14話 如月に会いに行くつもりだった
長距離走は昨日で終わった。
しかし終わったというのは生徒全般が頭を抱えていた長距離走という存在であって、俺の中での長距離走はまだ終わっていない。
それはまるで受け終えたテストのようなもので、人事を尽くして天命を待つとでも言えばいいのだろうか、結果は既に定まっているのだがそれを知らない限りまだ戦いは続いているのだ。
端的に言うと、俺は如月の記録が気になっている。
昨日、学校ではタイミングが合わず聞けずじまいになってしまったのだ。
だが今日は午後からバイトだと言っていたのであのスーパーにいるはず。
いや、ひょっとすると生真面目な如月のことだから午前中からバイトをしている可能性もある。
何はともあれ如月が思うような記録が出せていればいいのだが。
そう思い俺はスーパーへ向かった。
入店すると真っ先に目につく青果コーナー、普段ならそこにいるはずの如月の姿はなかった。
担当場所が変わったのかもしれない。そこで俺はぐるっと一周してみる。
鮮魚コーナー、精肉コーナー、パン売り場、お菓子売り場のような棚と棚の間の通路、ざっと周ってみたがどこにも見当たらない。
たまたまバックヤードにいる時間帯に来てしまったのだろうか。
その時、嫌な予感が俺の背筋を駆け巡った。
「令ちゃんならいないわよ、彼氏クン」
——見つかってしまった。
俺はこの人を避けていたのに。
悪い人ではないのはわかっている、わかっているのだが……
思わず出そうになるため息を飲み込んで俺はゆっくりと声がした方を向く。
「この前も言いましたよね。俺は如月とそういう関係ではありません」
「大丈夫、わかってるわ。そういうことなのよね。全くもう、照れ屋さんなんだからー」
この店最強の店員、パートの岡本は話を聞かないのだ。しかも悪気があってしているわけではないのがタチが悪い。
本当に悪気はないんだよな……? そう信じたい。
「令ちゃんのこと手放しちゃダメよ。あんなひたむきな子なかなかいないんだから」
確かにあそこまでひたむきな人はなかなかお目にかかれない。もはや絶滅危惧種と言っても過言ではないだろう。この人、わかってるな。そこだけは同意してもいい。
「そんなことより、今日は如月はいないんですか」
俺には如月に記録を聞く以外にもやりたいことがあった。
応援のお礼だ。
たった一言、お疲れ様と声をかけるだけで皆救われるのだ。俺が応援された代わりにそう伝えたいのだ。
しかし、岡崎から放たれた言葉は予想外のものだった。
「あら、聞いてないの。今日は令ちゃんはいないわよ」
「えっ……」
一瞬時が止まった気がした。
如月が、来てない……?
「どうしても今日は来れないらしいのよ」
「どうしてですか」
「どうしてって言われてもねぇ。理由までは知らないわ。明日の午後も入っていたはずだからまた来てみて。きっと令ちゃんも喜ぶわよ」
「そうですか……」
思えばそういうことは別段あってもおかしくない。
如月だってたまにはバイトを休むだろうし、ここはフリーダムさを売りにしている職場だ。柔軟に使えるシステムがあるというのだからそれを使わない手はない。ここで働いていたら俺だって休む。
それなのに、何故こんなに心が掻き乱されるのだろう。
「わかりました。明日、また来ます……」
何も買わずに店の外に出る。
力ない足どりでこのモヤモヤの原因を考え続けながら歩く。
会いに行こうと思ったのに無駄足になったから?
如月がバイトを休むのが珍しいから?
如月の記録が気になるから?
どれも当たってはいる。
でも俺の中でしっくりとこない。もっと適したものがあるような気がするのだ。
そして家の玄関をくぐった俺はあることに気づいた。
あのバレンタインデーから数えて初めて、俺は如月に会わなかったのだ。
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