29話 行方を決めた
しかし既に夜は更けている。
今から本格的に対局を行うと明日の行動に差し支えるだろう。
同じことを思ったのか対戦相手は提案してくる。
「15分切れ負けでどうだい?」
15分切れ間け。
それは互いに持ち時間を15分づつ所持しその時間内に指すというもの。
自分の手番の時にのみカウントが進み、使い切ったら負けとなる。
文字通り、どんなに長びいたとしても二人で合計三十分。
そして条件も対等。
断る理由がなかった。
俺が首肯するとすぐに対局は始まった。
「お願いします」
「お願いします」
今回は如月の手が空いていることもあり、ビデオ通話したまま行なっている。そのため、お互いの声が聞き取れるようになっている。
そして数手指して俺はこの相手を倒さねばならない敵であるとはっきり認識した。
如月父が飛車を横に動かしたのだ。
——こいつ、振り飛車か。
居飛車党として俺はこの戦い、譲るわけにはいかない。
気圧されぬようパチン、とコマを力強く打った。
***
「……参りました」
「ありがとうございました」
対局が終わった。
結果は、俺の負けだった。
惜しいところまで行ったのだが、あと一手というところで取り逃してしまった。
向こうに見えているはずもないのに俺は頭を下げた。
悔しい。
如月父の声が聞こえる。
「なかなかいい筋していたけどね。私の勝ちだ」
くっそ。上から目線なのが腹たつ。
でも負けは負けだ。それは潔く認めるべきだろう。
……でもこれで俺もお役御免、か。
なんだか少し寂しいな。
俺は如月と関わらない生活を想像してみようとする。
しかし、そこにあるのは無だった。
……あれ、俺は如月と会う前、どんな生活をしていたんだっけ……
色褪せた世界を必死に思い出そうとする。
そんな俺の耳にするり、と如月父の問いが入ってきた。
「……令とはどんな関係なんだ」
そんな問い、考えるまでもない。
「かけがえのない存在です」
「それは友人としてか」
「……友人、以上の存在かもしれません」
俺は考えのまとまらないまま言葉を紡ぐ。
「俺は如月とつい最近知り合ったばかりです。でも、それから話すようになって、段々と如月の知らない一面を知るようになって、俺は楽しかったです。おそらくそれは普通の友達、という関係ではないのでしょう。ただ、俺は友人よりももっと上の、尊いものであってほしいと俺は思っています」
悔しさと、やるせなさで最後の方は声が震えていたかもしれない。
ああ。何を言ってるんだろうか、俺は。
こんな取り留めもないようなことを口走って何になる。
偉そうなことを語っているが中身は空っぽ。
まるで俺の如月と会う前の人生みたいだ。
「君は負けた時、しっかり参りましたと言ったね」
「……はい」
でもそれが一体どうしたというのだろう。
「それは大切なことだ。人はなかなか自分が負けたことを認めようとはしない。大切なことがかかっているのなら尚のことだ。当たり前のことかもしれないが、それは貴重なことだよ」
如月父は一拍置くと言葉を続ける。
「それに負けて泣ける人は強くなる。それができる人もなかなかいない」
そして最後にこう結んだ。
「私も、娘の信じた人を信じよう」
世界が急変したのを俺は感じた。
「お父さん……」
如月も安堵したような声を出す。
「よければ明日、令の話を聞かせてくれないか。二人でやったことは色々あっただろう。他でもない令の近くにいた君の口から聞きたいんだ。いいかな?」
「——はい!」
俺は今日一番の返事をもって答えた。
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