8話 挑戦
UFOにさらわれるように如月が上へ消えていく。
といっても、実際は颯爽とロープを掴み腕力と壁を蹴る脚力で身体を上へと運んでいるだけなのだが見えてしまったものは仕方ない。
木を組み合わせて作られたアスレチックは細い丸太を並べ70度くらいの傾斜を描いている。
上から垂らされるロープと、まるで洗濯板のような斜面の丸い突起のみを頼りに上っていくそのアスレチックの頂点に立つと如月は降るべく板の反対側へと消えていった。
毎回あの細い腕の一体どこにそんなパワーがあるのか不思議になるが、今はあの実力をさまざまと見せつけられて、素直にすごいと思うばかりだ。
ここのアスレチックは高校生の俺たちでも気を抜いていると打ち負かされそうなシロモノなのだから。
例えば、ロープウェイのように移動する滑車バージョンのやつなんかは、乗ると滑車が移動し周りの景色が流れていくのだが、うんていのように体重を自分の腕力だけで支え続けなくてはいけない。
すり鉢状のフロアを円を描くようにして走って上るアリジゴクもどきは遠心力を感じられて楽しいが、少しでも足を止めると重力に負けて振り出しからになる。
どれもこれも普段使わない筋肉を使っているような感じがして翌日筋肉痛になりそうなものばかりだ。というか絶対なると確信している。
それくらいハードなものなのだ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ」
……早速犠牲者が現れたようだ。
飛び込んでくる謎のダミ声に顔を向けると、丁度泉が落下してくるところだった。
滑り落ちる際に腹部が段差に引っかかることで、ワレワレハウチュウジンダとばかりに声を震わせているのだ。
幸い勢いは強くないが一度落下してしまうと途中で立ち直るのは難しいのだろう。
ストン、と着地だけきれいに決めて見せるがその小さな手のひらは真っ赤になっていた。
「泉、大丈夫?」
「…………」
三木が声をかけるが泉はこちらを向くことさえしない。
数秒ほど沈黙が続いたのち、泉は思いっきり不機嫌そうな顔をこちらに向けると少し低めのトーンでこう告げた。
「……もう一回やってもいい?」
特に断る理由もない。俺と隣の三木が頷くと泉は再びロープを掴み果敢に傾斜へ向かっていった。
あれだけ手が赤くなっているのによくやるな。
「ヤナギ。何で泉がこのクラス会に参加したか知ってる?」
「……さあ?」
お前がいるからじゃないのか、という言葉を俺は飲み込んだ。
言い返されたらたまったものではない。単に如月は人との触れ合いが恋しいのであって……と一から理屈めいた説明するのも面倒だ。
「諦めないんだよ、泉は」
俺が黙っていると三木は独り言のようにポツリと漏らした。
「失敗しても挑んで挑んで挑み続けて、いつの間にかできるようになっているんだ。ほんと、凄いよな」
泉が参加していた理由を聞いていたはずなのに、話が違う方向へ行っているような気がするのは俺だけだろうか。
「そうなのか」
答えになってないような返事なので適当に相槌を打っておくと三木はニヒルに笑う。
「いずれわかるよ」
何ももったいぶらなくてもいいのに、と思ったがここで聞いたら何だか負けな気がするので興味ないふりをして俺は話を打ち切った。
まあ、幸運なことに後は俺たち以外つっかえていない。
泉の好きにやればいいさ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ」
……また落ちてきた。
それでも三木の言葉通り泉は挑戦し続ける。
もう疲労困憊なのでは、と思ったがここでは意外と疲れを感じないことは自分の身体で証明済だ。
理由はおそらくアドレナリンが出続けているせいだろう。ここのアスレチックは挑戦心をくすぐってくるというかなんというか……思った以上に楽しいのだ。
例えるなら山登りで頂上まで登ったときの達成感に近いものがあって同じように体を動かす体育祭とは別ジャンルの面白さがある。個人的にはこっちの方が好きなのでここで体育祭をやって欲しいとさえ思ってしまうが、それは夢物語に近い。
いくらアドレナリンが出続けているとはいえ、擦りむいたりマメが出来れば痛いし力を込め続ければいずれ手に力が入らなくなる。
あの真っ赤な手のひらを見ると気がかりではあるが、そこのところはどうなのだろう。
「どうしたんですか?」
ふと声がしてそちらを見ると、あまりにも俺たちの姿が見えないせいか如月が反対側から戻ってきてしまっていた。
「あー、悪い。先に声かけておけばよかったな。ごめん」
俺の言葉に如月は「問題ありませんよ」と告げるとアスレチックを見上げた。
「泉さん、苦戦しているみたいですね」
「そうなんだよな。後一歩ってところなんだけど」
でもその一歩が出来たら苦労していない。
そもそも身長が低いのでその分だけリーチが短くなる。必然的に上に行くための距離も増えるのだ。
とはいえ、腕にかかる体重も減っているはずなので結果的には変わらないのかもしれない。
と、側から見て分析するのは楽なのだが、とにかく辛さというのはその人にしかわからないものなので俺がどうこう言っても仕方ないのだろう。
今、出来るのはこうして泉が終えるのを見守ることだけなのだ。
俺がそう納得した直後だった。
「泉さーん! 頑張ってくださーい! 後少しですよー!」
突然の大声に隣を見ると如月が手をメガホンのように口に当てている。
すると呼応するように泉は上る速度を上げる。
「いーずみー! ファーイトー!」
いつの間にか三木も声を上げ始めていた。
……俺も何か言った方がいいのだろうか。
見守ることしかできないと思っていたが応援するという手があった。それは新しい発見だ。でも、それは恥ずかしすぎやしないだろうか。少なくとも出会ったばかりの異性を応援できるほど俺は人間ができていない。
しかし——周りが叫んでいる今なら、少しくらいは声を上げてもいいのかもしれない。朱に交われば赤くなるではないが、出先で友人たちと盛り上がるのも悪くはないのかもしれない。そういう気分になっていた。
だから片手を口元に添えると小さく、でも届けたい人には聞こえるくらいの声量で喉を張り上げる。
「頑張れー」
二つの大きな声援とおまけみたいな俺の声を受け奮い立ったのか、いや、もとより出来る素質はあったのだろう。泉はグングンと上っていき、遂に頂上に手をかけると、
「やったー!」
そう叫ぶなりこちらを振り返りブイサイン、達成感に満ちた笑顔を見せる。
それはまさに、青春の一ページと名付けるのにふさわしい光景だったに違いない。
「ほら、言っただろ? 泉はああいう奴なんだよ」
まるで自分のことのように自慢する三木だったが、一体どの立場から言っているのだろう。親目線にも似たその口ぶりに若干疑念を抱きつつも俺は「そうだな」と返しておく。
「雑な返事だね。でも、近いうちにヤナギも泉と無関係じゃなくなると思うよ?」
どういう意味だ。と思ったが、まあ、確かに三木の幼なじみならこの先再び関わることもあり得るだろう。
そう考えると、皆で応援して俺が小さくではあるが声を出したこの瞬間も決して無駄ではなかったのかもしれない。
諦めないことに定評のある泉のことだ。またあの応援シーンがくるかもしれない。
今度は自分から声が出せるようになれたらそれを成長と呼ぶんだろうな、と妙に大人めいたことを考えていると、ズササササ、とずり落ちる音と共に何度目かの濁音が聞こえてきた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ」
……どうやら反対側への降下に失敗したらしい。
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