27話 意外な連絡があった

 それはホワイトデーまであと二日残した金曜日の夜のことだった。


 公式アカウント以外ほとんど通知の来ない僕のスマートフォンがにもシンセサイザーにも似た甲高い電子音を奏で、俺の心臓が飛び跳ねた。


 突然すぎて寿命が縮まったかもしれない。

 手に取ってみるとどうやら如月からのメッセージがあったらしい。


 はやる鼓動を抑えてロックを解除すると如月のシンプルな文面が飛び込んできた。


『すみません』


 すみません……?

 さてはて、何のことだろうか。思い当たる節が全くない。


 だがこうしてわざわざ如月から何かを送ってくるということは余程のことがあったのだろう。

 加えて今回は事前に連絡を約束をしていたわけでもない。


 嫌な予感がした俺はキーボードを操作した。


『どうしたんだ』


 如月も文字を打っている最中だったのかすぐに返事があった。


『実は先ほど父から帰ってくると連絡があったんです』


 俺は普段から親と暮らしているから帰って来ると連絡があっても何とも思わないが、慣れてしまうと身近なありがたみには気づかないものだ。


 その知らせは一人暮らしである如月にとって、かなり嬉しいことに違いない。


『よかったな』


 しかし、それがどうして如月が謝ることに繋がるのだろう。そんなことを考えながら俺は続けて送信ボタンを押す。


『いつ帰ってくるんだ?』 

『明日です』


 早ければその分早く如月にあの焼肉の日に見せた幸せそうな顔が戻ってくる、そう思っていたのだがまさか明日とは。この前のテーマパークのときといい、如月家は前日に連絡をするのが好きなのだろうか。


『今日連絡したのはいつ通話できるかわからない、ということです』


 通話と書かれると何だかむず痒いが、要はオンライン将棋のことだ。


 まあ、確かに親としてみれば自分の娘が知らない男と夜に通話していたらあまり気分の良いものではないだろう。


『でも時間は必ず見つけます。直前になってしまうかもしれませんがいいでしょうか?』

『無理しなくていい。俺とはいつでもできるから家族との時間を大切にしてくれてOKだ』

『いえ、心配には及びません。父が帰ってくると事前に聞いていた店長がシフトを勝手に変えていたので時間はたっぷりありますから』


 そういえば岩崎と如月の親は知り合いだったな。

 シフトを勝手に変えるのは如何なものかとは思うけど……ん?


 ここで俺はあることに気づいた。


『それは十四日のバイトも休みになったってことか?』

『はい。その日にやりますか?』


 いや、そういうつもりで聞いたわけではない。


『考えさせてくれ』


 俺はとりあえずそう送ると腕を組み思案する。


 如月が家族と触れ合う時間が増えたことは喜ばしい。


 しかしそうなるとホワイトデー当日にお返しを渡そうという俺の計画がおじゃんになってしまったわけだ。


 でもこれは俺の心持ちの問題に過ぎない。家族の時間に割り入ってまでその日にこだわる道理はないだろう。要は感謝の気持ちが伝わればそれでいいのだ。


 そう自分で自分を納得させていると通知音が今度は連続で鳴った。


『すみません』

『やはり明日の夜にやりましょう』

『私は大丈夫です』

『何も問題ありません』


 俺の返事をどう捉えたのだろうか。

 送られてきた四連続のメッセージは若干焦りのようなものが含まれているように感じられた。


 如月のことだから教えてもらう立場なのに自分の都合で振り回して失礼だ、とでも考えているのだろう。


 もし仮に本当に如月がそう考えていたとしたのなら、それは杞憂というものだ。


 俺は基本いつでもフリーだから通話なら来週でも再来週でも全然構わない。

 

 あるいは如月はこう考えているのではないか——と、そこまで考えて俺はありえないと首を横に振る。


 俺の脳内コンピューターがエミュレートした如月の思考は非常におかしなものだった。


 それは万に一つの可能性だが、もしかすると俺の素っ気ない返事を変な風に解釈し、これがきっかけで俺と疎遠になると考えたのではないだろうか、ということなのだが。


 ……うん、自分で考えておいてあれだけど流石にこれはないと思う。


 だが念のためその可能性も踏まえて当たり障りのない回答をしておこう。


『別に俺はいつでもいい。如月の好きな日にしてくれて構わない』


 すると如月は、再び連投してくる。


『柳沢さんは気持ちはありがたいのですが明日でお願いします』

『父のことに関しては気にしなくていいです』

『束縛する親もどうかと思いますし』


 そこまでいうのなら、と俺は了承の返事を送った。


 これが親離れ、というものなのだろう。


 父親よりも俺を優先してくれたのが嬉しかったが、同時に気づかれた時の如月の父親の対応が怖くもあった。

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