19話 部活の時間が名残惜しかった

 暗くなった校舎内に静かな音楽が流れる。


 部活動終了十分前を知らせる調べは熱中するあまり時の流れを忘れた生徒の耳にするりと入り込み現実へと引き戻す。


 それはこの囲碁将棋部とて例外ではなかった。


 新入部員が来てから多少は部名に恥じない活動を取り戻した部室で俺は打とうとしていた駒を持つ手を止めた。

 

 もうこんな時間なのか、というのが正直な感想だった。

 ここ最近は授業も早く終わり活動時間は伸びているはずなのに。

 

「今日はこれくらいにして切り上げるか」

「そうですね」


 俺と将棋を指していた如月もそう言うと片付けを始めた。

 

 他の部員も駒や盤を収納して最後に窓の戸締りを確認するとジャンケンタイムが始まる、はずだったのだが俺が手を挙げた。


「あー、鍵は今日は俺が返すよ。如月に鍵の場所を教えないといけないからな。如月、少しだけいいか?」


 こくん、と如月が頷いたのを見てから


「そういうことだから先帰ってていいぞ」


 了解、と他の二人は軽く別れの挨拶をして階段を降りていった。


 珍しく円満解決した鍵の返却を行うべく俺は鍵穴に鍵をさし込んだ。


「ああ、如月。ここの鍵をかけるにはコツがいるんだ」

「そうなんですか?」

「何せ古いからな。普通にやると、こうなる。でもこうやって少し押し込みながら回すと……ほら」


 などとレクチャーしながら鍵が閉まる音を確認した俺たちは職員室へ向かった。

 まだ明かりの付いている自習室が目に入る。


 この後、如月は自習室に行くのだろう。

 俺はあまり利用したことがないのでわからないのだが自習室は夜の九時近くまでやっていたはずだ。部活に入っていなかった頃はバイトがない日は通っていたはずなのできっとその埋め合わせをするに違いない。

 

 しかし、鍵を返した後も俺と如月は別れることなくそのまま昇降口まで一緒に来ていた。


 あれ、と思ったが今日は特に時間目一杯将棋を指した。

 如月も疲れたのかもしれない。


 適度な休息を取った方が効率も上がるだろう。


 それに何も勉強するのに自習室を使う必要はないのだ。家でやる可能性も無きにしも非ず。


 そんな取り止めもないことを考えていると如月が口を開いた。


「最近時間が経つのが早いですね」


 如月も俺と同じことを思っていたらしい。

 

「そうだな。でもこればかりはどうしようもないし、また来週だな」

「はい……わかってはいるのですができればもう少し柳沢さんと将棋を指していたかったです」


 部活の時間が余程楽しかったのだろう。

 如月はギュッとバッグのショルダー部分を握りしめた。

 

 しかしそれは一瞬で、すぐに顔を上げると微笑を浮かべる。


「でも、仕方ないですよね。柳沢さんと言う通りまた来週の楽しみに取っておきます」


 それはあまりにも名残惜しそうな顔だった。


 俺は他人のそういう顔を見るのがあまり好きではない。

 どうにかして如月の悩みを取り除けないだろうか。


 と、考えたところで自分でも驚くほど答えは簡単に見つかった。


「如月。俺とオンライン将棋しないか」

「オンラインでですか?」

「ああ。それなら夜でも出来るしアプリ一つで簡単だ。それに匿名でネット上にいる他の人とも対戦できるから結構面白いらしいぞ。匿名だからこっそりプロ棋士も参加しているらしいし」

「それは凄いですね……」


 その通り。世の中は進歩しているのだ。


「これなら部活がない日も出来るし実戦も積むことができる。慣れなかったら最初のうちは俺との対局だけに使うのもありだな」

「それじゃあお願いできますか?」


 如月がぐいっと迫ってくる。


「まぁ、たまにならな。如月も勉強やバイトがあって忙しいだろうし」


 と、ここまで言ってから俺はこの計画の欠点に気付いてしまった。


「いや、待ってくれ。これはまずいかもしれない」

「何がまずいんですか?」

「確かに対戦は出来る。でも感想戦ができないんだ。盤を少し前の状態に戻すこともできなければ、音声も通ってない。そんな状態だと指しっぱなしで終わってしまう」


 そんなの俺が耐えきれない。

 間違いはすぐに指摘しなければ忘れてしまうし、覚えていたとしても伝えるまでもどかしい思いをするに決まっている。


 さて、どうしたものだろうか。いっそのこと感想戦はナシで場数だけ踏んでもらうか?


「……それでしたら、ビデオ通話をしませんか?」

「ビデオ通話……」


 なるほど、その手があったか。


「確かにそれならやりとりもできるし、将棋もカメラに直接盤を映すだけでできるな」

「あっ……すみません、私の家には盤と駒がないんです」


 言い出しっぺなのに申し訳ないというオーラが漂っているがそれくらいなら問題ない。


「俺の家に余ってるのがあるからあげるよ」

「いいんですか?」

「どうせしまいっぱなしなんだ。奥で埃を被らせるくらいなら如月に使ってもらった方が数倍いい。明日学校に持ってくるよ」


 如月の顔が百ワット以上ぱぁっ、と輝いた。


「ありがとうございます。それでは連絡先を交換しましょう!」


 ——連絡先。

 

 そういえばテレビ電話をするのにも連絡先を知らなければいけないのだ。


「あ、ああ。そうだな。交換するか」


 さすがに校内で堂々とスマホを取り出すのは憚られる。

 校門を出てしばらく歩いてから俺はスマホを手にとった。


 そして、俺は生まれて初めて女子と連絡先を交換した。


「それではまた明日お会いしましょうね」


 如月は手を振って挨拶をすると角を道の曲がって消えていった。

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