12話 帰還

 クラス会は終わりの時間を迎えた。後片付けを済ませ、担任が簡単な音頭を取ったのちに自由解散。


 解散になった瞬間に早足で俺は駅へと向かった。


 自由解散とは名ばかりのものだ。各々が帰路についているように見えてその実仲のいい者同士で固まって会話を弾ませながら駅に向かう。


 もし俺がこの波に乗っていたのなら、とても居心地の悪い思いをしていただろう。


 三木はゴシップを嗅ぎ付けられたらしく同級生に幼なじみを紹介していた。噂を聞き訪ねてくる人はそのまま芋づる式に増えるだろうからあいつとのんびり帰ることは出来ない。その際は泉がその近くにいることになる。


 人気のある如月は言わずもがな。常日頃から羨望の眼差しを浴びている。誰も逃したくはないだろうし、普段クラスが違うから皆ここぞとばかりに近寄りたいはずだ。


 もちろん三人とも俺と話すことはあるかもしれないが、ずっと、というわけにはいかない。特に泉と二人で残されたら俺は何を話して良いかわからない、という心配もある。


 それなら最初から一人で帰ったほうがいい。


 普段出歩かない夜の歩道を一人で帰るというのも楽しいものだ。会話に気を取られて発見できないものや、時間が移ってことで変化したものに気づくことができる。


 駅までの長い一本道。緩やかに風を切る早歩きに伴って流れていく景色の中、俺はその筆頭とも言うべき存在に目を奪われていた。


「……綺麗だな」


 ポツン、ポツン、と点在する街灯に照らされる桜。

 ここが田舎だということもあるのだろう。

 控えめな照明だったが、だからこそ夜桜は闇夜に映えていた。


 これを独り占めできるのだから一人で帰るのも悪くない。


 そう考えた直後、ぶわっ、と一際強い風が吹き花びらが俺の目の前を舞った。


「……そういえば、如月を花見を誘う約束していたな」


 昼間と比べて桜は若干散っているようにも見える。


 時間が経ったから当然なのだが、もう楽しめる日はあまり残っていないのかもしれない。


 一人で帰るのも悪くはない。


 悪くはないけど……


 なんとなく疲れてしまった俺は足を止めた。


 ……何やってるんだろうな。


「はぁ……」


 早歩きをやめたからだろうか。自分の足音も、わずかな風を切る音すらもなくなった道で俺のため息がやけに響いた。


 その時、背後から別の音がした。


「——柳沢さん」


 俺は勢いよく振り返る。


「やっぱりこの走り方、いいですね……」


 そこには息を切らしながらこちらを見る如月がいた。


 楽しい時間はあっという間に過ぎるとよく言う。


 俺が如月と一緒にジョギングをした時のことはついこの前のように思えた。


「……よければ途中まで、一緒に帰らないか?」


 気づけば俺はそんな言葉を口にしていた。


***


「…………」

「…………」


 月の下を無言で歩く。


 川の向こうに桜が並ぶ光景は少し先で途絶えている。


 それは駅までの道のりが残りわずかであることを意味していた。


「……桜、綺麗ですね」

「……そうだな」

「今日お花見の約束をしましたよね」

「したな」

「やっぱりなしでいいです。私はこれで満足です」

「……そうか」

「はい。一番綺麗だと思います」


 それっきり会話が途切れる。


 何か話さなければ。


 しかしそう考えている間にも歩ける距離は縮まっていき、遂に駅まで到着してしまった。


 少し古びた設備の中、近代的な電光掲示板が目に留まる。


「次の電車は——」

「すぐですね」


 急いで電子マネーをかざす。

 誰もいない改札にピッ、と二人分の電子音が響いた。


 ホームに降りると待ち構えていたかのように電車が入ってくる。


 この時間ということもあり車内はかなり空いていた。


 よりどりみどりの中、目についた座席に腰を下ろす。


 すると如月は俺の真横に腰掛けてきた。


 直後プシュー、とドアが閉まり心地よい揺れと共に電車が進み出す。


「……そういえばポニー牧場行けなかったな」


 他に言うべきことはいくらでもあるはず。


 しかし言葉に出来たのはそれだけだった。


「……はい。でも私、満足です」

「そっか」


 ガタンガタン、とリズムに合わせて揺れる車窓からは夜の街並みが見える。

 それはまるで星のようで、気づけば銀河鉄道の夜を連想していた。


 あの話は最後、どうなるんだっけな。


 深い記憶を辿ってみるが答えは出ない。


 そうだ、こういう時こそ如月に聞くべきなのだろう。


「如月。銀河鉄道の夜って最後、どうなるか覚えてるか?」


 隣に目をやる。


 如月は目を閉じ寝息を立てていた。


 今日はかなり体を動かしたし、仕方ないか。


 あまり見つめるのも失礼だろう。

 俺が再び視線を窓の外に移そうとしたとき、ぽすっ、と俺の肩に軽い衝撃があった。


 頭を俺に預ける形で如月はすうすうと寝続ける。


「——ふっ」


 何故だろう。

 自然と俺の口から笑みのようなものが漏れてしまった。


 なるべく体を動かさないようにしよう。


 そう心に決めて電車の揺れに身を任せる。


 ……何だか、俺まで眠くなってきた。


 かくいう俺もかなり疲れているのだろう。


 そう。まるでプールの後みたいに全身が重い。


 寝てはいけないのは、わかっている。

 でも、目を閉じるくらいなら。


 それくらいなら、してもいいよな……




〜あとがき〜

 ここまでご覧いただきありがとうございました。

 この章が始まってからかなり更新頻度が落ち期間が空いてしましたが、今回もみなさまが読んでくださったおかげで続けることができました。


 それから読んでくださるだけでなく、ブックマーク、星、いいねなどの温かい応援をしてくれる方々。本当にありがとうございます。大変励みになっています。

 

 今回は区切りがいいということでこのような場を設けさせてもらいました。

 もしまた機会がございましたら同じ形で感謝の意を伝えさせていただくかもしれません。


 さて、今後の予定ですが、もう少しだけ二人の日々を紡いでいけたら、と考えております。

 もう一歩踏み込んだ関係になるにはまだまだ時間がかかるかもしれませんが、あの二人なら必ずたどり着くことでしょう。


 またお会いできることを心から願って「あとがき」とさせていただきます。

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