クラス会に参加した
1話 終わりの延長戦が幕開けた
森羅万象、どんな物事にも始まりがあるように終わりというものが存在する。
時々卵が先か鶏が先か、みたいな論争はあるがいずれにせよそこに事象というものがある限りその因果は必ずついて回るものである。
「そろそろこのクラスでの生活も終わりです」
教卓を前にして担任の先生が淡々とそんなことを告げた。
先日三年生が卒業し、短縮授業やそもそもの授業数の減少などその兆候は日を追うごとに増していた、と言えば聞こえがいいのかもしれない。
実際はカレンダーを見れば四月が近づいているのが分かるわけで、生徒は否応にもこのクラスでの生活の終わりをカウントされていたわけなのだ。
こうして口にされるとよりその実感は湧いてくる。
ついにこの時期が来てしまったのだ。
しかし、俺を含めこのクラスの誰一人として悲しむ様子はない。
高校生にもなれば大小人それぞれとはいえ様々なことを経験しているわけで、学年が一つ上がるだけ、という達観しているという理由もある。
だが、実際に理由の大部分を占めているのは自分が既にどのクラスに行くかある程度わかってしまっているからだ。
例えばの話だが、俺と如月が一緒になることはまずあり得ない。
それは何故かと言われれば俺と如月の学力が大きくかけ離れているからだ。
この学校は成績でクラス割りが決定する。
よってある程度貼り出されているテストの結果などで次のクラスがどうなるかも予測できてしまうのだ。
ほとんどの場合、上位層の順位は動かない。
だから相当の番狂わせがないと今いるメンバーが大きく変わることはないわけで、来年の俺のクラスメートは少数精鋭を除いてこの顔ぶれであることはほぼ確定している。
春定番の別れはさておき、どちらかというとこの時期になって俺が嘆くのは時の流れる速度だ。
ぼうっと生きていたわけではない。
それなりに色々あったような気がする。
しかしこうして振り返ってみると瞬く間に一年が過ぎてしまったように感じるのだ。
特に二月中旬からは別の意味で時の流れが早かった。
毎日の出来事を思い出せるくらいその期間は色濃かったはずなのにいつの間にか三月後半に差し掛かっている。
その時俺の思考を断ち切るかのようにチャイムが鳴り響いた。
「えー、それでは授業を終わりにします」
俺はこんな風に時間は過ぎていくのか、と思いながら立ち上がると礼をしようとする。
だがその一連の作業の前にワンクッション担任が声を挟んだ。
「ああ、それからクラス会に参加する人は配布したプリントに名前を書いて早めに提出してください」
そんなものもあったな。
しかしそんなに差し迫ったことでもない。
担任の言葉はすぐに右の耳から左へ抜けていった。
***
「春休みは部活動ってあるんですか?」
放課後の部室で如月が俺にそう聞いてきた。
端的に言えばない。
運動部ならいざ知らず、ここはフレックス制度も顔負けの非常にフリーダムな部活だ。
そう伝えると如月はそうですか、と告げると続けてこう言った。
「では、部活もこれで最後ですね」
その言葉に俺は脳内カレンダーをめくる。今日は木曜で、そのあと土日を挟んで終業式……
「そうか、これで終わりか……」
「私は途中から入りましたけど、それでも少し寂しいですね」
そう言われると俺も隙間風が吹いたような感覚に襲われてしまう。
大量に出た課題に追われこの机で取り組んだこと。
分からない問題を頭を突き合わせ解いたこと。
一人でいる時に如月がたまたま通りかかったこと。
それが原因で如月とこうして向かい合っていること。
同じシチュエーションはあれどもそれら全ては決して戻ってくることはない瞬間だ。
……でも、それだけではない。
考えを整理すると俺は自分に言い聞かせる意味でも言葉を並べる。
「いや、二年になったらすぐに新入生歓迎会もあるし文化祭や大会もある。こんな部活でも意外にやることは盛り沢山だからな」
確かに今年は最後だ。しかしまだ一年生である俺たちには四月以降がある。これで部活とは今生の別れというわけでもないのだ。こんなことで感傷的になってどうする。
「そうそう、その通りだよ如月さん」
突然飛んできた声に俺が入り口をみるとその主はやあ、と片手をあげた。
「三木、覗き見なんて趣味が悪いぞ」
