6話 部活動対抗リレーに参加した

 カッと照りつける太陽の下、じりじりと肌が焼かれるのを感じながら俺は校庭で立ち続ける。


 日陰となっている足元を覗くと、体操服や俺のつけている鉢巻きと同じ色の白線は砂埃や猛々しい生徒の活躍によりすっかり掠れてしまっている。


 場違い感がすごい。


 衆人環視の中、ラインの内側に収まるよう調整する素振りをしながらそんなことを考えた。


 俺がおかしいのではない。


 周りがおかしいのだ。


 おおよそ普段生活では着ないようなカラーリングの運動着。手には赤いラバーのラケットが。


 真っ白なYシャツに高級感漂う黒ズボン。抱えるのは眩い光沢の金管楽器。


 腰まである白衣に身を包んだ男。テンプレートのようにメガネのズレを気にしている。


 ここはコスプレ会場なのだろうか。


 熱気に促されるように俺の意識がぼやけていく。


 数週間前のことだ。


「部活動対抗リレー?!」


 部室に和田の声が響き渡った。


 やかましいけど話は早い。俺は頷くと補足する。


「といっても点数は入らないし体育祭の余興みたいなものだ」


 体育祭。この話を聞いた時もうそんな時期なのか、と思ってしまった。


 人間それぞれ得手不得手がある。

  

 その日のためにひたすら練習をする人もいれば、当日雨が降れと祈る人もいる。


 俺はせいぜい炎天下は嫌だな、と思う程度でどっちでもいいというのが正直な感想なのだが、この手の行事が苦手な人にとってはそれこそ呪いの藁人形に髪の毛を入れ釘を刺し出してもおかしくないだろう。もちろん体育祭という存在に髪の毛があればの話だが。


「でも、昨年は白熱していましたね。私の周りでも盛り上がっていましたよ」


 向かい側で如月が清涼剤のような声を響かせる。


「へぇ。具体的には?」

「一応確認だけど未所属のお前は参加できないからな?」

「ははは。わかってるって。興味本位だよ」


 三木にツッコミを入れていると、如月は顎に手を当てて思い出すような仕草をする。


「ええと、文化部も割と早い人がいるのか、とかですね」

「文化部と運動部で分かれて行うからだな」


 実質文化部内で運動神経ナンバーワンを決める大会みたいなものだ。おまけに陸上部などの圧倒的優勝候補もいないわけで予想ができない。盛り上がるに決まっている。


 なるほどね、と呟く三木。いかにも興味なさそうに頭の後ろで手を組むと木組みの椅子を器用に揺らし上を見始めた。


 ……近くで泉が不機嫌そうな顔をしているのは気のせいだということにしよう。女子生徒の評判なんて聞こうとするからだ。


「で、本題に戻るけど他の部活は三年生が出る中、先輩のいないこの部活は俺たち二年生が出ることになるんだけど——出たくない人いるか?」


 実のところメンバーはほぼ決まっている。だが、俺はさりげなく切り出した。


 というのもこの部活は四人しかいない。


 そして出場メンバーは四人。


 しかし、辞退も可能だと聞いている。


 猪井は好んで運動をするタイプではないが周りがやるならやるだろう。


 元気が有り余っている和田は出るだろうし、部長である俺が出ないのもおかしいだろう。


 問題は如月だ。


 運動部対抗リレーは男女分かれているが、文化部はそのくくりはない。


 昨今は色々と厳しいから強制的に出ろとは言わない。


 だけどもし彼女が辞退するのなら代走として誰か——例えば未所属の三木に走ってもらう必要が出てくる。


 ないと思うけど念のための確認だ。

 

「如月も出ることになるけどいいか?」

「はい」

「了解。じゃあそれでいくか」



 はっ、いけない。あまりに冷房が恋しすぎてトリップしていたようだ。


 フィールドに照りつける熱波が反射して遠くが揺らいで見える。


 だが、そんな中でもこちらに向かって走ってくる如月ははっきりと見える。


 部活動らしい格好や持ち物を用意しなければならない、ということでその手には将棋の解説とかに使うようなマグネット式の大きな駒が握られている。

 

 今思うとあの形は走るのには向いていなかったかもしれない。悪いことをした。


 バトン代わりの駒を持った如月は現在三番目くらいを走っているが、これは猪井や和田が思うように走れなかったせいだろう。


 実際如月に変わってから前にいる走者との距離はみるみる縮まっている。それに伴い声援が増す。


 俺も頑張れ、と応援したい。


 だが、周囲の声援が増すことは、もう少しで最終ランナーの俺に順番が回ってきてしまうことを意味しているのだ。


 如月も頑張っているのだ。今は自分に集中するべきだろう。


 ええと……普通バトンは左手で渡されるから右手で受け取るんだったっけ?


 バトンパスならぬ駒渡しのイメージトレーニングをしていると俺の隣で動きがあった。


 一位の部活がもうバトンパスをしている。ということは——


 振り向くと如月がすぐそこまで来ている。しかも、二位だ。


 こうなったらもうやるしかない。


 俺は緩やかに助走、そのまま加速していく。


 如月が俺の真後ろにつき、そして手のひらほどの大きさの駒が渡され、互いの手が触れた。


「あっ」


 そう声が出たのは俺の口からか、それとも如月からか。


 確かめる暇はない。


 バトンを受け取った俺は走り出していた。


 幸い一位のチームは伸びが悪い。おそらく最終走者までに差をつけておく作戦だったのだろう。


 ——いける。


 全力で走る。


 人間、目標があれば頑張れるものだ。ましてやそれが手の届く範囲なら、尚更。


 そして、


「あと少しですよー!」


 声が聞こえた。


 如月だけではない。多くの歓声に混じって、和田の濁音や猪井の一応気の抜けたような声も聞こえる。


 背中が押されているのだ。期待を裏切るわけにはいかない。


 脚を上げる。地面を蹴る。


 そして予想通り差は縮まり、ピストルがパンと鳴った。


 ああ、やり切った。


 ゴールテープを切った俺は浅くなった呼吸を整える。


 あっという間の短い時間だったが、我ながらよくやったと思う。

 

 力が抜ける手から駒がこぼれ落ちそうになった。かろうじて握りしめると、やっぱり持ちにくい。


 その時、ふと駒を見つめて俺は思った。


 心臓が高鳴ったのは本格的に走る前からではなかったか。


「…………」


 頭が回っていない。酸欠だろうか。


 移動すべく俺が顔を上げると笑顔でこちらに手を振る如月の姿が飛び込んできた。自然と口元が緩むのを感じる。


「——まあ、どっちでもいっか」



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