8話 海行きのバスの中で話した

 窓の外の景色が時速百キロ近いスピードで流れていく。


 一般道を過ぎ海行きのバスは高速道路に入った。時折見える風景以外は車や周囲にそびえる壁ばかり。

 

 だが、そんな大して面白くもない光景に俺はひたすら顔を向け続けている。


 何故かって?

 

 それはね、隣にいる人のせいだよ。ワトソン君。


 一人芝居をしながら俺はチラリと横を見やる。


 腰に巻かれた黒いシートベルトとは対照的な上下一体型の白いワンピース。

 これから避暑地に行く御令嬢、といった格好の如月がいる。


 露出している腕はワンピースにも負けず劣らず白い。いつもより強めの日焼け止めを塗っているせいだろうか。普段より一層白く見え、普段と違う雰囲気を漂わせているのだ。あまりに住んでいる世界が違い過ぎて俺が窓際に寄ってしまったのも致し方ないと思う。


 それに今日は三木と泉を誘ってあるのだ。男子は男子、女子は女子で座ると考えるのが普通だろう。それが乗車した時の流れで俺たちは二列シートに押し込められてしまうなんて誰が想像する、いやしない。


 するとタイミングが悪かった。丁度こちらを見た如月と目が合ってしまう。


 まさか見ていたなんて言えない。

 俺の脳内がフル回転し最もらしい動機作りを行う。


「そういえば気になっていたんだけど、今日出かけることは如月さんの親は知ってるのか? ほら、遠出するからさ」

「えっ……あ、はい。父には店長から連絡が入っていたみたいで気をつけて行ってこい、と言われました」

「ふぅん」

「………」

「………」


 ……会話が途切れてしまった。


 これはこれで気まずい。何か他に話題は、と思考を巡らせる前に如月が助け舟を出してくれた。


「ところで、柳沢さんのご両親はどんな方なんですか?」

「あー、父さんは真面目だけど母さんは大雑把だな。あれは人生楽しんでると思う」

「楽しんでる、ですか」

「そう。今日も俺が海に行くからって理由で母さんの誘いで二人とも旅行に行ってる。曰く、アンタだけ楽しむのはズルい、だってさ」


 因みに両親は離島に行くらしい。飛行機を使って二泊三日だったような気がする。これも母がせっかくだからと普段行けないような場所を選んだからだ。俺の料金が浮いた分をそこに回したと言っていた。直接俺に還元してくれてもいいんだけどな……


 貰った軍資金の少なさに思いを馳せていると隣でクスリ、と笑い声が聞こえた。

 如月が口元を押さえながら言う。


「面白いご両親ですね」

「面白いか……?」

「はい」

「そうか……? まあ、如月がそう思うならそれでいいけど」


 とにかくだ。今日は帰りが遅いと心配されるから、と気を使って早く帰る必要はない。同行しているパートの人たちの都合にもよるだろうが、帰宅時間に関しては気にすることなく楽しむことができる。そういう意味では出かけてくれた親には感謝だ。


「ヤナギー、グミ食べる?」


 通路を挟んで向こう側に座っていた三木が声をかけてきた。


「貰おうかな」

「私も食べる」

「泉にはさっき散々食べただろ。よかったら如月さんもどう?」

「それじゃあ、いただきます」

「はいよー。ヤナギにも渡してあげて」


 如月が三木の元へと手を伸ばす。

 そしてパッケージの中からグミを取り出すとこちらに手渡してくる。


「どうぞ」

「あ、ありがとう……」 


 気にしているのは俺だけなのだろうか。


 思わず如月からグミ受け取ったグミを見つめてしまう。


 間接キスじゃあるまい。直接手渡しくらいで鼓動が早くなってしまう俺が幼稚なのだろう。


 隣で既にもぐもぐと口を動かしている如月に倣って俺もグミを口に放り込んだ。


 なんてことはない。普通のおいしいグミだ。むしろこれで味が変わってしまう方がおかしい。


 ただ、こんなことを気にしているくらいの俺だ。


 水着姿を見たとき、どうなってしまうんだろう……

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