11話 矛盾

「いや、ヤナギ。君は一つ大事なことを忘れているよ」


 俺が顔を上げると火を挟んだ向こう側に三木がいた。


「盗み聞きなんて趣味が悪いな」


 というよりどこから見ていたのだろうか。

 ことと次第によってはこいつの記憶から直近数分を抹消しなくてはならないが……まあ「俺の顔が赤い」と言われたら火をいじっていたからと答えればいいか。


「たまたま聞こえただけだよ」


 幸いなことに俺の顔は見えていなかったのか、三木は軽く肩を竦めるといつも通りの調子で言葉を続けた。


「それよりヤナギ。せっかくのBBQなのに食べないのかい?」

「食べてないわけではないけど、そうだな」

「そうそう。冷める前に早く食べたほうがいいよ。そのナイアガラ一歩手前のやつ」


 三木は避けておいた俺の皿に目をやる。


 確かにその上には、山のように肉や野菜が積まれている。

 火に俺がかかりきりの間、気の利くクラスメイトがよそってくれていたのだ。


 これはありがたいことではあるが、生憎俺は手が離せないので少量づつしか食べられない。


 加えて空にしてもテーブルの上に避けておくだけで、気づけばまた盛られているのだ。わんこそば方式なのかと内心ツッコミしつつ放置していたら、その結果がこれだ。


 俺は二郎系ラーメンのようになった皿を手に取る。


 落ち着いた今なら食べられる。


 しかし、肉の油とソースが混ざってまさに混沌。綺麗に盛り付けられているわけでもないので今にも崩れ落ちそうだ。


 どう食べたものか、と考えていると三木の声が聞こえた。


「ああ。これよそった人からの伝言ね。頑張ってたからヤナギには肉、サービスだってさ。他の人より少し多めらしいよ」


 なるほど。


 ……新手の嫌がらせだろうか。


 一瞬そんな考えがよぎったが俺の中のイマジナリー柳沢亢はすぐに首を横に振った。


 お世辞にも俺はクラスにとても馴染んでるとは言い難い。

 だが、同時に少なくとも嫌われるようなことはしていないはずだ。これは純粋な厚意なのだろう。


 いずれにせよ、しゃがまないといけないような場所では食べられない。

 どこか腰を落ち着けられて火の様子も見えるいい場所はないだろうか。


 理想の環境を探すべく俺は立ち上がった。


「あ〜、効く」


 筋肉が伸び、足の先に集中していた力がほぐれる感覚に声が出てしまう。


 夢中になっていると体が固まっていることに気づかないものだ。

 俺の体には相当負担がかかっていたらしい。


 やはりずっと同じ姿勢でいるのはよくないな。


「ヤナギ、軍手預かるよ」


 三木が手を差し出してくる。

 

 そういえば今まで馴染みすぎて忘れていたが、俺の手には炭で黒く染まった軍手がはめられている。


 火傷等を防いでくれる便利なアイテムなのだが、これを着けていると食べにくいし、うかつに顔や肌に触れると黒い汚れが移ってしまうので出来ればポケットの中にも入れたくない。


「助かる」


 軍手を外すと俺はほい、と三木に投げ渡す。


「それじゃ食べておいで。飲み物は向こうにあるから貰ってくるといいよ。なにせヤナギは今日一番の功労者だ。火で喉も乾いてるだろうしちょっとくらい多めに注いでもバチは当たらないよ」


 言われてみると喉がカラカラだ。だからあまり食べる気にならなかったのだろう。


 紙コップを手に俺は早足で2リットルペットボトルが並ぶ場所へ向かう。


 お茶、乳飲料、炭酸、オレンジジュースなど割りかし色々揃っている。紙コップや保冷バックまで用意されており、俺たちの班以外にも色々準備があったというのは本当のようだ。


 さて、どれにしよう。


 俺はざっと目を通してからお茶をセレクトした。


 選んだ理由その一。他のものはほぼ空に近いのに対し、お茶は余っている。


 その二。あの肉の量ではお茶以外だと口の中がひどいことになりそうだから。


 誰かが飲まなきゃいけないし、丁度いいだろう。

 

 また来るのが面倒なのでギリギリまで注いでから俺は慎重に復路へついた。


 表面張力と格闘しながら歩いていると、俺の耳に会話が飛び込んでくる。


「へー、ここまで燃えても炭ってなかなか崩れないんだね」

「ねぇ、一真。私にもやらせてよ」


 ——まさか。


 競歩のように戻ってみると、三木がさっきまで俺がいた位置、炎の前で火ばさみを手にしゃがんでいた。

 しかもその隣には泉までいる。


 離れていた時間はものの数十秒しかない。


 これ、確信犯だな。


 思えば三木は俺に軍手を渡すよう要求していた。


 だが別に渡さなくても外して机の上に置くよう注意するだけでもよかったのではないだろうか。そうするほうがずっと自然だろう。


「楽しそうですね」


 いつの間にか俺の隣にやって来ていた如月がどこか羨ましそうに言った。


 確かに火をいじるのは楽しい。

 これは原始時代に人間が火を使っていたからその生存本能だからとか、火の揺れかたが電車の揺れのように落ち着く1/fゆらぎに似ている、等々理由があるそうだ。

 

「……やっぱり如月もやりたかったか?」

「いえ。見ているくらいが丁度いいです」


 あれ、さっきまで俺に交代するよう迫っていたはずなのに。

 

 矛盾しているような気がする。


「それに……」


 突っ込んで聞いてみたかったが、如月は言葉を続ける。


「もし私が向こうの立場なら邪魔されたくないですから」

「……そうだな」


 三木から火ばさみを回収することは諦めるとしよう。


 抜け目のないあいつのことだ。怪我はしないだろうし、火傷してもピンピンしているイメージしか浮かんでこない。


 泉も水に落ちて体が冷えたのか長ズボンにパーカーのようなものを羽織っているので心配なさそうだ。


 まんまと向こうの策にハマってしまったことは癪だけどそれは俺の体を気遣ってのこと、ということにしておく。そっちのほうが皆幸せだ。


 腑に落ちる答えを見つけた俺は机に座るとナイアガラ一歩手前の皿に手を伸ばした。

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