21話 テーマパークに遊びに行った

 早朝、駅前。


 俺は寒さに震えていた。


 この前ジョギングの時、如月はかなり早めに来ており待たせてしまった苦い思い出がある。


 二度同じ轍は踏まない。

 そう思って約束の時間よりもかなり早めに来た結果、如月よりも早く到着することができた。


 それから十数分。

 如月が現れる気配は一向にない。


 だが恨むような思いは湧いてこない。


 俺が如月を待たせたとき、彼女も似たような気持ちだったに違いない。

 因果応報、みたいなものだ。他人にやったことは自分に返ってくる。ならばこれくらいの待ち時間なら甘んじて受け入れよう。


 それに約束した時間まではまだいくらか余裕があるしな。

 

 そう思い、暇つぶしがてら始めた敷き詰められたタイルの数のカウントを一列分終えた時だった。

 

「すみませーん!」


 遠くから聞き覚えのある声が聞こえた。


 そんな大きな声を出さなくてもいいのに……


 俺は周囲の耳目を集めながら駆け寄ってくる如月に対し、返事の代わりに片手を上げた。


「柳沢さん、おはようございます。待たせてしまいましたか?」


 ここで正直に答えるほど俺は間抜けではない。それくらいの思慮分別は持ち合わせている。

 走ったため息を切らす如月に振り返りながら定型分を返す。


「いや、丁度今来たところ、だ……」 

 

 ——俺は言葉を失った。


 如月の服装がとてつもなく似合っていたからだ。


 これまで如月とは学校以外でも会う機会がそこそこあった。

 バイト先、ジョギング——その度に学校の制服姿とは違う如月を俺は目にしてきた。


 その度に服装によって人はこうも引き立つのか、と思わされたのだが、今日の如月はそれを一回りも二回りも上回っている。


 こんなにも心がざわつくのは見慣れない私服、というのもあるだろう。

 だが一度ホワイトデーのためのお返しを選びに行った時も私服姿は見た。あの時もなかなかだったのだが。 


 今日の如月の服装はファッションに詳しくない俺でもわかる。これは普通のお出かけでは着ない。そして多分高いやつだ。


 おそらく某有名テーママークにいくため並々ならぬ気合が入っているのだろう。


「本当にすみません!」

「えっ?」

「あの、怒っていますよね……?」


 俺が黙ってしまったのを怒っていると解釈したらしい。


「いや、全然。そんなことないから」

「そうですか? それならよかったです。実は直前までどの服を着るか悩んでいたんです」

 

 そう言うと如月はお洒落な自分の服を見つめる。


 それは、俺の思い違いかもしれないがまるで意見を求めているようだった。


「……似合ってるぞ」


 ぽろっと口から言葉が漏れ出ていた。


「えっ?」

「……そろそろ電車が来るな。行くか」

「あっ、待ってください」


 歩き出した俺の後を如月が追いかけてくる。


 あんなセリフ、もう二度と言うものか。


***


 無事予定通りの電車に乗りテーマパークに入場した俺たちは開園直後の人混みの中真っ先に一番人気のアトラクションへと向かっていた。


 途中で人の波に呑まれはぐれそうになったが、手を握るわけにもいかない。一瞬の逡巡の後、如月のバッグの紐を掴んでなんとか難所を乗り越えた。


 そして目的のアトラクションに到着した。

 開園直後であるためまだそこまで混んでいるというわけでもなくすんなりと俺たちは案内されたのだが。

 

 俺の心拍数は非常に高まっていた。


 実は俺はジェットコースターが苦手だ。

 これまで乗った経験は片手で数えられるほどしかない。

 乗っている間は死ぬんじゃないか、と思い目を瞑ったまま静かに終わるのを待つレベルだ。


 しかし、ここは一番人気だと如月が提案してきたスポットなのだ。


 それならば付き合うまでだ。如月に楽しんでもらうためだったら喜んで化けの皮を被ろう。


 そしてついに俺たちの順番がやってきた。


 機体に乗り込みベルトを締める。

 覚悟はできている。さあ、いつでも来い。

 

 隣には如月が座っている。普段ならドギマギしているところだが今俺にそんな余裕はない。

 考えるのはただ一つ。間違っても隣にいる如月にみっともない姿を見せないことだ。


 ピーっという電子音と共に俺たちを乗せた機体が動き出す。


 徐々に上に上っていき、見晴らしが良くなる。

 まあ、高所恐怖症ではないのでこれくらいならなんとかなる。


 そして急降下が始まった。

 

 俺は悟った。


 あっ、死ぬ。


***


 風が収まったので目を開けたらそこはレールの上だった。

 もうすぐそこに終点が見える。

 どうやら俺は無事に命を繋ぎ止めたらしい。ほっと胸を撫で下ろす。


 俺にとっては苦行だったがこれが好きな人もいるのだ。


 さて、如月は楽しめただろうか。


 俺が隣を見ると如月はギュッと目をつぶっていた。

 目にゴミでも入ったのだろうか。


「如月、大丈夫か」

「……柳沢さん、もう終わりましたか?」


 返ってきたのはか細い声だった。


「もうすぐ終わるぞ」

「……そうですか」


 どこかほっとしたようにそう告げると如月が目を開けた。

 

 その瞳は若干潤んでいた。

 まさか、と思い俺は恐る恐る尋ねてみる。


「……もしかして如月、ジェットコースター苦手だったりする?」


 その問いに如月はこくん、と頷いた。


 機体から降りると俺は真っ先に如月に質問した。


「どうして苦手なのにこれをやろうって言ったんだ?」

「これが一番人気だと聞いたので……その、柳沢さんに楽しんでもらえたらと……」


 なるほど、そういうことか。

 俺たちは互いに遠慮していたらしい。


「言い出せなかったけど実は俺もジェットコースターは苦手なんだ」


 俺がそうカミングアウトするとしばらく如月は驚いていたが、やがて微笑んだ。


「そうだったんですか。私と一緒ですね」

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