこれ見よがしにと……」


 ブツブツと独り言という名の考察を漏らしつつ、未だ座ったままだった身体を立ち上がらせる。


 前半身強打の痛みもだいぶ引き、よっこらせと身体を伸ばして後ろに逸らす――


「おはようございます、ご主人様マスター。」


――と目の前には逆さまの美女が居りまして?


 思わず視線に集中した結果、仰け反った身体は勢いを止めずにそのまま頭頂部から地面(仮)から正式に床へと認識されたその名も石造りの床へと吸い込まれ……


「ぎえぴっ?!!」


 見事なセルフバックドロップを極めてみた。


 俺は今生でも、頭部には充分注意をした方が良さそうだな、うん。滅茶痛いです。


ご主人様マスター? 「ぎえぴっ?!!」とはどういった意味でしょうか? もしや全言語翻訳のスキルに支障でも御座いますか?」


 なんとこの美人さん、目の前の初対面の不審な男をマスター呼びした挙句、なんだか勘違いを始めたようだ。


 これはイカン、と慌てて目を開き、弁解をしようとして。


 停まってしまった。


 だって目の前には。


 ひらめくスカートとその中身が……


 そして眉間に突き刺さる鋭利な物(ピンヒール)!!?


「あぎゃああああああッ!!!!????」


 これが、痛恨の一撃か……っ!?


 まさか石床の上の自由泳法を再び披露することになるとは……異世界恐るべし!


「失礼致しました。転生神ククルシュカー様より賜った、【真日さんお仕置機能】が発動した模様です。HPはまだ残っておいでですか?」


 あんのっ………幼女邪神めがあぁぁぁーーーーーッッ!!!


「死んじゃうって! 普通の人は眉間をピンヒールでピンポイントでヘッドショットされたら死んじゃうから!! 俺転生した直後にもう死ぬところだったよ??!!」


 確かに転移・転生モノで異世界到着直後にピンチに陥るのはある意味テンプレで、お約束で、そして美学だとは俺も思うさ。

 でも、そのピンチで瀕死なのがピンヒールによってというのはちょっとどころか大分違うような気がするんだよ!!


「ノン、訂正を。ご主人様マスターはアークデーモン種とお聴き及びしております。ならばそれは普通の人という範疇には収まらない、と愚考致します。」


 理路整然とそんなことを宣う美人さん。


 ていうか、平静だね?冷静過ぎだよね?


 目の前で初対面の男がのたうち回ったり転げ回ったりして騒いでるのに、この美人さんってばとても泰然と優雅にマイペースだね??


「あーっと……済まない、取り乱した。言葉は大丈夫みたいだ。それと、さっきのは事故だから。故意じゃないから。本当なんだからね?!」


 一先ずは全力で潔白を証明しよう。

 先ずはそれしか無いでしょうよ?!


 だって頭の中で警鐘が鳴り響いてるもん!

 これ以上のダメージはダメだよって泣き叫んでる俺が居るんだもん!!


わたくしこそ、初の謁見にも関わらず無作法を致しました。お許しくださいませ。言語に関しては支障も御座いませんようで、何よりでございます。


 先程の……と申されますと、ご主人様マスターが御身を仰け反らせ頭頂部を強かに床に打ち付けられた後に、私のスカートの中身を凝視されていたことでしょうか?」


 もうやめてよぉー! 謝るっ! 謝るからぁーーーーっ!!


「いや、本当に済まなかった。反省してる。もう迂闊にブリッジとかしないから許して下さいお願いします!」


 やるか? 今こそやるべきなのか?!

 転生して真っ先に習得した、あの禁断のスキル……【五体投地】を!!?


「ノン。私はそもそもご主人様マスターの身辺のお世話、並びに転生後のあらゆる活動への助言、補佐、支援を目的として遣わされた者です。ご主人様マスター――【六合真日】様は既に私の主として登録されており、登録したその時より私の身も心も全てご主人様マスターの所有物でございます。


 先程の行動は転生神ククルシュカー様によって組み込まれた、【真日さんお仕置機能】が作動したに過ぎません。そこに私の意志は介在しておりませんので、どうかお気になさらないでくださいませ。」


 なるほど。特に彼女が怒っている訳ではなくて、あの邪神のような幼女ククルが仕込んだ悪意溢れる機能が何らかの条件を満たされて作動して、俺に攻撃を行ったと。


 いや何してくれてんのあの幼女!!!???

 こちとらその訳の分からんお仕置機能の所為でドアtoドアならぬ転生to転生しかかっちゃったんだけど!!??


「あの詐称幼女かみさまめがあぁぁぁーーーーーっ!!!!」


 いいよね?! 叫ぶくらい許されるよね?!


 と、そんな荒ぶる俺と美人さんしか居ない玉座の間に、不意に電子音みたいなアラーム?が響き渡った。


ご主人様マスター。限定機能【ククルちゃんの有難〜い神託機能】の解放条件であるキーワード、【幼女かみさま】を確認致しました。神託リストの1号を解凍、情報開示致します。」


 えっと……はい?


『やっほー♪ 真日さん、元気にアークデーモンしてるかなー?この神託メッセージを聴いてるってことは、早速このメイドさんにイタズラして、お仕置されちゃったのかなー? それでまた叫んじゃってるんだよねー? クスクス♪』


 やばい。前世でも滅多に上がらなかった怒気が急激に上がっているのを感じるよ。


『はいはい、怒らない怒らないー♪ そんなんじゃ転生してすぐなのに頭の血管プッチンして、ドアtoドアならぬ転生to転生しちゃうよー? クスクス♪』


 見えてないの?! これ本当に録音メッセージなの??!!

 くあぁぁぁーっ!!! 怒気が、殺意に変わりそうだ!!


 何がムカつくってこの全てを見越して予め録音出来るほどに俺が見透かされちゃってるのがあぁぁぁーーーーーーっ!!!

 あと俺の作った言葉盗らないで!!!


『はぁー♪ 真日さんののたうち回る姿を想像しちゃうと、この永い神生じんせいに潤い感じちゃうなー♪ あ、そうだそうだ。神託メッセージには時間制限があるんだったよー!


 とりあえず、この子にはもう挨拶したのかなー? この子は【アネモネ】ちゃん♪ 私が創った、真日さん専用のサポートホムンクルスだよー♪ 色んな便利機能付けてみたからー、色々試してみてねー♪


 あとは神様としての心ばかりのアドバイスかなー? その世界って、一応希望通りのファンタジー世界なんだけど、真日さんの同郷の子達も何度か転移・転生したこともある世界だから、割と文明とかごちゃごちゃしてるんだよー。だから、アネモネちゃんからしっかりと世界のこと聴いて、お勉強してねー♪


 さてとー、そろそろ時間かなー? それじゃ、真日さん♪ 楽しい転生ライフを送ってねー♪ 暇な時とか私も真日さん観て楽しむつもりだからー、そこのところよろしくねー♪ それじゃー、アデュー♪』


「……………………」


神託メッセージは以上です、ご主人様マスター。」


 なんかキャラ変わってない?

 仕事用とプライベート用的な感じなの?


 まあそれはいいか。

 ちゃんと幼女ククルと仲良くなれてたってことにしておこう。


 とりあえず……


 俺を暇潰しの娯楽扱いしてんじゃねえええぇぇぇぇぇっっ!!!!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る