6話 現着
現場に到着することを「現着」と略すらしい。
この言葉を初めて聞いたとき売れっ子芸能人やスパイとかが使う業界用語っぽいな、と思った。
理由は単純、両者共に時間に追われているからだ。
元来、略語は時間短縮のために使うものである。
以前テレビで耳にした一文字で会話する方言も外気にさらされる時期を少しでも短くするためにあるというし、俺がそれらの仕事を連想するのもおかしくない。あと、響きからも何となく真面目で厳しい印象を受ける。
と、まあ、俺たちが「現着」してからの流れもそんな怒涛の勢いだった。
——点呼!
——再度集合時間まで自由行動、散開!
——そのまま更衣室!
……何故公園に来て更衣室なのだろう。
流れに飲まれ、ようやく疑問を抱いた頃には俺は既に薄暗い部屋でリュックの中を漁っていた。
周囲を見回すと皆動きやすい服装に模様替えしている。
それは分かる。
ところが、周囲を見ると中には下に水着を着込む奴までいる。というか三木がその筆頭だ。
事前に濡れるものもあるということは聞いていた。
だが、まさかここまでとは思わなんだ。
更衣室の中にはシャワールームまであることから「濡れる」のレベルがひしひしと伝わってくる。
せいぜい安物の水鉄砲くらいのものだと思っていたのでひょっとするとこれはマズイかもしれない。
嫌な予感が、やめておいたほうがいいのでは、と俺に囁く。
上ならまだしも下までずぶ濡れになったら取り返しがつかない。流石に下着の替えなど持ってきていないのだから。
でも……
ふと如月の顔がよぎった。
「思い出づくり、か」
……まあ、濡れなければ問題ないよな。
うん、俺の実力なら濡れない。多分。自分を信じてみよう。自己暗示もあながち馬鹿にはできない。
念のため着替え用に持ってきた半袖半ズボンに袖を通してから俺はアスレチック受付へ向かうべく炎天下に出た。
じわじわと肌が焼かれていくのを感じながら俺は他の参加メンバーが集まるのを待つ。
大人数なので団体料金が適応されるのだ。中に入ってからは自由なのでここは素直に恩恵に与るとしよう。大人数最高、万歳!
期間限定の思いに胸を躍らせている間にも、続々とクラスメイトが集まってくる。
その中で一際目立つといえば、やはりスポーティーな格好になった如月だろう。
あまりジロジロ見るのも品性を疑われるのでサッと視線を外したが、普段より布面積が少ないせいか初雪のような白い肌に加え、髪を結んだことで惜しげもなく晒されるうなじが否応にも周囲の耳目を集めている。
あれだけ白いとなると、しっかりと日焼け止めを塗らないといけないだろう。大変そうだが、うっかり手を抜いてしまうと国宝の損失に等しいので是非とも頑張っていただきたい。
……我ながら変な表現だ。俺も直射日光にやられたかのかもしれない。
そんな如月は現在周囲を女子に囲まれており、何やら微笑を浮かべ話し込んでいる。
時折、話の合間を縫ってはキョロキョロと誰かを探しているようなそぶりを見せているが先生でも探しているのだろうか。気持ちはわかるが我らが担任は入場券の購入列に並んでいるため、入場にはもう少し時間を要するだろう。
それまでの時間で俺は英気を養うことにしている。
何故なら絶対にずぶ濡れになるわけにはいかないのだから……
少し離れた木陰で目を閉じ、精神統一を図っていると遠くで活力に溢れた声が聞こえてきた。
「——コンタクトにしたんだ?」
「うん。落としたら危ないからね」
声の感じから三木と奴の幼なじみのやりとりで間違いないだろう。
ちらりと目をやると三木のパセリみたいな眼鏡はなく、代わりにクリっとした目だけがそこにあった。普段からは想像も出来ないが、あいつは割と顔が整っている。よく眼鏡を外したらイケメン、という人がいるがまさにああいうやつのことをいうのだろう。少なくとも目は3の文字にはなっていない。
「一真。私を見て何か言うこと、ない?」
「何か言うこと?」
「そう」
「うーん……あ、身長伸びたね」
「昔とそんなに変わってないから! ……さっきと違うところ、あるでしょ?」
「あー服ね。うんうん、似合ってる似合ってる——痛っあぁ!」
悲痛な叫びに目を向けると、人混みの中でスネを抱える三木の前に「ふん」っと腕を組みご立腹な泉がいた。
やれやれ。仲のいいことだ。
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