16話 古典の授業で現代語訳を行った

 週が開けて最初の授業は一風変わった内容だった。


「えー、今日はアクティブラーニング、というものを行います」


 古典の時間。二クラスが集められたかと思うと物好きな年配の先生が解説を始める。


「最近の授業は教員が出したものに対して生徒がそれを行うという受け身のものばかりです。僕はそれではいけないと思っています。それではただのロボットと同じです。社会に出て自分で考えられる能力が大切なのです。その力は日本は遅れています。例えば授業で問題を聞かれた時、外国の人は積極的に手をあげる人が多いですが日本人は指名するまで誰も手をあげないまま黙って下を向いたり、そんなこと皆さん身に覚えがありますよね? それをなくすために能動的に授業を行うことは文部科学省でも推奨されています。積極的に生徒同士でも意見交換を行って」


 あまりにも長いので説明の最後の方は聞いていなかった。


 ただ、一つだけわかったことがある。

 これからグループワークを行うのだ。


 用意周到なことに先生はお手製のくじ引きを作ってきたらしい。これで四人ずつのグループに割り振るのだ。


 俺たちの出席番号が書かれたものを先生が引くため誰と当たるかは完全にランダムだ。細工は一切できない。


 だが、俺はこう見えて人見知りする方だ。メンバー全員が一度も会話したこともないようなことがあったらこの一時間は辛い戦いになる。

 ましてや他の三人は互いに知り合いでポツンとその中に放り込まれようものなら俺は空気と同化するしかない。そして授業の趣旨とは外れて受動的に活動をするのだ。

 

 願わくば知っている人と当たりますように。


***


 班割りの結果奇跡的に俺は如月と一緒になった。

 彼女とは何の因果か最近よく顔を突き合わせる。でも見てて気分のよいものであるから悪い気はしない。


「柳沢さん、よろしくお願いします」


 席を移動してから机を向かい合うようにして動かすときに如月が声をかけてきた。


「こちらこそ」

「古典は得意ですか?」

「普通だな。少なくとも如月には及ばないよ」


 古典は嫌いではない。何行何段活用とかそういうのを覚えるのは好きではないが、別の観点から捉えるとこれが面白いのだ。


 所々意味がわからない単語があったとしても前後の文から推測することによって話がつながった時の嬉しさといったら。

 このやり方は邪道かもしれない。でも正解は一つなのだ。そこに至るアプローチは人それぞれでいいのではないだろうか。手を抜けるところは程よく手を抜かないとこの殺伐とした世の中では生き残れない。


 まず最初に各々が古文を読む時間を取ってから、話し合いが始まった。


 今回の課題は現代語訳を作ることだ。


 そして翻訳活動は円滑に進んだ。


 といってもそれぞれが一文ずつ訳したところを見せ合って良いものを取っていく形だったのでほぼほぼ如月が考えた現代語訳をその都度確認してなぞるようにただ写していただけだ。


 そして、何事もなくすんなりと完成に近づいた時だった。

 

 俺はそこはかとない違和感を覚えてしまった。


 如月が作ってくれたこの文章、一応意味は通っている。


 しかし、これはどうにも違う気がするのだ。


 これは先入観に過ぎない。だけどこれまでの俺の経験がそう囁いている。


 古典の話がこんなに美談になるはずがないのだ。


 古文はもっと恋慕の感情で入り乱れてドロドロしている、そんなイメージがある。


 再度如月が作ってくれた文章を確認する。


 すると、俺の予感通りおかしな箇所があった。


 知っての通りこれは古典の授業だ。

 そして古典ならではの遠回しな婉曲による言葉の言い換えが存在する。


 例えば、寵愛、とか。


 現代語では可愛がられているとか目をかけられているといった言葉で済むのだが、倫理観念の存在しない過去の昼ドラのような書物ではしばしば違う意味で解釈しないと物語が成立しないことがある。


 そして今回の文章が多分そういうものだ。

 決してやましいものではない。これは歴とした古文の教材である。


 などと言い訳がましく言ってみたいけど、これ下手したらPTAものだぞ。訴えたら勝てるんじゃないだろうか。


「はぁ……」


 さて、このままだとこの文章がこのグループのものとして提出されてしまう。今回はアクティブラーニングであるから、皆の前開示されるだろう。その時このグループに如月がいると知ったら、この程度か、と思われてしまうのではないだろうか。


 如月の名誉のために間違いを指摘するか。

 それとも知らぬ存ぜぬを突き通すか。


 迷うまでもない。俺は前者をとることにした。


 それにグループの発表というのは俺の成績にも関わってくるのだ。みすみす見逃せないだろう。


 俺は如月だけに聞こえるような声量で彼女に話しかけた。


「……如月。ここ、おかしくないか」

「そうでしょうか?」


 だが指で矛盾している箇所を示すと如月も気付いたようだ。


「そ、そうですね、確かにここはおかしいですね……あ、ありがとうございます……」


 若干顔を赤らめると如月はすぐに修正作業に入った。


 さすがにストレートには書くまい。あとは言葉巧みにお茶を濁してくれるだろう。


 それにしても、如月も見落とすこともあるんだな。

 

 あるいは、純粋ピュアなのかもしれない。

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