22話 無事に終わるはずだった

 スリリングなジェットコースターの後は比較的平和なアトラクションを楽しんだ。


 大抵こういう場所に行くと待ち時間で話題に困るとよく聞くが、生憎俺たちにそういったことはなかった。


 駅のホーム、電車内、入園前。その他諸々の待ち時間は今後の予定を建てる以外は全てひたすら如月と将棋を指していた。


 テーマパークまで来ておいて何やってるんだ、と我ながら思う。

 

 でも話題に困るよりは数千倍マシだし、何より如月が楽しそうだったから良しとしよう。


 それにアトラクションで顔を輝かせる如月も見れたことだし眼福だ。


 次は何に行こうかと話したり感想を話したりも一応したので、まあ、それなりに楽しかった。貴重な経験だったと思う。


 そうやって瞬く間に時は過ぎた。


 そして、夕方。いや、日は沈みもう夜と言っても差し支えないかもしれない時刻。


 ついに時間がきた。そろそろ帰らなければならない。


 これ以上遅れると最寄駅に着く頃には高校生は咎められる時間になってしまう。

 どうせならナイトパレードも見たかった、というのが本音だ。

 きらびやかな電飾をつけた巨大な車が目の前を横切るのはそうそうお目にかかれるものではないだろうし……これは万人が首を揃えて口にすることだと思うが如月にその光が当たる様子は相当幻想的だったに違いない。


 名残惜しさを残しながら俺たちは駅に向かった。


「楽しかったですね」

「まあ、概ねそうだな。如月は何が一番楽しかったんだ?」

「そうですね……全部です」

「全部? それって最初のジェットコースターもか?」

「はい。それも含めて全部いい思い出ですから」


 そんな話をしているうちに駅に着いた。

 俺の一番楽しかったことを聞かれる前に、と電車の時間を確認すべく電光掲示板に目をやる。


 するとそこには『遅延』と赤い文字が浮かんでいた。


 アナウンスによると強風のため電車は速度を遅くして運行しているそうだ。

 いわゆる徐行運転というやつだ。


 並の学生ならここで慌てるだろう。

 しかし今回は如月がいる。


「早めに出ておいてよかったですね」

「だな。こういうところで生きてくるんだよな」


 ここは海沿いであるため風が強い。そのためしょっちゅう遅延すると情報を手に入れていた如月は早めに出ることを提案してくれていたのだ。


 織り込み済みであれば何も怖くない。余裕余裕。

 

 そう思っていたのだが。


 乗り換えをするため電車を降り、その線へ向かうとホームは人でごった返していた。


『現在——駅間で架線トラブルが発生しております。その影響で今度の七番線発車の列車は現在運行見合わせとなっております。尚運行再開の目処は立っておりません』


 ——流石にこれは想定外だった。


 これでは俺たちは帰るどころか終電にすら間に合わないかもしれない。


 同じことを考えたのか如月が俺を見た。


「……どうする?」


 ……さて、どうしようか。


***


「いやー、あったまる〜」


 かぽーん、という間抜けな音の中、俺は贅沢に湯船に浸かる。

  

 一言で表すならば、最高。体の芯まで温まるのを感じて俺は大きく伸びをする。


 こんなところで何をやっているんだろうな、と自分でも突っ込みたくなるのは避けようがないが。


 あのままでは俺たち二人は帰れるかどうかすら怪しかった。


 それならどうするか。


 泊まれる場所を探すしかない。


 だが当然、場所は限られてくる。


 カラオケで一晩過ごす?


 論外。 


 経験はないが各々個室が取れるネットカフェ?


 どこか怖い。


 いっそのことホテル? 


 キング・オブ・論外。


 そもそも、それら全ては俺たちが未成年である以上親の承諾が必要になるだろう。

 

 まあその問題は親に電話すれば解決する。


 しかしあらぬ疑いはかけられたくないし、承諾の形が同伴か書類でないと許されない場合もある。


 だが、スーパー銭湯ならどうだろう。


 至って健全だ。

 他の人の目もあるし何も問題はない。


 加えて安価でかつ、ホームで冷えた体も温められるというおまけ付きだ。


 店の人に不審に思われたらその時は仕方ない、事情を話そう。

 今は健全であることに意味がある。如月も俺と個室に長時間入った、なんて噂されたら嫌だろうしな。


「ふぅ〜」


 温泉から上がり休憩所に行くと先に上がっていた如月を見つけた。


「……あ、柳沢さん」


 向かい側に座ると如月の顔も血色がよく上気しているのがわかった。十分に乾かす時間がなかったのか髪はまだ濡れている。


「一時はどうなることかと思ったけど、なんとかなったな」

「……はい、よかったです」

 

 如月の返事がワンテンポ遅れてくる。

 俺が如月の顔を見ると彼女はどこかぼんやりとしていた。


「もしかしてのぼせてたのか?」

「……あ、いいえ。違いますよ。少し眠いだけですから」


 そう間の抜けたような声で言うと、くぁ、と小さくあくびをした。


 無理もない。今日は朝早くから動き回っていた。なかなかのハードスケジュールだっただろう。俺もかなりくたくただ。

 そんな状態にプラスで温泉の効果が加われば眠くもなる。


「眠かったら寝てもいいぞ。俺が見ておくから」


 女性に対しそういうセリフを吐くのは失言だったかな、と少し気に病んだがもはや如月にそんなことを考える余裕はなかったらしい。

 

「……それでは……お願いします……」


 俺の言葉を受け入れた如月はそっと静かに目を閉じた。


 きめ細かい肌、そして伏せられたまつ毛が俺の心の奥を揺さぶる。


 俺は壁に取り付けられた時計に目をやった。


 時刻はそろそろ零時を迎えようとしていた。

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