7話 夏休みの予定ができた
窓ガラスの外ではしとしとと雨が降り続けており、湿気たっぷりの重い空気が店内にも立ち込めている。
傘を入れた袋に溜まった水をつつきながらスーパーを歩いていた俺はパートの岡本に捕まった。
「あら、柳沢くんじゃない」
「ご無沙汰してます」
「令ちゃんなら今日はいないわよ」
「そうなんですか」
二言目には如月の話になるのだが、俺も馬鹿ではない。この手の流れは想定済だ。
軽く受け流してからお目当てのものを買いにかかることにしている。
特に母親からの勅命であれば尚更だ。
「雨の中ご苦労様。裏で乾かしてく? タオルあるわよ」
「いえ。今日は母が待っているので」
「あら、心配されているのね。優しいご両親じゃないの」
「ははは……」
因みに母は俺じゃなくて食材待ちだったりする。
ことの発端は冷蔵庫の中身が空っぽだったことだ。
気づいた母が嘆いていたところに雨だとわかっているのだから買い置きをしておけばよかったのに、と口を滑らせてしまったのだ。後は理不尽な親の権力により俺が買い出しに行かされた。こんなことになるなら変なことを言わなければよかったと思う。
ああ、今頃怒りは鎮まっているだろうか。鎮まってるといいな……。
とにかく、ただでさえ逆鱗に触れているのだ。手早く買い物を済まさなければことは一大事になる。
悪いが冗談に付き合っている暇はないのだ。
「そういえば令ちゃんも梅雨で髪がまとまらなくて大変って言ってたわよ」
気になる話が飛び出したが俺は話を切り上げる。
「すみません。今日は急いでいるので」
「あ、その前に少し聞きたいことがあるのよ。そんなに時間かからないからいい?」
岡本も話がわからない人ではない。こういう風に引き止めてくるのは珍しかった。
「いいですけど……何ですか」
「少し先なんだけど、7月の後半って空いてる?」
「えー、多分夏休み中ですよね。今のところ予定はないですよ」
というよりスケジュールは真っ白だ。
課題や夏期講習以外予定らしい予定は何もない。
青い空、白い雲?
何それ美味しいの?
っていうくらい。
いや、きっと今年も誰かと遊びに行くんだ……きっとそうさ……三木あたりは暇だろうしこれから予定が埋まるのさ……
「それならよかった。実はここの人全員で海に行く予定があるんだけど、乗ってく?」
「……はい?」
いまいち話が飲み込めない。
「社員旅行みたいなもので、日帰りなんだけどバスを貸し切って行くのよ。座席が余っちゃってるからどうかって話になって。柳沢君、乗って行きなさいよ。よかったらお友達も誘っていいわよ」
岡本が手招きしながら儲け話をするように言う。
「……ありがたい話ですけど部外者の俺が行くのはちょっと」
「今更何言ってるのよ。何人乗ろうがバスのレンタル料金は変わらないんだから遠慮しないの。私たちも若さをもらってるしお互い様よ。それに——私たちだけだと令ちゃんに気を使わせちゃうかなって」
本人はいいって言ってるんだけど、と付け加えて岡本はヒソヒソ声をやめた。
「どう?」
どう、と聞かれてもな……。
少し考えてから俺はこう言った。
「わかりました。検討しておきます」
急な話だ。
すぐには答えは出せない。
だけども……まあ、悪い話ではなさそうだ。
俺のいる高校では水泳の授業がないので良い機会だろう。
それに如月の水着姿。
正直に言おう。見たくないといえば嘘になる。
ただ、やましい気持ちとかではなくて、単純に興味があるだけなことは胸に刻んでおこう。例えるならいつも見慣れている風景がお祭りの空気になる、そんな感じだ。
……自分でも何が言いたいのかわからなくなってきた。
「そう言ってもらえるとよかったわ。引き止めちゃって悪かったわね」
そうだ、おつかいの途中だった。
とりあえず許可をもらうためにも今はこれ以上親の神経を逆撫でしないようにしよう。
俺は岡本に別れを告げると買い物リストを握り締めた。
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