25話 お節介タイムが訪れた
三月十日。
学校帰りにふらりと如月のバイト先に寄った俺は岡本に捕まっていた。
「これから令ちゃんに会っていきなさいよ」
店の裏側に引っ張られながら俺は頭を抱える。
また始まった。
前回岡本にあったときは如月をお雛様にしていたが、抵抗しないからっておもちゃにしすぎやしないだろうか。
俺は初めてバックヤードに入った時に案内された部屋に通されると、
「机の上にあるお菓子でも食べて待ってて」
と言われ、岡本はそのまま通路に戻っていった。
手持ち無沙汰なので机の上のお菓子に手を伸ばす。
おそらく来客用なのだろう。そこにはせんべいからよく大袋に入っているようなお得用のチョコレートまで多種多様の菓子類が並んでいる。
その中のチョコレートを俺は手にとった。
そのパッケージは俺が如月から貰ったものと同じだった。
「そういうことか」
やはり自分で食べる用だったんだな、と思いながらピリッと包装を破り口に含む。
随分とカカオの占める割合が低いらしい。それは甘いミルクチョコレートの優しい味だけがした。
その時、扉越しに岡本と如月の何やら不穏なやりとりが聞こえてきた。
「さあさあ、令ちゃん、恥ずかしがってないでこっちおいで」
「……どうしてですか」
「決まってるじゃない。この扉の向こうにあの子がいるからよ」
「尚のこと嫌です、私似合っていないですから」
「そんなことないわよ。素材がいいもの。それにこの私が選んだんだから似合わないなんてことはないわ」
これを岡崎お節介タイムと名付けよう。
しかし似合うとは何だろう。またファッション系だろうか。
若干期待している俺がいるのが憎い。
そしてバン、と扉が勢いよく開け放たれた。
「お待たせ。それじゃあお披露目よ。令ちゃん、どうぞー!」
抵抗するのを諦めたのか如月が少し恥ずかしそうに歩み出てくる。
しかしそれを見て俺は拍子抜けてしまった。
服装はいつものバイト姿のまま。
特段変わった様子は見られない。
些細な変化に気づかない人は気が利かないレッテルを貼られてしまう。
俺は下から順に如月の姿を見ていった。
靴。ズボン。エプロン。シャツ。
そして気づいた。
如月の顔が普段と違う。
「どう? 令ちゃんは元がいいからナチュラルメイクにしてみたのよ」
元々白い肌が化粧をしたのかさらに透明度が増している。瞳も心なしかぱっちりしている。
「俺は詳しくないから間違ってたら申し訳ないんですけど、口紅も使いましたか?」
すると、あら、と岡崎は驚いたように口元を押さえる。
「よく気づいたわね。普通じゃ気づかないくらい薄いのに」
気づいているアピールは功を奏したようだ。
その口元には薄ピンクのルージュをさしている。
俺が気付けたのはほとんど毎日のように会っているからなのと——多分、この前間近で寝顔を見たからだろう。
「よく見ている証拠よ。よかったわね、気づいてくれて」
「もう終わりにしてください……恥ずかしすぎます……」
如月は限界のようだ。
慣れないことのようだし、人前に出るのはかなり勇気がいるだろう。
少し考えてから口を開く。
「でも、俺は普段の如月の方がいいですね」
「あーら、言うわねえ〜。今の聞いた? 令ちゃんは普段の方が素敵だってさ」
如月の顔がみるみるうちに赤く染まっていく。
付け加えるように俺は弁明する。
「一応ですけど、いいっていうのはそっちの方が見慣れてるからですからね」
「変なこと言わないでください!……もういいですよね、落としてきます」
如月は足早に部屋を出て行った。
諸刃の剣だったな。でもこれで如月は恥ずかしい思いをしないで済むのだから安いものだと思おう。
その時今し方如月が出て行った扉から別の声が聞こえた。
「ヒュー、熱いね」
岩崎は茶化すようにそう言う。
「だから今のは見慣れてるって意味で」
「はいはい。わかったわかった」
俺の話を聞いているんだかいないんだか、この店の主は手をひらひらとさせるとクルリ、とお節介おばさんを見た。
「ところで岡本さん。今、シフトの時間なんですけど、遊んでいるくらいなら早く表、出てくれませんかね?」
「……はい、すみません……」
注意を受け萎縮する岡本。
そりゃそうだ。いくらここがアットホームな職場だからとはいえ限度がある。
散々如月で遊んだ罪が返ってきたか。
いいぞ、この際だからもっと言ってやってくれ。
「あと二人で遊ぶのもほどほどにしてもらえると助かります。やりたくなるのはわかりますけど」
俺は岩崎を応援する手を止めた。
「……それ、どういう意味ですか」
「文字通りの意味だけど」
わかってたまるか。
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