2話 AM8:52 遭遇
風の噂によるとクラス会を行うにあたり、準備の役割分担をするらしい。
どんな内容があるか詳しくは知らない。しかし気づけば俺がいるグループは食材の買い出しに割り当てられていた。
いつの間にかグループのリーダー的なポジションに就任していた三木によると当日は早めに集まり、公園近くの駅前集合になるらしい。
そんなこんなでクラス会当日を迎え、通勤ラッシュを少し過ぎた時間帯、ガタゴトと電車に揺られること数十分。
待ち合わせ場所に指定されていた駅のホームで俺は降りた。
電車内でも薄々感じてはいたが、ここはお世辞にも利用客が多いとは言えない。
周辺の景色も比較的緑豊かになっている。
こういうところでないとアスレチックなど広々とした施設を作るのが難しいのだろう。頭ではそうわかっているのだが、あまりにも風通しがいいため本当にこんなところにあるのか少し不安になってきた。
……とりあえず、他のメンバーと合流しよう。
旅は道連れ、世は情けというように誰か知っている人がいれば不安感も和らぐはず。約束の時間まであまり時間も残っていない。
殺風景なホームでは階段はすぐに見つかった。
コンクリート剥き出しの裏側がこちらに向いており、ぐるりと回り込まなければならない。
これは俺だけかもしれないが、階段までストレートに行けない場合、なんだか損をした気分になる。
それを帳消しにすべく俺は早足で移動すると誰もいない階段を駆け上がった。
あとはタッチ&ゴーなのだが、改札を出る直前、その勢いが止まってしまう。
目の前に現れたICカードをタッチする人の後ろ姿、それがあまりにも如月に似ていたからだ。
深く帽子をかぶっているが、改札から出て曲がる時に見えたその横顔もまさに如月そっくり。というよりあれは本人じゃなかったら怖いレベルだ。でもどうしてこんなところにいるのだろう。
やけに似合っているパーカー姿を眺めながらそのまま流れに身を任せているとすぐに集合場所である駅目の前のスーパーに着いてしまった。
スマホを手に取る。時間も時間だしこれ以上道草を食うことはできない。
近くのベンチに三木の姿を確認した俺は追跡を諦め、駆け足で向かう。
「よう」
軽く声をかけると三木も片手をあげて返してくる。
ラフな格好もあいまってかとても気さくな人間に見えるのだが、一歩間違えればキャンパスライフを謳歌するイケイケ大学生だ。人は見た目が八割、あながち間違っていない。こいつはハワイに行ったらアロハシャツを着るタイプだと思う。
そんな常夏がお似合いの人間は頭の中もトロピカルなのか開幕いきなり不思議なことを言いだした。
「ヤナギは同じ電車だったんだね」
「同じ電車? お前と俺が?」
そんなはずはあるまい。現に三木はそこにいるではないか。駅のホームを猛スピードで移動していたらそれこそ目に留まるだろう。
すると違う違う、とばかりに三木は手をひらひらさせる。
「僕とじゃなくて如月さんとだよ」
「ああ、なるほど」
そうなるとやはりあれは如月だったのか。
俺はどこか安堵している自分がいることに気づいた。
本物ならばそれでいい。幻覚だったらどうしようかと思った。
「しかし意外だよな。こんなところで如月に会うなんて。どんな確率だよ」
するとその言葉に三木は眉を潜めた。
「どういう意味だい?」
不思議なことを言う。
そんなこと、決まっているだろう。
「こんな田舎に如月が来たことだ。まあ、おおかた友達か親戚でも住んでいるんだろうな」
うんうん、と俺が頷いていると三木が口元をニヤリ、と歪ませた。
「——なるほど。でもヤナギ、残念ながらそいつはとんだ見当違いってやつだよ。その様子だとやっぱりまだ聞いてないんだね」
「聞くって何をだ?」
「僕から言えることは何もない。こういうのは本人の口から、直接聞くといいよ」
直接って……もう如月は遠くへ行ってしまっただろ。
今頃は少し先に見えるあのミニチュアのように整然とした住宅街の中を歩いているに違いない。
しかし悪癖を持つ友人は答えを言わない。代わりにちょいちょい、と意地悪そうに僕の肩の上の方を指差した。後ろを見ろ、ということなのだろう。
「ったくもう、何だよ」
聞き出すことを諦めた俺は上半身だけを使って後ろを見た。
そして、バッチリ目があってしまった。
互いに硬直したのち、先に回復した彼女がまごつきながらも頭を下げる。
