4話 部員が部室で騒いだ
時が経つのは早いもので気づけば4月中旬になった。新入生の入学式も終了し新しい教室の場所にも慣れ、新生活も割と落ち着いてきた放課後。
部室の扉をいつものように叩く——いや、断りもなく入ってくる奴がいた。
「やあ。今日もしっかりやってるんだね、ヤナギ」
悪びれもせず化学室に入ってきた三木の声がする。
「最近は真面目にやってるだろ。一応ここは溜まり場じゃないからな」
無断侵入もいつものことだ。
猪井と盤を挟んで向かい合っていた俺は顔を動かさず適当にそう返した。
ここのところずっと如月と対局していたからだろう。猪井と将棋を指すのも随分久しぶりな気がする。俺としては如月の成長を見守りたいところだったが、たまにはこうして他の人と一局交えるのも悪くない。
だが、三木が近くにあった椅子を引いたとき、俺は振り向かざるをえなかった。
近くのものとは別にもう一つ、椅子を引く音がしたのだ。
まさか顧問がやってきているのだろうか。
そうであるなら挨拶くらいはしなくてはならない。
ところが勢いよく振り返った俺の目に映ったのは顔馴染みのある姿だった。
「……ここは溜まり場じゃないんだけどな」
化学室の椅子にちょこん、と腰掛けている泉を見て思わずそう口にしてから俺は駒を動かす。
「……あ、詰んでる。まいりました」
今の一手で負けに気づいた猪井が頭を下げてくる。俺も「ありがとうございました」と軽くお辞儀をしたところで三木がこんなことを言い出した。
「あれ、入部希望者はいないの?」
「まだ誰もいないよ。体験入部も今日から始まったばかりだしな」
「へぇ。珍しいね。他の部活は結構来ているみたいだけど」
「らしいな。まあ、他にも華やかな部活は沢山ある。地味そうなこの部活は人気がなくてもおかしくはない。それに」
と、俺が言葉を切ったところで教室中に咆哮が響き渡った。
「——あ゛ーっ!!! もう一回! もう一回!!」
「こういうのもあるしな」
「あれ同じクラスの和田くん、だよね……?」
和田のあの挙動をお初にお目にかかったのだろう。あり得ないものを見た、といった感じの泉は、俗に言うドン引き状態になっている。
「よくある光景だけど……そういえば最近大人しかったよね。どうしたんだろう?」
「多分クラスが落ちたから、だろうな。あれが平常運転だ」
えっ、というように泉がこちらに顔を向ける。
だが泉の反応が普通なのだ。
俺たちが冷静なのは、感覚が麻痺してしまったのだと思う。
泉みたいに初々しい反応をしていた頃があったんだよな、としみじみと感じ入りたいところだが、鼓膜に入ってくる和田の声が邪魔する。
……撤回。やっぱり迷惑だ。
これ以上騒がれてしまうと顧問どころか他の先生を呼び寄せてしまう。それは流石に俺の本意とするところではない。
あと……机の向こう側にはたった今和田に膝に土をつかせた如月がいる。
いつもと同じような表情だが少し困惑しているようにも見える。何度も和田と対局し続けているのだ。その度にオーバーリアクションをされてはいくら如月でも疲れてしまうだろう。
ここら辺が潮時だ。
重い腰を上げ立ち上がると俺は喚く和田のいる机まで行く。
「和田。そろそろ負けを認めたらどうだ」
「い゛やだ!」
「散々やっただろ。いつまで続けるつもりだ」
「そんなの決まってる! 俺が勝つまで!!」
「……はぁ。後から始めた人に負けて悔しいのは分かる。でもみっともないぞ」
「はぁ゛? 負けてないから! 戦法の相性が悪くてちょっと連敗してるだけだから!!」
……二人を戦わせたのは失敗だったのかもしれない。
「ヤナギ。二人は今までも戦ってるはずだよね?」
頭を抱える俺にやって来た三木が聞いてくる。
どうして今日だけ、と言いたいのだろう。
「今までは駒落ちっていうハンデ付きだったからな。それに今回は団体戦の順番がかかってる——和田。如月も疲れてるだろうから今日はここまでにしよう。別にお前が
「
「——は、はい」
「まだ、指せるよね!?」
「えー、その、少し疲れたかもしれないです……」
そう言いながら如月はこちらに助けを求めるような目を向けてくる。
あんな目をされたら助けないわけにはいかない。
「俺と指そう。勝ったら大将やっていいから」
「——よ゛っしゃやろうぜ! 今すぐやろうぜ!!」
掌の返しようが凄い。
「じゃああっちの机でやるか」
「いいぜ! でも、如月さん、今度指すときは絶対に負けないからな!!」
「はい。楽しみにしていますね」
あれだけ指しておきながらまだそんなことが言えるのだから如月は心優しいのだろう。
俺だったら当分指したくなくなるかもしれない。
とりあえず、これ以上如月に迷惑をかけないように今度は俺が相手をするか。頑張ってくれた分、俺もやらなけらばならない。
小さな積み重ねが信頼関係を生む上で大切なのだ。
そして和田が騒いだのは俺のせいでもあるからな。
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