第二話 幼女の進路相談。


 ひっひっふー、ひっひっふー。


『お産ですかー? 産まれるんですかー?』


 って違うよ! 深呼吸して落ち着いてるんだよ!!


『えーでもそれラマーズ法ですよねー? そもそもあれって効くんですかねー?』


 そんなの男の俺が分かるわけないじゃないですかーってナチュラルに心読まれてる?!


『神様ですから☆』


 キラッ☆ とかキュピーン☆ とか効果音の出そうなポージング再びな幼女。


「ああ、神様ね……」


 そう、神様ようじょらしい。


『今変なルビ付けませんでしたー?』


 心の副音声まで読まれてるよ!


「いやいやまさかそんなこと……ハハッ♪」


『はいダウトー☆』


 ビシッと指を指される。はい、ごめんなさい。


 どうやら本物らしい。というかこの真っ白な空間といい、血塗れなのに傷の無い身体といい、先程光から現れたことといい、納得の説得力である。


『はい♪ 信じてくれてありがとうございます〜。』


 ははは……まあ取り敢えずは話を聞こう。


「ふぅ。それで、神様。さっき非業の死が何とかと……」


 訊きたいことは数あれど、やはり先ずはそこからだよな。


『はい〜。六合真日さん、貴方は行きつけのスナックでひとりカラオケ(笑)を嗜まれていた際、一見客と常連客の諍いを止めようとされ、背中を見せた隙に後頭部を中身入りの酒瓶で殴打され、当たり所悪く亡くなりました〜♪ ひとりカラオケ(笑)』


 ひとりカラオケ(笑)は置いといてーー!! 泣いてる俺が居るんですよーー!!


『ちなみに27歳独身、趣味は飲み歩き(女の子が接客する店ばかり)と読書(漫画とラノベばかり)、介護の仕事にやり甲斐を感じながらも報われない処遇に嫌気が差し家業の農園に転職、同棲していた女性と別れて彼女いない歴4年と半年(更新中)で、最近の悩みは虻に刺されて右のおっぱいだけが腫れて痛くて痒くて辛い六合真日さんですね☆』


 いいいいぃぃーーーーやああああぁぁーーーーーーーっ!!!!!


『おやおやー? どうしました真日さん? そんな体育座りで両耳を押さえて俯いてしまって?』


 嗚呼、死にたい。とくに右のおっぱいの件。


『やだなぁ真日さん。もう死んでますよー♪』


 あ、はい。


 なるほど、本物だ。ていうか本物の神様じゃなきゃただのストーカーだよ!


 ていうか神様とは言え幼女に右のおっぱい事件を把握されてるって………は、恥ずかし過ぎるぅーー!!


『えーでもー、腫れてきてから「やべえ、AカップがBに!!」って割と楽しそうに――――』


「もう、もうやめてええええぇぇーーーーーーーーーっ!!!」



閑話休題。



「それで神様、これから俺はどうなるんです? 自慢じゃないけど天国に行ける程善人って訳じゃないし、かと言って地獄にも行きたい訳じゃないんだけど……」


 とりあえず現世の死んだ俺に黒歴史は押し付けつつ、訊ねてみる。


 死んでしまった以上仕方ないし、神様なんて者が出てきた以上は俺はこの後どうにかなる筈だ。

 先ずはそれを確認しないとな。


『はーい。先ずはこちらへどうぞ〜♪』


 パチンッと指を鳴らすようじ……ゲフンッ。指を鳴らす神様の向こう側に何かが出現する。


 なんだか見慣れた光景が目の前に拡がる。


 それは、体感ではつい先程まで俺が飲んでいた、俺が死んだスナックのカウンター席だった。


『お好きな席へどうぞー♪ 何か飲みたかったら出しますよ?』


 トテトテと、カウンターの向こう側に移動して中央付近に置かれた結構高い足台に登ってから笑顔で接客してくる神様。


「はぁーっ。俺の殺害現場で接客の真似事とか、いい性格してますね、神様? あ、生ビール飲みたいです」


 溜息を零しつつひとつの席へ腰を落ち着ける。


『そう言う真日さんこそー、わざわざ中央の足台に私が乗っているのに角の席に座るとか、いい性格ですねー♪』


 右のおっぱいの恨みじゃ。これを以て先程の恥は雪ぐとしよう……って足台ごと浮いて移動しちゃってるよこの神様ってば。


『まあ、神様の私にとってはこの程度では意趣返しにもなりませんけどねー♪ はい、生一丁っ☆』


 あ、ども。

 ジョッキを凍らせてある所も再現とか、芸が細かいなぁ。


「ぷはっ♪ 美味しいですね!」


 とりあえず状況は受け入れた。

 喉も潤った所でこの後どうなるか教えて欲しいのだが……


『はい♪ その前にひとつ教えてあげますが、天国や地獄なんて物は存在しませんよー。生命は死に、魂となれば輪廻の輪に戻り、次の生へと移ろうだけですー。まあたま〜に未練や怨念により輪へ還ることを固辞する魂もありますが……仏教の輪廻転生がイメージとしては一番近いですねー。』