「——お、おはようございます……」
「…………おはよう」
辛うじて返事をしたものの未だこの状況を受け入れられない。
俺の背後に如月が立っていた、なんて誰が想像出来ようか。
「その、黙っていてすみません。実は三木さんにお声がけいただいて私もクラス会にお邪魔させてもらうことになったんです」
へぇー。なるほど。
「——三木。何か俺に言うことはないか」
「うーん、いいサプライズだったでしょ?」
「…………どうして教えてくれなかったのか参考までに聞いてもいいか」
「聞かれなかったからね」
よくもまあいけしゃあしゃあと。
これは後でじっくりと話をする必要がありそうだ。
そう思った矢先に三木を弁明する声が上がった。
「私が三木さんに秘密にするようお願いをしていたんです、柳沢さんを驚かせたかったので……」
本当か、と俺は三木を見る。
すると三木は小声でこんなことを言った。
「付け加えるのなら本当に他クラスの自分が参加してもいいのか如月さんは不安そうだったよ。申し込んでお金も払ったっていうのに最悪欠席することも考えていたみたいだし。まったく、先生の許可も降りてるっていうのに心配性だよね」
すうっと俺の中で溜飲が下がっていくのを感じた。
そういう事情があるのなら仕方ない。
「ところで如月は俺の前を歩いていたはずだよな。後ろにいるのは何でだ?」
「もしかしてだけど奥の方の入り口に行こうとしてたのかな。店の前って言っても色々あるからね。ま、何はともあれ合流できてよかったよ」
普通は手前の入り口だと思うはずだがそういうものなのだろうか。
その答えは如月が教えてくれた。
「確かに向こうの入り口には行こうとしました。ここには見たところそれらしい人影がなかったので。でも声が聞こえたので戻ってみたら、という具合です。実際は三木さんがいたのですけれど、服装が大人びていたので別人かと……」
そういうことか。納得納得。見間違えても致し方ない。
それにしても如月も参加しているとは驚きだ。どうやらクラス会とは名ばかりのものらしい。
「他にも他クラスの奴はいるのか?」
俺は三木に聞いてみると非常に簡素な言葉が返ってきた。
「いるよ。そこに」
そして三木はベンチから立ち上がる。
「そろそろ開店の時間だ。泉、全員揃ったし店入るよ」
「はーい!」
すぐ近くから声が聞こえた。
そちらの方を向くと丁度、少女がスマホから顔をあげたところだった。
「あっ、初めまして。
ずっとスマホをいじっていたため完全に部外者だと思っていたその少女はタタタ、っと駆け寄ってくると、元気よくぺこり、と頭を下げてくる。
背丈から見ると中学生くらいだろうか。まさかとは思うがこのクラス会、学校は愚か年齢すらも超越してしまう代物なんてことは……
「ヤナギ、一応同学年だからね?」
「だよな」
こそっとされた耳打ちのおかげで正気を取り戻した俺は改めて泉と名乗った少女を見てみる。低い身長にあどけなさの残る顔はやはり高校生とは思えない。
「如月です。こちらこそよろしくお願いします」
如月の挨拶に泉は顔を輝かせる。
「知ってますよ、有名人ですもんね。美人で成績も優秀で、本当に凄いです!」
「そんな、私なんて全然……」
突然の憧憬を受け一歩引く如月に泉は詰め寄る。
「謙遜しないでください。それで全然だったら私はどうなるんですか」
「……ごめんなさい」
「いえいえ、気にしないでもらえれば。それで、その人が柳沢さんですか?」
「俺のことも知っているのか」
ふぅー、と俺は細い息を吐く。
やれやれ、有名人は辛いな。
「はい、
「……なるほど、三木か」
そもそも俺は名を馳せるようなことは何もしてない。わかってる、ただ乗ってみただけだ。
「呼び捨てでもいいですか?」
「まあ、そうしたければお好きに」
「じゃあそうするね。よろしく、柳」
「あ、ああ。よろしく」
愛称で呼ばれるということは多少なりとも親睦を深められたようだ。
これなら何とか今日一日くらいはうまくやっていけそう、と安堵していると三木の声がした。
「ほら、三人とも。早くしないと置いてくよ」
「あ、ちょっと一真、待ってよー!」
聞こえるや否や、元気を溢れさせながら泉は三木の元へと向かう。
同年代なのに若いなぁ、と思いながら俺たちもその後を追った。
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