3話 スーパーでエイプリルフールを疑った
フライング気味の学校生活も数日が過ぎ、暦は4月頭の日。
いつものように押し切られる形で俺はスーパーのバックヤードでありえない話を聞いていた。
「実は今日、如月君のお父さんが帰ってくるんだ」
「……あー、そうなんですか」
店長の岩崎の話を聞きながら俺は目を細める。
今日は何の日か。
それ知っていれば疑うのも致し方ないと思う。
俺は壁に掛かっているビッシリと赤文字で予定が書き込まれたカレンダーを眺める。
4月1日。
そう、エイプリルフールだ。
今すぐダウト、と叫びたい。だがそうは問屋が卸さない。
何せ如月父は以前急に帰ってきた、という前科がある。
それに岩崎は果たして嘘を伝えるためだけに俺をここまで連れてくるだろうか?
わざわざそんなことをせずとも店内で一言声かけするだけでいい。それだけで悪戯心は満たされるだろう。
嘘にしてはやけに回りくどい。
俺が岩崎の顔色を伺おうとすると、おもむろにPCを取り出しているところだった。
「まだ少し時間があるからくつろいでいてよ」
それだけ言うとそのまま向かい側でカタカタとキーボードを打ち始める。
……これ以上の詮索は無理そうだな。
諦めて来客用のソファに深く腰掛けたまま顔を上に向ける。
シンプルな照明と無機質な天井だ。
……というか、そもそも何で俺は連れてこられたんだ? 部外者は引っ込んで束の間の親子水入らずの時間を過ごせばいいだろうに。
そう思った直後、打鍵する音をBGMに岩崎の声がした。
「こっそりと娘の働いている姿が見たいんだって。そこで柳沢君には彼女に気づかれないよう協力して欲しいんだよ」
「協力、ですか……」
知り合いの店とはいえ、自分の預かり知らぬところで娘が働いているのだ。
心配であることは疑いようがない。
岩崎もその気持ちに応えたかったが、まさかこんな私的なことに従業員を巻き込むわけにはいかない。仮に快く許してくれてもその間は業務が止まるわけで仕事に支障をきたしてしまう。
だから部外者である俺を選んだのだろう。
……まあ、如月にはこの前勉強を教えてもらった。ここらでその恩を返しておくのもいいかもしれない。
「わかりました。具体的にどう協力すればいいんですか」
「後で伝えるよ。それまではゆっくりしていていいよ」
そう言われてしまうと俺も会話に困ってしまう。
言われた通り少し気を緩めていると、ふと突拍子もない考えが浮かんできた。
——もしかすると単に愛娘のエプロン姿を見たいだけ、という可能性もあるよな。
思わず小さく肩をすくめてしまう。
どちらにせよ、この状況から俺に出来ることはない。
まあ、一応。
念のため身なりを整えておこう。
俺が服の裾などを気にし始めた直後だった。
「——来たよ」
背筋に稲妻が走った。
思わず姿勢を正してしまった俺に岩崎はPCをくるっと回転させると何やら画面を見せてくる。
「あれ、柳沢君もいるのか」
ノートパソコンの液晶には忘れもしない、如月父の姿が映っている。こちらの様子が見えているから録画映像ではないはずだ。
「……これ、どういうことですか?」
「私が聞きたいよ。君がいるなんて私は一言も聞いていない」
俺たちは岩崎に視線を向ける。
当の本人は手をひらひらとさせると口を開いた。
「エイプリルフールだよ」
……随分とタチの悪い嘘だ。
同じことを考えたのかスピーカーから如月父のため息が聞こえてくる。
「ごめんごめん。悪いと思ってるよ。でも半分は本当の話さ。今、向こうにいる如月君のお父さんと中継がつながっている。そしてこれから柳沢君がこの無線カメラを——」
「なるほど。そういうことだったんですね」
岩崎の言葉を遮るようにして出入り口の扉が開け放たれた。
「——き、如月君?」
あろうことかそこにはターゲットが立っていた。
想定外だったのか岩崎がわかりやすくうろたえる。
「どうして……この時間は表に出ているはずじゃあ……」
如月はおしとやかに微笑むといつものように告げる。
「岡本さんに用事があるから代わってと頼まれたので先に入っていたんです。今終わったところですよ。それより——店長?」
「うん、何かな……?」
「昨日仕事が終わらないって言っていましたけど、どうなったんですか?」
「あー……う、うちはフレキシブルだから……」
「シフト表もまだもらってませんよ。普段はもう少し早く出していますよね。私が岡本さんと代わったのもそれが理由なんですけど」
「…………丁度今からやろうと思ったところなんだよね」
いそいそと立ち上がると岩崎は身の回りの書類を片付け始める。
「岡本さんが困っていたのでなるべく早めにもらえると嬉しいです」
「……善処します」
すっかり立場が逆転した二人を見ている中、スピーカーから如月父の声が聞こえてくる。
「柳沢君。もしかして君もここでバイトをしているのかい?」
「いや、してないですね」
「その割には馴染んでいる気がするんだが……」
「彼はこの店のお客さんだからね。そして僕や一部のパートの方の友人でもある。ここにはしょっちゅう来ているんだよ」
そう説明する岩崎に如月父は息を吐くように言葉を返す。
「……お前のところは本当に自由だな」
「大事な愛娘を働かせるには雑すぎるかい?」
「いや……肩の力を抜いて働ける。これくらいが丁度いいんだろう」
「そりゃどうも」
そう告げると岩崎は俺を見た。
「どうだい。柳沢君もここで働いてみる?」
俺は少し考えてから首を横に振った。
「遠慮しておきます」
学生の本分を果たしてない俺にそんな余裕はない。
それに、岡本の要らぬお節介も増えると思うと身が保たないし。
答えたとき、如月が少し残念そうな顔をした。
話し相手が欲しかったのだろうか。
それは申し訳ない。
埋め合わせではないがその分、部活とかではもっと話すようにしようかな。
そう考えながら俺の新学期初日は過ぎていった。
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