 ふむ。ということは唯一絶対の父なる神様を崇め奉るかの最大宗教は存在意義の危機で、この世は魂が延々と巡る輪の流れにあると。


 まあ日本はそもそも多神教だし、現在の仏教も神教と融合した末の産物ってことも小耳に挟んだことも無きにしも非ずで、俺は俺でそこまで信心深くもないからかの世界最大宗教の皆様に悲哀の心を向けるに留めておこう。


『ちなみに天国や地獄に似た世界はありますよー。たまたま苦行などで臨死体験の折にその世界を垣間見ちゃった宗教家さんが居たとか居なかったとかでー、そのまま死後の世界として定着していったみたいですねー。』


 Wow……神様本人からぶっちゃけられちゃったよ……

 しかもさり気に人伝(神伝?)っぽいし、神様はやはり一人ではないらしい。


『まあ地球の宗教論は置いときまして、先にも言った輪廻転生ですねー。真日さん、転生できますよー。』


 いや、そんなさらっと言われましても……


「そもそも輪廻の流れに乗っているだけなら、なんでわざわざ神様が現れたんですか? 仏教で言うなら、生前の徳の高さで来世が決まる……みたいなシステムじゃないんですか?」


 例えば極悪人は来世では物言わぬ植物に生まれ変わり、その生を啄まれ、切り刈られ、燃やされて終える……とか。


『基本はそうなんですよー。魂が輪に還る際に、今生で蓄えたリソース――徳や信仰心みたいな物ですね。その命の価値、存在の重さを秤にかけて、次の生へのフィルターに通されますー。


 システムとは言い得て妙ですねー。そういった仕組みは確かに存在しますよー。もちろん、徳の反対に悪徳も審理の対象ですからー、結果は言わずもがなですよねー♪』


 それで、と神様。


『確かに通常であればその仕組みによって魂は自然と流転します。けれど真日さん、貴方は今回利己的な行動によってではなく、むしろ利他的な行動によって非業の死を遂げられました。


 それは予期せぬ死で、理から外れてしまう要素です。命ある者は皆、己の為に生き、行動します。それが正しい生であり、世界のあらゆる悲劇も喜劇も、愛も悲しみも恐怖も、総てその己の為に引き起こされるのです。』


 ……なんとなくは解る。


 例えば敵と味方。自分に都合が良いから悪いから、敵と味方に分かれる。


 例えば愛と憎しみ。自分を受け入れてくれるから愛せるし、そうでないなら疎み、憎み、過ぎれば関心すら寄せない。


「でも……俺は落ち着いて飲みたいから喧嘩を止めたかっただけで……カラオケできないし、知り合いだったし……」


 とても利他的とは言えないのでは、と訝しむ。


『確かにその通りです。しかしここで貴方の本質が関わってきます。貴方の本質は【和】です。覚えていませんか? 喧嘩が始まった時のスナックのママさんの顔や、スタッフの女の子達の顔、売り言葉に買い言葉で喧嘩を買ってしまった常連客の顔、他の楽しんでいたお客さん達の顔を。』


 ふぅ、と一息ついて神様は。


『皆、困っていたんです。喧嘩なんかして欲しくない。怖い。危ない。煩い。迷惑。さらに言えば、喧嘩で手が出れば警察も呼ばざるを得ない。すると店にも迷惑で、喧嘩の当事者には社会的にも傷になる。貴方は、その総ての顔を見たから、小心者なのに動いたのでしょう?』


 争いは嫌いだった。波風は立てたくない。そんな、悪く言えば優柔不断で八方美人な俺の、その挙句の果ての行動が、結果死んでしまったあの無謀が、俺の本質なのだと告げられて。


『ですから、そんな尊い行動を取った貴方は。正しく人の為になる本質を持った貴方はー、非業の死によって理から外れ、今回の転生に当たり次の生を選ぶことができるのですよー♪』


 特別です☆ と幼女な神様は愛らしい笑顔で宣う。


『はい! という訳でこの進路希望の用紙に記入して下さいねー♪』


 と、カウンターテーブルには進路希望と大きく書かれたA4のプリントとボールペンが差し出されたのであった。



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