24話 聞いておきたいことがあった
三月六日の朝は俺の人生の中で最も衝撃的な目覚めだったと記憶している。
目が覚めたら如月の顔がすぐ近くにあったのだ。
冷水をかけられるよりも衝撃的だったと思う。
加えて寝起きで働かない脳がようやく理解に追いついたと同時に如月が目覚めてしまうのだから。
俺たちはわずかな間、互いの顔を見つめあってしまったわけだ。
サッと顔を背けたがあれではまるで如月に見惚れていた、と誤解されてもおかしくはない。
と、そんな調子でいそいそと俺たちはスーパー銭湯を後にした。
瞳を閉じれば目蓋の裏に如月がいた、なんてことは流石になかったが、電車の中でも若干気まずかったのを覚えている。
駅で分かれる時も、
「では」
と如月は軽く頭を下げて足早に立ち去ってしまった。
実は俺は如月に聞きたいことがあったのだがそれは叶わなかった。まあ遅くとも来週までに聞ければそれでいいことではある。
そしてあれから間に一日挟んで火曜日。今日は部活動の日だ。
しかし、部活の時間に如月は現れなかった。
昨日は少し時間をおいた方がいいだろう、と如月にあえて合わなかったのだがまさか今日来ないとは。
そこまで考えたが俺は首を横に振る。
何か日直とかの作業をしているのかもしれない。
まだ学校にいる可能性もあるのだ。
それこそ、同じクラスのやつなら知っているかもしれないな。
俺は近くにいた和田にさりげなく聞いてみる。
「なあ、如月って今日帰ってたか?」
すると和田は動きを止めると小さく手をあげる。
「あっ、伝えるよう言われたの忘れてたわ。悪りぃ」
その仕草が妙にコミカルだったので俺はツッコむように言う。
「悪りぃな、じゃないだろうが!」
「すみませんでしたぁ゛ー!」
大袈裟に土下座までしてから和田は何事もなかったかのようにまた席に座り直した。
「でも別にいいだろ。この部活は自由なんだから」
「いや、別に問題はないけどさ」
部活を休んだことをどうこう言うつもりはない。
和田が言うようにここは出席するも欠席するも自由な部活なのだ。来るか来ないか、連絡をしなくても全然構わない。
だけどな……。
「そんなことより将棋さそーぜぇー!」
ここ最近将棋を指していたせいで和田は火がついたのか妙に高いテンションで俺に対局を要求してくる。
普段なら答えてやるところだが今日はそんな気分ではない。
「ごめん、俺用事思い出したから帰るわ」
荷物を鞄に詰め、肩にかけると俺は立ち上がった。
「はっはっは。まさか俺に負けるのが怖いんだな」
「いや、そういうのじゃないから。そんなに指したいならそこに猪井がいるだろ。お願いしてみな」
それじゃあ、と勉強している猪井にも声をかけて俺は部室を後にした。
***
さて。勢いよく学校を飛び出したものの、俺は如月がどこにいるかを知らない。
だがこれまでの経験から察するに、いる場所は限られてくるだろう。
二択だ。
バイト先。
あるいは家。
全く別の用事があるという線は考え始めたらキリがないので止めておこう。
で、この二択で考えるとすれば、最近仕事に行けていないので彼女はその穴埋めをしようとするだろう。
よってバイト先にいる可能性が高い。
そうと決まれば向かうべし。
スーパーに到着し店内に滑り込むと如月はあっけなく見つかった。
あとは避けられなければいいのだが。
そんな心配は杞憂だった。
如月は俺を見つけるとトコトコと近づいてきた。
「柳沢さん。今日は部活でしたよね。どうかされたんですか?」
完全に予想外の行動だったが、俺は心を整えると言葉を探した。
「あー、ちょっと野暮用を思い出したから抜けてきたんだ。如月は最近バイトに入れてなかったから働いている感じか」
「はい。ここのところ本当に忙しくて。店長にも悪いので今週は多めに入れてもらっています」
如月はいつもと同じ調子でそう告げる。
……よかった。どうやら気に病んでいたのは俺だけだったらしい。
あるいは、如月も以前と同じように接しようとしてくれているのかもしれない。
でも考えてみれば見つめあっただけで口も聞かなくなるようだとそれはそれで問題が多すぎる。
俺は今でも自分のことを鋼のような強い意志を持っていると思っている。
しかし、以前三木に俺が純粋でそれが美徳であるみたいなことを言われのだが、果たしてこれは本当に美徳なのだろうか。
この側面だけ見ているとただ単に心が揺さぶられやすいだけの人のような気がしてならない。
……とりあえず、この問題は解決したのだから次の問題に移るべきか。
「如月、今週はいつバイトなんだ」
「ほとんど入っていますが……どうしてですか?」
突然の質問に如月は首を傾げる。
少し聞き方が強引すぎただろうか。
「ほら、オンライン将棋とかやるかなって思ったからだ」
「それなら連絡先を交換したのですから、送ってもらえれば返信しましたよ」
わかってる。でも、こういうのは面と向かって聞いておきたかった。
「あー、そうだな。そうだったな。で、どうだ。例えば十四日はバイトか?」
「……はい、そうですね。ですがその前の日の十三日なら空いています」
「なるほどな」
平静さを装いながら俺は心の中でガッツポーズをした。
よかった。如月は十四日、ここにいることが確定した。
「了解、将棋の件はまた連絡する。それじゃあバイト、頑張ってな」
店を出てから俺は当日の行動について思案する。
十四日、如月はバイト。
渡すならバックヤードに入ったタイミングだ。
俺は買ったものの出番のない飴を思い浮かべる。
しかしまあ、義理チョコを貰った場所でお返しを渡すことになるとはな。
何だか変な感じだ。
「一ヶ月、あっという間だったな……」
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