「人聞きが悪いね。たまたま耳に入っただけさ。それに今日は来たくて来たわけじゃないんだ」
「じゃあどういう意味なんだよ」
「先生直々のご命令でね。クラス会の出欠を確認しに来たんだ」
「だからってどうしてお前が」
「僕に言わせる気かい?」
「……分かったよ、聞かないでおく」
担任に配慮されたみたいだな。
そんなに俺は周りから浮いて見えるのだろうか。一応それなりに親しくしているつもりではあるのだが。
「っていうのは冗談で、たまたま僕がそこにいたからだよ」
「よし、ちょっとお前の性格について話そうか」
三木はお茶目に舌をぺろっと出す。
だが生憎そんなの誰も求めていない。
「で、来るのかい?」
すぐに返事ができるようだったらとっくに出しているだろう。
代わりに俺は別のことを尋ねる。
「というかそれって確か紙で提出だったよな」
それに期限まで余裕もあったはずだ。
ところが三木は肩をすくめる。
「もう全員出しているみたいだよ。あとはヤナギが出せばそれで終わり。そうすればすぐ会場の予約が出来るんだってさ」
俺待ちということか。それは若干申し訳ない気もする。
「いいですね、そちらのクラスではそんなこともやるのですか」
「如月のクラスは何もないのか?」
「私のクラスはそういった楽しそうな空気は一切ないので……」
「あー、確かにそんな感じはするな」
成績が最上位のクラスともなると浮かれている場合ではないのだ。そんな暇があったら勉強をしなければならない、という空気なのだろう。
「どんなことをするんですか?」
「バーベキューらしい」
「それだけじゃないよ。その公園にはアスレチックやポニー牧場とか釣り堀もあるんだ」
「ポニーですか、素敵ですね」
ポニーと聞いて如月が目を輝かせる。
もし如月に馬のような尻尾がついていたのならぴょこぴょこと動いているのだろう。
「いるのは何も馬だけじゃないよ。他にもウサギやモルモットもいるらしいんだ」
「ハムスターもいるんでしょうか」
やはり可愛いものには弱いのか、如月は若干うずうずしているようにも見える。
「流石にそこまでは僕も知らないな」
三木は苦笑したように笑みを浮かべると「それで」と続ける。
「ヤナギは行くの?」
「それなんだけど、正直迷ってるんだよな」
「どうして?」
「どうしてって……特に理由はないけど」
俺はクラスの人とそれなりに上手くやっているつもりはあるが、そこまで仲がいいわけでもない。
だから何となく一歩踏み入ってもいいのだろうか、という葛藤があるのだ。
踏み越えたら何でこいつ来たの、みたいな空気になりかねない。
それに純粋に行って楽しめるかどうかも分からない。
心のどこかでそういった施設ものは子供騙しだろう、とささやきが聞こえてしまう。
やっぱり俺はいいかな、結論が固まってきた時だった。
「行った方がいいと思いますよ」
如月が真っ直ぐ俺を見て告げた。
真意を尋ねようとすると如月は差し出がましいと思ったのか恥じるように少し顔を朱に染めた。
「あ、いえ。もちろん無理して行く必要はありませんが……先ほど終わりについて話していたからでしょうか。そういうのも大切な思い出だと思ったんです」
「そうだよヤナギ。こういうのは思い出作りなんだ。他人のことなんか気にしないで楽しんだものが勝ちさ」
「……その様子だとお前は行くんだよな」
「もっちろん」
俺の質問に三木は親指を立てる。
「……まあ、どうせ予定もないし行ってみるか」
「よしっ、そう来なくっちゃ!」
三木は景気よくそう告げると部室を後にした。
二人だけになった部室で如月が微笑む。
「後で何があったかお話、聞かせてくださいね」
世の中には行きたくても行けない人もいるのだ。それならば俺はその権利を使うべきだろう、なんていうのはひどく偽善的な建前だ。
要は俺は背中を押して欲しかっただけなのかもしれない。行ってもいいよ、という保証書が欲しかったのだ。
事実、最初から俺はそこまでクラス会に対し嫌な気はしていなかった。
そう考えると二人には感謝しなければならない。
俺は如月にこう返した。
「……覚えていたらな」
まあ、とりあえず機会があったらポニー牧場で写真でも撮っておこう。
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